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リアルダンジョン  作者: 真城まひろ
二章 魔境探索
18/20

2-8 普段は知らない裏の顔(2)

 

 休みが明けて月曜日。憂鬱な日が始まる。

 月曜日はなんというか、身体がだる重く感じて授業中も瞼が重たい、なんて事は日常茶飯事。

 次いでにいえば、水曜日あたりも結構辛いし、なんなら金曜日も辛い。

 言い出したらキリがないわけだが、今週は希望がある。


「なぁ、悠斗。ゴールデンウィークってどっかいく予定とかある?」

「まぁなんとか一日くらいは空けられると思うぞ。帰宅部とは言ってもなかなか忙しいんだよ」


 昼休み。いつも通り一緒に弁当を食べている晴人が、そんなことを聞いてくる。

 つまり、俺が言いたかったのはこれの事。

 黄金に輝く週間がやって来るわけだ。


 何処も彼処もお休みモードで、高速は帰省やら旅行で名物のように渋滞するし、その辺の店もテーマパークも大勢の人々で賑わうのだろう。

 外出だけに留まらず、ネットゲームだって人口が増えるに違いない。

 かつての俺は、その中の一人だった。

 しかし、今の俺は修行というものを鬼教官ソフィーに課せられているので、ゴールデンウィークなんてものは全て俺のスキルアップやレベルアップに費やされる。


 ちなみに先日の戦闘により俺は、レベル26へと大幅なレベルアップを果たした。

 これにより能力値の大幅な上昇が起こり、以前よりも格段に強くなっていることは間違いない。

 事実、力の上昇を感じ取れている。力の加減もより一層気を使うようになった。


「そっかー。じゃあ、たまにはカラオケとかどうだ? 木曜日は空いてるか?」

「木曜日? んー……」


 予定表をメニューのメモ欄から閲覧する。

 視界に映った予定表には、午前が修行で午後はオフになっていた。


「午後なら行けそうだよ」

「おっ、決まりだな! じゃあこの件については後々連絡するわ」

「頼むよ」


 昼食も食べ終わり、することも無く昼休みに駄弁るのが日課なのだが……今日は少し席を外す。


「悪い、ちょっとトイレ」

「おう」


 椅子をガタッと鳴らして席を立つ。視界の端には、こちらに鋭い視線を向けているだろう東条。肌にピリピリと威圧感を感じる。

 それを無視して、そそくさと教室を出る。

 一階の図書館で時間を過ごそうと思っていたのだが、


「上坂」


 声を掛けられた。うわぁ、と顔に出さないように振り返る。


「なに? 東条さん」


 いつも不機嫌そうな彼女は、今日に限ってより不機嫌そうに見えるのは何故だろう。あれは、人を見る目じゃない。獲物を見る目だ。


「ちょっと付き合ってくんない?」

「は?」

「——話がある……」



 嫌な予感がして教室から逃げたものの、追いかけられて捕まった俺は、何故か東条と二人きりで図書館にいた。

 向かい合う席。何か言いたげにモジモジすると、意を決したように告げる。


「あのさ、昨日……スーパーで会ったでしょ?」

「あぁ……うん」


 聞かれたのは昨日の事だった。図書館だからか、配慮された小さな声で続ける。


「妹のまーちゃ……まゆりが、あんたの妹のなんて言ったっけ……くーちゃん? と、もっと仲良くなりたいんだって」

「妹? あぁ、うん。そうなんだ」


 やはり黒猫のことは、妹として認識されていた。

 それにしても東条は霊感があるみたいだから、黒猫にも気が付くかと思ったがそうでもないらしい。

 単純に黒猫の隠形が、彼女の察知力を上回ったということだろう。


「それでさ、遊びたいんだって」

「うん、それで?」

「……ちっ、それで? じゃないでしょ。予定、教えてくれない?」


 舌打ち……。

 それにしてもこの流れはマズい。完全に一緒に遊ぼ、的なルートだ。


「あぁ……予定ね予定……。いやーなんか結構忙しかったりしてちょっと予定取れないかも——」

「——木曜日の昼なら空いてるんでしょ?」


 ぎくっ……。こいつ、盗み聞きしてたのか。

 うーん。適当に流すのは、まゆりちゃんに悪いしなぁ……。

 黒猫も何だかんだで楽しそうだったし、ここは腹を括るしかないか。


「いや、その日は既に埋まってるから。金曜日なら一日中空いてるよ」


 予定表を確認していたので即答する。

 本当ならその日は、魔境に探検に行く予定だったんだけどな……。仕方ない。子供たちのためなら休み返上で頑張っちゃうぞー。


 そして、子供にいい格好を見せたい親は、慣れないことをして恥をかいてしまうという現象が起きてしまう訳だが、そこまで頑張るつもりは無い。


「そう。じゃあ、スマホ出して」

「今教室にあるんだけど」

「なら放課後に少し時間いい? 連絡先の交換もしておきたいから」


 おいおい。遂に、俺のスマホに女子の連絡先が登録される時が来るなんて……。

 いや、まぁ……どうせ事務連絡だけだからノーカンだな。


「分かった」


 俺は頷くと静かに席を立つ。同時に予鈴の鐘の音が鳴った。

 さて、五時間目は睡魔との戦いだ。


■□


 終業の鐘の音が鳴る。

 生徒達は、廊下に人の波を作り出して、ゆっくりと進んでいく。その片手にはスマホがあって危ない。全校集会で注意されていたのにも関わらずだ。


 とは言え、俺には関係の無いことである。怪我をしたければ勝手にすればいい。

 それはさておき、連絡先を交換するという東条との約束を果たす為に、スマホを開きながら彼女の席へと向かう。


「ライムでいい?」

「分かった」


 テキパキと連絡先の交換を済ませて、帰ろうとするが妙に視線を感じた。複数の視線だ。振り返れば、クラスメイト達が俺と東条に疑念の視線を送っていた。


 普段全く関わりの無い俺らが、話していることに驚いているのだろう。まして、相手はあの東条ときた。

 それは確かに嫌でも視線が向いてしまうだろう。

 しかし、東条が人睨みするだけで彼らは散り散りになる。


「じゃあ、また」

「あ、うん。上坂……あり、がとう」


 帰り際、東条は少しだけ頬を赤らめて礼を告げた。俺は、不覚にもドキッとしてしまった。

 ギャップ萌えの原理を実感した瞬間だった。


「にゃははー。聞いてたぞ、金曜日にまゆりと遊ぶ約束をしたのだな」


 歩いていると、ふと気配が現れて背中に重みを感じる。


「いきなり抱きついてくるな……。つーか、今までどこいってた?」

「ちょっと散歩に。妖の気配もしておったから、ついでにな」

「そう、ちなみにどんな奴だった?」


 気になって聞いてみた。


「妖狐だ。近くの神社に居着いておる。昔からの知り合いでな、久し振りに話を交わした」

「そうか、また今度会いに行ってみるのもいいかもしれないな」

「うむ……。ところで、今日の晩ご飯はなんだ?」

「なんだと思う?」

「んー……ハンバーグ!」

「残念でした。正解は野菜炒めとご飯と味噌汁だよ」


 あ、落ち込んだ。背中越しでも分かるくらいがっかりしている。

 それに正解を当てに行くより、食べたいものを答えていたようだ。


「また今度作ってやるから、そう落ち込むな」

「食べたかった……」



 家に帰ると、誰もいない。

 父さんもまだ仕事で世界中を飛び回っているだろうし、ソフィーも帰省してから帰ってない。

 昨夜に念話で連絡を取り合った感じでは、道中にアクシデントもなかったようなので安心した。

 強いていえば、師匠に捕まってまだ帰れないということだろう。

 俺は、師匠と久しぶりに会うのだからゆっくりして欲しいと伝えておいた。


「ご飯作るか」

「おっ、ユート! 妾も手伝うぞ」

「そうか、まず手を洗ってくれ。それから、野菜も洗ってくれるか」

「分かった」


 包丁に触れさせるのは危ないかな、と思って洗い物を頼んでしまったが……彼女的には野菜も切る気満々なんだよなぁ。

 いざとなれば治癒魔法も使えるようになったので、大事には至らないはずだが、心配なものは心配なのである。


 ……あれ? 何故か子供を心配する親みたいな心境なんだけど。

 実際は、俺の方が年下であることを忘れてはならない。


「猫の手だからな? 分かってるよな?」

「こうだろ? にゃー」


 流石に本性が猫の彼女は、猫の手が上手くて手を切ることもなさそうだった。


「おぉ、上手いぞ」

「えへへー」



 そんなこんなで時間は過ぎて行き、晩ご飯も食べ終わった頃。

 突然、スマホが鳴り出した。

 普段はありえない事だ。掛かってくるにしても相手は、晴人か父さんか……ほとんど限られている筈なのに。

 表示されているのは、さっき登録したばかりの——東条のものだった。


「間違い電話か?」


 そう思ったが、とりあえず出てみることにした。


「はい、もしもし」

「あっ、えーっと、こんばんは。とうじょうまゆり……です。くーちゃんのお兄ちゃんですか?」

「ん? うん、そうですけど……」


 なんと掛けてきたのは東条の妹で、どうやら黒猫に用がある様だった。


「黒猫に変わればいいんだよね?」

「あ、うん。お願いしましゅ」


 やばいほど可愛い。

 こんな天使が、東条の妹だなんて信じられない。

 それにしても、さっきから東条の声も混じって聞こえて若干聞こえ辛い。


「ちょっと、まーちゃん! 勝手に電話しちゃ迷惑になるでしょ!? 返しなさい」


 そんな声と共にドタバタと走る音も聞こえるので、スマホの取り合いが生じているのかもしれない。

 スマホを机に置いて音量を大きくして、黒猫を呼んだ。


「もしもし、黒猫だぞ」

「あっ、くーちゃん!」

「おー、まゆりちゃん。昨日振りだね」

「うん! 今ね、あーちゃんと追いかけっこしながら電話してるんだー」

「そうなのかー。捕まらないように気を付けるんだぞ」


 そんな会話がまくし立てるように交わされて、愛らしいなと思っていると、遂にまゆりちゃんが東条に捕まってしまったらしく主導権が交代した。


「上坂、ごめん。迷惑かけて……」

「いや、いいよ。気にしないで」

「ちょ、まーちゃん……。ごめん、もう少しだけまゆりのわがままに付き合ってくれないかな?」


 本当に申し訳なさそうな声音の東条が、泣く泣く折れて頼み込んできた。

 ここまで来て断るという選択肢もなかったので快諾する。


「金曜日に一緒に遊べるんだって! 楽しみだね!」

「う、うむ。妾も楽しみだぞ」


 何だかんだで、黒猫は子供の扱いが上手い。

 ちゃんとノリを合わせて会話を返して、と年の功を感じさせられる。

 話している表情も柔らかくて……俺の知らない黒猫が垣間見えた気がした。

 

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