7話 そして彼らの作戦は決行される
そうと決まれば、彼らの行動は迅速だ。
トラばあさんが強力なコネを駆使して、建物まわりの警備体制は即、調べあげられた。その結果、だいたいいつも20人から30人程度が交代で警戒をしている事がわかる。
なぜそんなにたやすく調べられたのか、それは。
陽ノ下家の大奥様である、陽ノ下 桜子。
彼女の鶴の一声で、大勢の人間が動いたのだ。
研究所がある辺り一帯の領地が陽ノ下家のもので、幸運なことに桜子はトラばあさんの学生時代からの親友だったのだ。
彼女はトラばあさんの頼みなら、ほぼその理由を聞かずにかなえてくれる。反対もしかり。彼女たちの関係はお互いの真の友情と信頼で結ばれている。
同時に、研究所に陽ノ下家から数台のお掃除ロボが贈呈され、清掃要員が派遣された。ここのところ定期的に入っていた掃除が途切れているからとの理由だ。
研究所サイドは自分たちでしているから、と辞退したのだが、そこはそれ、陽ノ下家の好意を断る気か? と、やんわり釘を刺されたので仕方なく、ありがたくお受けしたような次第だった。
実はこのお掃除ロボット贈呈と清掃も、トラばあさんの頼みだった。
お掃除ロボにはカメラが内蔵されていて、中の様子は随時、万象とトラばあさんの所へ送られてくる。
そして、裏口に横付けされた清掃会社のバンから、掃除道具を積んだ大きなカートを押した清掃員が2人、中へと入っていった。
「内部の黒服警備の兄ちゃんは、庭と同様、30人は難いかな。交代勤務だろうから、実際はもっといるはずだ。で、1つだけ、どうしても入れない部屋がある。ここがたぶん……」
「龍古たちが捕らえられている部屋だろうな」
思った通り、中に入った清掃員がミスターと鞍馬だ。彼らはつけているマスクに内蔵されたマイクでやり取りをしている。
そして外に止まっている清掃会社のバン。
実はこれが万象が乗りこんだ司令室だ。
彼は中の2人に指示を出したり、援護用のドローンを扱ったり、また、東西南北荘に残ったトラばあさんとの橋渡し役でもある。
「お掃除ロボの配置完了」
「そのようだね、では、始めるか」
頷いたミスターは、マスクがずれていないか、もう一度確かめてつぶやく。
「シンクロ楽しみにしてるぜえ、鞍馬」
実は、この作戦が決まったとき、鞍馬が皆を呼んであることを打ち明けていた。
「深く追求はしないで頂きたいのですが、昔、私が上司として使えていた方、今はもういらっしゃらないのですが、その方と、もしシンクロすることが出来れば、私の身体を預けて、おそらく私の倍、いえ、それ以上と対峙することが可能になるはずです」
「倍以上って、いったいどんだけ強くなるんだよ」
万象が訳がわからん、と言うように突っ込むが、他の者は無言で先を促す。
「確約は出来ませんが、途中で私の雰囲気がガラッと変わったときは、その方が来たのだな、と、それだけ覚えて置いていただければ、現場での混乱を避けられると思います」
「わかった。他に注意することはないか」
ミスターが素直に頷くので、万象がまた突っ込む。
「はあ? 今ので納得したのかよ」
ミスターはそれには答えず、ニヤッと笑って万象の頭を抱え込んだ。
ふがっと慌てる万象だが、もがいてもミスターの手は離れそうにない。
「私より口は悪いですが、一応女性だと言うことくらいですか」
「ふが?」
「ほお、それは楽しみ。シンクロの成功を祈るぜ」
そう言って手を離すかと思いきや、ミスターはよりいっそう力を込めてもふもふするので、万象はこのまま息が出来なくなるのでは、と、青くなったのだった。
〈この上司というのは、長く生きている鞍馬が、大昔に料理人として仕えていた上官で、リュシルという。彼女はある軍隊の隊長をしていた女性で、その美しい見た目からは想像できない程の強さを持つ。人々から鬼神と恐れられていたほどに〉
ボウン!
何かがはじける音がしたかと思うと、突然お掃除ロボが煙を吹き出し始めた。
「なんだ、故障か?」
「おい、清掃会社の人、お掃除……ロボ……が」
研究員、警備の黒服、など、中にいる者はその煙を吸い込んでバタバタと倒れていく。お掃除ロボのもう一つの装置、強力な催眠ガスだ。ちなみに人体に悪影響はない。
ミスターと鞍馬は、ガスマスク装着のマスクのおかげで、平気でいられるのだ。
「ふう、さすが伯母さんだな。こんなのでよく回避できるもんだ」
まわりを見渡して、起きている者がいないことを確認すると、ミスターは倒れた人の間を通り抜けて、くだんの部屋へと向かう。
「ミスター!」
その時、イヤホンから焦ったような万象の声が聞こえた。
「ヤバい! 外のヤツらが気づいた」
と、同時に表玄関や裏口から大量の黒服がなだれ込んできた。
「ミスター」
こちらは落ち着き払った声の鞍馬が、カートを左右に開く。中にはさまざまな銃器とボックスが入っている。鞍馬は箒のひとつから刀を取り出した。
「ほい」
まずミスターがボックスを開くと、中から大きめのドローンがひとつと極小のドローンが大量に飛び出した。
「きたー!」
天井近くに飛び上がった大きめのドローンから万象の声がして、極小ドローンが勢いよく黒服に飛びかかる。
司令室の中にはゲーム画面のようなディスプレイが設置されていて、万象は天井のドローンが映し出す映像で、極小ドローンを使ったシューティングをしているのだ。
「うわっ」
「ぐう」
極小ドローンは、黒服たちの両肩に、狙いを外す事なく飛んで行くのだ。
「いいか、万象。必ず両方の肩か腕にドローンを当てるんだぞ。利き手をやられても、もうひとつの手がある限り、銃は撃てるからな」
ミスターが教えてくれた事を忘れることなく、万象は両肩を狙う。
ドオン! ドオン!
そのミスターも自分の説を曲げることなく両方の腕や肩を撃ち抜いていくのだ。
鞍馬は、2人の援護を受けながら、銃を構える黒服たちを恐れる様子も見せずに、ふいに彼らの前へと移動して、これもミスターの教え通り両腕に太刀を浴びせる。
「いいぞお、万象! すげえじゃねえか」
「伊達にゲーマーって言われてねえよ。そういうミスターもすげえ!」
「「けど……」」
「鞍馬、すげー!」
2人は、まるで銃の弾筋が見えているかのようにすっと弾を除けまくる鞍馬にも、えらく感動するのだった。
そして。
外から入ってきたヤツを1人残らず倒した2人とドローンは、ようやくかの部屋の前へとたどり着いたのだった。
東西南北荘で3人を見送ったトラばあさんは、しばらくぼんやりしていた雀が、ふいに立ち上がって部屋の中を落ち着きなく歩き回り始めるのを見て、ふっと微笑む。
「何か出てきそうかの?」
「わかんない、うーん、でも……、なにかな……。? あ!」
急に立ち止まった雀が、ババッとちゃぶ台に駆け寄り、置いてあったノートのまっさらなページを開ける。
そして、左手で鉛筆を持つと、かなりの早さでそこに何かを書き記す。
――大丈夫
――安心なさい
――そのセリフに、世界は救われた
「ふうん。女神様みたいなセリフじゃの」
ふう、と顔を上げて息をついた雀は、トラばあさんの言葉にニッコリ笑った。
「そうね。でも、左手に降りて来たものは、外さないから」
雀は、ごくたまにだが、こうして左手で、神がかったように短い文を書くことがある。
不思議なことに、それは、ほぼ現実となって後々現れるのだった。