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4話 トラばあさんの甥っ子


 その男は、ある日、ふらぁ~という形容詞がぴったりな感じでやってきた。

「いよう、元気にしていたかね、東西南北荘の住人!」

 白衣に見える、白くて長いコートを着て、ニコニコ笑う顔がどこかで見たような顔だ。


「ミスター!」

 嬉しそうに飛びついてきた玄武げんぶをしっかりと受け止め、その頭をなでる。

「おう、玄武。どれ、うーん、耳は大丈夫そうだな」

 玄武がつけているヘッドホンまわりをなで、よしよしと頷きながらそんな風に言う。

「ミスター、お久しぶりです」

 次に迎えに出てきた龍古りょうこのゴーグルまわりを、これまたなでて言う。

「龍古の目も異常なし! さすが伯母さんだね」

「当たり前だろう」

 そう言って出てきたトラばあさんがニコッと笑うと、その顔は男とそっくりだった。

 彼は、トラばあさんの弟の子どもにあたる、いわゆるばあさんの甥っ子だ。かなり優秀な細胞遺伝子学の専門家で、今は外国の研究所で細胞学や遺伝子学の研究を続けている。

 どうやらトラばあさんの家系は理系に秀でているらしい。


 ミスター白菱はくびしが和室で住人たちと久々の対面を交わしていると、駐車場とは名ばかりの玄関の前庭に、自家用車が止まる音がする。

 今日は日曜日。

 鞍馬くらまが夕食のボランティアにやって来る日だった。

「お邪魔します」

 律儀に頭を下げて入って来た鞍馬の手を取って、玄武が彼をミスターに引き合わせる。

「鞍馬さん、早く早く、ミスターが来てるんだよ。トラおばあちゃんの甥っ子って、僕、甥っ子ってよくわからないけどとにかく凄い人なんだよ」

 いつもならすぐに料理の用意に入るのだが、今日はそういうわけにもいかず、鞍馬は和室に上がってきちんと膝をそろえ、丁寧にお辞儀をした。

「初めまして、鞍馬と言います。こちらには日曜日の夜だけ夕食を作りに来ています」

 すると、ミスターはやおら鞍馬ににじり寄って握手を求める。

「おう、伯母さんから話は聞いてたぜ。……?」

 鞍馬は握手に答えはしたものの、彼の手を握ったまま動かなくなったミスターに首をかしげている。

 次の瞬間。

「おい! なんだお前さんは? ええー? こんなの初めて感じたぜえ。どうなってるんだまったく」

 ミスターは鞍馬の顔や手をなでまくり、あろう事かシャツをまくり上げて胸や腹までなでようとする。これにはさすがに冷静な鞍馬もおとなしくしていられないと、「失礼します」と断ってミスターの手をひねり上げた。

「わ、イテテテテ、ちょ、や、やめ」

「あっははは、大河たいがの悪い癖が出た。鞍馬くん、もう離しておやり。そいつはな、なぜだか知らんが子どもの頃から、ある意思を持って他人に触れると、そいつの状態がわかるんだそうだよ」

 その言葉に少し考え込んでいた鞍馬だが、さすがにミスターの、「もうやめてぇ、腕が折れるぅ」という悲痛な叫びに気がついて、そっと手を離した。

「ああー痛かった。悪かったな、俺はこの人の甥で、白菱はくびし 大河たいがって言うんだ。よろしくな。けど……」

 と、性懲りもなく彼に手を伸ばしてくるミスターから、鞍馬はすっと離れる。その無言の拒否に参ったように頭をかきつつ言う。

「なあ、1度あんたの遺伝子を調べてみたいもんだ。なあに、ちょっと血液を採るだけだ。どうだ、良いだろう?」

「お断りします」

 にべもなく断った鞍馬は、「夕食の用意がありますので」と、珍しく無表情でキッチンへと降りて行ったのだった。


「あの、鞍馬さん」

 鞍馬が夕食の用意をしていると、そおっと龍古がやって来た。そしてその後ろには、隠れるようにして玄武がいる。

「どうしたの? 玄武くんも、なにかあった?」

 龍古は、後ろにいる玄武の頭をなでてちょっと微笑んだあと、鞍馬に聞く。

「鞍馬さん、ミスターのこと、嫌い?」

「え?」

「だって、さっき怒ったみたいにキッチンへ行っちゃったって、玄武が」

「ああ……」

 先ほどの騒ぎの時、鞍馬が笑いもせずにキッチンへ降りたのを、怒っていると玄武が勘違いしたのだろう。まあ、初対面で、しかも野郎に身体をなで回されるのはどうにも気持ちの良いものではないが。

「違うんだよ、玄武くん」

 鞍馬は隠れている玄武の横にしゃがみ込んで目線を合わせると、いつものように微笑む。けれどそのあと、ものすごく真剣な顔になってつぶやいた。

「私はね、蚊に刺されても気がつくほど注射針が嫌いなんだ」

「え?」

「ミスターが血液を採るって言ってたよね、血を採るときは、こうやって注射針を刺すんだよ」

 そう言いながら、人差し指を自分の腕に当てて、ものすごく痛そうに怖そうにする鞍馬。

「うん、……あっそうか!」

 玄武はようやく気がついたようだ。そして、鞍馬にしか聞こえないように彼の耳元で言った。

「大丈夫。鞍馬さんが注射が怖いって、誰にも言わないから!」

「ありがとう」

 玄武は急に元気になると、龍古を促してキッチンを出て行った。



「久しぶりに見たぞ、お前さんが人に触れてあんなに楽しそうにしているのを」

 こちら、鞍馬に振られたミスターは、仕方なくトラばあさんの離れにお邪魔している。

「そうかな。けど、伯母さん。あの鞍馬ってやつ、ただ者じゃないぜ」

「わしもそう思っていた」

 平然と答えるトラばあさんに、ちょっと吹き出してミスターが言う。

「ホントかよ。けど、何だろう、あれは、俺たちとは構造が違う。全部じゃなくてもどこかが違う! あー遺伝子解明してーなあ」

「また始まった。そんな暇があるんなら、早く龍古や玄武をなんとかしてやってくれ」

「はいはい、わかりましたよ」

 真剣に言うトラばあさんに、肩をすくめてミスターは頷く。

「わかったからさ、ものすごく早くなんとかしたら、鞍馬の血液取らせてもらえるように、伯母さんが説得してよ」

「やだね」

「ケチー」

 ベエーッと舌を出すミスターだったが。


「おい! なんだお前さんは? まったくどうしちまったんだよ東西南北荘! お前さんもただ者じゃねえぞ、ええ? 新入り!」

「うわっ、何すんだよ! やめろ! やめろってんだよおっさん! わあ、やめてぇーーーー」

 その日の夜、帰ってきた万象と握手したミスターは、またハタと動かなくなったあと、嬉しそうに彼の身体をなで回し始めたのだった。


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