ストーリーログ7。初めての対人戦。 ファイル2
「ヘヴィ・リインフォースでエンチャントしたところで、
カトリーヌの、ライチセイバーの一撃には、
耐えられないデース!」
ブオンって言う、独特な音が鳴った。
たぶんこれ、風切り音のかわりなんだと思う。
「自分を、イアルマス、って言うぐらいだもんね。
魔力のエンチャントの魔玉、つけるのは当然か」
どうも、余裕でよけたみたい。それとも、
女の子の方が、威嚇に振ったのかな?
魔玉は魔玉剣って言う、武器カテゴリに装着する、
特殊な効果を、武器に付加する宝玉のこと。
効果までは調べてないんだけど、
音とアヤメちゃんの言ったことを考えると。
魔力のエンチャントって言う効果を持ってる魔玉は、
もしかしたら攻撃属性がかわるのかも。
それで、ライチセイバーの方は、ステアワーズの作中の武器で、
イアルマスが扱う、フォルスの剣の名前。
その斬り合いは、ステアワーズの見所の一つなんだよね。
「でもね。いくらレベルが、そっちが二個上だったとしても。
流石に一撃で倒れるほど柔らかくないよ、あたし」
なんか、ちょっとむっとしてるなアヤメちゃん。
「それに」
バシッ。音の位置は、アヤメちゃんのところからした。
両手を打ち合わせて気合を入れた、そんな感じの音。
声がまた、女の子に声を初めてかけた時みたいに、少し低くなった。
「格闘家。甘く見ないでよね」
またザッて音。
うわ、どうしよう。
なんだか……ぼくがドキドキしてきたっ。
ーーこれが対人戦の緊張感か。
人が闘うの見……じゃなくて、聞くだけで、
こんなに緊張するんだ。
ぼくが対人戦することになったら……まともに動けるかなぁ?
そもそも、ぼくの視覚的な事情を知らない人相手じゃ、
勝てる気がしないけど。
知ってても、勝てるとは思えないんだから。
「やあっ!」
ザッ、アヤメちゃんが踏み込んだ。
掛け声とこの状況で、後ろに下がるとは思えないから、
そう思ったんだけどね。
「ぐっっ」
ビュッドンッ! って素早い音の流れの、ドンッと同時に
女の子のうめく声。声の後に、少し右の方で、
ヒュンッ スタ
って音。スタっと同時にカシャリ。受け身とったみたいだね。
「やりマースね」
「あなたがキャラクリで、どんなステータスの振り方したかは知らないけど。
あたし、物理攻撃に20振ってあるから、軽くないよ」
「なるほどデース。このダメージは、それが理由デースか」
「なに? ニヤっとしちゃって」
「あなたみたいなのを、なんてユウか。
カトリーヌ、知ってマース」
「あたしみたいなのって……どういうこと?」
ぼくにも、どういう意味なのかわかんない。
「ディス・イズ・脳筋、デース」
「だ……」
「誰が脳筋ですって!?」「アヤメちゃんは脳筋じゃないよっ!」
お……思わずぼく、ザワっと立ち上がっちゃったよ。
でも、ザザザッとアヤメちゃんが走る音がする。
どうも、ぼくのこと。気にできる余裕、ないみたいだね。
よっぽど頭に来たんだなぁ。
ドゴって言う、これまでより鈍い音を聞きながら、
ぼく、一人で気まずく、そっと草むらに座り直した。
なんか……恥ずかしい。
「アウッッ!」
ドゴッと同時の、女の子の声。
今回の攻撃で、声が真上に動いた。
もしかしてアヤメちゃん……相手を打ち上げた?
……そういえば。たしか格闘家の職業解説の戦闘スタイルが、
『格闘ゲームのような、力強くしかし身軽で、
激しいラッシュが特徴』、ってあったっけ?
「こんのぉっ!」
チャージの音。
飛んで追撃せずに、落ちて来るところに、
溜め攻撃で追撃するつもりなんだ。
「レイミニール!」
上から。軽く声が響いた。
「「なっ!?」」
ぼくたち同時の驚く声。
すぐ後に、「うあっっ!」ってアヤメちゃんの驚いたような声、
それと同時に、パシーって言う、なんか……痛そうな音がした。
「ど……どうして?」
「言ったじゃないデースか」の声の後、着地音。
空中で受け身とってからの、カウンターってことか。
「カトリーヌも、キャスティングレッドを
最初の装備に選んだ、って。あなたたちを見つけた時に、
既に魔力展開をオンしていたのデース」
グググ、グググ。って、しめつけられてるような音がする。
「この。はなし、て、よっ!」
「やられっぱなしは、イアルマスとして恥デース。
この拘束魔法レイミニール。カトリーヌはフォルスキャプチャーって
呼んでるデースけど。
このフォルスキャプチャー、抜けられマースか?
脳筋リア充さん?」
「だ、か、ら。あたしは、脳筋でも。リア充でも。ないってっ!」
苦しそうな、アヤメちゃんの声……。
ーーなにか……できないかな。ぼくに……。
考えろ。なにか。なにか……。
「くっ。こんなに。外れない、なんてっ」
ぼくのスキルは雲竜印。
「フォルスキャプチャー、そう簡単には抜けられないデース」
ロックオンもできる、目的地ナビのスキル。
「カトリーヌは、魔力と魔法防御にそれぞれ、
25ずつ最初のポイントを振りましたデース」
今、この女の子は……ぼくたちにとっては、敵。
「魔力を無視したあなたに、簡単に抜けられては、
イアルマス失格デース」
それなら!
「雲竜印。ロックオン」
小さく言う。
ーーよし。うねる空気は女の子にまっすぐだ。
「横から」
静かに立ち上がるぼく。
「ごめんなさい」
左腰に刺してある、ヌルマタイトの剣を抜いて、
「だけど」
両手で柄を持って、一度左腰のところまで引いてから、
「っ!」
うねる空気の音の中に放り投げた。
ヒュンって、風を切る音。
「えっっ?!」
女の子の、今まで以上にびっくりした声だ。
直後にカンって言う、鉄同士がぶつかったような、低い音がした。二つ音が重なって聞こえたのは、もしかして……。
「攻撃力、届いてない?」
特に痛そうな声、女の子は出してないからそう判断したんだ。
たぶん。今の重なって不協和音になった音の片方は、
きっと、ダメージが入ってないことを示す音なんだ。
ーーショックだなぁ。なにかできると思ったのに。
「魔力解除」
声にがっかりが、乗っちゃった。
肩の力が抜けて。ぼくは、ズサっと草むらに体重を預けた。
「落ち込まないでシオンくん」
ザッて言う音といっしょに、そうアヤメちゃんが元気づけてくれてる。
「でも、ぼく」
「あなたが剣を投げてくれたおかげで、
レイミニール、解除されたからっ!」
ザンって深く踏み込んだ音が、「ら」と同時にした。
ほんとだ。アヤメちゃん、動けてるっ!
「Shitっ!」
しまった、みたいな声で女の子が言った直後。
「はぁっ!」
そんな、すごい気迫の声といっしょに、
またドゴって音がした。
「くうっ!」
また、声が上に。
「今度はっ!」
その声の直後、ザって短い音とほぼ同時に、
ギューンって鈍く風を切る音。その更にすぐ後に、
チャージ音が上に動いた。
「落とすっ!」
上の方で、そんな力強いアヤメちゃんの声がした。
「Ukemiがまにあわ」
「でやっ!」
女の子の言葉の最中、ズドーンって言うすごい音と同時に
アヤメちゃんの、『落とす』に負けないぐらいの気迫の声。
「キャアアアアアッ!?」
女の子の声が、下に戻ってきながらしてる。
けっこうな高さから、叩き落とされたんだ、今ので。
ズドン!
今のは、どうも地面に激突した音みたい。
「んぐっっ」って、女の子の
息が詰まったような声がしたから。
その、音と同時の声がした直後に、
チャージ音が降りてきた。
「もう」
そう言った直後、着地したアヤメちゃん。
でも、その『もう』は、しょうがないなの
『もう』じゃない。
「一撃っ!!」
そう。もう一撃、を言うための『もう』だったんだ。
その声は、やっぱりすごい気迫で。
ズドーンの音と同時に、女の子の悲鳴が、
あっという間に小さくなるほどに、
すごい速度で、右にすっ飛んで行った。
「魔力解除」
ヒュオーって言う、静かに低い音がした。
その音が終わると、アヤメちゃんは、ふぅって疲れた息を吐いた。
「お疲れさま」
「ありがとシオンくん。ちょっと、鞘貸して」
「え?」
「剣、しまってあげる」
「ああ、そっか。ありがとう」
答えてぼくは、左腰から鞘を抜いて、前に差し出す。
パシって音といっしょに、前から力が加わったから、
ぼくは手を離す。
「それにしても、すごい威力だったね」
スー、カシン。そんな音が、ぼくの声に答えた。
「格闘家は、チャージ攻撃をいかにして当てるのか。
それが中型以上のモンスターとかNPC、対人戦ではネックだって
攻略サイトに書かれてた。
ヒット数が多いから、補正がどうのって書いてあったけど、
なんのことかわかんなかったな」
「はい」って言ったから、ぼくは左手をソロリソロリ前に出した。
指先にコツンと当たったから、ちょっと手を左にズラして剣を掴む。
「大丈夫なのかな、あの子」
言いながら、剣を左腰に刺す。
「大丈夫……だと思う。やりすぎちゃったかも、しれないけど」
恥ずかしそうに苦笑した声のアヤメちゃんに、
「大丈夫……だと、いいよね」
と、ぼくも苦笑いを返した。




