ストーリーログ3。これがほんとの戦闘チュートリアル。 ファイル1
「ど……どうしよう」
かっこよく、試合開始だ! なんて言って見たものの。
はてさて、どうしたものか。だよ。
足音が、あれからしてないから、モブは動いてない。
だいたいぼくの歩幅で、十歩ぐらいのところにいるんだと思う。
でも、ただ接近するのとは違う。今は戦うところ、戦場だ。
得物は、ぼくもモブもきっと同じ。
でも、迂闊に近づけば的になる。
持ってる木剣の長さと、歩幅を考えて間合いを詰めないと、
一方的に叩かれるだけだ、と思うんだ。
見える人なら直感的に、見て判断して突撃していく
なんてアニメみたいな、かっこいい第一撃に向かえるんだろうけど、
ぼくはそうじゃない。
無傷で戦闘をこなせる、なんて思ってない。
でも、攻撃を出すにしろ受けるにしろ。直撃をしたいし、さけたい。
「ーー無音だ」
呟く。フィールドが静まり返ってる。
まるで、ぼくのために用意されたような、
戦闘の音以外がしない場所。
でも、この静けさは。ありがたいけど、凄まじい緊張を
ぼくに打ち付けて来るっ。
早く。早く覚悟を。覚悟を決めないと。
動かないと、自分が今、どこにいるのか、
どうなってるのかわからなくなりそうだっ!
「狩りゲーを。狩りゲーをやるつもりで行けば、
そうすれば……きっと、なんとか……!」
ぼくの狩りゲープレイ方法。
フィールドの構造を、エリア毎にする環境音で判断。
それを記憶して、地図のかわりにしてるんだ。
だから、BGMが常に流れてて、
環境音が殆どしないような狩りゲーはできないから、
必然的に、できる狩りゲーは限られて来る。
ってそんなのは、今どうでもいいよね。
「うん」
頷いて木剣の刃部分をなでる。これが、ぼくの最長射程。
これとぼくの歩幅、腕の長さを合わせたのが間合いになる。
「木剣が、足からどれくらい先までになるのかを調べないと……」
しゃがんで、木剣を足の前に、モブの方に刃部分を向けてそっと置く。
考えを口に出さないと、なんだか心配になる。
特にここは未知の領域だから、余計無音が怖い。
「緊張してるみてえだなぁ、シオン」
ニヤリ。声がその表情を教えて来る。
思わず顔を上げたぼくに、
「しかたねえか」
その緊張、その言葉と同時にザっと言う
地面をこする音と、パシっと言う音。
今のは、たぶん木剣を掴み直した音だ。
ーーまずい!
「ほぐしてやるぜっ!」
ダッ、ダッ、ダッ。普通の足音より、少しだけ軽い。
けど、力強い。
「っ!」
とっさに木剣を掴んで、立ち上がってしまったっ。
ここは攻撃から逃げるところだろぼくっ!
ダッ
「いい」
ダッ。
もう少し。もう少しで来るっ!
「心掛けだっ!」
ビュン、ゴン!
「ぐうっ!」
上から、叩きつけられた一撃。
衝撃で、一 二歩、後ずさらされた。
全身を、じんわり流れて行く重み。
「くうっ!」
押し込まれた木剣を、思わず押し返そうとして力を込めた。
肘にかかる重みが、顔を顰めさせる。
「お、いっちょまえに押し返してくるか。
なら、鍔迫り合いとしゃれこむかなっ!」
更に、肘に伝わる重み。
「そ……想像以上の力だっ」
ぼくも力をこめてるけど、グイグイと後ろに下がらされていく。
踏ん張りが効かないっ!
ーーこれ、チュートリアルなんだよね?
ボス戦とかじゃないよね?
「むりすっからだぜシオン。そんなほっそいお前が、
俺と力比べしようなんざ」
「十年早いんだからなっ!」の声と同時に、
ドンっと重みが加わって、
「うわぁっ!?」
ぼくは突き飛ばされた。
「ぐあっ!」
背中をしたたかに地面に打って、
「くっ」
更にまた浮き上がって、軽くまた背中が地について。
そうして。やっと、ぼくの体は自由に動くようになった。
「か……格ゲーじゃないんだから」
自分の吹っ飛び方に苦笑い。
カン カランと、なにかが転がる音。音の感じは、
木剣が、ぼくの足元に投げ込まれた時のと同じ音。
手が、妙にスカスカな感じがする。
……ってことは。今の攻撃で、ぼくは
木剣を弾き飛ばされた、ってことかっ。
ボリュームが小さいのは、地面が音を吸収したのか、
それとも距離が遠いのか。
音の位置は、ぼくが今転がってるところから、少し……。
「左前か」
思い返して、音を脳内でリピート。
なんとなくの位置を掴んだ。
「い、てぇ。どうしよう。取りに行かないといけないけど、
簡単にはいかなそうだし」
ゆっくり半身を起こす。
「ハッハッハ。せっかくの武器は、遠くに逝っちまったぜ?
どうする?」
余裕しかないモブに、ぼくはうぅぅって唸るしかできない。
「なんてな」
「え?」
急に調子の外れた軽い声に、モブの顔を見上げる。
「丸腰の奴を殴る趣味はねえよ。とってこい」
柔らかい声色で言われて、ぼくは頷いて立ち上がる。
モブの声の位置を、目 じゃない、耳印にして
彼の横を通るように、すり足で歩く。
「っ、ご ごめん」
ぼくの右肩が、モブの左肩に当たっちゃって思わず。
「気にすんなって。こんなもん怪我になんて入ってたら、
村一番が泣くぜ」
笑ってそう言うモブに、ぼくはそうだよねって苦笑で返す。
モブをよけたから、少し左に行った。
ってことは、このまま真っ直ぐ行けば……。
コツン。足になにかが触れた。
よし、木剣発見。真っ直ぐ歩けてたみたいだ。
足で鍔と柄を探し当ててから、
しゃがんで柄を握って立ち上がった。
刃を毎回触ってたら、切れる武器を使う時にあぶないからね。
「あ、そうだ」
ふと、思いついた。
ただ木剣の長さを記憶しておくだけより、いい間合いの測り方。
ーーうまくいけばいいけど。
「んっ」
ビュンッ。
よし、風切り音は木剣の一番先からも聞こえてる。……たぶん。
「おお、やる気出たか。よしよし」
こっちに歩いて来ながら、モブが楽しそうに言う。
「ま、まあ、ね」
ちょっと答えに困っちゃった。
ただたんに、風切り音の確認をしただけなんだけど、
まあ、伝わらないよね。
「あの調子で防戦一方のまんまだったら、流石に怒ってたところだ。
お前が打つ意志を見せてくれてよかったぜ」
ほっとしたような声だ。
距離感をきっちり掴むために、もうちょっと受けてようか
と思ったんだけど……そんな空気じゃないか。
実際に振るってみたことで、まともに攻撃できそうな気が、
打たれた今さっきよりするし。
「やってみる、か」
意識せず、口を結んでいた。
奥歯を噛んで、力んでるのにも気付く。
木剣を握る手に、知らず力がこもる。
今のモブの声の場所。ぼくの位置。木剣の長さ。
これだと……。
「遅え!」
「たぁっ!」
二つの風切り音が同時に鳴る。
ゴス!
「当たった!」
ぼくはまだ振り切ってないけど、
モブはたぶん、木剣を振り切ったところで、
ぶつかったはず。
だからぼくは、
「このっ!」
力を、そのまま体重を込めて押し出す。
「おっと」
トトっと短く鳴るモブの足音。
「押し返せたっ?」
「やっぱり遅えっ!」
「ぐぁっ!」
左の鳩尾の辺りに横一本。
打ち据えられた衝撃に、ぼくはうずくまる。
「押し返したのはよかったけどな。
全力を一撃にこめすぎだぞ。
そんなことじゃ、隙をさらすだけだ」
追撃はせず、ぼくにアドバイスをしてくれてる。
実践経験なんてない、握ったことのある
ここまで長い、棒状の物といえば、
白杖か鉄棒ぐらいのぼくにでも、
これが、重要な立ち回り方のヒントだ、って言うのはわかった。
「ありがとう」
ゆっくり立ち上がりながら、モブにお礼する。
お腹の痛みは、不思議なことにすぐになくなった。
これがゲームだからだろうと、冷静な頭がある一方で、
痛みの引きの早さが不思議。
不思議な感覚だなぁ。
「攻撃は細かく、だ。決められるって判断した時なら、
まあ。今みてえな、全力で打ち込んでもいいだろう」
うんうんと、ぼくはモブの言葉を、
しっかりと、耳と記憶に焼き付けながら聞いている。
だからこそ、
「特にここを出たら」
って、柔らかいのに迫力のある声にかわったのには、
驚いて体が小さく跳ねた。
「持つ得物は、斬ることのできるしろものになるだろう。
それは、今みてえな安全な物じゃねえ」
モブの声は真剣で。でも、なんだか
心配が混じったようにも聞こえる声だ。
「その刃は、人を殺せる『武器』だ」
声が詰まって、んずっ、って変な声が出てしまった。
「軽はずみな行動は『死』に繋がるぞシオン。
今みてえなのも、その軽はずみな行動に入る」
「あ。はい……」
出した声が、渇いてるのがわかる。
これがただのゲームだ、って言うのは頭ではわかってる。
ーーでも。モブのこんな真剣で柔らかい声なんて聴いたら。
とてもゲームだなんて、思えないっ。
「改めて言うぞ。
ーー打ってこいシオン!」
「っ」
迫力のついた声に、ぼくは息をのんだ。
「俺は打ち返さねえ。ひたすら俺に打ち込め。
細かく。細かくだ」
「モブ……」
言葉が出てこない。
モブはぼくと別れたくないはず。それなのに。
それでも戦う術を、白黒つけようって言う決闘の場で。
負けたら、ぼくがここを離れるって言うのに
教えてくれている。
これは
ーー答えないわけには、いかないよねっ。
「はぁっ」
「重てえぞ、もっと力を抜けって」
軽く弾かれるぼくの木剣。
って言っても、軽く体勢が崩れるくらいで、
さっきみたいに武器が飛んでったりはしない。
でも、この攻撃の失敗は、モブから言わせれば
ひどい失敗なのかな?
「はぁっ!」
「バカヤロウ! 力を入れないでどうする!」
パシッ。
武器すら使わないで、ぼくの攻撃は止められてしまった。
「攻撃する時には力を入れろ。
一から十まで力を入れるな、そして一から十まで力を抜くな。
力は常に半分程度、動くのに困らない程度には入れておけ」
「あ、は……はい!」
「よし。力の入れ時、抜き時を俺で掴めシオン。
死にたくなかったらな」
「はいっ!」
完全に弟子と師匠の構図だけど、ぼくにはこれでちょうどいいと思う。
見て感覚を掴めないぼくは、ここで戦う感覚を
体に刻まなくっちゃいけないと思うから。
***
「はぁ……はぁ……」
どれくらいモブに打ち込み続けてたのか、
ぼくにはぜんぜんわからない。
けど。そのおかげで、木剣を使った攻撃の
ちょうどいい距離感は、大分掴めて来たし、
少しは力の入れ方、抜き方って言うのが、
わかったような気がする。
「大分ましになったか」
すっかり息が上がったぼくと違って、
モブはぜんぜん余裕だ。疲れた感じを、微塵も感じさせない。
「厳しい、なぁ」
息を整えながら、ぼくは薄ら笑いみたいな、
変な笑いを漏らして言った。
「攻撃はこれくらいでいいだろう。しあげは、
本格的な勝負に入ってからでいい」
「……え?」
今……とんでもないこと、言わなかった?
「じゃ、次は防御、回避の特訓だ。
基本の力の入れ具合は変わらないからな。いくぞ」
「えええっ?!」
楽しそうに言うモブに、ぼくは抗議の絶叫を
上げるしかなかった。