ストーリーログ3。これがほんとの戦闘チュートリアル。 ファイル2
「ぜぇ……ぜぇ……」
「よし。基本的な防御と回避は、こんなもんか」
地獄の特訓は、どうも終わったみたい。
基本を教えてもらっただけみたいだけど、
それでももうぼくはヘトヘトだ。
呼吸を整えるのでいっぱいいっぱいで、
まともに返事もできない。
「お前は防御を主体に戦うから、盾がいるだろうが。
生憎、今ここに盾はねえからな。
これが、せいぜい俺が教えられるところだ。
盾なしの剣での立ち回り、盾を持ってても無駄にゃならねえだろうぜ。
基本だからな」
お礼の意味で、こくこくと頷く。
「さて、そろそろ本番と行こうぜ」
「えっ?」
出た声がかすれてる。喉がカラカラに渇いてるのが、
はっきりわかった。
「村長」
モブの声に、うむって力強く答えた村長。
その直後、シュイーンって柔らかくて高い音が、
ぼくとモブのいるところからした。
その音と同時に、ぼくは体が軽くなったのを感じて、
「どういうこと?」
出した声が普段の感じに戻った?
喉の渇きまでなくなってる?
「メディフィク。傷を癒し疲労を回復する回復魔法。
ワシが唯一使える魔法じゃ」
「回復魔法……これが」
驚いていいのか、感激していいのか。
ぼくの声は、感情が抜けたような、
ぼんやりした音になっちゃった。
「ありがとよ村長。さ、今度こそ勝負だシオン」
「えっ。あ、うん。……わかった」
ザって言う、地面をこするモブの靴音。
続けて、木剣を構えるパシって、甲高くて小気味いい音。
ぼくも木剣を構えて、足を肩幅まで開く。
距離は、駆け込み二歩、プラス木剣。その辺りだと思う。
「では、改めて。はじめい!」
また村長が地面を、今度は二度力強く杖で叩いた。
今回は、ぼくから行こう。
せっかく、戦い方を教えてもらったんだし!
「たあぁっ!」
一歩。
「おりゃっ!」
カツンッ!
「うわっ?」
二歩目を踏み出して、ちょうど左足が浮いたところで
モブから攻撃されて、ぼくはフラフラっとなってしまった。
「まだ接近が遅い!」
「そ」と同時にビュンって風を切る音。角度はちょうど、
ぼくのお腹の辺りっ!
「うわーっ?!」
なさけない声で、とっさに木剣を下に振り下ろした。
カンッ!
「くっ」
ふぅ。なんとかモブの木剣を、下に弾くことができたみたい。
「あ……あぶなかった」
「いちいち止まるなっ!」
ビュンッ!
「えっ?!」
足元から音がして。
その音を聞き取った時には、
コンッ!
「うわあっ!?」
ぼくの腕は、木剣からの衝撃で、
めいっぱい上に跳ね上げられていた。
「しゃがみ攻撃っ!?」
慌てて胸の前に、木剣を右斜め上に向けたかっこうに戻す。
切り返しが早すぎる。これ、ぼくにとっては超反応レベルだ。
とても対応できないっ。
「止まるなって」
カンッ
正面。上から、木剣に叩きつけられるモブの攻撃。
「言った」
カンッ
今度は、どうも木剣を横にしての一撃みたいで、
衝撃は、縦に狭い範囲で押し込まれる感じ。
「ばっかりだろっ!」
ヒュンッ
衝撃が来ない? でも、今たしかに風切り音が?
なら、いったいモブはなにをしたんだろう。
正面で鳴った風切り音。でも、来ない衝撃。
……フェイント?
それなら、一か八かだっ!
「だぁっ!」
左足を一歩前へ。斜めにしてた木剣の、刃を右へ傾けて。
狙うのは、さっきぼくがやられたように、お腹。
ーー振り抜くっ!
「ぐぅぅっっ!」
なにかを強く叩いた重みが、手から肘にかけて伝わって来た。
でも、それと同時に衝撃がっ。
ガツンと激しい衝撃が頭にっ!
思わずギュっと目をつぶった。
キーンって、耳鳴りみたいのが聞こえる。
そうだよね。強く頭ぶつけると、こういう音鳴るよね。
「ぐっ……やるじゃねえか」
タン タン、不規則な靴音。ぼくのじゃない。
どうも、モブに……たたらを、踏ませることが、
できた、みたいだ。
「フェイントじゃ……な、かっ、た」
片膝をつくぼく。
きっと、目がちかちかするって、こういう感じなんだろうな。
パチパチって、なにかが弾けてるような感覚が、目からしてる。
木剣をつっかえ棒にして、なんとかバランスをたもってるけど、
少し動けそうにない。
「まさか。相打ち覚悟とは、驚いたぜシオン」
痛みを堪えてるような声だけど、スラスラ言葉が出て来る辺り、
モブはまだ余裕そうだ。
「く。うぅ」
一方のぼくは、ぼんやりしてたのが、収まって来た。
でも、キーンって耳鳴りみたいのが、まだ少しだけ残ってる。
こんなありさま。
「ん。くっ」
強く木剣で地面を叩いて、なんとか立ち上がる。
ふぅぅ、深い息を一つ。
接近が遅い。いちいち止まるな。
打ち込む時には、強い一撃でも八割程度で打ち込む。
それ以外の攻撃は六割程度。防御回避も、力の配分は同じ。
教わったことを思い返すけど、どれもとても
実践レベルには到達してないぼく。
特に接近が遅いのは、しかたがないと思う。
常に、歩幅と武器の長さを記憶して、
計算しながら動かないといけないぼくは、
その上で、相手の音にも常に気を配ってなきゃいけない。
しかも、ぼくの対応しやすいような動きを、してくれるわけもなくて。
集中の度合でいえば、立体音響でプレイできる狩りゲーよりも
更に集中しないといけないのははっきりしてる。
白杖使っても、一人で走るなんて怖くてできないって言うのに、
白杖なしで走り回らなくちゃいけなくて
更に、武器として持ってる物を振らなきゃいけない。
慣れないことしかできないこの状況。
素早く動けなんて、無茶振りもいいところだよ。
「ん? この長さ……妙にしっくり来るな。なんでだろ?」
今、ぼくは木剣の切っ先を、地面に付けてるんだけど。
この木剣の長さが、妙にしっくり来るんだよね。
ちょうど鍔の柄側の辺りに手があって、
立ってるぼくには少しだけ長い。
「……あっ、そっか。この長さ。白杖と同じなんだ」
それなら。これを代わりにすれば。
少しは動くのも早くできそうっ!
刃を少し斜め前にずらす。ズズズって、地面をこする音は、
地面が石なんだなって、改めて認識させられる。
ううん。この世界で適格なのは、地面を突きながら歩くやり方か、
それとも、左右に滑らせて動かしながら歩くやり方か。
ーーいや、どっちでもない。斜め前で固定して動こう。
白杖の動かし方のマニュアルにはないやり方だけど、
介助してもらってる場合は、介助の人がいない方に障害物があっても
ある程度は大丈夫なんだよね。
っと、介助の話はおいといて。
構えは、刃の先端を、左爪先の少し外側に置いておく感じ。
この構えなら、いちいち左右に振りながら歩くより切り返しやすいはず。
ただ、地面をこする音が常について回るから、
相手の音は、少し聞きづらくなっちゃうけど、
それはしょうがない。
「どうやら。準備は、いいようだな」
「うん!」
声はちょっとだけ先。ううんこの距離は……!
「そこだっ!」
半歩前に踏み出して、木剣を右上に振り上げた。
ドスッ!
ぼくの、左お腹と平行の辺りまで振りあがったところで、強い手ごたえ。
そのまま振り切る。勢いで、右に90度ぐらい回転したぼく。
トッ トッ、って軽くフラついたぼく。
それと同時に、ズズーって地面を滑るような音。
「ぐっ。下からだとっ?!」
タン タタン。たたらを踏みながら、また苦痛を耐えるようなモブの声。
「えっ? どうして?」
思わず出た声。
だって。今さっきまでモブ、ぼくの真正面にいたんだよ?
それなのに、ぼくが構えを変えたことに気付かないなんて。
きっとクリーンヒットしたこと、そのものは嬉しい。
でも、納得できない。
「やられた。お前がちっこいせいで、頭ばっかし見てたぜ。
まさか構えを変えてたとはな」
木剣の切っ先を、左爪先左前に置いて構えを戻す。
「え? そんなこと?」
素っ頓狂な声が出てた。そんなことでわからなくなるの?
たしかにモブは、声の位置からすれば、ぼくより大分背が高いけど。
でも、だからって……。目に関係ない音を聞き逃せるの?
手の向きだってかわってるのに、それを身長差だけで見逃すの?
見逃せるものなの?
……わかんないなぁ、見える人の感覚って。