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第2話 永遠のライバル登場?


 翌週の日曜日。

 万象は居酒屋のバイトをラストまできちんとこなし。

 そして、(鞍馬さん、万象を待ってるよー)と言う玄武のラインにニヤニヤしつつ、帰りを急いでいた。


 あれからなぜかとんとん拍子に事が運び、万象の引っ越しは2日後には終わっていた。

 本人はキツネにつままれた様子だったが、どうやら東西南北荘のオーナーという人が、トラばあさんたち住人に頼まれて、以前のアパートの退去から荷物運び、住所やその他各種変更まで、すべての手はずを整えてやってくれたらしい。

「トラばあさんがオーナーだったんじゃ」

「はあ? わしはそんなこと、ひと言もいっとらんよ。わしは古くから住んでおるんで、ここの主ってだけじゃ」

 カラカラと笑うトラばあさんにあきれながらも、

「とにかくありがとうございました。オーナーにそう言っといて下さい」

 と、律儀に伝言を伝える万象だった。


「ただいま!」

 勢いよくドアを開けて言うと、和室の上がりがまちからひょいと雀が顔を出す。

「おかえりー、皆お待ちかねよ」

 ニヤニヤ笑って手招きされると、何だか恥ずかしかったが、万象はふん! とお腹に力を入れて和室に向かい、中を覗く。

 手前の和室には大きめのちゃぶ台が置かれ、そこにこちらを向いて座っていた男が万象の姿を認めると、柔らかく微笑んで頭を下げた。

「初めまして、鞍馬くらま しゅうと申します。よろしくお願いします」

「あ、えと、京都みやこ 万象ばんしょうです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 つられて、つい深々とお辞儀をしてしまう。

 実は万象は彼のことを、どんな奴だろうとずいぶん頭の中で思い描いていたのだ。住人たち、特に女どもは揃って「素敵な人よー」とか夢見心地に言うので、どーせイケメンで女たらしっぽいナルシー野郎なんだろうよ、などと勝手に想像しては、攻略法を考えていたのだ。

 考えていたのだが。

 頭を上げたその顔は、まあ普通に整ってはいるが、すごいイケメン! ではない。

 雰囲気も、ヘーイかのじょお、とか言いそうなイケイケでも、ナルシーでもない、何というか、初めの印象通り、ものすごく優しげで柔らかい。

 万象は、あれ? という感じで少し肩を落としてしまった。

「どうかされましたか?」

 思わずため息なんかついた万象に、鞍馬が声を掛ける。

 すると、それにかぶるようにひと言。

「こいつはね、鞍馬くんの作るパンに異様なライバル心を燃やしてるのよ」

 雀がネタバレするのを、

「そんな決めつけたように言わなくても良いじゃないですか、雀さん!」

 キッと睨み付けながら言うが、雀は万象の視線なんかにはびくともしない。なので仕方なく鞍馬に言い訳めいたことを言う。

「ええっとですね。普通、パンは1度冷蔵庫で保存したりなんかすると、そのあとレンジ使わなきゃカチコチじゃないですか。でも、鞍馬の、あ、鞍馬さんのパンは違う。なんて言うか常温に置いただけでふわっふわなんですよね。それって、なんていうか、こう、ずるいなって」

 最後のセリフのあと、無意識に唇をとがらせていたようだ。

 そんな万象を、少し驚いたように見ていた鞍馬が、ふっと微笑んで言った。

「そうでしたか。ちなみに京都みやこくん」

「え? いや、万象で良いですよ」

「わかりました。それでは、私の事も鞍馬と呼び捨てで結構です」

 はあ? と言う顔をした万象にまた微笑みながら彼が話を続ける。

「パンの方は、少しコツがありまして。よろしければお教えしますが」

「はあ?」

 何と言うことでしょう~。鞍馬は、パンのコツをいとも簡単に万象に教えてくれるという。

「え、でも、そんなあっさりと教えてしまって良いんですか?」

「なぜですか? 教えられない理由がありませんが」

「そりゃそうだけど」

 万象は、自分勝手に鞍馬の事をライバルだ! などと決めつけていたので、よもや、こんなに簡単にパンの秘密がわかるのが予想外だっただけだ。

「でしたらよろしいですね。それで、お疲れのところ申し訳ありませんが、今を逃すと次の日曜日まで機会がありませんので」

 と、あれよあれよと言う間に、キッチンに引きずり下ろされ? 鞍馬と夜中のパン作りをする羽目になってしまった。


 だが、万象にとって鞍馬とのパン作りは、目から鱗がバンバン落ちるような貴重な経験だった。後日、伝授されたとおりに作ったパンは、鞍馬の作ったのと同じくフワフワで、東西南北荘の住人に絶賛される運びとなる。



 始めたのが夜中だったので、終わったのはいわゆる丑三つ時。

 他の住人は、もうとっくの昔に2階の部屋へ帰って夢の中だ。

 鞍馬は一睡もしないまま、車を運転して帰ると言うのだが、それは住人たちが許さなかった。

「だめですよ。オレのせいで鞍馬に何かあったら後味が悪い。トラばあちゃんも、雀おばさんもいいって言ったんだから、ここで休んで帰って下さい」

 和室にはきちんと寝具の用意がされている。そこまでされるとさすがの鞍馬も断り切れず、「それでは、お言葉に甘えて」と、ありがたく使わせてもらうことにした。

 しかも。

「で! せっかくだから、明日のオレの朝食。ぜひ食べてって下さい!」

 と、目をキラキラさせる万象の頼みも、どうやら断り切れそうもなかった。

 少し、いや、かなり眠そうな万象が2階に上がるのを見送ったあと、鞍馬は苦笑いして携帯を取り出した。


「ああ、冬里とうり? 遅くに悪いね。実はこちらで泊まることになってね。……そう、ちょっと断り切れなくて。それで……、さすが、よくわかってるね。うん、ランチの仕込みは2人に任せるよ。……ありがとう。じゃあ、おやすみ」

 電話を切ったあと、ふっと微笑んで、鞍馬は用意された布団に潜り込んでいった。


 翌朝。

 5時を少し回った頃。

 寝過ごしたと慌てつつもこっそり和室に入ってきた万象は、そこにきちんとたたまれた布団を発見する。

「え?」

 もしかして、鞍馬はもう帰ってしまったのだろうか。

「なんだよ。オレの朝食、食べて行けって言ったのに」

 ぶすっとした彼は、だが、あたりに良い匂いが漂っているのに気がついた。

 急いでキッチンを覗くと、鞍馬がガスコンロの前に立っていて、万象に気づいてこちらを振り向き、昨夜のように柔らかく微笑んだ。

「おはようございます」

「おはよう、って、朝飯はオレが作るって言ったじゃないですか」

 ムッとしたように言う万象に、すまなさそうに鞍馬が答える。

「すみません。ですが朝は和食だと伺っていたので、味噌汁は作られるかな、と思いまして。それで出汁だけとっておきました」

 軽く頭を下げる鞍馬に、万象もきつくは言えない。

「まあ、出汁くらいなら良いです。助かります」

 そう言って鞍馬の横に並ぶと、差し出された小皿を受け取って出汁の味見をした。

「!」

 口に入れたあと、目を丸くした万象はうなるように言った。

「なんだよこれ、何でこんなに美味いんだよ、いったい何使ったんだよ!」

「カツオと昆布だけですが」

 不思議そうに言う鞍馬に、かみつくように配合と手順を聞いておきながら、万象は「あとはオレがやります」と、とっとと鞍馬をキッチンから追い出したのだった。


 その日の朝食では、何も知らない住人たちがやたらと味噌汁をほめていた。

 万象は、このライバルにいつか必ず勝ってやる! と、決意を新たにしたとかなんとか。


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