1-10 眷属の宴
「ただいまー」
「……」
家の扉を開けると誰も居ない。返事も無いので迷宮の中に居るのだろう。
それよりも今は俺の手の中で眠っている黒猫をどうにかしないといけないのでササッと部屋に上がった。
荷物を置いて黒猫をベッドに寝かせる。
ぐったりとしているがバス内にいた頃と比べるとだいぶ落ち着いた様子で安堵する。
黒猫は、突然気を失ったのだ。
ーー魔力の讓渡
契約通りに帰りのバスで俺に付いてきた黒猫に魔力を讓渡することになった。
しかし、黒猫は魔力を讓渡されると呼吸が激しくなり苦しそうに気を失ったのだ。
すぐに超解析で容態を調べた。
すると、“魔力飽和”という状態異常になっていた。
どうやら黒猫は俺の魔力を吸収してキャパシティを超えてしまったらしかった。
ステータスの魔力の数値が上限を越えていたのには驚いたが徐々に上限が伸びていき飽和状態に適応しようとしてとても苦しそうだった。
しかし、暫くすると落ち着いて来ていたので気を抜かずに看病をしていた。
「取り敢えず、ソフィーに診てもらうのが早いな」
そう思って迷宮への扉を開いて進んでいく。
「ただい……ま、ラピス……?」
螺旋階段を降りた先には無駄に広い空間にラピスがいるという構図のはずだったのに何故か知らない部屋に出た。
広々とした空間に変わりはないが、目の前の玉座と数段の段差の先には煌びやかなレッドカーペットが敷かれている。天井にはシャンデリアらしきものもある。
玉座の隣には台座があり、そこにラピスが居た。
そして、眷属であるソフィー、レイリーを始めジャイアントアント達が整列し頭を垂れている光景に唖然とする。
「何これ……?」
「「ユート様! お誕生日おめでとうございます!」」
ソフィーとレイリー、ラピス、眷属一同が声を揃えてそう言った。
ジャイアントアント達は念話も使えないものの眷属としての繋がりが祝福してくれていることを伝えてくる。
「あ、ありがとう……。すっかり自分の誕生日のこと忘れてたわ」
一人だと忘れてたりするんだよね。
って、そうじゃなくて今はソフィーに用があったんだった。
「あー……取り敢えずこれがどうなってるのか気になるけど、ソフィーにちょっと用があるから来てくれ」
「承知しました。では、後ほど誕生日パーティーをしますので準備の方をよろしくお願いしますね、レイリー」
『任された』
ソフィーとレイリーがこんなに仲良くなってるなんて知らなかった。
眷属達のことを何も知らないんだと思いつつ再び自室へと戻る。
「これは……魔力飽和ですか……」
ソフィーは黒猫を一目見て言い当てた。
「そうなんだ。何かしてやりたかったんだけど……俺にはそんな力が無くて……」
「そうですか。ですが、このままでも大丈夫そうです」
「そうか、よかったよ。解析も上手く使いこなせなくて慌ててたんだ」
ホッと一息を付くがソフィーに忠告される。
「しかし、不用意に魔力を讓渡するなんてことをしたら駄目ですからね? 主様の魔力に耐えられる生命がこの魔力が満ち溢れていない世界でいるとは考えにくいです。下手をすれば一瞬で絶命しているところでした」
「……まじで?」
「はい。まじです」
知らなかった。事故が起こる前に鍛錬とか言ってた俺が馬鹿だった。
既に事故ってるし、契約とはいえ命の危機に晒してしまった事に罪悪感を覚える。
「主様がご無事で良かったです。ですがもう少し自身のことをご理解していただけるように今日から少しずつ鍛錬を始めましょうね?」
優しく諭されて俺は何も言えずに頷く。
本当に俺は迷宮主としてやって行けるのか心配になるけど、決めたよ。
何者にも屈しない最強の心、家族である眷属達を守る力を求めて遥か高みを目指す。
目先の目標はソフィーを超えることだ。
「……やっぱ無理かもしれない」
しかし、既に俺の心は折れかけていた。
「? どうされたのですか?」
どうやら俺の最強の眷属を超えるには途方も無い壁を乗り越えなければいけないようだ。
■□
壮大で煌びやかな玉座の間。
眷属達が主催した誕生日パーティーとやらの主賓である俺は玉座に腰を掛けていた。
「なんか凄いことになってるけど……何これ?」
俺が遠足に行っている僅か数時間の間にどんな大改造が施されたのか気になり過ぎてラピスに聞く。
『実は、誕生日を祝うことを提案したのは私でした。当初はこんなに大改造する構想もなかったのですが、外で狩りをしていたレイリーがあまりにも多くの魔物を狩ってきてそれを吸収することによって迷宮の魔力値が一気に50万近くに跳ね上がりまして……。急遽、このような形になりました』
レイリー凄すぎだろ。どんだけ魔物を狩ってきたんだよ。
そして、この玉座の間の構想について。俺は見覚えがある。と言うよりこれは俺が理想としてラピスと授業中に話していた城と同じものだった。
ついさっき、慌てて扉を開けて外観を見てきたがかなり大きい。
漆黒の城が眷属部屋の中央にそびえ立っていた。
どうやら改造して眷属部屋と自室の扉を直通にしていたらしい。
「他にも何か改造してるのか?」
『はい。全容はメニューの迷宮から調べられますよ。因みにマスターが理想として掲げた第一階層の変動式迷路は既に完成しました』
「うわっ、本当に完成したのか。まじか、マップで詳細も確認できるし……手が速すぎだろ」
未だ使いこなせないメニューを開きながら唖然とする。
たった数日で、迷宮運営もまともに出来ていなかった筈が今ではこんなに立派な城を建てて迷宮の設備を充実させている。
もう呆れるしかない。俺はポンコツなのに眷属が優秀過ぎる。
「主様。いかがでしょうか?」
「いや、大満足というか……なんか頼りない主でごめんね」
「何をおっしゃっいますか! 頼りなくはありません!」
ソフィーは俺の言葉を否定して続ける。
「主様と出会えて退屈で死ぬに死ねない呪いを背負った日々を変えて下さいました! それなのに頼りないだなんて言わないでください!」
熱く語って俺の手を握る。その握力は彼女の気持ちが込められていて伝わってくる。
そしてレイリーも俺のそばに寄ってきて、
『ご主人様は我の命を救ってくださいました。頼りないなんてことは有り得ません』
足元に伏せてきたので頭を撫でながら感謝の気持ちを伝える。
ここまで言われて俺はへこたれている場合ではないと思い、立ち上がって仕舞っていた翼を大きく広げた。
「ここに宣言する! 俺は最強を目指す! 勇者だろうが魔王だろうが滅ぼせる圧倒的な力を手に入れる! そして、全世界に轟く最強最悪の大迷宮として名を馳せさせよう!!」
自分の言ったことは実現させる。
これは父との約束である。
逃げ場を無くし自身を追い込む事しか出来ないが、それでも覚悟を決めるならこれくらいは必要だった。
「主様……」
『ご主人様……』
『マスター……』
眷属たちの期待の視線が集まる。
俺はこの期待に応えたい。
いや、応えないといけないんだ!
本当の始まりはこれからだろう。
今はまだ、スタート地点に立っただけ。
これから困難や壁にぶつかっても眷属たちと力を合わせて乗り越えよう。
俺は固く胸に誓った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
これで一応、一章が終わった感じです。
次は異世界がメインになってくると思いますのでこれからもよろしくお願いします。