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6話 それは突然やって来た


 今日は日曜日で、鞍馬がボランティアに来る日だ。


 前庭の駐車場に車が止まる音がして、パタン、パタン、と、2回ほどドアを開け閉めする音が聞こえてきた。

「うー、まさかこんなに早くまたここへく来るとはな」

 そこに聞こえてきた声は、まさしくつい先日帰っていったはずのミスターのものだ。

 すると、その声を聞きとがめたのか、離れから、汚れたつなぎを着てゴーグルを頭につけたトラばあさんが、あきれた顔でやって来る。

「おや、これはまたお早いお戻りで」

「おう! ただいま」

「お邪魔します」

 聞くと、駅からここへ向かう途中の道で、鞍馬がミスターを見つけて拾って来てくれたのだそうだ。

「いやあ、助かったぜ。ありがとうな、鞍馬」

「いいえ」

 いつでも礼儀正しい鞍馬は、きちんとお辞儀をしてから玄関へと向かう。ミスターはそれとは逆の方、直接和室へと向かうのだろう、縁側に続く中庭へと歩いて行った。


「おーい、龍古、玄武。大河おじさんのお戻りだよー」

 大声で呼びかけるミスターに、いつもなら飛んで出てくる2人の姿がない。

「あれ? 留守か? 珍しいな」

 そこへトラばあさんや、どうやらさっき起きたばかりらしい雀もやって来る。

「ふわあー、何だか大きな音がすると思ったら、ミスターだったの」

「2人はいないのか? はて、おかしいの? 勝手に外へ行くはずないんじゃが」

 皆がそんな会話をしているところへ、お隣(とは言え、ここの敷地はだだっ広く、隣の家からは走っても3分ほどかかる)のおじさんが息せき切ってやって来た。

「おい! トラばあさん! さっき、うちの大ばあさんが、あんたんとこの2人、あの、ほれ、龍古と玄武! それが何だか手を引っ張られてさ、おっきな車に乗せられて連れて行かれたって言うんだけどよ」

「え!?」

「ばあさんも遠目だったから、見間違いかもしれねえって。で、確かめに来たんだ。どうだ? 2人はいるか?」

 それに慌てて答えようとするミスターを抑えて、トラばあさんが大笑いして言う。

「ああ、遊び疲れて2階でおおいびきで寝てるよ。でも、ありがとうね、心配掛けたね、ごめんよ」

「そうか、じゃあ、やっぱり大ばあさんの見間違いだったんだな。良かった良かった」

 そう言って親切な隣人が帰ったあと、ミスターはトラばあさんに聞く。

「伯母さん、なんであんなこと」

「バカだねえ、本当の事なんか言ったら、きっと警察に連絡されちまうよ」

「あ! そうか」


 これにはきっと噂の某国が絡んでいる。

 下手に警察などに連絡されて大事になったら、かの国は物言わぬ圧力を掛けてくるはず。そうなれば、彼らを無事取り戻せるかどうかわからない。

「だったら、わしらで2人を取り返すまで」

「そうだよな。手段を選ばない卑劣なやつらには、こっちも手段を選んでられねえよな」

「まったく、前から思ってたけど、2人とも危ない橋を何本渡ってきたの?」

「それはお前さんも同じじゃろう」

 3人が顔をつきあわせて相談している背後から、静かな声が聞こえた。

「よろしければ私にも、危ない橋を渡らせて頂けますか」

 いつの間にかそこに、鞍馬が立っていた。




 バイトから帰ってきた万象は、案の定、話を聞くと怒濤の怒りを露わにして大騒ぎする。

「なんだって皆そんなに落ち着いてられるんだよ! これは誘拐、誘拐だぜ! 2人が今どんな目にあってると思うんだよ!」

「あいつらの能力を買っている国だ、無碍なことはしないよ」

「けどさ!」

 ほとんど怒鳴るように言う万象の隣に、鞍馬が大量のおにぎりを載せた皿を持ってきて座る。

「万象くん、とりあえず落ち着いて。皆さん夕食がまだでしたので、お腹がすかれていませんか? 食べながら話をすすめてはいかがですか」

「なに落ち着き払ってんだよ鞍馬! こんな時に飯なんて食ってられるか!」

 そんな万象をなだめるようにトラばあさんが言う。

「まあまあ、腹が減っては戦は出来ぬ、と言うじゃないか。そういえば、昼から何にも食べておらんかった。ありがたく頂くぞ、鞍馬」

「はい」

 そしてトラばあさんがそのおにぎりをひとくち口にした途端。

「お!」

 目をむいてしげしげと手に持ったおにぎりを眺め始める。

「?」

 不思議そうにそれを眺めていた雀とミスターも、やはり空腹には勝てず、おにぎりを手に取る。

「わあ」

「おお!」

 2人とも、なぜか感嘆の声をあげている。

「なんだよみんな、どうしちまったんだよ」

 イライラと言う万象は、「まあ食べて見ろ」と、3人から勧められて、仕方なくおにぎりを口に入れた。

「わ」

 おにぎりを口にした途端、今までのイライラがすう~っと消え去ったのだ。そればかりか、もぐもぐと味わううちに心が静かに澄み渡り、考えがまとまってくるようだった。

「どんな魔法を使ったのかなあ」

 顔をのぞき込むようにしてくる雀に、「?」と首をかしげて、素知らぬ風に微笑む鞍馬だった。


 夕食のおにぎりを食べながら、5人は会議を続ける。

「まず、2人の居所じゃが、こいつはゴーグルとヘッドホンを外していなければ簡単にわかる。あのアイテムには、追跡用の機械が内蔵されておる」

「へえ、さすが伯母さん」

 頷くトラばあさんがもう一つの提案をする。

「で、万象。お前さんはかなりのゲーマーじゃったな。ドローンは操作できるか?」

「もちろん」

「では、シューティングは?」

「こう言っちゃなんだが、得意だぜ」

 わかった、と言うように微笑んで言う。

「だったらお前さんは司令塔じゃの」


「じゃが、問題は突入隊じゃ。大河1人では心許ないが、仕方あるまい」

 なんと、ミスターは外国を放浪しているだけあって、銃器の扱いに慣れている上、やはり格闘でもかなりの能力を持っているのだ。なのでトラばあさんは、殺傷能力のない銃器をいくつか、彼に渡すつもりでいた。

「それでしたら、私が」

 すると、誰もが思っても見なかった人物が手を上げる。

「鞍馬?」

「バカ言うんじゃねえ! お前なんかが行っても足手まといになるだけだぜ」

 驚いて言い出す万象を抑えて、雀が聞く。

「鞍馬くん。もしかして鞍馬くんも銃器が使えるの?」

「いえ、使えません。ですが」

 少し言いよどむ鞍馬の、次の言葉を皆が待っている。

「武器は、刀があれば。峰打ちでしたら、正確に数えたことはありませんが、30人から40人程度ならなんとか……」

「ええー!?!?」

 宇宙の果てまで届きそうな万象の叫びが、和室に響き渡っていた。


 そのあと、離れに移動した5人は、普段トラばあさんが開発処と呼んでいる、なんとも可愛い代物が並べられた奥の、もう一つの部屋へと案内される。

「ははあ、また物が増えたんじゃないか?」

「あの噂を聞いてから、少しずつそろえていった。苦労したぞ」

 と、少しも苦労していないようにサラッと言うトラばあさんの背後には、各種武器と呼ばれる代物や、大小各種ドローンなどが所狭しと置かれている。

「ドローンの大きなヤツにはカメラが内蔵されている。これで中の様子が送られてくる。他には、赤外線と感熱装置が装備されているもの。そして、この小さいのは」

 トラばあさんは、小さなドローンが並べられている一画から、ほとんどドローンに見えないようなものを1つ取り上げる。

「大量に飛ばしたコイツを遠隔操作で敵に打ち当てられる。こんなチビじゃが、かなりの痛手を負わせられるぞ。まあ、シューティングゲームの弾みたいなもんかの」

「へえ」

 万象が興味津々でそいつらを眺めている。

 そのあと。

 荷物? を除けながら奥へ入って行ったトラばあさんが、何やらゴソゴソ捜し物をしていたかと思うと、一振りの太刀を持ってきた。

「これは?」

 差し出された鞍馬が面食らって言う。

「いやいや、最初あんたの名前を聞いたとき、遠ーい昔の時代劇を思い出しての。鞍馬天狗と言うんじゃ、誰も知らんじゃろ? で、遊びで作ってみた。それが役にたつとはのお」

「ですが……」

 峰打ちにすれば良いことだが、まだ躊躇する鞍馬に、トラばあさんが言う。

「鞘から出してみな」

 スルッ、と、美しい仕草で抜刀した鞍馬は、「……これは」と驚く。

「わしが人を殺める道具を作ると思うか? これはどちらも峰の刀じゃよ。チタンを混ぜてあるから、軽い上に強度は折り紙付きじゃよ。どうだ、これで頼めるか?」

「はい」



 おおよその作戦は立った。あとは2人の行方を捜すのみ。

 トラばあさんが龍古のゴーグルをたどっていった先は、景勝地に建つ元製薬会社の研究施設。最近どこかの企業に買い取られたと言われる建物だった。


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