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リアルダンジョン  作者: 真城まひろ
二章 魔境探索
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2-9 死の森のオアシス

大幅に遅れました……。

 翌日、二度目の魔境に足を運んでいた。

 死の灰が降り積もって、灰色の世界は全く変わっていない。

 どこまでも続くような、気が遠くなる遠近感の中、レイリーと共に敵を避けつつ先へと進んでいく。


「なぁ、レイリー。今向かってる死の森のオアシスってどんな所なんだ?」

『現地に着いて自身の目で見てもらった方が早いと思いますが……。簡単に言えば、死の森の中で唯一死んでない場所です「この死んだ土地にそんなところがあるのか……」


 辺りを見回しても灰色の景色が続くだけで、とてもそんな場所が存在するとは思えない。それでも、ここは魔境だ。

 存在し得ないものが存在する未知の場所。

 そもそもの話、俺にとっては異世界であること自体が未知であるのだが……彼女の話を聞いていると一度見てみてみたいと思う。


 レイリーの背に乗って疾風の如く駆け抜けていると、マップに赤色の光点が無数に反応した。動きは無く、一定の間隔であることから樹木に扮した悪魔のイビルツリーという魔物が思い浮かぶ。

 一見すると普通の木々であるのだが、敵を感知し自身の攻撃範囲に侵入した瞬間、根がうねり狂って捕食するとの事。

 ソフィーとの魔物講座で習ったものだ。レイリーにも気をつけろと言われている。


 遮蔽物になっていた巨石を乗り越えて、視認できる距離まで来ると解析を発動させる。

 案の定、敵は悪魔のイビルツリーであることが分かった。


「レイリー! 前方の木々のほぼ全てが悪魔のイビルツリーだ! 空を駆けろ!」

『行きます!』


 レイリーの四肢が巨石を踏み砕き、空を踏みしめて駆け昇る。

 風の抵抗も死の灰を遮る結界によって緩和され、余裕を持って悪魔のイビルツリーの動向を探る。


 動きが無い……。

 そう思った瞬間、恐ろしく悍ましい程の殺気を感じる。あの全ての敵が俺たちを標的に一点に定めている。

 その事実に気が付くようになっただけでも成長しているのだろう。

 しかし、それならば気が付かなかった方が幸せだと思うほどに恐怖を感じた。

 冷や汗が止まらない。身体が震える。怖い。

 押さえ込んでいた感情が溢れだしそうになる。


「……はぁ、はぁ」


 呼吸が乱れる。胸が苦しい。

 そして、畳み掛けるように攻撃を仕掛けて来る。

 槍のように鋭い突きを放つ根を、躱しながら高度を上げていく。


『アオォォォォンッ!』


 咆哮するレイリー。俺には肌がピリつく程度の威圧しか感じないが、悪魔のイビルツリーは動きを止めていた。

 これが恐らく、威圧や殺気を操作する高度な技術なのだろう。


 その止まった一瞬を駆け抜けて、攻撃領域内を突破する。

 いつしか、震えも動悸も治まり安心感のある彼女の背中に身体を預けていた。


「あったけー……。はぁ、それにしても本物の戦場にビビってしまった」

『あのソフィーに鍛錬をつけてもらっているのだから、主としてしっかりして欲しいですね』


 辛辣な、そして的確な言葉が俺に突き刺さる。


「ぐふぅ……。ごもっともです」


 実戦に慣れるというのは難しい事だ。それでも、これから必要になるだろう事は想像に難くない。

 故にこの壁を超えなければ、次の高みへと進むことが出来ないだろう。


「次に戦闘になることがあったら、俺に任せてくれないか?」

『はい。了解しました』

「ありがとう。あ、でも、ヤバくなったら助けて欲しいなぁ……なんて」

『は、はぁ……』


 呆れた溜め息が聞こえた。

 ごめんね、頼りない主人で。


「ん!? あれは、もしかして……」


 視界に映る僅かな緑。マップの表示では恐らく東京ドーム一個分。

 なるほど、確かにあれは……。


『はい。あれが死の森のオアシスです』


■□


 オアシスの領域内に入ると死の灰が降り積もることなく、まるで結界にでも阻まれているように灰は降って来ない。

 太陽が見えず、寒いように感じていたのが嘘のように暖かな陽気にさらされたように感じる。


 特に、見たこともない草木や果実は目を引く。林檎のような果実もあるが、果たして味はどうなのだろうか。


「解析……よし、毒はないみたいだな」


 一口食べてみた。


「ん!? うまっ! 甘い! リンゴだけどリンゴじゃないみたいだ」


 食感も日本のリンゴに似ていたが、味の質という点でいえばこの林檎の方が美味しいと思う。

 過酷な環境で育つと美味くなると聞いたことがあるけど、そういうものなのだろうか。


『このオアシスは魔物も出入りするので一応気を付けてください。とは言ってもこのオアシスの存在は魔物にとっても大切なものですから戦闘にはならないと思いますが……』

「へぇー。ここは非戦闘領域みたいなもんか」


 ゆっくりと周りを見て回ると様々な種類の果実を見つけたが、その中でも黄色の林檎を見つけた時、一瞬だけ黄金の林檎に見えて驚いた。


「なんだ、黄色か。黄金のリンゴとかだったら凄そうなのに」

『黄金のリンゴは存在するそうですよ』

「マジで?!」

『はい。母から聞いた話ですが、かつて死の森の領域内に黄金のリンゴが出現したと』

「黄金のリンゴは食べるとやっぱり不死になれるとか?」

『えぇ、確かそれだけではなく死者の復活、強大な魔力、生者が食べれば若返る、などが効力だそうです』

「まさしく幻の果実だな。そんなのがあるなら欲しいけどなぁ……。まぁ、都合よく手に入る訳もないか」


 ははは、と和やかな会話を交わしながら進んでいると、透き通る泉とその中央の巨木が見える。

 空気中に雪の結晶のような光り輝くものが浮遊している。それは、巨木の中心部に多く見られる。発生源なのかもしれない。


「……」


 あまりの幻想的な景色に目を奪われる。声も出ない。

 ただただ、巨木……いや、霊樹とも呼ぶべき神聖な樹の迫力と全体の景色の神秘さに圧倒される。

 人間じゃない俺が、浄化されてしまうのではないかと心配になるほどだ。


 初めて絶景とも呼べるこの景色を見ることが出来て感激し、堪能していると、ふと気が付く。

 気配がする。

 マップにも生体反応が示されていた。

 丁度、俺達がいる場所の対角線上。霊樹の裏に居るらしい。

 レイリーの方を見ると警戒心よりも驚きの様子が大きい。


「どうした?」


 尋ねると意外な答えが返ってくる。


『この気配には覚えがあります。——竜です』

「りゅ、あ……」


 幻想世界の住人である竜が、目の前に居ると聞いて思わず大声を出しそうになり口を押さえる。

 そして小声で、


「竜って強いの?」

『恐らく私よりも……』


 神獣であるガルムに進化したレイリーでさえ手が出ない相手。

 これは、友好的かつ刺激しないように撤退するしか無いだろう。


「行こうか」


 静かに回れ右をして、この場を離れようとする。


「——待って」


 しかし、遮るように凛と声がした。脳内に直接語りかけられたかのようで、意志とは別に身体が動かない。


「……何者?」


 霊樹から姿を現したのは、一糸纏わぬ少女だった。

 水を弾く珠の肌に艶やかな空色の髪。

 そして、その髪と同じ瞳は全てを見透かすような——


 ゾッとして後ずさる。己の全てを見られてしまったかのように感じる妖しい視線。

 視界に表示されたログには、


>『竜眼をレジスト』


 やはり、俺と同じような解析系の能力を使われたのだと推測する。

 それにしてもレジスト出来たのは僥倖だった。

 交渉が後手に回ることは避けられそうだ。

 加えるなら彼女に解析を使うべきではないということだろうか。直感が警鐘を鳴らしている。


「そ、その前になにか服を着て……下さい」


 小心者の性格が顔を出して、恐る恐る懇願する。

 だが、何がおかしいのか分からないと言った様子で隠そうともしない。

 そもそも、目の前にいる少女が竜だなんて信じられないのが本音である。どう見てもせいぜい異国の少女という印象しか感じない。


「……なんで?」


 首を傾げる少女。

 そして沈黙……。微妙な空気が流れて、ようやく俺は口を開く。


「なんでって……人としての常識というか……」

『主様、それでは当てはまらないかと』

「そう。私は人じゃない。……竜」


 あぁ、やはりそうだったのか、と腑に落ちて緊張感を高める。


「そ、そうですか。じゃあ俺らはもう行くので……」

「ん、待って」


 首を横に振って制止してくる。そして、彼女は質問をしてきた。


「名前……教えて」

「は、はぁ、俺は悠斗。彼女はレイリー。君は?」

「エリザ。……次、迷宮主?」


 次の質問ということだろうか。俺が迷宮主だと聞いてくる。

 何を根拠にしているのか分からないが、真実を伝えるべきなのか迷ってレイリーと視線を合わせる。

 念話も併用しつつ開示することを決める。

 恐らく、ここで嘘を付いたとしてもあの見透かす瞳にバレてしまう気がする。


「一応、そうですが……」

「ん、気を付けて」


 今度は、首を縦に振って応援するとは違うが、なにか伝えたいことがあるらしかった。


「いや、この魔境にいる時点で最大の警戒をしてるんだけど」

「ちがう。——竜」

「はっ!?」

『っ!?』


 彼女の発言は一々俺たちを驚かせる。竜に気をつけろだなんて意味深過ぎる。

 彼女……エリザが襲ってくるのか。それとも仲間が襲ってくるという意味なのだろうか。


「スケルトンドラゴン……部下やられて怒ってた」

「部下? スケルトンってことは不死者……。もしかして——」

『——ですね。十中八九、蜥蜴人の不死者への攻撃でしょう』


 先日に起こった先頭を振り返って行き着く原因。あの時は仲間を救う為だと思っていたが、後になって面倒事になるとは思いもしなかった。


「……それだけ。バイバイ」


 霧がエリザを包む。そして、霧を切り裂いて翼が、尻尾が、胴が、鱗が——空色の竜が姿を現した。


 思わず息を呑む。

 空を切り裂く翼と波立つ泉が目に入って来る。

 壮大で強大。纏う覇気が桁違いだ。


「……敵対しなくてよかった」

『そう……ですね』


 エリザが空の彼方へ消えていくのを呆然と眺めながら、緊張の糸が切れた気がした。



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