2-10 水族館
ようやく二章の終わりが見えてきました。
「起きろー! 朝だぞー!」
カーテンが開かれて朝日が差し込む。眩しくて布団を被って二度寝を決め込もうとするが、身体を揺さぶられる。
「うっ……。あと五分……」
「今日は、まゆりと水族館の日だぞ! 忘れたのか?!」
「ん……。あぁ、ってやば!!」
寝惚けて状況把握に遅れるが、目が覚めて理解してくると焦りが生じる。
時間を確認すると、あまり時間に余裕がない。
昨夜、まゆりちゃんから再び電話があったのだが、凄く楽しみにしている様子だった。
遅れたりなんてしたらやばい。シスコンの東条に何されるか分からない。
「とにかく準備しなきゃ」
飛び跳ねるようにベッドから起きて、準備をする。
「黒猫は準備出来たのか?」
「うむ。バッチリだ」
そうこうして三十分後に全ての準備が完了した。
今日の待ち合わせ場所は、水族館のある最寄り駅の時計台。
恐らく十分前程に到着できるだろう。
後は、ゴールデンウィークで大勢の人混みの中から東条達を見つけられるのかという話になるわけだが、それに関しては心配ない。
本当にスキル様々と言った感じだ。
「じゃあ行くかー」
「おー!」
徒歩で駅まで歩き、電車で数駅移動して目的地の時計台まで着いたのが、予定通りの十五分前。
東条たちの姿はまだなかった。
それにしてもゴールデンウィークどうだけあって何処も彼処も混んでいる。この時計台には待ち合わせのカップルや学生などの人々でいっぱいだ。
かく言う俺もリア充と言っても良いのではないだろうか。
恋人なんて生易しい関係ではないにしろ、人間でないにしろ女性の部下が沢山いる訳だし、これからもクラスメイトと水族館へ行くのだ。
たとえ恋愛感情が無かったとしても、これをリア充と呼ばずしてなんというのだろうか。
そう! 俺はリア充なんだ。
「……ユート、変な事考えてる? 顔が気持ち悪いぞ」
「なっ! なんてこと言うんだよ黒猫」
「事実を言っただけだぞ?」
「なおさら傷つくわ……」
そんなやりとりをしている間にマップに反応があった。もうすぐここに来るだろう。
後は全然待ってないですよ、とアピールをすれば第一任務完了だ。
「お、来たようだな」
黒猫の声音もいつもより高めで、嬉しいことが伝わってくる。
そして、俺は保護者として彼女たちを守らなければならないわけだ。黒猫は、いいとしてもまゆりちゃんが人混みに流されて迷子になるなんてことあってはならない。
いざとなれば、バレないように魔法でも使えばいいだろう。まぁ、使わないのが一番だが。
「あっ! くーちゃんだぁーー!」
「あ、ちょっと待って」
改札を通り抜けると俺たちを見つけたまゆりちゃんが、小さな歩幅で走り出す。
人に当たりそうになるが、黒猫がサッと前に出てまゆりちゃんを守る。流石の身のこなしだ。
「悪いね上坂。少し遅れた」
「いや、俺らも今来たばかりだから気にするな」
「おはようございます! 今日はよろしくお願いします! 悠斗お兄ちゃんっ!」
「まゆりちゃん、こちらこそよろしく。黒猫と仲良くしてあげてね」
礼儀正しくまゆりちゃんがぺこりとお辞儀をするので、俺は目線を合わせて、よろしくと笑って見せた。
そんな俺を黒猫は、からかって悠斗お兄ちゃんなどと呼び、悪い顔をしながら囁いてくる。
そして、そんな光景を目にするまゆりちゃんが笑った。東条は、呆れた様子だったがこんな平和な時間があってもいいのかもしれない。
俺と東条で子供たちを挟むように手を繋ぎ、まるで親子のように水族館へ向かう。東条は、なんで私が、と抵抗していたもののまゆりちゃんのお願いで渋々手を繋いでいる。
「あ! 水族館だよ!」
まゆりちゃんが視界に入った水族館の敷地を見てそう言った。黒猫もワクワクした様子だ。
そうして水族館へ入るとクジ引きで当たったかのようにカランカランっと鐘の音が鳴った。
何事だろうか、と思っていると職員が数名近付いてきた。その横には、この水族館のマスコットキャラクターだと思われるイルカの着ぐるみもいる。
「おめでとうございますっ! お客様は当水族館の四千万人目の来場者です!! 記念に表彰と贈呈品がありますのでステージにお上がり下さい」
職員に促されるままに案内される俺達。
「まさか四千万人目になるなんて……」
「あぁ、驚いたな。でも、子供らは喜んでいるみたいだし贈呈品も気になるだろ?」
「まぁ、それはそうだけど」
東条との距離が微妙に近付いてきたかもしれない、と実感しつつ俺は誰が贈呈品を受け取るのか、まゆりちゃんと黒猫に聞いてみた。
「んー」
「まゆりが受け取るといい」
黒猫は気を使ってそう言うが、まゆりちゃんが出した答えは、
「じゃあ、二人で! だめ……?」
「おぉ、その手があったか。のう、ユートいいだろう?」
「あぁ、そうするといいよ。俺達は後ろから見てるよ。写真もいっぱい撮ってやる」
俺はスマホを構えた。
横を見ると東条も同じように構えていて……。
なんだよ、やっぱシスコンじゃねーか。
■□
「贈呈品がイルカのぬいぐるみと年間パスポート……。まぁ、喜んでるからいいのかな」
ガラス張りの窓から見える様々な魚を真剣に眺める黒猫たちを見ながらそう思う。
授与式では、黒猫とまゆりちゃんのツーショットをスマホに収めて、贈呈品にイルカのぬいぐるみと年間パスポートを貰った。
まゆりちゃんは大喜びで、職員や周りの客たちは微笑ましそうに二人を祝福していた。勿論、俺と東条も。
それからマスコットキャラクターのイルカと記念撮影をして、現在に至る。
水族館に来たのはもう何年も前の話で、俺自身も懐かしく感じながら普段は見れない魚を見ながら癒されている。
東条は、あまり懐かしむ様子がないので興味が無いのか、何度が来たのだろうかと思った。
黒猫たちから目を離さないように、俺も水族館を満喫していると東条から声をかけられる。
「上坂、ありがと」
「こっちこそどうもです」
いきなりお礼を言われて、隣で歩くことさえ気恥しい。思わず視線を逸らしてしまう。
「あー、なんて言うか不思議な縁だよな」
「は? いきなり何?」
気まずい雰囲気を替えようと話を変えたのに、何故か怒られるという理不尽。解せぬ。
「数日前にたまたまスーパーで会ったことがきっかけで、水族館に一緒に来るなんて思いもしなかったからさ」
「まぁ、確かに普段はあんたと関わることもないしね」
「けど、どっちみち関わることになってたよ。多分」
例えば、幽霊関係とかでね。
あの日見た幽霊を追い払う様子は忘れていない。
霊達を浄化する俺と、いつかは関わることになるだろうという予感はしていた。
「ふーん」
興味無さそうに先へと歩いていく。
そして、まゆりちゃんが東条の元へやってくると、
「あーちゃん、イルカショーが見たい!」
そう言うので、パンフレットを開くと丁度ショーが見られるようだ。
そのことを伝えるとまゆりちゃんは、満面の笑みで喜んだ。
はわわっ、そんな笑顔を向けられたら俺、浄化されちゃう。
「じゃあ、イルカさんを見に行こうか?」
「うん!」
そんな幸せな会話をしていると黒猫に訝しげな視線を向けられる。
「なんだよ」
「いや、ユートってロリコン?」
「ばっ、お前何言ってやがんだ」
全く、とんでもない発言をしやがる。どう見たら俺がロリコンに見えるっていうんだ。
「なーんだ。勘違いだったか」
「そうそう。さぁ、まゆりちゃんが待ってるから行ってこい」
任せろ、と頼もしい一言を添えて黒猫は、まゆりちゃんが迷子にならないように手を繋いで先を歩く。
そして、振り返ると俺に向けてグッと親指を立てて、いいねのポーズをしてくる。
その可愛らしい彼女に胸打たれながら、俺もいいねを返す。
「あんた達、いつもこんなんなの?」
横で見ていた東条が、苦笑いしながら聞いてくる。
「まぁ、そうだな。いつもこんな感じだよ」
「ふーん。仲良いんだね」
「まぁね。さぁ、俺達も行こうか」
俺が、前に視線を向けると東条も前を見た。その先には、早く早くと言わんばかりに手を振る二人の少女。
それを見ると東条も、ふっと笑って小さく手を振りながら、彼女たちの元へと向かった。
■□
イルカショーが終わり、楽しい遊びの時間もあと僅か……。
楽しかった水族館を惜しみながら思い出を語り歩く。
「楽しかったー!」
「そうだな。イルカが凄い飛んでたな」
二人とも楽しんでくれていたようで、連れてきたこちらとしては大変嬉しい限りだ。
「また来たい!」
「そうだね。まーちゃんがいい子にしてたらまた来れるよ」
「うん! いい子にするー! だから、くーちゃんとユートお兄ちゃんと遊びたい!」
遊んでも遊び足りない元気なまゆりちゃんは、駄々をこねる。
余程、黒猫や俺の事を気に入ってくれているみたいだ。とても嬉しく誇らしい気持ちだ。
そんな気持ちを表には出さないようにしながらも、微笑ましくて口元が緩んでしまう。
それにしても母親のように、包容力がある。慣れた様子で、まゆりちゃんを宥めるとおんぶを強請られて渋々背負う。
普段の彼女とは、掛け離れているこの光景に違和感を感じなくなっていた。
「東条、まゆりちゃん。今日は楽しかったよ。な、黒猫?」
「うむ。楽しかったぞ」
「だから良ければまた、遊んでくれるかな」
呆気に取られたように、呆然とする東条と嬉しそうなまゆりちゃん。しばらくすると、ハッとして俺たちに向き合う。
「こっちこそ今日は……あ、ありがとう……。ほら、まーちゃんも」
「ありがとう! また遊ぼーね!」
そうして、別れを惜しみながら俺たちは手を振った。
見えなくなると、俺たちも我が家へ……。
そう思っていたのだが——念話が届いた。
『迷宮へ侵入者。敵の数約五千。不死者の群勢です』
——ラピスからの報告は、絶望的なものだった。
宣伝ですが……『図書室の人形』という恋愛系の短編を書いてみました。軽く読めると思うので、是非。