ストーリーログ6。認定クエストを受けましょう。 ファイル1
「見えて来たね」
立ち止まって、そう言うアヤメちゃんは、
直後に「って……シオン君はわかんないか」って苦笑いした。
「気にしないでいいよ、そんなこと」
って伝えて、ぼくにも町が近いのはわかってるしね、
そう続けた。
最初は抵抗あった「ちゃん」呼びだけど、
何度も呼ぶうちに慣れた。おかげで、もうてれずに呼べてる。
ザワザワ。空気の音とは違う。人の声みたいな音が、聞こえ始めて来た。
これが、町の印なんだと思う。
雲竜印の音にも変化がある。町のザワザワに近づくに従って、
少しずつ音に厚みが出てる。目的地だと、きっとこの空気のうねるような音は
うるさいくらいになるんじゃないかって思う。
「そうなの?」
「うん。空気の音とは違うザワザワは聞こえるし、
雲竜印の音もかわってるから」
感じてる変化を、そのまま伝える。
「雲竜印って、たしか。時短スキルで、
ロックオン機能もあるって言う、マイナーな奴だよね?」
確認するみたいに言うアヤメちゃん。
おまけみたいに言うほど、ロックオン機能って必要ないのかな?
……って、そっか。VRMMORPGなら、狩りゲーなんかよりも、
よっぽどその機能は、「見る」ことで代用できるもんね。
やっぱり。見える人とは、機能の重要度、違って来るんだなぁ。
「知ってるんだ」
意外って言うのが声に出ちゃった。
でも、
「キャラビルド考える時に、調べられるだけのことは調べたからね」
ぜんぜん気にしてないみたい。
「そうなんだ。それで、ロックオン機能があるって今知ったんだけど、
VRゲームで、見える人に必要なの?」
おまけみたいに言ってはいるけど、
いらないとは言ってない。どうしてなんだろう?
「うん。通常は必要ないけど、姿を消すような敵なんかには
有効だと思うよ。そういう装備とかモンスターが、
実装されたって話は聞かないけど、出てこないとも限らないからね」
「なるほど。そっか」
見えなくなる装備やアイテム、見えなくなる能力を持った
モンスターか。それ、もし実装するとしたら、
すっごくバランス取るの、難しいだろうなぁ。
「ところで、シオン君?」
「ん?」
「あたしが『見えて来た』って言っても……平気なの?」
遠慮がち。ぼくには、いったいなにを訊いてるのかわかんない。
だからそのまま、なにが? って聞き返した。
「え。あ、えっと、その……」
驚いた感じで、おどおどしてる。顔を声の方に向けて、答えを待つぼく。
ーー催促してるっぽいかな、これ?
「うん。その。見えるってことに関する表現、
使ってもいいのか、わかんなかったから」
やっぱり、遠慮がちな声。そっか、そんなこと気にするんだ。
じっと見てた ーー ぼくとしては、顔向けてるだけだけど ーー ことは
気にしてないみたいで、よかった。
「なんで気にするの?」
普通に聞き返す。
やっぱり不思議な感覚。なんで遠慮するんだろう?
「え、だって。見えるって感覚がわかるの、こっちだけだから。
共有できない感覚で、同意求められるの、いやかなって」
「そっか。気にするんだね、そういうこと」
あたしが、気にしすぎなのかもしれないけどね。
そう、苦笑い交じりに言うアヤメちゃんに、
ぼくは、そうかもねって笑い返した。
「ぼくの友達、ぜんぜん気にしてないもん。
ああ、勿論見える友達ね」
「ふぅん。それ、男の子でしょ」
断定で言うのに驚きながら、ぼくは「うん」って頷く。
「もしかして。その人って、ベルソ買わせてた人?」
「アハハ。買わせるために、ゲーム屋さん行ってたってわかったんだ」
今度は、ぼくが苦笑いする番だった。
「あんなやりとりしてたら、わかるって。お店の中、人少なかったから、
よく聞えてたんだよ、二人の会話」
楽しそうに言われて、顔が熱くなっちゃった。
はずかしい……。
「フフフ。ありがと。気にしないでいいのわかって、ほっとした」
今の「フフフ」は、もしかして赤くなったことに対してかな?
フフフの声、優しい感じだから、面白がってるって感じじゃなさそう。
「いや」
正面から、ありがとなんて言われて、
今さっきとは違う理由で、うっすら顔が熱い。
「いこ、シオン君」
楽しそうなアヤメちゃんと、
「う、うん。そうだね、いこう」
って、てれくささが残るぼく。
「はい」って言うのと同時に、いったん
ぼくの左腕を掴むアヤメちゃん。
腕のだいたいの位置を、教えてくれたことに、
ありがとうってお礼して、その柔らかい腕をまた掴んで、
そうしてぼくたちは、変わらずの手引きのスタイルで歩き出した。
勿論、白杖がわりの木剣を、
地面に、這わせるようにするのも忘れない。
今、掴まりなおしてわかった。
アヤメちゃんの腕に掴まるのに、緊張しないで済むようになったみたい。
相変わらず、柔らかくてドキドキするんだけどね。
***
「ついたよ」
足を止めて、直後そう教えてくれた。
「そうみたいだね。雲竜印の音が
うるさいぐらいだし。ありがとう」
なんとか、アヤメちゃんの声を聞きとってお礼する。
「どういたしまして」
普通に返してくれたのに、一つ頷いて
ぼくは、一つ宣言した。
「魔法解除」
ぼくの声をトリガーにして、空気のうねるような音はフェードアウト。
雲竜印の音が、完全に消えたのを確認して、
また、ぼくは一つ頷いた。
「改めて、介助、おねがいします」
「はぁい」
笑顔なのがわかる声で言って、アヤメちゃんは歩き出した。
冗談めかした言い方、伝わってたみたいでよかった。
表情かわってないからね、ぼく。
「まずは、ファイターズギルドに向かいまーす」
「なにそれ?」
吹き出しながらのぼく。
だって、アヤメちゃんの言い方、
エレベーターガールみたいなんだもん。
「フフフ。なんか、この状態が面白くって」
ほんとに楽しそうで、ぼくも「そうなんだ》って、
つられて笑っちゃった。
ファイターズギルドは、プレイヤーにクエストを提供する施設で、
ここに登録しないと報酬がもらえなくて、
武具を強化したり、アイテムが買えなかったりするんだ。
人の気配が沢山する中を、ぼくは変わらないスタイルで歩く。
でも……誰もいなかった時は平気だったのに。
人がいるって思ったら、とたんにてれくさくなって
……また……手汗が……。
「あれ? どうしたのシオン君? また緊張してる?」
「え、あ、うん。人、いるから……」
「あ、ああ。そうゆう……ことね」
アヤメちゃん、声が少し小さくなった。少し腕が熱くなったな。
てれてるのかな、アヤメちゃんも。
「み……みんなNPCだと思えばいいんだよ。
この、生っぽい人の声だって、みぃんな。ね?」
「アヤメちゃん、声が上ずってるよ」
「ご……ごまかしてるんだから、いいあてないでよもぅ。
耳がいいのも考え物だなぁ」
また苦笑いしたから、ごめんって小さく頭を下げる。
「ま、まあ。いいよ。きにして……ないから」
今さっき、誤魔化したって言ってたのになぁ。
「なぁに、その目は?」
「あ、いえ。なんでもないです」
思ったこと、顔に出ちゃったみたい。
「ならよし」
「わっ! ちょ、ちょっとっ、走らないでっ!
アヤメちゃん足早いんだからっ!」
バランスを崩しそうになりながら、
ぼくは、アヤメちゃんの腕に掴まって、引っ張られて行く。
ザリザリ地面をこする、木剣の音に驚いたのか、
ザワザワの音が、ノイズから人の声にかわった感じがした。
「ちょ、ちょっとシオンくん木剣浮かせて! 人見てるっ!」
「ああ、やっぱりそうだったんだ」
片付けて、って言わないのは、
アヤメちゃんが、ぼくの事情と歩き方を
知ってるからだろうと思う。
アヤメちゃんに見つけてもらえたのは、
運が良かったんだろうなぁ、きっと。
「わかってるなら木剣地面から離しておねがいだからっ!」
また声が上ずってる。周りにいるのが、NPCじゃないんだな。
まくしたててるから、恥ずかしがってるのがすぐわかった。
「笑ってないで、はやくぅ!」
「わかりました」
含み笑いで答えて、少し木剣を地面から離した。
そしたら、地面をこする音は、少しの余韻を残して消えた。
***
「ふぅ。やっとついたー!」
タッ タッッ タッッッ。少しずつ、速度を落としたアヤメちゃん。
ザッと地面に足をこすりつけて、ブレーキをかけた後での、
息をぶはっと吐きながらの、疲れたような声。
「ありがとう」
ぼくも減速して止まってから、ふぅっと
疲労の息の後でそうお礼。
「ううん。ここ、ファイターズギルドの入り口だから、
まだ手引き……だっけ? は終わってないよ」
突然、パッと手を離したアヤメちゃん。
どうしたのかなって思ったら、「ん~」ってのびした。
「あ、ごめんね。怖かった?」
「ちょっと、ね」
まだ終わってない、って言ったすぐ後に手を離したから、
どういうことなんだろうって、ちょっと混乱しもしたんだけどね。
「ごめんごめん、言わないとだよね。反省反省」
困ったように言うアヤメちゃんに、
「じゃあ反省ついでに」
っておねがいを振る。
「なに?」
ちょっと警戒した感じだ。大したことないことなんだけど、
反省ついでにって言うのが、警戒させちゃったのかな?
でも冗談の一環だから、反省しないけど。
なんて、ちょっといじわるなこと言ったりして。
「ぼくものびしたいから、ちょっと木剣持っててくれないかな?」
「な、なぁんだ そんなことか。いいよ」
安心したみたい。ぼくは、木剣を左手に持ち替えた。
そしたら、ぼくとは違う力が加わった。
左に、少し引っ張られる感じが来たから、
ぼくは、木剣から手を離す。左に動く足音が数歩分。
腕が、ぶつからないようにしてくれたのかな?
足音が止まったのを確認してから、
ぼくは思いっきり、腕と体を空にのばした。
どうしても、「ん~」って声って、出ちゃうんだなぁ。
腕を降ろしたところで、また足音がこっち側に数歩分。
「はい、ここね」
パシパシっと、木剣を叩くアヤメちゃん。
わかったって頷いてから、ぼくは叩かれた音に向かって手を伸ばして、
転ばぬ先の杖ならぬ、転ばぬ先の剣を受け取った。
すごいなこの人。
場所を音で知らせるなんて、
見える人、あんまり思いつかないと思うんだけど、
なにげなくやってる。
きっと、ぼくの感心なんて知らないアヤメちゃんは、
森からここ、アインスベルグに歩き出す時と同じように
腕を、ぼくに触れさせる形で差し出してくれたから、
ぼくはそれを掴んだ。
そうして、まるで当然のように手引きスタイルを取って、
ぼくたちはいっしょに、ファイターズギルドに足を踏み入れた。




