ストーリーログ1。VRゲームを始めることになりました!? ファイル1
あらすじでも書いてありますが改めて。
盲目オタクのゲームライフ
この設定に嫌悪感 不快感を感じた読者さんは、ブラウザバックしてください。
大丈夫だという方は、本文へどうぞ。
2034年8月1日午後1時。今日も安定の猛暑日だ。
ジリジリと照り付ける太陽が、ぼくたちの肌をじわじわと焼いて行く。
熱気を纏う世界が、体力をガンガン奪っていく。
4つの靴音に混じる、カッ カッと言う石突が地面を打つ音。
掴まる左手に伝わる、じんわりと汗ばんだ
ウイト君の右二の腕の不快感。
手がふさがってて汗が拭えないのが、この季節の外出で困るところ。
それでも隙を見つけては、こっそりと白杖を持ち替えて
腕で拭ったりはするんだけどね。
「ウイト君。なんでわざわざ、こんな暑いさなかに
行かなきゃいけないの?」
セミの合唱をBGMに歩きながら、
ぼくは溜息交じりに、横の友人に問いかけた。
言葉を吐き出すだけで、喉に熱い空気が入り込んで、
ぼくの声を砂漠にしていく。
「とか言ってお前。暑さじゃなくて、買いに行くのがいやなんだろ?」
聞くからにからかった声色で、半歩前にいるウイト君が言う。
「だって。ぼくにできるわけないじゃないか」
暑さにうんざりするように見せかけて、
ウイト君の強引さにうんざりしながら、
ぼくはあたりまえのことを切り返す。
いつものように、ウイト君の足をひっかけてしまわないように、
右手の白杖を注意しながら動かし、一歩ずつ目的地へと歩く。
暑さと精神的な理由で、足運びはズルズルだ。
「やってみなくちゃわからないだろ、いい加減にしろ」
冗句なテンションでそう言って来る。
「わかるってば。だって、VRだよVR。
他以上に、目でするジャンルじゃないか」
言い返すぼくは呆れトーン。
「格ゲーと狩りゲーをやりこんでる点字使いなんて、
俺はお前しか知らないぞ。そういう意味で言えば、
ゲームそのものが、お前にとっちゃジャンルの外だろう。
ゲームジャンルが違ったぐらい、なんてこたないだろうぜ」
雑踏の中に一つ、ゲームのPVが目立って聞こえる。
店外のモニターから流れて来る物だ。
目的地ーーゲーム屋さんが近い。
「てきとうなこと言うんだから。なら今度、ウイト君やってみればいいよ。
目をつぶったまんまでベルソをさ」
八つ当たりといじけが混じったような声で、ぼくは悪態をつく。
思わず、白杖を打ち付ける力が強くなるのも、しかたないことだよ。
「出たな。お前がよく言う、そうまで言うなら体感して見ろ理論」
楽しそうに言う。ちょっとむっと来る。
「だって、そうじゃなきゃわからないじゃないか、
ぼくの言うことの真実味なんて」
だから、そんな調子で言い返した。
「ハッハッハー、まーなー」
聞き流すかの如く軽い言い方。はぁ、まったくこの人は。
ベルソこと我朧皇伝ヴェルゼルガ・ソード。
ぼくが今日買う羽目になった、VRMMORPGのタイトルだ。
ソフトの発売、サービス開始は今年の七夕から。
今のご時世、珍しくもないVRMMO。
弾きつけられるカッコイイタイトルで、
ぼくは、このゲームのことを調べて行った。
リアル中二には、ズバっとストライクな名前なのである。
VRがプレイできるなんて思ってない。
けど雰囲気を味わいたくて、プレイヤーのコミュニティを見て、
プレイ動画を見て
ーー って言っても、実際は
動画から流れて来る、音を聴いてるだけなんだけど ーー
、楽しそうなゲームだなって、そう思ってるんだ。
ぼくは、ウイト君にそんな話をしてた。
とはいえ、ジャンケン三本勝負の勝利者権限で、
ぼくじゃできないってわかってるくせに、
その、ぼくじゃできないジャンルのゲームを
買わせるなんて、ウイト君あんまりだと思うんだ。
「そういじけんなってー。狩りゲーができるんだから
問題ねえだろ。おんなじおんなじ」
軽く言ってくれるよ。
ソフト一本とVRセット一式分のお金、
無駄になるって言うのに、その重み
絶対わかってないもんこの人。
「絶対違う。だって、他のジャンルはともかく
VRは、視覚なかったら、面白いわけないじゃない」
「やりもしねえで、頑なだなぁ。
やらずに諦めるよか、やって後悔しろって。
ほら、ついたぞ」
その言葉と同時に、自動ドアの開く音。
横にスライドした直後から、店内の喧騒の音がクリアになって、
それと同時に、身震いするほどガンガンに効いたエアコンの空気が
ぼくたちを出迎えた。
かいてきた汗が冷やされたせいだろう、
ティーシャツが冷たく張り付いて、寒さが抜けてくれない。
今真夏だよ?
「もうウイト君。ぼくが、一人じゃ店内動き回れないのをいいことにっ。
絶対ベルソのとこ行ってるでしょ?」
「なにを言ってるんだ、当然じゃないか。
それが目的なんだから」
「涼しい顔して言うんだからなぁ……」
「そりゃここは涼しいからな」
「そういうことじゃないっ」
「ハハハ。いやー、元気だなぁ紫苑。くそ暑いって言うのに」
「誰が叫ばせてるの誰が」
「うん、俺」
抑揚なくさらっと言った直後、プラスチックの箱を強めに掴んだような、
コトって音がした。
その音と同時に、「うし」ってウイト君の、
かみしめたような声が。
「一式セットのバージョン再販かかるって情報、
正しかったみたいだな」
「ニヤニヤしてるし……」
ウイト君は、感情がそのまま声色に現れるから、
簡単に、なに考えてるのかわかる。
逆ポーカーフェイスは分かり易くて、
顔の見えないぼくには、助かるって言えば助かるんだけど……
こうも、からかって来るばっかりなのは困る。
「なあ紫苑」
「ん?」
しかたなく相槌。
「ここまで来といて、お金が足りませんでした、
なんてことはないだろうなぁ?」
「そっちの方が背が高い癖に、下から見上げないでよね。まったく。
大丈夫。一応、セットを買っても大丈夫なように
お金持って来たから」
はぁ。ただでさえ暑くて疲れるって言うのに、
ウイト君といると、精神的にも疲れちゃうよね。
「よし、よくやった。
やっぱ、買う気だったんじゃねーか、このぉ」
「つっつかないで」
不機嫌丸出しで抗議する。
「じゃ、レジいくぞー」
でも、気にした様子なんてまったくなく。
「わっ、ひっぱんないでっ」
不安定な足取りで、ぼくはウイト君に
むりやりレジまで引っ張って行かれてしまった。
ちょっと怖いから、いきなり引っ張るのやめて
って言ってるのに、やめてくれないんだからなぁ。
「あの。これ、VRゲームですが、よろしいですか?」
声のかわいい女性店員さんが、心配そうな声で尋ねて来た。
ウイト君がヴェルソを指して、なにかジェスチャーしたみたい。
予想。ぼくとソフトを交互に指差した。ぼくにバレないと思ってやったな?
「はい、問題ないです」
「そうですか。それでは」
ウイト君の力強い声に、納得行ってない声色で、
店員さんは会計に移った。
「はい、ちょうどいただきます。大きいですから、
帰り道気を付けてくださいね」
ぼくの前にヴェルソ一式の入った袋をおいて、
店員さんはそう気遣ってくれた。
「あの。ありがとうございます」
どうもこういう、かわいい声の店員さんとやりとりするの、
緊張しちゃうんだよなぁ。
袋の腕を通すところを、手探りで見つけて右腕に通して、
ウイト君の右腕に掴まりレジに背を向けた。
「ん?」
「どうした紫苑?」
「うん。今、ぼくに向けて『えっ?』って
びっくりした声がしたんだ」
女の子の声だったけど、それは別に言わなくてもいいかな。
言ったら「妄想じゃね?」って、からかわれそうだし。
「そりゃそうだろう。だって、それ持ってんのに
ベルソ買ってんだぞ。驚かない方がおかしいぜ」
ケラケラと楽しそうに笑うウイト君に、
それもそっかって納得する。
彼の言う「それ」は、間違いなく白杖のことだ。
きっと、これまでもびっくりしてた人はいたんだろうけど、
今みたいに、声に出してびっくりしてる人を見るのは
初めてだったから、ぼくもちょっとびっくりしちゃったんだ。
勿論目で見たわけじゃないけどね。
顏を向けたところで、ぼくには見えないし。
「ありがとーございましたー」
閉まり行く自動ドアの音に合わせるように、
店員さんからの挨拶が聞こえた。
「はぁ」
いろんな意味を含んだ、大きな溜息を吐く。
買っちゃった。買わされちゃったよ。VRゲーム。
「よっしゃー帰るぞー、蘭ちゃんも待ってることだしな」
「そうですね」
ずっしりした声で答える。元気だなぁウイト君は。
早く、エアコン効いた我が家に帰りたい。
ぼくはそれだけを考えることにして、
再び石突を、やけくそ気味に地面に打ち付けるのだった。
***
「おかえりー。って、え゛!? ほんとに買ってきちゃったの!?」
玄関扉横のスペースに、白杖を立てかけていると
ゲーム屋さんの袋を見てだろう、妹の蘭が
驚愕の声でぼくらを迎えた。
「開口一番それ? ただいま蘭」
靴を脱ぎながら言葉を返す。
「もっかいお邪魔するぜー」
ウイト君の方から、ヒュっと僅かに風が来る。
そんな勢いで、右手上げなくてもいいんじゃないかな?
「うん。お兄ちゃん、ほんとにほんとにやる気なの? ベルソ」
ウイト君には、てきとうに返事したようにしか聞こえない相槌後、
ぼくの後を、まるでコガモみたいについて来る。
「だから、いつも言ってるだろ蘭。
洗面所について来る必要ないって」
疲労感と相まって、うんざり度が
いつもより上になっちゃったよ。
質問に答えなかったのは、ぼくの中で答えが出てないから。
買って来た以上はプレイする。それはきっと常識だろうし、
ぼくだって、ゲームジャンルさえぼくに適切なら
即答できるんだけどね。
「いいじゃない、お兄ちゃんのこと見てたいんだからー」
そうだろうとは思ったけど、注意すれども
妹には効果がなかった。そうだよね。
効果的だったら、既に懲りてるよね、うん。
「まったく、ごちそうさまですよ」
「なにがだよ」
呆れた声でぼやいてから、
「ウイト君、これ持っててくれる?」
右腕を差し出すと、意図をくんでくれたみたい。
ぼくの右腕から、ベルソセットの入った袋を、抜き取ってくれた。
「ありがとう」
蛇口をひねって冷水を手に欠けながら言って、手洗いを始める。
はぁ、水が気持ちいいなぁ。
口をすすぐことで、水分を軽く口の中に入れてから、
キュッキュと冷水を止めてリビングへ。
「っ」
開き戸……って言うんだよね、前後に開けるドア。
それを開けて居間に入ったとたん、
ゲーム屋さんほどじゃないけど、
冷たい空気がぼくの体を震わせた。
「蘭。ちょっと設定温度、低くない?」
左腕で自分を抱きしめる。このままじゃ風邪ひいちゃうって。
「そう? 23度だけど」
「寒いって、最低25度にしてって、言ってるじゃないか」
「だって、それだと足りないんだもん」
「体壊すよ」
「大丈夫だよ。子供は風の子、って言うでしょ」
「勝ち誇って言ってるところ悪いけど。
このままだと風邪、ふうじゃの子になるよ蘭」
言いながら冷蔵庫に向かう。
あえて漢字の読み方を付け足したのは、
発音が同じ「かぜのこ」になるから、
誤解を避けるためだ。
500mlペットボトル入りの、スポーツドリンクを
取り出して飲む。いや、飲もうとして、おかしなことに気付いた。
「蘭。また、ぼくのと場所入れ替えただろ」
妹の方を向いて、せいいっぱい不機嫌な顔をした。
いや、したつもりになっている。
ぼくの表情について、いつもリアクションがないから
ちゃんと不機嫌な顔なのか、わかんないんだよね。
「んもぅ、なんで見破っちゃうの?
分量調節して、バレないようにしたのにぃ」
悔しそうに地団太踏んでいる。アニメじゃないんだから……。
「お兄ちゃんとの間接キス、
今回も失敗だなぁ蘭ちゃん~」
「ほんとだよ」
ちゃかし200パーセントのウイト君に、いじけた声色になる妹。
ぼくは口を閉じたままで、口角だけを上げた。
ぼくなりの、してやったり顔だ。
ぼくのと妹のペットボトルには、少しだけ違いがある。
ぼくの方が、キノコの傘みたいになってるボトルの上半分の、
その傘が短いのだ。
妹がこれに気付かないのは、不思議に思う。
見えてると、逆に気にならない、なんてことがあるんだろうか?
「ふぅ」
少し飲んで一息。
「よし。プレイヤー君が一息ついたことだし、セッティングしようぜ」
「え? もうやるの?」
「全裸は急げ、って言うだろ?」
ぼくの答えを待つことなしに、二階にあるぼくの部屋まで、
ベルソセットを運搬していくウイト君。
「『ら』はいらない!」
追いかけるぼくの後ろから、
「全裸。全裸のお兄ちゃん……はわーっ」
なんて、おかしな黄色い声が聞こえたけどスルーだスルー!