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死人に梔子

作者:

荒れた家の中で三人の中学生が無心でゴミの山をかき分けている。ふと、少女(以降、榛名)の手が止まる。その様子に気がついた少年(以降、甲斐)は榛名の手元を覗き込む。


榛名 ……。(肩を震わせている。)

甲斐 どうした。何か見つけたか。

榛名 あ……、いや、……えっと。ちが……、


もう一人の少女(以降、千寿)がゴミをかき分けるのをやめ、二人の様子を見に行く。千寿、榛名が一向に触れようとしない一角のゴミを無造作にかき分ける。


榛名 ……だめ!


榛名、千寿を止めようとするが既に遅く。ゴミの山からまだそれほど腐敗の進んでいない中年女の死体が出てくる。


榛名 ……っ。(思い切り目を逸らす)

甲斐 へぇ。(対象に興味津々な様子)


千寿、鞄からゴム手袋を取り出し、身につける。そして試しに死体を持ち上げようとしてみる。


千寿 足のゴミ、退かせて。

甲斐 はいよ。(ゴミを蹴飛ばす)


千寿と甲斐は淡々と死体を動かしている。榛名は未だ青い顔をしたまま。


榛名 なんで……っ、おかしいよ。どうしてそう、平気でいられるの?人が……人の、(呼吸が乱れる)


榛名、口元を抑えたまま屈み込んでしまい、嘔吐きそうになる。甲斐は榛名の傍へ駆け寄り背中を摩る。


千寿 榛名のこと、甘やかさなくていいのに。

甲斐 冷たいな。

千寿 榛名も、おかしいと思うのならついて来なければいいじゃない。

榛名 ……。(徐々に呼吸が落ち着いて、首を振る。)

甲斐 (視線だけ死体に向けて)……それで、どう?

千寿 (死体をじっと見ている)……他殺の線はほぼ無し。

甲斐 自殺か?

千寿 そうとも言い切れない。

甲斐 へぇ、何で?

千寿 見てて。


甲斐、ふらふらと立ち上がる榛名を支えながら千寿と死体の元へ歩く。千寿、二人が死体の見える位置まで来たことを確認すれば、死体の向こう脛の下の部分を指で押す。


榛名 跡が……。

千寿 浮腫んでいる証拠。

甲斐 そりゃあ、ゴミに押し潰されていたんだから浮腫もするだろ。

千寿 ……まあね。


千寿、ゴム手袋を外しその辺りに放り投げる。そして荷物を纏めてしまう。


千寿 いつまでそうしてんの。帰るよ。

甲斐 おい。これ、そのままにして良いのかよ?

千寿 良いんじゃない?その方が万が一の時に探す手間も省けるでしょ。

榛名 ……私たち、怪しまれたりしないよね。

千寿 誰に?掃除をしていたらたまたま死体を見つけただけ。疚しいことなんて何も無いじゃない。


千寿、そのまま立ち去ってしまう。


甲斐 さすが千寿のやつ。肝が据わってるよな。

榛名 ……うん。そう、だよね。

甲斐 長居するわけにもいかないし、俺たちも帰るか。


甲斐、自分の荷物と榛名の荷物を纏めて持ってきて、死体を見つめたまま動かないでいる榛名の手を引く。榛名、数度つんのめりながらも甲斐に腕を引かれたまま歩きだす。


甲斐 つーか、働いたら腹減ったよな。何か食いに行こうぜ。

榛名 ……うん。













舞台は一般家庭のリビング。千寿はセーラー服を着たまま僅かな明かりの中ソファに寝転がっている。そこに、父親が帰って来る。


父親 (電気を付ける)……うおっ、暗い中何してんだ。

千寿 何も。ただ電気代もったいないって、お母さんが言うから。

父親 なら部屋で寝れば良いだろ。

千寿 眠くないんだって。


父親、台所に行き自分の衣類に塩を巻く。


千寿 ……(怪訝そうに見て)何やってんの?

父親 眠くないなら玄関にこれ置いてきて。


父親、寝そべっている千寿に小皿にこんもりと盛られた塩を渡す。千寿、起き上がり受け取るも状況が飲み込めていない様子。


千寿 何で盛り塩?

父親 身元確認行ってきたから。

千寿 ……。(盛り塩の頂点を黙って見つめる)

父親 (冷蔵庫から缶ビールを出してグラスに注ぐ)

千寿 ……家入っちゃってるんだから、もう意味なくない?やるなら玄関でやらなきゃ。

父親 細かいことは気にすんな。

千寿 気にしてよ、そういうことは一応。

父親 (ビールを飲む)ああ、まあ大丈夫だろ。


千寿、呆れたと言いたげに立ち上がる。盛り塩と、台所から塩の入った袋を持って袋から塩を巻きながら玄関へ向かう。ややあって玄関から塩を巻きながら戻って来る。


父親 家中塩まみれにしたら明日母さんに叱られるんじゃないか?

千寿 そしたらお父さんが清める前に家に入ったこと告げ口すれば良い。

父親 勘弁してくれ。


千寿、台所に塩袋を戻し、再びソファに寝そべる。


千寿 よくお酒なんか飲んでいられるね。

父親 逆だ。酒でも飲まないとやってられん。

千寿 ふぅん。

父親 ……聞かないんだな。

千寿 聞いて良いことなの?

父親 いや。……明日母さんに話す。

千寿 そうして。


間。


父親 お前はさ、朋代おばさ……父さんの妹のこと、覚えてるか。昔よくうちに来てただろう。

千寿 (考える)……覚えてるような、覚えてないような。小さい頃過ぎてわかんない。

父親 ……そうか。そうだよな。

千寿 あ……でも。


千寿、ふと何かを思い出した様子で部屋に戻る。暫くするとパンダのパペットを持って来る。


千寿 これを買ってくれた人っていうのは覚えてる。(パペットの口と両手を動かしてみる)

父親 懐かしいな。上野の動物園でお前がごねて買わせたんだったか。

千寿 うん。

父親 それにしてもまだその人形、取ってあったんだな。

千寿 結構愛着あるから。


千寿、寝転がりながらパペットでひとり遊びをしている。父親とはそれ以降特に会話はなく、ビールを飲み終わればリビングを後にしてしまった。千寿、とうとう眠気がきたのかパンダを大事そうに抱きかかえながらソファで眠ってしまう。
















荒れたゴミ屋敷に僅かながらオレンジ色の夕日が差し込む。変わらずゴミが積まれているが、件の死体があった場所にはブルーシートが掛けられている。千寿は適当な場所に鞄を置き、ブルーシートに寄り添って座る。手にはパンダのパペットを持っている。


千寿 ねえ、おばさん。世間と言うほど広い世界じゃないけれど、周りはおばさんの死因だとか、そうなった原因だとか勝手に推測立てて、あることないこと好き放題言ってるんだって。


千寿 ひどいよね。これまであなたに見向きもしなかった人たちが、死んだ後になってやれ気の毒だ、もっと早くに気づいてあげられたらなんて。勝手に同情してさ、泣いてるんだよ。自分のために。


千寿 知ってる?相模原の豊子さんなんて、その典型例で、あの日以来しょっちゅううちに来るの。何しに来るかって、お父さんにお説教。もうお父さんもなかなか参っちゃってて、お母さんなんかあの人が来る度にあからさまに機嫌が悪くなるんだよ。……最近着拒したって言ってたっけ。


千寿 私も、あの人は嫌い。おばさんもそうだったよね。昔、豊子さんが私に構おうとする度にさり気なく引き剥がそうとしてたの、私覚えてるよ。でもその割にはあの人、身元確認にも行かなければあなたを引き取るきなんて毛頭ないって。うちにはまだ小さい娘がいるから、他に預けてくださいだって。すごいよね。何をしたらここまで自分本位になれるんだろう。


千寿、ブルーシートに向かって柔らかく微笑みかる。語る口調は努めて明るく子供のように無邪気なもので。


千寿 ……ねえ、朋代おばさん。世間は面白いくらいあなたを悲劇のヒロインに仕立て上げるの。結婚も出来ず、仕事はしていたから稼ぎがないわけではないけれど、忙しさから掃除やゴミ出しにも行けない。誰かに心配を掛けたくなくて、愚痴を零すこともできずに、ストレスを全部自分ひとりで抱え込んで。そのうち食べ物にすら頓着しなくなった。可哀想で孤独な女は人知れずゴミに埋もれて死んでいた。


千寿 とっても面白い話でしょう。面白いからね、あなたの真相は私が、私だけがずっと守り抜くことに決めたんだ。……今日は、その報告にきました。


千寿、手に持っていたパンダを供えるように置く。


千寿 だから、安心しておやすみなさい。私もそう遠くないうちにそっちに行くから。


千寿、荷物を纏めて立ち上がる。最後にパンダとブルーシートを一瞥する。


千寿 それじゃあまた、次に会うときは同じ地獄で。



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