2-2 険しい道のり
梅雨入り前の今日この頃。
雲一つ無い晴天、日差しは柔らかい。
風は涼しげで、丁度いい気候だ。
さぞ、散歩日和だろう。
爽やかな笑顔を浮かべて、友人と談笑しながら自転車で俺の横を通り過ぎて行く同じ高校の生徒。
恐らく一年生だろう。
何故なら、自転車の登録シールが青色だったからだ。
学年は色から判別出来る。
今年は緑が三年生、赤が二年生、青が一年生と振り分けられている。
つまり、三年生が卒業すれば次の一年生は緑色という事になる。
と、まぁ特に知ったところで「ふーん」程度のどうでも良いものなのだが、やはり無意識に見てしまうものだ。
それにしても自転車のマナーが悪い奴らだ。
学校に慣れてきて調子に乗ってくるリア充の内の一人だと思うが、そういう奴が大体事故をする。
車とぶつかったりしたら相手に迷惑だから自損でもしとけ、と呪詛を吐く。
「危ないだろ! ユートに何かあったら殺されるのは妾なんだぞ!」
同じく俺の肩でニャーニャーと講義する黒猫。
というか、平然と俺の肩に乗って付いてくるあたりどうなっているのか問いただしたい。
聞いても「ユートに興味が湧いた」としか答えないのだ。
きっと、昨日の説教の後にソフィーと話した事が関係しているのだろうけど、口振りからするに護衛が付いたとでも考えればよさそうである。
それにしても、「殺される」のは言い過ぎな気がしなくもない。
いや……昨日のアレの後では、強く否定出来ないのが情けない。
「あ、なんか凄い沢山の幽霊っぽいのがいる」
マップを確認するまでもなく感知をして黒猫に話しかける。
俺が見たのは、沢山の半透明な人の姿をした幽霊と一人の女子生徒。
見るからに幽霊達は女子生徒に群がっているようで、敵意は無さそうだが鬱陶しそうだ。
「珍しいな。あの娘も見ることが出来る人間なのか」
黒猫はパッと見ただけでそう言った。
「分かるものなのか?」
見える人に会ったことが無く、どのような基準で、珍しくて凄いのかが分からない。
「まぁ、なんとなくは分かる。それに、見てみろ」
黒猫は、俺に女子生徒を見るように促した。
言われた通りに見ていると、鞄から何かを取り出す動きをして、次の瞬間に幽霊が一斉に何処かへ散り散りになって行った。
「なんだあれ……つーか、あれ東条か?」
黒髪を後ろで束ねるポニーテールとそのスラットした身長は、同じクラスの東条明日香だろうと分かった。
クラスの男子からもスタイルだけは、褒められていたりする。
しかし、その鋭い目付きと不機嫌なオーラ、ぶっきらぼうな口調は不良というレッテルを彼女に貼り付けた。
俺から見れば、ただ口下手な女子にしか見えない。
これは、何か自分と似通ったところを感じ取っているからかもしれない。
多分、その横暴な態度は、本心を隠すための行動なのではないだろうか。
そう仮定すると俺は、関わりのない彼女について少しだけ興味を抱いた。
「護符による結界か。あやつはただの一般人というわけではなさそうだな」
「護符か……。東条って凄いやつだったのか」
呟いていると黒猫が、
「自分を棚に上げてよくそんなことが言えるな。あの、東条? とかいうやつよりも遥かに力を持っているくせに」
「ただし、使いこなせない無能」
「……全く、気苦労が増えるから自分の力くらい制御せい」
悔しいが言い返せない。俺は唸ることしか出来なかった。
あと、祖父母に怒られているような感じを思い出したのは、彼女が百年以上も生きる妖怪だからだろうか。
「お主、良からぬことを考えてはおらんか?」
歳のことになると、人間だろうが妖怪だろうが女性は気になるものらしい。訝しげな視線を向けられる。
「さぁ、学校終わったら修行だなぁー」
「お、おい。話を逸らすでないっ」
頭にポンポンと猫パンチが軽く飛んでくるが気にもせず無視を決め込んで歩き続けた。
そして、思う。
「なぁ、黒猫」
「ん? なんだ?」
この光景を東条は、俺と同じように見えたりするのかな。
もし、そうならば、彼女は何を思うのだろう。
俺は、そう言いたかったけれど、喉元で何かが引っかかって言うのをやめた。
■□
「なっ、ななな何だこれは!!」
黒猫は目が飛び出んばかりに驚き、肩に乗る俺の頭をバンバンと強めに叩く。
興奮し過ぎだから、落ち着いてほしい。
「ユート様、お待ちしておりました。今日から修行ですが、準備の方はよろしいですか?」
「あぁ。動きやすい格好もしてきてるよ」
動きやすいと言ったらジャージ。俺は、黒のジャージを装備して迷宮の城の中庭に来ていた。
修行の場所に指定されたのがここだったのだ。
「ユート! これはなんだ! あのクローゼットの奥になんでこんな所がっ!?」
黒猫は、非常識な光景に混乱している。今まで常識だったものが壊れていってるのかもしれない。
「あー。ここは異世界。でも、誰かに言ったらダメだよ? そしたら黒猫はもうお日様の光を拝めなく……」
「か、帰ってもよいかの?」
俺の悪ふざけに黒猫は、みるみる縮こまって震えながらそう言った。
「もう見ちゃったから返すわけには行かないなぁ……」
「鬼! 悪魔! 人でなしっ!」
ウルウルと涙を浮かべる黒猫。
流石に可哀想になってきたのでネタばらし。
優しく頭を撫でながら、
「うそだよ」
「へ?」
「だから、うそ。黒猫がやばい事にはならないよ。多分……」
「多分ってなんじゃ!」
やばい程に黒猫をからかうのが楽しい。いじられ担当は黒猫だな。
「ユート様。あまりからかっては駄目ですよ。しかし、口外することは許しません。分かりますよね? 黒猫さん?」
「了解しました! ソフィー様!」
プライドを捨ててソフィーを崇め奉る黒猫。
一体、何をしたらこんなことになるのやら……。
ソフィーの闇は、そこまで恐ろしいということか。
「よろしい。では、修行の方を始めていきましょう。よかったら黒猫さんも参加してもいいですよ」
「は、はい! 参加させていただきます!」
あぁ、黒猫が可哀想だ。もう見てられない。
彼女のライフが、もう赤ゲージに突入しているのが幻視する。
このままでは……彼女は戦闘不能になってしまう!
とは言いつつ俺は自分の事で手一杯なので、頑張れとしか言いようがない。
そして、ソフィーの纏う雰囲気が変わるとピリついた空気が流れ始める。
「修行の内容を告げる。ユートは魔力の制御が不安定な状態。まずは、魔力を支配する修行から始める」
そこには一切の甘さを切り捨てた、英雄としてのソフィーがいた。
要望通りに丁寧な口調ではなく、指導者としての顔が見えた。
「魔力を感知することは出来るぞ」
もう何度か、名付けの時にごっそり持っていかれた感覚が残っているので、自分の奥底で燻る膨大な力は把握出来ている。
しかし、それを使いこなせないのは、酷くもどかしい。
「では、魔力操作からにしよう。魔力を操作すると言っても放出したりするわけではなく、体内で循環させる。それによって身体は魔力で強化された状態になる。さぁ、これから始めよう」
そんな、いきなり言われても魔力を動かすことが出来ないのにどうすればいいと言うのだ。
あれだ、例えるならたまに耳を動かせる人がいるけど、それを真似しようとしてもできないもどかしさをずっと味わっているのだ。
何か、コツのようなものを掴めると出来そうなのだが……。
「出来ません……」
「それなら、補助をつけよう。手を出して」
言われた通りに手を出す。
するとソフィーは俺の手を握って魔力を込め始めた。
「うぉおお。魔力が流れ込んでくる……」
同時に魔力を操作するという感覚をなんとなく掴んだ気がした。
「ありがとう。次は俺ひとりでやってみる」
そう言って俺は目を瞑って集中する。
身体に意識を向けて、胸の奥底に眠る魔力を少しずつ血液が循環するようなイメージを持って念じ続ける。
ソフィーが魔力を流した時、一瞬だけ魔力を触ったような感覚を思い出しながら魔力の泉から少しずつ手で掬っていくように……。
ほんの少しずつ魔力が動き始めたのを感じた。
「くっ……」
額に汗が滲む。
焦りが強くなるばかりで一向に上手くいかない。
そして、一時間が経過したところで一度休憩をすることになった。
「あー。上手くいかねぇ……」
まぁ、そう簡単に行かないとは思っていたので長期戦覚悟だ。
取り敢えず今日中に魔力の循環のコツくらいは掴みたい。
「おい、ユート」
「黒猫……」
「焦り過ぎ。上手くいってないわけじゃない。魔力は順調に操作でき始めてる。驚異的な成長スピードだよ」
「ありがとう」
励ましてくれる黒猫を撫でる。
そうだよな。焦る必要は無い。
「撫でてたら元気でたわ。出来そうな気がする」
心が落ち着いて黒猫からモフモフ成分を補充したので再度、魔力操作を始める。
胸の奥底にある魔力の泉。
そこから少しずつ……。
しかし、途中で魔力は霧散して上手くいかない。
俺には、凹んでいる暇はない。
もう一度挑戦する。
そしてーー
「ーー出来た! あ、魔力が……」
完全に自分の身体を循環して強化された感覚があった。
喜んで気を抜くと解けてしまったが、コツを掴んだ。
もう一度やれば上手くできそうな気がする。
ログを見れば、
>『魔力操作』『身体強化』スキルを習得
気が付かないうちに新たなスキルを習得していた。
「あ、スキル習得した」
「次は、反復で鍛錬。操作に時間が掛かり過ぎだ。一瞬で強化状態を構築出来るように」
「了解」
一歩前に進むことが出来た事で、俄然やる気を出して魔力操作の鍛錬を何度も反復していく。
数時間を鍛錬に費やしたところで、夕食の為に休憩することになった。
「ちかれたー。ほんと、魔力スッカスカですわ」
ステータスの魔力値が少しずつ回復しているが、鍛錬で急激に消費したので身体も精神的にもだるく感じる。
「ユート様は覚えが早いですからね。最後の方に少しだけ魔力を放出したりしてたの見てましたよ」
「あ、バレてたか。慣れてくるとちょっと試したくなってね。魔力を操作できる感覚はだいぶ掴めたよ」
掌に魔力の球体を作ろうとして失敗したのだが魔力操作自体のレベルはかなり上がってきているはずだ。
「ユートは、頭おかしい。あんだけぶっ通して鍛錬なんて普通出来るわけない」
少女の姿をした黒猫は、俺の力が信じられないと言う。
化け物みたいに嫌悪するのではなく冗談交じりといった風で。
もし本気で言われてたらガラスのハートが粉々になっていただろう。
「普通じゃないから。一応、迷宮主だから」
「そうですよ。そこら辺の人間と同じレベルでは、ユート様を測れませんよ」
言外に人間じゃないと言われて悲しい。まぁ、人間じゃないんですけど。
「ははは……。あ、そう言えば魔力の限界値が増えてたんだけど、どうなってんの?」
「魔力の消費で、限界値が伸びることはたまにあります。まして、治癒力にも長けている魔人の力とその魔力の親和性を考えると使う度に魔力は増えていくと思います。例えるなら筋肉のように使えば使うほど鍛えられるということです」
要は、筋トレをして壊れた筋肉を回復させて、更に強靭な筋肉にする。
いわゆる、超回復などと呼ばれる現象が、今の俺の魔力にも同じように起こっているとソフィーは言いたいらしい。
確かに魔力を使えば、疲労も溜まるし尽きれば身体中に力が入らなかったりするのは、似ているだろう。
「筋トレならぬ魔トレ的なやつか……。すまん。忘れてくれ」
ボソッと呟いた俺の言葉は、その場を静まらせた。
否、凍えさせたと言っていい。
気まずくなって訂正するものの、未だ空気は重く寒い。
どうやら俺には、場を盛り上げる力も和ませる力も無いらしい。
あるのは、吹雪を吹かせるコミュ力。
長く人との関わりを避けていた弊害が、ここでも顔を見せていた。