ストーリーログ1。VRゲームを始めることになりました!? ファイル2
「さて」
なんの遠慮もなく、ドッカとベッドに座ったウイト君。
一方ぼくは、パソコンを立ち上げてから、濡れた服を着替えるため
箪笥から服を引っ張り出し、てきとうにベッド端においておく。
でかける前から、ぼくの部屋はエアコンをつけっぱなしにしてあるから、
暑さに苦しむ必要はないんだ。大して、時間かかんないと思ってたからね。
「ククク。やっぱり、やる気満々じゃねーか紫苑さぁ」
心底楽しそうに言うウイト君に、
ぼくは、パソコンを立ち上げた理由を話した。
仏頂面で。
「やるからには、自分のキャラビルドはメモしておきたいんだよ」
ウイト君に背中を向けたまま、冷たい汗で張り付いてるティーシャツを
むりやり脱ぎ捨て、汗と湿気でしめった薄手のハーフパンツを
投げ捨てるように脱ぐ。
スルスルと着替えて、濡れた服をたたんで窓際におく。
「几帳面だなぁ」
はたしてそれは、ぼくが服をたたんだことに対してなのか、
それとも、キャラデータを書き留めておくことに対してなのか。
言い終えると、ウイト君からゴクゴクと音がする。
ぼくの部屋に、自前のペットボトルを置いていってたんだよね。
ぬるくなっちゃうよって言ったんだけど、
常温よりは遥かにましだのひとことで、
机に放置したんだ。
タイヤ付きの回せる椅子に、ぼくがちょうど腰掛けたところで、
スクリーンリーダー ーー 表示されてる文字列なんかを、
合成音声で読み上げるソフト。ぼくみたいな、
目の見えない人の、パソコンライフをサポートするソフト ーー が
立ち上がったことを示す音声が、スピーカーから流れて来た。
この音声が聞こえることでぼくのパソコンが、
ぼくでも操作可能になったことがわかる。
いろんなテキストファイルを入れてあるフォルダを開いて、
新たに新しいテキストファイルを作成。
ベルソキャラシート、と仮タイトルをつけておく。
表記としてはヴェルソが正しいんだけど、
合成音声の発音がいっしょだから、
実際声に出す時のベルソにしておく。
スクリーンリーダーが、カーソルがなんの項目にあるのかは勿論、
一つ文字を読み上げる時は、漢字ならある程度だけど
どんな意味の字なのかを読み上げてくれるし、
その文字の全角半角、平仮名カタカナ、アルファベットの大文字小文字も、
読み上げる音程の、高い低いで判別できる。
だから、見える人たちとそこまでひどい違いなく、
文字を扱えてると思う。
まとめて文章を読む時は、独特の読み方とか読み間違いがあるから
それに慣れないといけないけど、それさえ慣れちゃえば、
たとえば物語を書いたりもできる。
インターネットも、そういう読み上げ情報を使えば
問題なく扱えるし、狙った動画を見る……じゃなくって
聴くのだってお手の物だよ。
ううう、動画を聴くって言い方、
すっごい違和感あるなぁ。
ただ。マウスが自在には使えないから、
どうしても、できないことは出て来るんだけどね。
たまに、パソコンでイラスト描いてみたいなぁって
思うことがあるんだけど、どうしたってできなくてしょんぼりする。
「キャラシートとは、いよいよ本気じゃないの」
「またニヤける……」
「んで? 初期ステータスを、メモる準備をしたのはいいけどさ。
なんでそうしたんだ?」
「うん。ゲーム立ち上げてからいろいろするより、
事前に相談した方がいいんじゃないか、って思ったんだ」
「やっぱ几帳面だな。まあ、勢いでキャラクリしても、
簡単にフォローが効く俺達とは違うからな。
たしかに、それはいいかもしんない。
うっかり操作ミスって、ステ振り間違った状態で
始める可能性もあるからな」
ああ。几帳面って、かきとめる方に対してだったのか。
「確認できないからね、ぼくは」
「なーに。セッティング終わるまでは付き合ってやるって」
「ほんと? ありがとう……でもなぁ」
「どうした? まだなんかあるのか?
これ以上のサービスはないぜ?」
「いやぁ……チュートリアルで積みそうなんだよなぁって」
「おいおい。ここまできといて、まーだそんなこと言うのかよ」
苦笑してるのがわかる声。
手持無沙汰みたいで、ヴェルソ一式の入ったビニール袋を
軽く叩いてる。けっこう、ビニール袋の音ってうるさいんだよなぁ。
会話の邪魔、自分からしないでほしい。
「そんなら訊くけどよ。動画見た感じはどうなのよ?」
ウイト君、いらいらしてきてるな。
「うん。ステレオ効果はバッチリだよ。
左右も遠近も大丈夫。音が反響するような場所でも、
その反響で、状況をある程度把握できそう。でも」
「煮え切らねえな。不満な点があるのか?」
なんか、尋問されてる気分だ。
「不満じゃなくて不安なんだよ。動画で見る分にはいいけど、
自分でやるとなったらって思うとね。
戦闘の距離感とか、目的地への道のりなんかは
どうしようもないでしょ?」
「う、ううむ。距離感はともかく、たしかに目的地についてはなぁ」
考え込んでしまった。距離感はともかく、って……。
ぼくが相手との間合いを見切って、攻撃を打ち込め、
しかも避けられる、って思ってるんだろうかこの人?
音だけでなんとかなる格ゲーや狩りゲーはともかく、
自分の感覚を用いるVRゲームでも、なんとかなるって
どうして思えるんだろう?
間合いなんて、見えてなくっちゃ正確な距離は測れないはずなのに。
それでもぼくに、VRゲームであるヴェルソをやらせたがる
ウイト君の神経が、ぼくにはてんでわからない。
そう。ぼくはこの段階に来て、まだしぶってるんだ。
見えないぼくじゃ、絶対にVRはできないって思ってるから。
「そうでしょ?」
だから、あがいてる。なんとかして、ぼくのプレイを
考え直してもらえないかって。
「……ついてはなぁ」
「な……なに、その間とニヤっとした声」
嫌な予感が……いや、いやな確信が。
「うし! キャラビルド相談、開始すっぞ!」
「ちょ、ちょっとウイト君?!」
この人、ほんとマイペースって言うか強引って言うか……あぁもぉ。
「わかったよ。会議、しよう」
諦めの溜息といっしょに、言葉を吐き出した。
この勢い、ぼくだけの力では止められない。
……覚悟を。決めるしかないのか。
何度も言ってるけど、画面の見えないぼくが、
他のゲーム以上に視覚に重きを置く、
VRゲームをプレイできるなんて思ってない。
ぼくがたとえばプレイしたとしたら、
攻撃が当たらない 攻撃をよけられない
目的地に向かうための路がわからない
の三重苦。
ゲームを進めるにも楽しむにも、大問題しかないことになる。
でも、プレイすることそのものには、憧れを抱いてるんだ。
やりたいのに、やりたくない。やりたくないけど、やりたい。
ぼくにしかない、ゲームジャンルへの葛藤。
ウイト君たちみたいに、性格的に合う合わないじゃ
決められないんだよ、ぼくはさ。
ーーはぁ、やれやれだよ。
***
「よっしゃ。これで問題ねえだろう」
ウイト君が、満足行った、って声を出した。
「えーっと、確認するよ」
「おう」
ぼくはキーボードを操作して、
ヴェルソキャラシートを最初から見て行く。
アバターネーム:シオン
性別:男
職業:剣士
ぼくは格闘家を選ぼうとしたんだけど、ウイト君が
「お前、いつも長物持ってんだから大丈夫だって」
って剣士にすることを勧めて来たんだ。
白杖と武器じゃ、利用目的がまったく違うって知ってるくせに。
こんな言い方するなんて、いじわるとしか言いようがない。
だからぼくは、攻撃の最大範囲がアバターの手足までだから、
間合いが図りやすいんじゃないかと思ったんだ、
って格闘家にした、ぼくなりの理由で反論した。
でも、「格闘家にも飛び道具があるんだから、
ちょっとぐらい、間合いに遠近あってもかわんないって」
が、ウイト君の見解で。
そこに、「お前。剣士にロマンを感じないのか?」の
真剣なトーンになっての追撃。
ーーうん。それが一番効いたんだ。
だから、ぼくは実用性よりロマンを取ることになった。
それで、シートのここからが重要なところ。
初期にもらえる、ステータスに割り振れる50ポイントと、
最初に所持するスキルの選択。それを吟味した結果。
******
HP:100(プラマイ0)
MP:100(プラマイ0)
物攻:30(プラス5)
魔力:40(プラス15)
物防:40(プラス15)
魔防:40(プラス15)
素早:40(アバターの体格補正でプラス10)
スキル:雲竜印
******
ぼくのアバターの初期ステータスは、こうなった。
このスキル、ぼくは知らなかったんだけど、
ウイト君が言うには、ぼくがヴェルソをプレイする上で
絶対必須のスキルだって言うんだ。
魔力ステータスにポイントを多めに振ったのは、
この雲竜印を習得するための最低魔力が、
40なんだって。
進行で困った時は、このスキル名を言えば答えが出る。
そう教えてくれた。
硬貨を教えてくれるのは、ありがたかったんだけど、
なんで、予言みたいな言い方だったのか気になって、
だから聞いてみたんだ。
そしたら、使った時の楽しみにしとけ、だってさ。
……ウイト君、意地でもぼくにプレイさせる気なんだな。
ううう。
そんな言い方されたら、使ってみたくなるじゃないかっ。
「HPにポイント回せなくて悪かったな」
申し訳なさそうに言うウイト君。
「え?」
思わず、彼の顔を見る。見たところで、表情なんてわからないけど、
それでも、つい見てしまった。
「お前。俺がなんで、防御に寄せたステ振りにしたのか、わかってなかったんだな」
「あの……うん」
「しかたがない。では、教えてしんぜようか」
急に変な口調になったウイト君に、誰だよって微笑するぼく。
「お前が、命中率と被弾率で悔しい思いをしてるのは、
狩りゲー話になるとたまに出る、自虐ネタで理解してたからな。
似たような戦闘になるはずのベルソでは、
せっかく、初期ステータスにボーナス付けられるんだから、
生存率を上げようって考えたんだ。簡単な話だろ?」
「そっか」
驚いたのが、そのまま声に乗ってるのが自分でわかる。
「でも、雲竜印にはボーナスポイントを、
15も使うことになる。だから、HPにまで
ポイントが回んなかったってわけさ」
「そっか。そうだったんだ」
驚きから、ぼくの声は感激にかわっていた。
自然と口角が緩く上がる。
「フォローしてくれたんだね。ありがとう」
ギュっと、自分の右の拳を握っていた。
「むりやりベルソやらせようって言うんだからな。
これぐらいのこと、当然だろ」
ニヤリとしているウイト君。でも、声がいつものからかいじゃない。
てれてるみたいだ。
それがわかって、ぼくはまた微笑んだ。
「二人とも、飲み物持ってきたよ」
ノックの後、ドア越しに蘭の声。
指の第二関節でノックしたのが、そのちょっと高い音程の
ボリュームの小さな音でわかった。
そうじゃないと、お盆落としちゃうだろうしね。
「入っていいよ」
開き戸を開けながら言って、ドアが開く方向に移動するぼく。
「あれ? ベルソ始めてたんじゃないの?」
部屋に入りながら、不思議そうな蘭。
机の上にお盆を置いたのを、コトリって音で確認してから、
ぼくはドアを閉めた。
「事前準備の確認が終わったところだよ」
「事前準備?」
「うん。パソコンのメモ帳に、クリエーションする
アバターのステータスを書き込んでたんだ」
「ふぅん。そんなことしてたんだ。
……ん? 雲竜印? なにこのスキル、
わたし知らないよ?」
画面を見たみたい。
蘭もぼくと同じく、雲竜印について
不思議そうな声を上げた。
そう。実は蘭も、ベルソプレイヤーなのだ。
だから、帰宅時にあんなにびっくりしたってわけなんだよね。
「これマイナーなスキルだからなぁ」
兄妹揃って知らないって言われて、
ウイト君は、納得したような声色で言った。
「あれ? 有為人君、ペットボトル持って来てたんだ」
「ああ、蘭ちゃん見てなかったもんな」
「うん。じゃあこれ、わたしが飲もうっと」
二人とも、って呼びかけた言葉通りだったみたい。
この会話からすると、蘭はコップを
ぼくとウイト君の分の二個、持って来たみたいだ。
蘭の喉が静かに鳴った。蘭がコップをお盆に置いたら、
なぜか二人から、なにかを企んだような
「フッ」ってドヤ声がした。
ーー蘭。今いったい、なにをしたんだ?
「あれ? お兄ちゃん、服かわってる」
ぼくの方を見た蘭が、不思議そうに呟いた。
声の音質がちょっとクリアになったから、
こっち向いたのがわかったんだ。
「うん。さっきの濡れてたからね」
「そっか。じゃあ、わたしが持ってくから、そのまんまにしといて」
「わかった、ありがと」
言ってから窓際の床を指さして、どこにあるのかを教える。
「了解。……濡れたお兄ちゃんの服、ゲットだぜ」
い……今のニヤリとした呟きは、
聞こえなかったことにしよう……うん。
「うし。一息入れたことだし、キャラクリ始めるか。
ちょうどよく蘭ちゃんもいることだしな」
「ちょうどよく?」
ぼくが疑問符を頭に浮かべた直後、
「うんっ! まっかせてっ!」
っと、とんでもなく元気な返事を、蘭はウイト君に返した。
予想外の声の大きさに、ぼくはびくっとなってしまった。
「かわいいお兄ちゃんを、
完 全 再 現
だ!」
「流石に完全再現はむりだろ」
元気いっぱいな蘭に、苦笑で返すウイト君。
「ぼく……かわいいって言われるの、好きじゃないんだけどなぁ」
呟いたが、
「お兄ちゃんはかわいいんだから、事実を受け入れないとだよ。
この、男の娘め」
敏感に反応され、肩をバシバシ叩かれた、妹に……。
「おとこのむすめって……」
苦い声が出た。意味はわかる。でも、ぼくがそれだとは
まったく思えないんだ。
「鏡が見らんないからなぁ、紫苑は。
吸血鬼みたいだぜ、自分の姿を確認できないなんて」
「なんで吸血鬼?」
「吸血鬼のおにいちゃん……はぁ、血 すわれたい」
「恍惚な声で、なに言ってるの蘭は……」
二人のテンションに、まったくついていけない
ぼくなのでしたとさ。
かつて、エネミ○ゼロと言うゲームがありました。
見えない敵の位置を、アラートの音程 方向 スピード ボリュームだったかな? これで察知して
攻略するサバイバルホラーでした。
PS4にも、そういう音たよりな脱出系のゲームがあるんだそうな。
この作品もそういう、かわった視点の物語でございます。
作者が「それ」だからこそ、描ける部分が出せればいいなぁと思っております。
っということで。ゲーム始まるまでなげーと本人でも思ってますが、こんなペースの進行具合でよろしければ、
これからお付き合いいただければ幸いです。
スクリーンリーダーについてのところ、ただの解説文になってて これ、いる? っと思わなくもなかったり。