5話 龍古(りょうこ)と玄武(げんぶ)
龍古と玄武はとても仲の良い姉弟だ。
しかも万象のことを本当の兄のように慕ってくれて、
「バンちゃん」「バンちゃん」
と、なついてくれるから、実際、嬉しいことこの上ない。
だが、一緒に暮らしてみると、2人とも1日のほとんどを東西南北荘の中で過ごしているのだ。龍古はどう見ても中学生くらい。玄武は小学生だろうか。
学校は行ってないのか?
トラばあさんの身内じゃないって言ってたけど、じゃあ両親は?
聞いて良いものかどうか悩む万象だか、とりあえず手近な所から攻めてみる事にした。
「なあ、玄武は学校行かなくていいのか?」
「え? 学校って行くものなの?」
思いがけない答えが返ってきて、「ええー?!」と頭を抱える万象に、玄武は奥の和室に鎮座している大画面テレビを指さした。
「学校はここにあるじゃない」
「は?」
今までほとんど使われていないテレビが置かれているのが、どうにも不思議だったのだが、言うに事欠いてこれが学校?
あ、でもアニメやゲームの世界なんかだと、良くあるパターンだよな。
いぶかしげに玄武とテレビを交互に見る万象に思わず吹き出して、玄武はテレビの下からデスクを引っ張り出す。
「あ」
そして、ポンとスタートボタンを押すと、ディスプレイが起動した。
「今何時? えーと、どこが良いかな」
などと言いつつ、驚くような早さでキーボードを打つ玄武。
「あ、オーストラリアなら時差あんまりないかな」
と、どこかを呼び出しているようだ。
すると。
「ハロー玄武ー!」
画面に玄武と同い年くらいの子どもが現れた。
そのあと、玄武は流ちょうな英語でその子と話し始める。
「え? え? ちょ、玄武!」
「なに? あ、彼はね、オーストラリアの同級生。ネットスクールで一緒に勉強してるんだよね」
と言って、あちらにも万象を紹介しているようだ。
「Hi!」
のあとにペラペラと英語でしゃべり出すが、いかんせん、万象は生粋の日本男子であることを自慢に思っているので、日本語以外はチンプンカンプンなのだ。
「言葉わかんねえー」
と情けない声を出した万象に、玄武が「そうなの? ごめん、わからなくて」と、またキーボードを操作する。すると、英語のあとにほとんど同時に日本語のテロップが流れ出した。
「おわっ、すげえ」
「あんまり使ったことなかったけど、これトラばあさんが開発した翻訳通訳テロップー!だよ」
「へえ」
と、感心している場合じゃなく。
そのあと、よくよく話を聞いてみると、2人はあの格好のせいで、ここいらの学校には通えないらしい。理由を説明しても、他の親御さんが、とか、規則ですから、とか、とにかく変わったヤツを入学させたくないんだな、これが。
で、トラばあさんが見つけ出したのが、ネットスクールだった。これだと世界各地のスクールと繋がることが出来るし、格好がどうのとかうるさく言われない。
ただ、時差があるから、オンタイムでつながれるところは限られている。けれど録画授業があるので、ほぼ全世界を網羅しているのだ。
「ちなみに玄武はどことどこの授業受けてるんだ?」
と聞いた万象に、玄武は指折り数えて答える。
「えーとね、近いところでは中国でしょ。韓国でしょ。もちろんアメリカ、オーストラリア。ヨーロッパ各国。それから、ポルトガルとかフィンランドとか。あ、最近アフリカの授業も受けてるよ、ジャンボ!」
「あー、ジャンボ」
ジャンボはスワヒリ語の挨拶だ。それくらいは万象も知っている。万象は聞かなきゃ良かったと後悔しつつも、オレも、もう一度勉強しようかな、などと、絶対しないくせに思うのだった。
さすがに両親のことは、なかなか聞き出せないでいる。
だが、その機会は思わぬ所から訪れることになる。
ミスター白菱は、1度やって来るとだいたい1週間くらい東西南北荘にとどまる事にしているようだ。
最初にすごい洗礼を受けた万象だったが、そのあと隙あらばと寄ってくるミスターに対して容赦はしない。手は振り払うわ、回し蹴りは食らわせるわ、腹に鉄拳入れるわ、……の、はずなのだが、なぜかこのおっさん、万象の攻撃をすべてのらりくらりとかわしてしまうのだ。
「もしかして、ミスターってすげえ武術の達人なのか?」
と青葉梟姉弟に聞くのだが、2人とも知らなーいと言うばかりだった。
そんな姉弟はどうやらこのへんてこりんな男が大好きらしい。
食事の時は、必ず彼を間に挟んで座るし、玄武などは嬉しそうに、
「僕、今日はミスターと寝る!」
と、和室に敷かれたミスターの客用布団に潜り込んだりしている。
そんなある日、また朝ご飯のあと爆睡してしまった万象が、ふと目を覚ますと。
ちょうどミスターが、玄武を伴ってトラばあさんの離れに入って行くところだった。
だが、玄武はいつものように楽しそうではなく、なぜか真剣な、と言うより、とても怖そうな顔をしている。
「なんだろ」
気になった万象は、ミスターたちのあとを追ってそっと離れを覗いてみた。
「大丈夫だからな、玄武」
「そう、ほんのちょっとの時間だからね」
そういうミスターとトラばあさんの声が聞こえたかと思うと、
「い、いやだよう、やっぱり怖いよう、……あ、うわあ~!」
と言う玄武の悲鳴が聞こえる。その途端、万象は思わず離れに飛び込んでいた。
「なにやってんすか!」
振り向いた2人の向こうには。
何のことはない、ただ、ヘッドホンを外した玄武がいるだけだ。だが、玄武の様子はただ事ではない。耳を手で覆って、苦しそうに身もだえしている。
「え?」
状況が良く飲み込めない万象に、やれやれと言う感じでトラばあさんが言う。
「起きたのか、バンちゃん。仕方ないの」
そして、ミスターも肩をすくめて言う。
「だな。じゃあそろそろ本当の事を教えるか」
手招きされて離れに入った万象に、2人が意外な話をし始めたのだ。
実は、龍古と玄武はミスターが連れてきたのだ。
ミスターは、細胞遺伝子学の優秀な学者と言うことで、あらゆる研究機関からお呼びがかかる。
彼が外国の小国にある研究機関にいたときのこと。
そこは特殊能力、いわゆるエスパーの子どもたちを保護する施設で、親が気味悪がって追い出したり、ひどい仕打ちを受けている子を確保したりする施設だった。
トラばあさんは、2人を目と耳が不自由だと説明したが、実は、龍古は見えすぎる目を持ち、玄武は聞こえすぎる耳を持っている。まあいわば超能力だろう。
彼らのゴーグルとヘッドホンは、見えすぎる目と聞こえすぎる耳の能力を弱めるために、トラばあさんが苦心して開発したものだった。
龍古と玄武は、両親の顔は覚えていない。気がついたときは、2人ともくだんの施設の前に置き去りにされていたのだ。
その施設では、異能の起こる仕組みが神経細胞や遺伝子に関係があるのではないかという研究がされており、ミスターはその道のプロフェッショナルと言うことで呼ばれていた。
しかも、施設は決して子どもたちを実験材料や研究材料としては扱わず、人間らしく、また子どもらしく、1人の家族として彼らを養育する使命をも担っていた。
ミスターはそんな施設の姿勢に大いに共感して研究を続けていたのだが。
世間には子どもたちを別の目で見る輩もいる。
能力を自分の欲望や軍事の欲望に使おうとするヤツらだ。だが、施設のセキュリティは万全で、しかも、小国とは言え他国の援助を受けなくとも自立して成立する国だったので、莫大な金銭を積まれても決して子どもたちを売るような真似はしなかった。
だが、あるとき施設一帯が大火事に見舞われてしまったのだ。
火事のどさくさの中、何人もの子どもが行方不明になり、また命を落とし。
ミスターがどうにか助けられたのが、龍古と玄武、ただ2人だけだった。彼らの身の危険を感じたミスターが、トラばあさんに彼らを預け、ばあさんも快くそれを引き受ける。そればかりか、技術を駆使して作り上げたのが、かのゴーグルとヘッドホンだった。
「俺もこいつらの能力の仕組みをどうにかして解明して、こんなしんどい目から解放してやりたいんだが、悔しいことになかなかたどり着けないんだ」
「そうだったんですか」
話を聞く間に、龍古も離れにやって来ていた。そして、こちらはあまり躊躇なくゴーグルを外す。彼女の場合は、目を閉じていればなんとか恐怖からは逃れていられるからだ。
だがそのとき。
「おわっ」
万象がなぜか驚いたような声を発したので、え? という感じで龍古が目を開けてしまい、慌ててまた目を閉じる。
「どうしたんだ?」
ミスターが聞くが、万象は「なんでもないです!」と少し顔を赤らめて言う。
「ははあ」
どうやらミスターにはバレてしまったようだ。
ゴーグルをはずした龍古は、かなり、いや、誰が見ても間違いなく超美少女だ。万象はそれに驚いて変な声が出てしまったらしい。
そのあと万象は、怖がる玄武をギュッと抱きしめて落ち着かせ、検診や細胞を調べる手伝いをする。
龍古を抱きしめるのはさすがにできないので、グッと両手でガッツポーズなどしてエールを送っていると、目をチラッと開けて彼を見た龍古が、恐怖に引きつりつつも少し微笑んだのだ。
「どうした?」
またミスターが怪訝な顔で聞くと、龍古は耳を押さえている玄武をチョイとつついて、「一瞬だけ万象を聞いて」と言う。龍古を見た玄武が、万象にグッと近づいて恐る恐る手を離す。
「あ」
玄武は微笑むどころか、楽しそうに笑う。だがすぐに、「うわあーもう限界だよお」と、耳を押さえてしまう。
「よし、2人ともよく頑張った。今回はこれでおしまい!」
コーグルとヘッドホンをつけて、ようやくいつもの2人に戻った。
万象はそのあと、どうしても聞きたかったので彼らに聞く。
「なあ、なんで2人とも、俺を見て笑ったんだよ」
すると、
「あ」
と言った龍古が玄武と顔を見合わせたあと、楽しそうに言った。
「だってね。万象を私たちが護らなきゃならないって感じたの。だから、嬉しくて」
「え?」
「うん。僕たち今まで、誰かを護れるなんて思っても見なかったんだもん」
一瞬ポカンとした万象が、「なんでぇー?」と、変な声で言う。
「お前たち、そんなことまで見えたり聞こえたりするの?」
2人はそれには不思議そうに言う。
「こんなの初めてだよね?」
「うん、初めてだね」
そのあと2人は本当に嬉しそうに言ったのだった。
「万象に限る!」
2人が離れから出て行ったあと、万象はトラばあさんに呼び止められる。
「最近、妙な噂があってな」
「妙な噂?」
それにはミスターが答える。
「あいつらと俺がいた施設の火事は、ある国の陰謀だったって噂だ。その国が何の目的かは知らないが、あいつらみたいなヤツをまた集めてるって話だ。もちろんあいつらの意思に関係なく」
「それって」
万象の考えたことがわかったように頷くミスター。
「そうだ。無理矢理連れて行くって事も、充分あり得る訳だ」
「そんな……」
思わず顔をしかめた万象の肩にポンと手を置いてミスターは続ける。
「俺は明日帰らなきゃならない。けどなんとか都合をつけてまたすぐ来るつもりだ。それまであいつらを頼む」
「お、オレができる限りは頑張ります!」
万象は、自分が出来ることなんてたかが知れてるだろうと思ったが、それでも言わずにはおられなかった。ミスターはそんな万象の肩に置いた手を2度ほど軽くポンポンと弾ませると、
「頼もしいな」
と、嬉しそうに言うのだった。




