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8話 救われた彼ら


 どうしても入れなかった部屋の前に、ようやくたどり着いた2人とドローン。


 扉に手をかけたミスターに、ドローンから声がかかる。

「待って!」

「どうした、万象」

 見上げるミスターに、万象が言う。

「まだ極小ドローン余ってるだろ。だったらオレがそいつで先に入る! 中にはお掃除ロボ入れてないだろ」

 お掃除ロボが入っていないのなら、催眠ガスも効いていないだろう。外からはシンと静かだが、中に黒服がいないという補償はない。


「そうだな。頼んだ」

「おう!」

 元気よく返事した万象が、「よし、扉あけろ!」と、ミスターを急かす。

 身体を隠すようにギギッと開けた扉の隙間から、ドローンが飛び込んで行く。

 ドオン!

「ぐわ」

 ドオン! 

 銃声と人の声。

 頃合いを見て、ミスターと鞍馬が中へ入った。

「うわ」

 ちょうどその時、大きいドローンめがけて、銃弾がかすめるように飛んで行った。感覚を失って、フラフラと定まらないドローン。

 数は少ないが、さすがに中の連中は、外のヤツらより少しは腕が立つらしい。

 と、広い部屋の奥から、叫ぶ声がした。

「ミスター!」

「鞍馬さん!」

 見ると、部屋の一番奥に鉄格子で仕切られた一画があり、格子にすがりながら助けを求める龍古と玄武がいた。

「なんてひどいことを」

「今助けてやる!」


 黒服を倒して進むうち、2人には鉄格子の前に余裕で座っている2人の男が目に入る。

 最後の黒服が倒れると、その2人は、これまた余裕で立ち上がった。

 どちらも銃器は持っていない。

 1人は鞭を持ち、もう1人は剣を持っている。

「ここから先は通さないぜ」

 ニヤリと笑った剣の男が、突然鞍馬に切りつけてきた。

 危うくよけた鞍馬だったが、どうやらよけるのが精一杯のようだ。

 鞭の方は、軽い身のこなしでミスターの銃弾をひょいとかわすと、彼の手から銃を絡め取った。

「こんな危ないものは、ポイ」

 と言って、部屋の外へそれを投げてしまう。

 あっけにとられていたミスターだったが、それならと技を決めようとしたが、軽業師のような鞭の男はなかなか捕まえることが出来ない。

 するとそこに、

「くそお!」

 万象の声がして、ヨロヨロ飛ぶドローンが男に体当たりしようとした。が、それも鞭に絡め取られて地面にたたきつけられた。

 そうこうするうち、足を取られたミスターは、「うわっ」と、部屋の外へ転がされてしまった。

「いってえー、? わ!」

 何かが飛んできたので、慌ててよけるミスター。


 ドオーン!

 そのあと、鞍馬も部屋の外へと吹っ飛ばされてきたのだ。

 ガラガラ……

 噴煙の中で起き上がり、頭を振った鞍馬がつぶやく。

「……さすがにラスボスは強いですね」

 ミスターも肩で息をしていたが、「仕方ねえ、もう一回行くか」と、ドッコイショと言う感じで立ち上がる。

「……はい」


 だがそこで、立ち上がろうとした鞍馬の動作がピタリと止まった。

「久しぶりだな、鞍馬」

 鞍馬の脳内に懐かしい声が響く。

「来たぞ」

 ようやくリュシルがやって来たのだ。

「リュシル……」

「まったく、呼び出すのはいいが、もっと余裕を持て。あちこち説得するのに時間がかかってしまった」

「ありがとうございます」

 相変わらずの鞍馬に、リュシルはフッと微笑んだあと真顔になる。

「大体の話はわかった。覚悟しておけ。おそらく明日は筋肉痛だろう」

「はい」

「それでは鞍馬、身体借りるぞ」

 返事をする間もなく、鞍馬の意識がとだえた。


 立ち上がりかけの格好のまま、固まる鞍馬。

 しばらくすると、明らかに鞍馬を纏う空気が変わったのがわかる。

「どうした、鞍馬?」

 声を掛けたミスターに鞍馬がものすごい殺気を放つ。

「なんだお前は」

 よく見ると、鞍馬の瞳が緑色に変わっている。

「うお!」

 ミスターは一瞬ビビるが、例の強い人がシンクロしたんだ、と理解して、恐る恐る声をかけた。

「仲間です! で、お、オレはこれを持ってますので」

 と、都合良くそこにあった投げ捨てられた銃を見せると、ギロッと睨んだ鞍馬がひとこと。

「私が先に行く、援護しろ」

「了解!」

 思わず敬礼などしてしまったあと、ミスターはつぶやいた。

「鞍馬カッコイー。大河惚れちゃいそう」


 部屋へ戻ると、

「あれ? まだ生きてたんだ」

 などといいつつ、いきなり鞭男が鞍馬めがけて、鞭を放つ。

 立てた刀に鞭が巻き付いて、男は「けけけ」と気味の悪い笑いを漏らした。

「刀を持ったままじゃ、動けないですねー」

 すると、鞍馬がニヤリとする。

「それはお前も同じだ」

 そのとき。

 ドオン!

 ミスターが撃った弾は、巻き付いて動かなくなった手から鞭をはじき飛ばした。

「ぎゃ、ひどい」

 すると、ワープでもしたかのような早さで男の正面に現れた鞍馬が、男の襟首をつかんでミスターの方へ放り投げる。

「そいつはお前に任せた」

「うわっ、りょうかい!」

「なんなのー」

 ズサアーっと滑ってきた男の眉間に、ミスターは銃を突きつけた。

「覚悟しな」

 だが、鞭男はニヤニヤして言う。

「その銃って、殺傷能力ないんだなー」

 ゴン、といきなり体当たりしてきたのだ。

「うわ、くそ!」

 油断していたかもしれない。ミスターは銃を取り落としたが、何とか腕をつかんで男を投げ飛ばした。男はドシンと尻餅をつくが、すぐに体勢を立て直した。

 しばらく2人の争いが続いていたが、いきなり男が「ウゲッ」と叫ぶ。

 なんと極小ドローンが男の背中にぶち当たっているのだ。

「ミスター、加勢するぜ」

 上から声がする。

 見上げたミスターが見たものは、天井に張り付いたお掃除ロボだった。

「すげえ、あのお掃除ロボ、壁が上れるんだ」

 そのあとも、ドローンが攻撃を繰り返す。

「二対一なんて、卑怯ですぜ」

「うるさい!」

 2人は連携しつつ、男に向かっていくのだった。


「戻ってくるとは、見上げた根性だな」

 剣の男が言う。

「あいにく私は、アイツのように優しくないんでな。容赦はしない」

「何言ってるのか、わからない、ぜ!」

 それが合図のように、2人はガシン! と剣を打ち合わせた。

 先ほどとは比べものにならないような早さで、剣を打ち付ける鞍馬。男は最初、何が起こったのかわからない様子だったが、どうやらこれが本当のコイツの実力らしいと気づくと、やおら反撃を開始した。

 ガンガンガンガン!

 工事現場のように立て続けにぶち当たる音がしては、パッと離れ、またぶち当たる、と言うのを繰り返す2人。

「!」

「ググッ」

 何度目かにぶち当たったとき、鞍馬の右頬と男の左肩に傷がついた。

 そのあとまだパッと離れた2人は、肩で大きく息をつきながら睨み合う。

「やるじゃねえか」

「お前もたいしたものだ」

 しばらく動かなかった2人だか、男がピクリと動いた途端、どう、と突進してきた。

 そのとき、鞍馬の姿が消える。彼はものすごい跳躍力で上に飛び上がったのだ。そのあと、壁を使い、天井を使って、縦横無尽に飛び回る。

「なんだ!」

 と、その行方を追いながら、男はあちらへこちらへ向きを変える。だが次第に鞍馬の早さに追いつけなくなり……。

 鞍馬を見失った男が次に振り向いたとき、上空に影がかかる。

 ガンッ

 彼の眉間は、鞍馬の刀で砕かれていた。

 ドッサーン

 噴煙を上げて、男はその場に倒れ去ったのだった。


「こっちも終わったぜ」

 ミスターが部屋の外から声を掛けて、ヘロヘロで気を失った鞭男を持ち上げる。まわりには極小ドローンが優雅に飛んでいた。


 それに少し微笑むと、鞍馬はガクリと膝をついた。間を置かずに脳内でまた声がする。

「腕が落ちたんじゃないか、鞍馬」

「申し訳ありません」

「冗談だよ。良くやった。早くあの子らを助けてやれ」

「はい、ありがとうございました」

 ふわりと微笑んだように空気が揺れると、髪をくしゃりとする感覚がして、リュシルは鞍馬の中から消えていった。


 だが、さすがに鞍馬も体力の限界だったらしい。

 捕らえられた龍古と玄武は、フラフラと近づいた鞍馬が鉄格子の前まで来て、ドサリと倒れ込むのを見て叫ぶ。

「「鞍馬さん!」」

 鞍馬はピクリともしない。

「鞍馬さん! 鞍馬さん?」

「鞍馬さん?…… ! いやあっ!」

 途端につけていたゴーグルとヘッドホンが、バチンと破壊される。

 鞍馬が息絶えたと思ってしまった2人の能力が、暴走したのだった。


「うわあー!」

「なんだこれ!」

「ゲ!」

 見えすぎる恐怖、聞こえすぎる恐怖。内蔵がぐちゃぐちゃする音、その詳細な様子、世界のすべての音、遠い果てのものまで、自分で止めることの出来ない脳内に、まわりのものたちは気が狂いそうになる。

 彼らの力の及ぶ範囲は、建物内だけにとどまらない。

 どんどん浸食して地球を一周していく。


 だが、ただ1人、万象だけが平気でいる。司令室からお掃除ロボを通して呼びかける。

「なに? どうしたんだ。何がおこってる?」


「うう、バンちゃん、……平気なの?」

 万象の問いかけに、耳を押さえて苦しそうに言う雀。

「平気って、なにが?」

「龍古と玄武が暴走した。……ふたりを説得して暴走を止めろ!」

 トラばあさんが苦しそうにしつつも、ハッキリと叫んだ。


「わかった。龍古、玄武、聞こえる?! 聞こえるなら俺の言うことをきいて!」

 必死に叫ぶ万象に、

「バンちゃん……」

 と、玄武の声がする。ホッとした万象が続けて言い聞かせる。

「2人ともやめるんだ。2人はオレを護ってくれるんだろ」

「護る?」

 また玄武の声。

「そう、護るんだよ」

「僕は、僕は……。バンちゃんを護るんだあああ!」

 護ると言う言葉を聞いて、玄武の暴走がさらに爆発し、このままでは気が狂ってしまう、耳をかきむしり、目をえぐり出したい、と誰もが思ったとき、声がした。


だめですよ


「この声は」

 それは、鞍馬の声だった。


「鞍馬さん! 生きてたんだ、良かった」

「でも、私たちは、バンちゃんを護りたいの」

 必死に言う玄武と龍古。


そう、そして、あなたがたは万象くんを幸せにしたいのでしょう?

このままだと、万象くんはひとりぼっちになってしまいますよ。

見て下さい。


 彼らに、苦しむミスターやトラや雀がみえる。


「でも、でも」

 それでも暴走を止めない彼らの心の真ん中に、今一度、鞍馬のあたたかい声が響いた。


――大丈夫。

――安心なさい。


 その声が届いた途端、一瞬時が止まり、次に2人はわんわん声を上げて泣き出した。

 全世界に広がっていた暴走がやんでいく。

 不思議なことに、ほとんど同時に東西南北荘では、ノートに書かれていたセリフが昇華するようにジジッと音を立てて消えていった。


「あ」

「見えなくなった」

「聞こえない?」

 ゆっくりと耳を押さえていた手をはずす人々。そして、嬉しそうに叫び出す。

「助かった! 助かったんだ!」


 トラばあさんが、ホッとした様子で雀につぶやく。

「世界が救われたの」

「ええ」

 すると、ジジッと音がして、

〈そのセリフに、世界は救われた〉

 の文字も、ゆっくりと昇華して消えていったのだった。



「今、出してやるからな」

 ミスターは鉄格子の鍵をぶちこわして、2人を助け出す。

「鞍馬さん!」

 玄武と龍古が倒れた鞍馬に駆け寄るが、彼は目を開かない。涙で振り向いた玄武をそっとどけて、鼻の下に手を当てたミスターが微笑んで言う。

「大丈夫、息はあるから気を失っているだけだ」

「良かった」

 龍古がつぶやいた。

「さて、お前たちは歩けるな?」

「うん!」

「はい」

 元気よく返事した2人は、鞍馬を肩に担いだミスターと研究室の裏口へと急ぐ。

 そこに、遠くにパトカーの音を聞いて、やばいやばいと焦っていた万象が大慌てで扉を開け、彼らは面倒ごとに巻き込まれることなく、無事、東西南北荘に帰ってきたのだった。


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