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第一話 少女大戦


 20XX年、日本にて『少女による少女のための少女達の戦い』が、人知れず始まった。少女達はプレイヤーとなり、武器となる『人形』を与えられ戦う。勝ち残った最後の一人には、『どんな願いでも叶えられる』という報酬が与えられ、少女達が夢を見て戦い続けていた。

が、そんな事が行われているとは露知らず、30代前半、そこそこの値段のビジネススーツを着たおっさんは、今日も夜の十一時まで残業だった。

「あー・・・疲れた」

おっさんは社畜だった。起きて、仕事して、クソして寝る、そして起きて、仕事して・・・そんな毎日。しかし、明日は違った。専務と一緒に、取引先の重役と接待に行かなければならなかった。クソして寝る方がましだ。そんな事を考えながら帰る途中の出来事だった。おっさんの頭に何かがぶつかった。

「あいたーっ!」

痛さに頭を抱えるおっさん。近くに音を立てて物が落ちる。それは、携帯電話のような薄っぺらい端末だった。

「何だコレ?誰だよこんなの投げたの。投げた奴の親の顔を見てみたいな!」

おっさんが文句を言ってると、端末に文字が浮かび上がる。

『おめでとうございます。あなたの参加が認められました』

すると、端末から凄まじい光とともに、少女が出てきた。非現実的な出来事に、あっけに取られるおっさんだった。出てきた小女と目が合う、すると頭の中に大量の情報が入ってきた。

『これは少女による少女のための少女達の戦い』

『あなたはプレイヤーとして人形が与えられ、最後の一人になるまで戦う』

『最後の一人は、どんな願いも叶えられる』

『ただし、3回負ければ、戦いは終わり』

漠然とした情報が瞬時に駆け巡る。

これ絶対めんどくさい事に、巻き込まれちゃったぞ。そう思いながら、出てきた少女を見つめる。袴姿のどこか古風な格好をしていた。おっさんは静かに立ち上がり、ゆっくりと少女に背を見せ、立ち去ろうとした。

 しかし、現実は非情だった。おっさんに衝撃がくる。少女の腰の入ったタックルがおっさんの背中に当たり、そのまま倒れて拘束されてしまう。おっさんの表情が絶望へと変わり、思わず叫んだ。

「腰はやめて!ガタが来てるから腰だけはやめてッ!」

おっさんはジタバタしながら、もがいた。

「おちつけ、怖くない。怖くない」

そう言いながら少女はおっさんの腰を締め付けた。その力は、とても少女のそれとは思えない馬鹿力であり、おっさんの意識は徐々に薄れていった。


 おっさんが気が付くとそこは自宅のソファだった。夢か、いや、さっきまでの事が夢ではない事が一瞬で理解できた。先ほどの少女がテレビを見ながらビールを飲んでるではないか。手には薄っすら湯気の立つ枝豆。それを次から次へと口に運び、ビールで押し流している。

「ああっ!何やってんだ、このガキッ」

「おっ、やっと起きたか。死んだと思ったぞ。ゴックゴック」

騒ぐおっさんを尻目に、少女は顔をこっちに向けながらビールを呑む。

「ふざけるな!枝豆をつまみにビールを呑むのは、おっさんの特権なんだぞ!小娘がして良い行動じゃあない!」

おっさんのボルテージはマックスになった。厄介ごとを運んできた少女が、自分の楽しみを台無しにしたのだ。

「返せ!今すぐ返せぇ!」

「ちょ、落ち着けよー、返せってどうすんだよ。私が出したのでも飲むのか?あははは。ゴックゴック」

少女が下品な返しをしながらビールを飲み干すと、おっさんの理性が吹き飛んだ。

「この酔っ払いがぁ・・・許さん!」

おっさんはスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイをはずし、ワイシャツの袖を捲り上げ、右腕を天に、左腕を地に向け、構えた。奇しくも、それは、かの拳聖と同じ構えだった。

「コオオオオオォォォォォ・・・」

おっさんは、丹田(たんでん)(へその少し下あたり)に力を溜める呼吸法した。

「プシュッ」

少女はその様子を見ながら、次のビールを開けた。あざ笑うような少女の態度に、おっさんの目には、少女の体に人体の急所である正中線が浮かび上がった、様に見えた。おっさんの五感は極限にまで研ぎ澄まされる。まるで、おっさんは怒り狂う虎の様だった。いや、虎だった。

「邪ッ!」

虎はそう鳴くと、少女の喉笛を噛み切ろうと襲いかかる。少女は無残にも、この獰猛な虎に蹂躙され、コンビニに泣きながらビールとつまみを買いに行く予定だった。

「うざっ」

少女はそう言うと、虎の頬を軽く叩いた。虎は、バットで殴られたような衝撃を受け転げた。そこにいたのは、無様に倒れる中年男性だった。

「うーん・・・この子、強すぎぃ」

「まあまあ、酒はまだあるから。ビールあげるから」

横たわるおっさんに、少女はビールを差し出す。

「・・・おれのなんだけどなぁ」

なんやかんやで和解した瞬間であった。そのあと、おっさんと少女はお笑い番組の芸人をいじったり、スポーツニュースの試合の結果に悪態を付いたりしてなんだかんだと楽しく過ごす。いつしか眠気に負けて、二人は眠りに落ちてしまった。


 朝、おっさんは目を覚ます。たとえ、前日に深酒をしても、いつも通りの時間に起きる。おっさんは社畜の鏡なので、絶対に遅刻しないのだった。

「おい、起きろ。」

おっさんは、大の字で寝る少女を起こす。

「小娘、おはようございます」

「あー・・・おはよ・・・オエッ!」

おっさんは、昨日の事を振り返る。ついつい、少女と楽しく晩酌してしまったが、この少女は変な端末から、光とともに出てきた。あきらな変人である。聞きたかった。いったい何者なのか。

 しかし、それを聞くとめんどくさい事に巻き込まれしまう。社会人として、そんな事に関われば、大事な休日や仕事後の癒しの時間がなくなる。それどころか、仕事に支障が出るかもしれない。おっさんの取るべき行動は一つだった。とりあえず少女とは、会わなかった事にしてお引取り願う。そして、もう二度と会わない。

「えーと、ね。なんていうかね。えーと・・・」

おっさんが少女に、気持ち良く出てって貰える様な言葉を捜していると、少女は信じられない行動に出た。ごく自然に、少女は冷蔵庫に向かい何かを取り出した。

「プシュッ、ゴックゴック」

なんと、朝からビールを呑み始めた。向かい酒だ。二日酔いの時に、駄目な人間がやる向かい酒だ。しかも、少女は寝起きでやり始めた。

「おいぃぃ、寝起きで酒呑むとか、どんな駄目人間だよ!何者だお前は!」

その問いに、少女はビールを一気飲みしてから答えた。

「わたしはあなたの『人形』だよ。ご主人」


結局、おっさんは関わることになってしまった。


 仕事に行く準備をしながら少女の話を聞く。

「ご主人は、『少女による少女のための少女達の戦い』に参加したんだよ」

「参加した少女達はプレイヤーとなり、『人形』がパートナーとして与えられる」

「最後まで勝ち残った一人には、『願い』を叶えて貰える」

「三回、戦いに負けたら終わり」

「『人形』は、この端末に出たり入ったりできる」

少女は、そんな大雑把な説明をした後に手を差し出して握手を求めてきた。

「わたしは、モデル:外道丸。前のご主人にはシュテンって呼ばれてた。だからご主人もそう呼んでくれ」

「・・・」

おっさんは、シュテンの手を取らずにしゃべり出した。

「ところで、色々と質問していいか?」

「いいけど、あんま難しい質問すんなよ」

おっさんはゴクリと喉を鳴らし、息を整えた。

「まず、少女達のとか言ってるけど、おれは少女だったのか?」

「・・・」

二人は形容しがたい雰囲気に包まれていく。不安や期待の入り混じったような、真剣なような、くだらいような・・・そんな感じ。

「・・・おっさんじゃね?」

「だ・よ・ね!」

おっさんは安堵した。もしかしたら、自分は少女だったのではと、混乱していたのだ。しかし、そんなことは無く、気を抜けば加齢臭ただよう紛れも無いおっさんだったのだ。

「でも、なんでおっさんのおれが『少女達の戦い』に巻き込まれてんの?やっぱりおれは少女だったの?」

「だから、おっさんだから。なんで、巻き込まれたのかは、わたしも分かんない、けど、ご主人はおっさんだよ」

「むむむ・・・、やはり、おれはおっさんだったか」

おっさんは意味不明な結論に至った。

「あとさ、お前さっき、前のご主人とか言ってるけど、バツイチなの?」

「言い方に悪意があるんだよなー。まあ、捨てられちゃったから合ってるんだけど」

「どうせ、酒ばっか呑んでたんだろ。俺なら、シュテンじゃなくて酒呑みって名前を付けるわ」

「お酒大好き。うひょーい!」

そういうと、二本目のビールを開けて呑み始めた。

「シュテンさん、普通にお酒呑んでるけど、齢いくつなの?規制対象なの?」

「『人形』に、年齢なんてないよ。人間じゃないんだし」

「あっそうなのか。でも、それで最後だ」

「わたしに死ねと言うのか!ばか、うんこ」

おっさんは、自分を罵倒する酔っ払いをほっといて、仕事に行く準備を終わらせる。

「じゃあ、おれは仕事行くから。そのビールはあげるから出ってね」

おっさんはシュテンの背中を押しながら玄関へ向かう。

「人の話を聞いてないのかご主人。これから一緒に戦っていくんだぞ?」

「あー聞いてた聞いてた。戦わないから、おっさんは仕事で忙しいから」

「なっ、ダメだよ。戦わないとダメなんだよ」

「戦ってるから、この辛い現代社会と戦ってるから。おっさんは今日も一所懸命に生きてるから」

おっさんは、シュテンと一緒に外に出ると家のドアを閉める。鍵のかかる音が朝の静寂に響く。

「じゃあな」

おっさんは軽く別れの挨拶をすると、駅へと向かおうとした。しかし、シュテンはおっさんの服の袖を掴み、おっさんを引き止める。

「じゃあな、じゃないよ。わたしは、最後まで、戦って。勝ち残らないと。負けたら消えるんだよ。わたしと一緒に戦ってよ。消えるわけには、いかないんだよ!」

酔っ払いの戯言、ではなかった。

「消えるって、どういうことだ」

「そのまんまの意味だよ。全部消えるんだよ。体も意思も・・・」

おっさんは、先ほどの説明を思い返し、何が言いたいのかを考える。『人形』といわれるシュテンは、この『少女達の戦い』のためにだけ存在している。負ければ消える。消える事は死をさす。生きるためには、戦い続けるしかない。勝ち続けるしかない。おっさんは、理解した。今、彼女が命乞いをしている事に。

「・・・お願い・・・」

少しの間、沈黙が続いた。居心地の悪い沈黙が。

「そうか・・・悪いが無理だ・・・」

おっさんは、シュテンの手を振りほどくと歩き出した。電車に乗り遅れるわけにはいかなかった。一本乗り過ごすと、仕事の予定が五分は狂ってしまう。そんな事を考えながらおっさんは、いつも通りの道を歩くのだった。酷く気分は、悪かった。


 電車に乗りながら、仕事をしながら、食事を取りながら、歩きながら、休憩しながら、おっさんは、シュテンの事を考えていた。

「酷いことしたな・・・」

本音を言えば、シュテンと一緒に戦ってやりたかった。いや、シュテンの事はどうでもよかった。『どんな願いも叶えてくれる』。この言葉が、おっさんの頭から離れなかった。ありえない話。

 でも、もし願いが叶うなら。おっさんは生きてきた中で、色々な事を諦めてきた。子供の頃の夢、初恋、学生時代の華やかな青春など。一つだけ、諦め切れない事が、あった。その願いが、叶うとしたら・・・。そんな事を考えていたおっさんは、すっかり上の空で、接待もろくに出来ずに、専務に怒られたのだった。


 数日が過ぎ、おっさんは「ちょっと前に、電波なコスプレ少女に絡まれて、家の酒を勝手に呑まれたけど、今日も社畜です」みたいに自己暗示をかけて、仕事を終えた。なんと、今日はいつもより一時間も早く帰れるのだ。

「やったぞ。今日は良いことあるかもしれないな。あと二時間で今日が終わるけど・・・」

そんなことを言いつつ、そそくさと帰路につくのだった。一時間早いだけなのに、人がまばらに歩いていた。いつもは、駅周辺まで行かないとまず人に会う事はない。

「キィーン・・・」

一瞬、耳鳴りの様なモノがした。戦いに参加している他のプレイヤーが近くにいる。おっさんは、なぜかそう感じた。ふと見ると、どこかの学校の制服を着た少女と外国人の二人組みと目が合う。

「あっ・・・JKだ・・・」

間抜けな声を出した瞬間、視界がボヤけ、あたりに居た数人の人影は消えていた。確認できたのは、JKが何かを呟いた事だけだった。ちなみに「JK」とは女子高生の略であり、おもにエッチなサイトなどで使われている単語だ。最近では、市民権を得た様で、猫も杓子も「JK、JK」と言っていたり、いなかったりする。ちなみに女子大生は「JD」で女子中学生「JC」などで表されるらしい。

「いくよ、リン」

「はいマスター」

おっさんがしょうもない事を考えてると、少女達はおっさん目掛けて走ってきた。それを見てたまらず、おっさんは逃げ出した。『少女達の戦い』が始まったのだった。

 

 おっさんは、がんばって逃げた。しかし、公園まで逃げたが、転んでしまった。

「いてぇ!」

この公園を突っ切れば、あと少しで駅だった。

「まてー、逃げるなー」

遠くで、JKの叫ぶ声が聞こえる。立ち上がって、早く逃げなければ。でも、おっさんは体力の限界だった。そこで、近くのベンチに腰をかけ、懐からタバコを取り出すと、火をつけて吸い始めた。

「フゥー」

これは、おっさんが瞬時に考え出した作戦だった。仕事帰りに公園で一服する無害なおっさんに擬態する事により、追って来ている少女二人をやり過ごす作戦だ。

(ふふ、目に浮かぶぜ。この完璧な擬態の前に、標的を失い、慌てふためく姿がなっ!)

勝ちを確信した顔をする。相手は子供、大人の知恵の前ではまったくの無力。おっさんは映画の悪役のように煙を出しながら、缶コーヒーがあれば完璧だなと思った。

「はあはあ、ちょっと。逃げないでよ」

追いついてきた。JKはおっさんを見ながら言った。

「・・・フー、やっぱ仕事終わりのタバコは最高やなぁ」

おっさんは、無視して、タバコを楽しんでいた。

「あんたに言ってんだけど。何シカトしてるの?」

苛立ちながら、JKはおっさんを睨む。おっさんは、タバコの火を見つめながら、呆けた顔をして聞き流した。

「・・・。『戦闘フィールド』を展開してるから、ここには、プレイヤーの私とあんたしかいないんだけど。あと、この公園、禁煙エリアなんだけど」

「あっ、そうなの・・・『戦闘フィールド』ってなんの事?」

おっさんはダメダメだった。JKが『戦闘フィールド』について説明してくれた。つまり、この戦いに参加するプレイヤーと『人形』だけの現実そっくりの世界らしい。タバコを携帯灰皿で消しつつ、反省した。なぜ気づかなかったのか。視界がボヤけた時に、人影が消えたのに。ここまで来るのに誰ともすれ違わなかったのに。己の恥ずかしさに死んでしまいそうだった。

「さっさとパートナー、出しなさいよ」

「え?なに?おっさん、家帰りたいんだけど。あ、ふたりも夜道には気をつけるんだよ。じゃあね」

おっさんに、何事も無かったかのように帰ろうとした。JKは端末を取り出し、二枚のカードを端末にかざした。

「セット。装備」

JKがそう言うと、隣にいた外国人の少女が、一瞬にして西洋風のフルプレートの鎧を身に付けた姿になった。JKはおっさんを指差してもう一度言った。

「パートナーを出しなさい。じゃないとケガするわよ」

鎧を着た少女は『人形』なのだろう。その手には、刀身が六十センチはある剣が握られており、もう片方には、盾を持っていた。重厚な金属と金属が摩れる音がした。ケガはまったくの冗談ではなく、たとえ剣が偽物でも、打ち所が悪ければ、病院送りは確実だった。

 おっさんは、立ち尽くすしかなかった。立ち向かうことも、背を見せて逃げることもできず。ただ、唾を飲み込むことしかできなかった。これが、オヤジ狩りに遭うおっさんの心境なのか。若さが怖かった。後先を考えずに前と進む若さが。

「もういい。リン、やっちゃって」

「しかし、マスター。敵は、まだパートナーを出していません。」

「知らないよ。出さないこいつが悪いし。ケガするのは、自業自得でしょ」

「・・・なんでや!」

「はやく、攻撃する!」

「・・・了解した。マスター」

鎧の『人形』は、手に持つ剣を軽く振り回した。おっさんは、空気を切るという音を初めて聞いた。

「いくぞ。パートナーを出すなら、今のうちだ」


 鎧の『人形』が構えた時、空気が止まり、周りから音が聞こえなくなった。目の前にいるのが、時速百キロを超え、自分に向かってくるダンプカーとの違いがわからなかった。

 思い返せば、今まで自分がとって来た行動が、すべて悪手に見えた。もっと、深く考えるべきだった。あの夜、端末を拾うべきではなかった。いや、普通は拾う。なら、出てきたシュテンの話をちゃんと聞き、この戦いから逃れるすべを考えるべきだった。・・・ダメだ。あの時は、逃げる事しか、考えなかっただろう。

 その後だ。シュテンを見捨てた時、この戦いについて、保留にした。やろうと思えば、この戦いから逃れられたはずだ。端末を壊すなり、いくらでも手を考え、実行するべきだった。しなかった。戦うのか、逃げるのか、とりあえず保留。願いを叶えたい気持ちが、少なからずあったから、迷った。その気持ちがあるのなら、最初から覚悟を決めて、戦い抜く事を考えるべきだった。

 結果が、これだ。戦いのルールもわからず、逃げる事もできず、何もできずに終わる。一手目から、すべてが悪手だった。

「・・・ご主人!・・・」

小さく、声が聞こえた気がした。スーツのポケットから少しだけ光が漏れてる。なぜか、あの端末が入っていた。

「・・・わたしを・・・呼んべ・・・お願いだ!」

端末から微かに声がする。

「シュ・・テン・・・?」

鎧の『人形』が剣を振り落とすと、衝撃が空間を歪めて飛んできた。おっさんに届くまでの時間は、刹那ほどのものだった。あたり一面には、衝撃による土煙で満たされていた。ほんの少し遅ければおっさんは、死んでいたかもしれない。土煙が晴れていくと、尻餅を付いて、へたれ込んでるおっさんの周りは、地面がえぐれており、目の前には血を流す、シュテンが立ってた。

「・・・」

おっさんは、何も言えなかった。シュテンは、悲しそうな顔をおっさんに向けると、鎧の『人形』に突っ込んでいった。シュテンの初打は、盾で受けられる。それからの攻防は、達人同士の殺し合いだった。あまりの戦いにおっさんには、まったくの互角にしか見えなかったのだが、シュテンの傷は増える一方で、鎧の『人形』は、シュテンの拳を受けても、意に介さずに攻撃を繰り出したいた。戦況は傾く、シュテンの死へと。

「セット。装備『アロンダイト』」

JKが突然、端末にカードをかざして言い放った。すると鎧の『人形』は手に持っていた剣と盾が粒子になって消える。おっさんは、その時になってはじめて気づいた。鎧の『人形』の腰に二本の剣がある事を、そして、鎧の『人形』は、そのうちの一本を抜いた。

 

 夜の月に反射して、青白く光る刀身は、もはや芸術だった。剣を抜いた時の音が、音楽を奏でたかのように、耳に、頭にこだまする。素人でもわかった。この剣は、危険だと。鎧の『人形』は天高く、仰け反りながら剣を構えた。シュテンは、その姿に心を奪われ、反応が遅れてしまう。気づいたときには、斬り捨てられるだけになっていた。

「・・・あぁ。」

シュテンは、口から声が漏れたしまう。それには感情は込められていなかった。ただ、息が漏れた時に出てしまった音だった。しかし、次の瞬間には感情が乗った声が出てしまう。

「はあ!?」

シュテンの視界に、鎧の『人形』の顔面にドロップキックするおっさんが飛び込んでくる。

「うぐっ」

鎧の『人形』は、アホ丸出しの声を出す。シュテンはすかさず、足払いをする。テコの原理と仰け反ったせいで不安定になったバランスに、鎧の『人形』は見事にひっくり返ってしまった。

「シュテン!逃げんぞ」

おっさんはシュテンを抱きかかえて、一目散に逃げ出した。

「くっ、おのれ、敵前逃亡とは!恥を知れ」

倒れた鎧の『人形』ジタバタしながらそう叫んだ。

「うう、マスター。起きるのを手伝ってくれ」

「あんた何やってるのよ。もー」

「すまない。剣を使うのに力を使ってな」

JKは起こすのを手伝おうとするが、フルプレートの鎧を着た『人形』はすごく重かった。そうこうしいるうちに、おっさん達はいなくなっていた。


 JKと鎧の『人形』が見えなくなると、おっさんはシュテンを抱えたまま、近くの茂みに飛び込む。二人は、ゴロゴロと転げて倒れた。

「大丈夫か?」

「いたた。ご主人、もう少しかっこよく出来ないのかなー」

「無理。もう体力の限界・・・」

おっさんは起き上がり、シュテンの状態をゆっくりと観察した。体中に切り傷や打撲があり痛々しかった。が、相手を殴りつけた手が一番酷かった。指の付けの出っ張った部分は、皮がめくれ、血だらけになり、小刻みに震えていた。

「色々と言いたい事や聞きたい事があるが、いま、言いたい事はひとつだ・・・。」

シュテンは黙って、おっさんを見つめた。

「お前が来なかったら、おれはさっき死んでいた」

おっさんは、シュテンを無理矢理に起こした。

「その後、何も言わずに、お前は戦ってくれた」

「・・・それは・・・」

シュテンは、何かを言おうとしたが、おっさんはシュテンの手をガッシリと掴んだ。

「お前は、俺を救った。おれは見捨てたのに、すべてダメだったおれを、救ってくれた」

おっさんは、理解していた。シュテンは同情や哀れみ、正義感や良心で自分を救ったわけではない。ましてや、自分に対する好意など存在しない。シュテンは己のために、自分を救ったのだと。しかし、詰んでいた自分は、生きた。

「それでいい。完璧だ、シュテン」

「はあ?」

シュテンは、おっさんが何を考えているか、わからなかった。しかし、おっさんの顔はにやけていく。

「おれは、もうお前を見捨てない。絶対になんとかしてやる!」

満面の笑みのおっさんと違い、シュテンは状況がまったく理解できない顔だった。

「まずは、あの二人を蹴散らす。そして、お前を消えさせない。最後の一人になるまで・・・、いや、その後の面倒までみてやる」

「えーと・・・」

おっさんは、いつまでも口が開きっぱなしなシュテンの頭を、上から鷲掴みにする。

「いくぞシュテン。我に秘策あり。準備は出来たか?」

「何だよ、急にヤル気になっちゃって。やるに決まってんじゃん」

おっさんの有無を言わせぬ言動に、気圧されたシュテンだったが、意外と心地よかった。今まで、どちらかと言えば、やる気が無かったのに。おっさんと一緒に同じ場所を目指すような、いや、力強く背中を押される気分だった。

「シュテン、質問だ」

「おいおいご主人。勢いに水を差すなよ。このまま一気にいっちゃおうぜ」

「バカ。お前はバカか」

「なっ」

「お前、二回負けてるだろ。あと一回負けたらゲームオーバー。違うか?」

「・・・うーん。まあ、二回ほど負けてるけど・・・。運が悪かったっていうか。これからっていうか。逆転サヨナラホームランみたいな・・・」

「やっぱりバカじゃないか」

「ちょっ、バカにすんな。本気出せば超つえーし」

「落ち着け、いまの質問で色々と分かった。まず、お前が二回も負けた理由だ。バカだから、何の考えもなしに戦ってきたからだ」

「考えてるから。どうやってぶん殴るとか。どうやってぶっ飛ばすとか」

「知ってた。次に、お前じゃ鎧の『人形』には、絶対に勝てない。そして俺たちは、負けられない」

「・・・じゃあ、どうすんだよ」

機嫌の悪いシュテンを横目に、おっさんは、そこら辺に落ちている木の枝を拾う。

「コイツで勝つ」

おっさんは勝利が約束された顔をした。

「ま、まさかそれは伝説の・・・」

シュテンは息を飲む。

「ただの棒だ」

「だめだこりゃ・・・」

「おれの秘策を聞かずに、諦めるとは・・・ふぅ~」

「・・・秘策ってなんだよ」

「まあ待て、さらに質問だ。引き分けってあるのか?」

「いや、二回しか戦ってないけど、どちらかが勝つまで、この『戦闘フィールド』は、解除されないよ」

「なるほど、この『戦闘フィールド』ってのは勝負が着けば解除され、勝負には引き分けはない。・・・って、お前、二戦二敗かよ。弱すぎぃぃアバァァァ」

おっさんは白目をむいて驚き、気絶しそうになる。

「弱くないって、運が悪かっただけだって。気絶すんな、おい」

「だ、大丈夫だ。お前が、完全なる戦力外の負け犬野郎だとしても、さっき大見得切って言った事を撤回したくなったとしても、大丈夫だ」

「おい」

「さて、引き分け狙いの、土下座して勘弁してくださいからの靴を舐める、も意味が無い事がわかった」

「最低だな」

おっさんは、手に持つ枝を程よい長さに折ると、茂みを出た。

「いくぞ。秘策は歩きながら、説明する」

そう言うと、おっさんは颯爽と歩き出した。


 JKと鎧の『人形』は、おっさん達を追わずに、待っていた。

「マスター。敵はこちらに向かってきます」

「・・・やっと来たのね」

JKはおっさん達の姿を目視で確認した。鎧の『人形』は、プレイヤーの気配を察知し、離れていても相手の居場所を感じることができた。この能力のお陰で、おっさんを見失っても追跡することが出来た。

「さて、さっさと片付けるわよ」

「我がマスターへの忠誠に誓って、勝利を献上しよう」

「その変なしゃべり方、どうにかなんないの?」

「騎士ですから」

二人が、余裕で会話をしている間にも、おっさん達は近づいていた。

約百メートルに迫った時、おっさんは全速力で走り出した。そして、シュテンはおっさんの影に隠れるようにピッタリと後ろにつき、おっさんに続いた。

「む、これでは、プレイヤーが邪魔で『人形』が見えんではないか」

「私達に見えない様にして、『人形』が何か小賢しい事でもしてるのかしら」

「見せたくないスキルか装備があるのでしょうか?」

「関係ない。攻撃して。そうすれば『人形』が前に出て防ぐしかないわ。セット、装備」

JKが端末にカードをかざすと、鎧の『人形』の手には、最初に持っていた剣と盾が現れる。それを見たいた、おっさんは叫ぶ。

「シュテン、いまだ!」

するとシュテンは、おっさんの影から大きく横に飛び出し、そのままおっさんから離れていく。それを、見ていた鎧の『人形』はシュテン一直線に飛び掛る。息をする間も無くシュテンとの距離を縮めると、空気を切り裂く一撃を叩き込む。シュテンは、肩と、交差した両腕で受け止めた。剣は、両腕と肩に食い込み、血が噴出す。が切り裂くことは無く止まった。続けざまに、鎧の『人形』は盾での、ぶちかましをシュテンに放つ。シュテンは、地面を力強く踏みしめ、体で盾を受けた。二人の動きが、完全に硬直した。

(やはり、借り物の剣と盾では、大して効かないか)

そう思い、鎧の『人形』が力を抜き、距離を取ろうとした。その瞬間、シュテンは剣と盾をありったけの力で弾き飛ばした。思わず、体勢を崩す鎧の『人形』に、シュテンは腰の入ったタックルを喰らわせ、抱きつきながら二人は倒れ込んだ。

「放せ、離れろ」

鎧の『人形』は、シュテンを引き剥がそうともがくも、馬鹿力の前では無駄な抵抗だった。持っている剣の柄で、シュテンの頭を叩くも、少し血が滲む程度で、締め付ける力は一向に緩まなかった。

「そこまでだお前ら」

おっさんの声が響く。鎧の『人形』が声の方を見る。そこには、JKの首に腕を巻きつけ、顔に木の枝を突きつけるおっさんの姿があった。

「やめっ・・・く・・・」

JKは苦しそうに声を出す。

「負けを認めろ。じゃないと、この枝をぶっ刺す」

おっさんは、枝をJKの顔に少し食い込ませる。それを見た鎧の『人形』は激怒する。

「貴様ぁぁ。卑怯だぞ!マスターに触るな」

鎧の『人形』は、剣と盾を投げ捨て、シュテンの顔を両手でガッシリと掴むと、親指をシュテンの両目に突き立てた。シュテンはたまらず悲鳴を上げる。それを見て、おっさんの力が少し緩む、と、JKは素早くカードを取り出し、端末にかざそうとした。

「セット、そ・・・」

JKが言い終わる前に、おっさんはJKの顔を、枝が刺さらない様に殴打した。JKは衝撃に目を回し、鼻血を噴出すも、すぐに意識を持ち直した。

「負けを、認めろ」

おっさんは、首に巻きつける腕に力を入れ、枝をJKの目球ギリギリの所で止めた。

「わ、私の負けです・・・」

すると、JKの端末から声がする。

『本当に負けを認めますか?』

「認め・・・ます・・・」

突然視界がボヤけ、あたりから音が鳴り出す。生活の音、風の音、歩く音、普段は気にもしない日常の音だった。世界の色も明るく見えた。どうやら『戦闘フィールド』とやらからは解放されたようだ。おっさんの端末から陽気な曲が流れ出した。そこには、おっさんの勝利を祝う言葉と習得したポイントが表示されていた。

「6ポイント?」

そして、端末の画面から無造作にカードが一枚出てきた。おっさんはJKを放して、カードを手に取る。そこには鎧の『人形』が使っていた剣と盾の絵があり、それについての説明が書かれていた。おっさんはシュテンの方を見ると、鎧の『人形』は姿を消し、目を押さえて転げ回るシュテンだけがいた。

「おーい。転がってないで、こっちに来い」

おっさんが呼ぶと、シュテンはヨロヨロと歩いて来た。

「スゲー痛い。アイツ、こう指をギューって、目をギューってさ」

「はいはい、わかったって。よく時間稼ぎを頑張ってくれたよ」

「ホント頑張ったよ。わたし、よく頑張った。もう無理、ちょっと休む」

そう言うと、シュテンは粒子の様になり、おっさんの端末に吸い込まれていった。

「うお、なんていうか、もうSFの世界だな。どうなってるんだよ」

おっさんは、端末をまじまじと見たり、指で叩いてみたりした。

「おーい、シュテン、聞こえますかー。もしもーし」

「なんだよ。うるさいよ、休ませろよ」

おっさんが端末に話しかけると、シュテンの声が返ってきた。

「おーすごいすごい。ちょっと聞きたいんだけど、『戦闘フィールド』ってどうやって出すんだ?」

「端末を持ちながら、フィールド展開って言うんだよ。って、わたしもう戦う気力ないんだけど」

「ああ、大丈夫。死体蹴りするだけだから」

おっさんはJKの方を見る。

「フィールド展開」

と言った。しかし、端末からは、シュテンとは違う声がする。

『近くに、戦闘可能なプレイヤーがいません』

おっさんは落胆した。だが、こうなる事はわかっていた。打ち倒した相手とすぐに、再戦できれば、連続で勝利でき、簡単に相手をゲームオーバーにできる。そんなシステムの穴などは、ある訳がないと。

「ちょっとご主人、何やってるんだよ。フィールドを展開するにも電池使うんだぞ」

「電池?」

端末の画面を見ると、右上に数字とパーセントが表示されていた。

「83パーセントか。シュテン、ちなみにどんな事したら、電池は減るんだ?」

「うーん、たしか、スキルカード使ったり、武器カードを使ったり。あと、遠くにいる『人形』を呼んだ時とかだっけ」

「なるほど。ところで、お前はスキルとか武器とかのカードは、持ってないの?」

「えっと、それについてはもう疲れたので寝ます。おやすみー」

シュテンは、そう言って静かになった。今回の勝利時に鎧の『人形』の使っていた武器が、カードとなって手元にきた。勝つと相手の持っているカードを奪える。なら、シュテンは二回負けて、二枚のカードを失ったという事になる。

「最初に配られるのはカード2枚って所かな。えげつないな」

おっさんは、そう呟いた。負けると、終わりに一歩近づくだけでなく、弱くなる。シュテンの様な、一度も勝つことが無く、崖っぷちに立つ者は、消える恐怖に加え、抗う力さえ奪われ、勝ち進んだ強者に、踏み潰されるしかないのだった。

 おっさんは、殴られたうえに負けて、へたれ込んでるJKを見つめる。本当は、木の枝で、ビビらせて終わると思っていた。が、結局は、暴力による脅しで、少女を傷付けて勝った。この戦いに勝ち進めば、相手をさらに絶望へ落とすこともあるだろう。いや、もっと残酷な結果もある。おっさんは、最後まで勝ち残る人物を想像した。思わす、手に力が入る。

「ガキには譲れないよな・・・」


 おっさんは、立ち去ろうとするが、足が止まってしまう。まだ動こうとしないJKをちらりと見る。敗北者に情けをかけるのは愚行であった。最善は、立ち去ること。勝利者のやさしい言葉など感情を逆撫でするだけだ。おっさんは、頭ではそう考えていた。

「・・・その、大丈夫か?」

が、おっさんは罪悪感のせいなのか、JKに話しかけた。反応は無かった。仕方なく、近くのベンチまで連れて行き、殴った傷の手当をする。鼻血が出て、鼻が赤くなり、頬が少し腫れている程度だった。おっさんは、自販機を探し缶コーヒーを買ってくると、JKに渡して、腫れている頬に当てるように持たせると、ティッシュをよじって、JKの鼻に突っ込んだ。

「・・・ちゃんと病院行けよ。もしかしたら、鼻とか折れてるかもしれないから。これ、おれの名刺だ。治療費とかは、おれが負担するから。」

おっさんは、自分がしてはいけない事している自覚があった。少女に暴行を加えた。しかも自分の正体を明かしたのだ。もう、社会的に終わったも同然だった。逮捕されて実刑も有り得た。全力で逃げるべきだった。わざわざ責任を取る必要は無く、有耶無耶にするべきだった。それが正しい大人だった。言葉をかけるにしても、恫喝や脅迫が正解だった。なんなら、逆らえない様に、あられもない写真の一つでも撮るべきだった。おっさんは、自分のちゃちな善意に、反吐が出るような嫌悪感を覚える。

「歩けるか?駅までなら送ってやるぞ」

JKは小さく首を横に振るう。おっさんは、そんなJKをおいて立ち去った。


 翌朝、おっさんはいつも通りに会社に行った。誰もいないオフィス。おっさんは、優秀な社畜なので、誰よりも早く来る。おっさんの仕事は、掃除から始まる。全員のデスクを拭き、散らかっている書類を整理する。飾っている花瓶の水を変え、コーヒーメイカーのメンテナンス。そんな作業をしていると、他の社員が出社してくる。全員が揃う頃に、おっさんは、呼び出される。

「部長、浦山専務が来るようにと」

おっさんは、部下の一人に言われると、軽く返事をして、専務の待つ部屋へと行く。部屋に入ると、見慣れた浦山専務の顔は、まったく感情のない静かなものだった。

「座れ」

浦山専務に言われる通りに、入り口に近い一人がけのソファに座る。浦山専務は、対面にある二人がけのソファの真ん中に座る。

「クビだ・・・」

浦山専務は、一言だけ発すると、沈黙した。

「理由を、うかがいしてもよろしいですか?」

浦山専務の顔がピクリと動く、そして、懐から一枚の写真を出す。おっさんは、顔色を変えずに写真を見つめる。そこには、浦山専務と一人の少女が写っていた。少し幼いが、昨日、戦ったJKで間違いなかった。

「娘だ。昨日の夜中に鼻を赤くして帰ってきたよ。知らない男に、激しく暴行された挙句に強姦されたらしい。まったく、許せんよなぁ・・・。挙句に、ご丁寧に名刺を渡して、お土産に缶コーヒーを持たしてくれたようだよ。ああ、ちなみに娘はコーヒーが飲めないのでな、私がいただいたよ。無糖のブラックがよかったんだがな・・・」

そう言うと、写真を懐に戻し、話を続けた。

「うちの娘はいまごろ、病院で診察を受けて、たいした怪我もなく、部屋でくつろいでるだろうな。」

間を置いて、質問がきた。

「娘を暴行したのは、事実か?」

「・・・申し訳ありません。事実です。娘さんを殴りました」

浦山専務は、大きく息を吸うと、ゆっくりとため息をつく。

「暴行したといっても、あの程度の怪我だ。何度も顔を殴りつけたわけじゃあるまい。強姦にいたっては、娘の虚言だろう。お前が、できるわけないのは知っている。だから、警察には連絡してはいない」

浦山専務の顔に、怒りの色が見え始める。

「あれでも、こんな年齢で儲けた、かわいい一人娘でな。傷つけられれば、親として怒りを覚えるんだよ。・・・だが、もっと腹立たしいことがある。」

浦山専務の顔が徐々に歪むのを、それを、おっさんは黙って見つめた。

「お前は、何をやっているんだ?息子同然に扱い、私の技術を、知識を、のし上がる術を、徹底的に教え込んだ。」

声は次第に大きくなっていく。

「なのに、つまづいた。何故、私の娘を殴った。何故、足の付くような事をした。何故、いま、私を煙に巻く言い訳をしない」

「・・・」

「説得しろ、今すぐに、この私を。揉み消せ。言葉を並べろ、自分を正当化する綺麗事を言え。押し付けろ、責任を。こんな細事、切り抜けられるだろう」

「・・・私では力不足です。弁解の余地もありません」

声を荒げる浦山専務に対して、素っ気無くおっさんは答えた。すると、浦山専務の顔は、また、感情のない静かなものになっていき、ソファに深く寄りかかった。

「明日から、来なくていい。自己都合による退職として処理しろ。有給休暇を消費する日程を組んで、退職日を決めろ。今日中にすべての引継ぎ業務を終わらせろ。それと、お前の代理を任せられる奴のリストを作っておけ。できるな?」

「できます」

おっさんは、返事すると立ち上がり、ソファの横にずれ、深くお辞儀をした。

「この度は、浦山専務の寛容な配慮に深く感謝いたします。これまで大変お世話になったこと、厚くお礼を申し上げます」

「・・・無能が・・・」

浦山専務が、小さく罵った。

「では、失礼します」

そう言うと、おっさんは頭を上げ、部屋を出た。自分のディスクへと戻るおっさんだったが、その顔はどんどん萎れていく。目は自然と白目を向き、自分の席に座った時には、ただのゾンビになっていた。

「あばばばばばば」

わかっていた事だが、ショックを隠しきれなかった。

(あの子が、クソエロ専務の娘?ふざけんなチクショウ!全然似てねぇじゃあないか。禿てしね。警察に連絡しない?恩着せがましい。何が、無能だ。散々と、人をこき使いやがってよ、超ガンバったつーの!言い訳しろ?説得しろ?テメーを生け贄に、逃れる作戦だったんだよ、バカヤロー。缶コーヒーはあの子にあげたのに飲んでんじゃねーよ。あれはおれのオススメだっちゅーの)

おっさんの脳内に愚痴が駆け巡る。しかし、体は、流れるようにディスクの私物を片付けていた。

「え・・・、部長。何やってるんですか?」

部下の加納(イケメン有能)が話しかけてくる。

「・・・クビになっちゃった」

「へ、いやいや、あの副社長を失脚させて、次期社長候補の浦山専務の懐刀にして、執行部役員候補の最有力であり、若干三十歳にして部長に昇進した、イケメンの僕も認めるあなたが!」

「説明が長い!」

おっさんは、実はすごかった。が、もう過去の栄光である。

「そんな・・・ありえない・・・。社内のマドンナ、()神田(じんだ)さん(全然、仕事ができない)が、『まあ、行き遅れそうになったら結婚してあげてもいいかも。不倫するけどね』と言わせ、イケメンで有能の僕でさえ、強引に迫られれば抱かれるのもやぶさかではない、と密かに思う、あなたがクビだなんて!」

「え、備陣田のやつ上から過ぎない?あと、さらっと告白するのやめて」

「やめないで部長!抱いてっ!」

「やめるけど、抱かない!」

「ファッ○・ミー・プリーズ!」

加納(イケメン有能ホモ)が騒いだお陰で、周りの部下たちも、集まりだしたので、退職する事を告げた。

「そんな部長がクビなんて、なんて世の中だ・・・ポイズン!」

「そんな事よりハンコください。あ、送別会の幹事なら私がやりますよ」

部下たちは、口々に別れを惜しむ。おっさんは、皆をなだめると、テキパキと引継ぎ業務や残りの仕事を終わらせる。そして、久しぶりに定時で会社を出ると寄り道せずに、自宅へと帰った。


 退職した次の日。朝早くから、おっさんは庭に出ていた。実は、おっさんの家は庭付きの一戸建てで、あとローンが15年も残っていた。

「セット:装備」

カードを端末にかざして、そう言うと鎧の『人形』が持っていた剣と盾が現れて、地面に落ちてくる。

「シュテン、武器とか使えるのか?」

「使えないよ。殴る蹴るが信条ですから」

酒を呑みながらシュテンは、そう答える。

「せっかくゲットしたのに、宝の持ち腐れかよ」

おっさんは、剣と盾を持ってみる。どちらも重く、とても振り回せるものではなかった。改めて、こんな物を軽々と扱う『人形』達が、恐ろしく思えた。現代人とは、身体能力が比べられるものではない。いや、人間の枠を遥かに超えているのだろう。

「で、これからどうすんだ?ご主人」

「とりあえず、就職活動するかな」

「おーい、戦いの事を聞いてるんだよ」

「冗談だって、今から、今後の方針を説明してやるから」

おっさんは、シュテンと居間に行き、作戦会議を始めた。

「まず、おれ達が戦うのは、あと2~3回が理想だ。出来れば、1回にしたいが」

「はあ?何言ってるんだご主人。いっぱい勝って強くならないと、生き残れないだろ」

「その考えは違う。目的は、最後の一人になる事だ。つまり、最後の二人まで生き残った奴に勝てば、最後の一人になれる。だから、それまで戦闘は極力さける」

シュテンは、不満そうな顔をしながら、ビールを飲み干した。

「漁夫の利を狙うって事?そんなに巧く行くかなー」

「もちろん、ただ引き篭もってたり、逃げ回ったりしていたら無理だろうな」

「じゃあ、どうするんだ?」

「情報を集める」

すると、おっさんは居間に戻るとノートパソコンを取り出し、黙々と作業を始める。3時間程するとおっさんは作業を終える。

「お、終わった」

「ご主人、やっと何かが終わったのかー。退屈で一升瓶開けちゃったよ」

「え、うそ・・・酒豪レベルじゃん。ていうか、今呑んでるのは、二升目?二升目なの!」

おっさんが、驚いてるのを尻目に、シュテンは何をやっていたのか聞いてきた。

「シュテンにわかるように説明するとだな、参加しているプレイヤーたちの情報交換の場を、作ったんだ」

「情報交換の場?」

「そうそう、このサイトを使って、プレイヤー同士で情報交換して貰う。その為に、ありとあらゆる、宣伝をした。検索サイトに乗せたり、女子に人気のタレントの偽SNSを使ったり、色々と拡散した。もちろん、サイト自体も少女向けに作った。飽きさせないよう、これから毎日、少女達が気になる情報をバンバン上げてくぞ」

「・・・でも、それって参加してない子とかも『少女達の戦い』についてしっちゃうんじゃないの?」

「心配ご無用。サイトのトップの目立つところに、パスワードを入れる所とヒントを作っといた。一般人はわからないが、この戦いのプレイヤーのみが意味のわかるようにな。」

「なるほどね。で、プレイヤーが情報交換したところで何になるんだよ。むしろ、私たちの得にはならないだろ?ゴックゴック」

横になりながら、酒を呑むシュテンを見ながらおっさんは言った。

「ふふふ、これはな、情報を集める場でもある。さらに、情報操作の場なんだよ。他のプレイヤー達がこのサイトを信頼できる情報源として、見た時に、このサイトの管理人であるおれは、情報を自由に操る事ができるようになる」

「ん~、別に情報程度じゃあ、何もできない気がするんだけどなー」

「本当にこの子は・・・。例えば、超強い奴の居場所が情報として、出てきたらどうする?」

「・・・とりあえず、そいつがいる場所は避けるかなー」

「じゃあ、弱い奴だとしたら?」

「カモじゃん。倒しに行く!」

「そうだな。じゃあ、倒しに行った弱い奴が、実は超強かったらどうなる?」

「・・・負けると思う」

「これでわかったと思うけど、情報だけでプレイヤーを倒すことが出来る。」

「おー、うまくいけば、情報だけでプレイヤーを潰せるのかー。ウッ、プハー」

おっさんは、自慢げな顔をして、話を続けた。

「情報は、武器だ。全プレイヤーを把握し、特性や性格を知り、情報操作をして潰し合わせる。おれ達はのんびり潰し合うのを酒呑んで見てるだけ!」

「やったねご主人!・・・っで、最後に残ったプレイヤーはどうするの?私たちで戦わないといけないじゃん」

おっさんは、難しい顔をした。

「うん、一応は、色々と対策を考えている。まあ、出来れば情報戦の段階で、任意のプレイヤーを最後まで残せるようにすればそいつ専用の対策を考えればいいだけなんだけど」

「なんか、策があるんだねご主人。そこら辺は、任せるよ。私に出来る事があればどんどん言ってくれ」

「ふむ、まずは酒の量を減らせ。この酔っ払いが!」

「なぁに?聞こえんなー」

「調子に乗るなよ小娘が、我が四十八の奥義が火を噴くぞ!」

なんとか、酒の量を減らしたいおっさんだったが、この後、酒を買いにいかされるのであった。


 数日後の平日、無職のおっさんは、今日もサイトの更新をしようと作業に取り掛かった。だが、おっさんは驚きの声を上げる。

「なんだ、これは・・・」

おっさんの作ったゴテゴテきゃぴきゃぴサイトが、とても見やすくレイアウトされていた。垢抜けた配色、小洒落た背景、黄金率から導き出された文字配列、かわいいマスコットのイラストが目障りにならない程度に配置。

「おれの、ゴテゴテきゃぴきゃぴサイトが・・・オサレになってる!」

おっさんは、シュテンを疑った。が、あの酒呑みがこんなことできる分けない。テレビの録画すら満足にできずに、駄々をこねるような無能。では誰が。どこかの優しいちっちゃいおじいちゃんが・・・。いや、ありえない。

「ハッキングされたのか?」

おっさんは、すぐにサイトに管理者としてアクセスしようとした。しかし、無常にもパスワードが変えられていた。いや、まだ手はあった。パスワードを忘れた時用の作業をすれば、現在のパスワードがわかる。おっさんがパソコンを操作しようとした時。

「ピーーーーーーーーーーー」

パソコンの画面が青い背景と白い文字列に変わった。

「ぎゃあああああ!」

おっさんの悲鳴がこだまする。


「ピーンポーン」

サイトをハックされたばかりか、パソコンまでクラックされ、やけになり昼間の平日からシュテンと一緒に酒を飲んでいるおっさんの家に来客が来た。

「はいよー、いまでますよー」

おっさんは何の警戒もせず、玄関のドアを開けた。そこには見知らぬ少女が立っていた。ショートヘアより少し長い髪、ボーイッシュな格好のかわいらしい女の子だ。そして、おっさんはこんな子を知らないので、どう対応していいのか、わからなかった。

「やあ」

少女は、おっさんに気軽に挨拶をする。おっさんはソッとドアを閉めようとした。が、少女はドアの隙間に足を挟んで、閉めるのを阻止した。

「フ、フット・イン・ザ・ドアだと!」

おっさんは思わず、技名を叫んでしまった。セールスマン一族がよくする技の一つである。少女は隙間から、一枚の紙を、差し出してきた。

「君にプレゼントだ」

おっさんが、紙を受け取ると少女は挟んでいた足をどけた。おっさんは、ドアを閉めると内容を確認した。そこには、ハックされたサイト名と変えられたパスワードが書かれていた。おっさんは少し考え、再びドアを開けた。

「・・・入れ」

「じゃあ、おじゃまするよ」

おっさんは、無言で少女を居間へと案内する。そこには、酒を呑みながら午後のワイドショーを見るシュテンや空き缶、つまみの残り等で散らかっていたので、手早く掃除した。

「粗茶ですが」

「これはご丁寧にどうも」

今日のお茶は、デパ地下にある紅茶専門店で買った、その店オリジナルブレンドのアールグレイだ。芳醇な香りは、慣れていない人には飲みにくいので、香りが少なくなるアイスティーとして出した。おっさんの粋な計らいである。

「ん~、これはアールグレイかな?いい香りだね」

「デパ地下にある紅茶家のオリジナルブレンドだ」

「へー、ミルクティーにしてもおいしいだろうね」

わかってるじゃないか、小娘。とおっさんは心の中で思った。

「さて、自己紹介をしていなかったね。私は十二(じゅうに)亜栖佳(あすか)だ」

「おれの名前は、緒山(おやま)だ。ちなみにおやまさんから、おやっさんになって、最終的なあだ名はおっさんなんだ。おっさんになる前から、おっさんだったんだ。へっ」

下らないギャグを言うおっさん、しかし、言わずにはいられないのだ。おっさんとはそういうモノなのだ。

「・・・ふむ、おもしろいな」

おっさんは、その言葉にちょっとうれしそうにする。だが、どう考えても社交辞令だった。

「実はな、おもしろい小話があるんだ。それは二、三年前の夏だった・・・」

「あー、その前にもう一人紹介したいんだが」

亜栖佳は、おっさんのおもしろくなさそうな小話をさえぎった。そしてポケットから端末を取り出す。光と共に一人の少女が出てくる。いや、少女なのか、おっさんにはわからなかった。その姿は、頭に画面のついた箱、ブラウン管テレビの様なものを被った、セーラー服をきた変人だった。

「これがわたしの『人形』。コンビューター様だ」

コンピューター様は、ビシッとポーズを決めると画面に、こてこてのアニメ調の少女の顔が映し出された。

「誰が呼んだか知らないが・・・ひれ伏せ市民!どうも私です!」

としゃべると同時に軽快な音楽が鳴り始め、コンピューター様はリズムを取り出す。突然のコンピューター様のステージに、おっさんとシュテンは騒然とした。まさか、コンピューター様の伝説のステージが始まるのかと、息を飲むおっさん達。が、コンピューター様は静かにソファーに腰を落とした。ずっこけるおっさん、酒を噴出すシュテン、苦笑いする亜栖佳。意味不明だった。

「ははは、コンピューター様は少しおちゃめでね」

「おちゃめ?明らかに頭がおかしいんですけど」

コンピューター様は、立ち上がると座った。そして、シュテンの方を見た。画面には何も映し出されておらず、真っ黒い画面だった。思わす、おっさんの後ろに隠れるシュテンだった。

「ご、ご主人。やばいやばい」

「そっちは、君の『人形』かな?」

「あ、ああ。シュテンって言うんだ・・・」

「ふーん、かわいいね」

コンピューター様はまだシュテンを見ながら、画面にはランダムな数字が表示されていた。シュテンは、ゴクリとビールを呑みながらのそれ見つめている。と、「あふ~ん」という効果音と、ともにエロ画像が出る。シュテンはまた酒を噴出す。おっさん達は完全に相手の空気に飲まれてしまった。


 シュテンが吐き出した酒を拭き、おっさんはキッチンに行くと、お茶請けのお菓子とコンピューター様のお茶を持ってきた。お菓子はおっさんの手作りマカロンだった。おっさんは、この場の主導権を取り戻さなければならなかった。

「亜栖佳だっけ・・・一つ、お前に言わなければならない事がある」

コンピューター様は、頭の箱の後ろに垂れていた、ケーブルを掴むと、先についているコンセントをお茶の中にポチャンと入れた。おっさんは、ツッコミたかったが、ツッコミを入れたら負けだった。

「お前がサイトをハッキングしたんだよな。なぜ、消したんだ・・・」

「消した?一体なんの事を言ってるんだ、君は?」

亜栖佳が、お茶を飲みのを見ながら、おっさんは続けた。

「サイト内にあった。管理人の『今日のできごと』のページだ。この手作りマカロンは、今日の話題にあげるつもりだったんだ・・・」

「あー、あのクソつまらないブログもどきか。どう見てもゴミだったからな、親切な私が、ゴミ箱にちゃんと捨てといたよ」

苦虫を噛んだ顔をするおっさんをよそに、亜栖佳はマカロンを摘まんで食べた。

「んー、生地はパサパサしていて、中のクリームは味付けがちょっとくどい。おいしいとは言えないな」

「うっ」

おっさんは泣きそうになる。

「おっと、すまない。別に君を傷つけるつもりはなかったんだが」

おっさんに気を使う亜栖佳の隣でコンピューター様は、自分のコンセントでマカロンを粉々に砕いていた。

「もういい、そのちんちくりんを端末に戻してくれ」

「いやー、そんな事をしたらコンピューター様が機嫌を悪くして、後が大変なんだ。すまないが彼女の気が済むまで我慢してくれ」

コンピューター様は画面に何かのお菓子の作り方を流しながら、発音のいい外国語をしゃべっている。端々にマカロンという単語が聞こえる。マカロンの作り方のようだった。画面では最終的にカルボナーラが出来上がっていた。わけがわからなった。

「シュテン、コンピューター様と遊んでやれ」

「・・・マシデ?」

とりあえず、シュテンにコンピューター様を押し付けた。シュテンはオセロを一緒にやるようだったが、コンピューター様が時折、画面にグロテスクな画像を出すので、その度にシュテンは酒を噴出していた。

「さて、亜栖佳。何が目的で来たんだ。まさか、コンピューター様を自慢しに来たわけじゃあるまい」

「ふむ、単刀直入に言おう。私と同盟を組もう」

おっさんにとって、予想外の提案を亜栖佳は言ってきた。

「そして、同盟を組むに当たって、条件がある。この情報を君のサイトに乗せてくれないか?」

亜栖佳は、そう言うと、十枚程の紙の束を出した。そこには、何かの装置の作り方や材料、使用方法が記載されていた。

「なんだこれは」

「この端末で、君のサイトを見れるようにする装置だよ。素敵だと思わないかい?」

実はおっさんは、知り合いの機械いじりが趣味の男に、端末について調べてもらっていた。結果は、何もわからなった。いや、わかった事もあった。物理的に壊すのは、一般人には不可能であること。ハンマーで叩いても、車で踏んでも、まったく傷つかず、水につけても、火で焼いても、意味は無かった。そのせいで、内部構造も使われているプログラムもわからなかった。

「お前は、この端末を改造できるのか?」

「ああ、大変だったよ。まず、根本的に二進法のノイマン型コンピューターで作られたプログラムじゃなかったからね。簡単に言うと、数字的理論構築ではなく、多次元言語型表現によるプログラムなんだよ」

「ちょっと待て、意味不明な言葉でしゃべるな。日本語で説明してくれ・・・」

「ん~、簡単に言うと、その紙に書いてある装置を作ってくれれば誰でもアクセスできるよ」

「そんな装置、知識の無い奴が作れるわけないだろ」

「そんなことは無いよ。材料は少し専門的な電気屋さんに行けばあるし、作り方もやさしく書いているからね」

「端末には、何かを差し込む穴なんてないぞ。ましてや傷一つ付かない」

「それは、赤外線を飛ばしているんだよ。そうやって干渉して中身を書き換えるのさ」

おっさんは、亜栖佳の嘘を見抜いた。赤外線ではそんな事できない。装置の原理は理解できないが、この装置はプログラムを書き換える以外の用途があり、亜栖佳は意図的にその機能を隠している。

「ほら、これを見てくれないか」

亜栖佳は、自分の端末を見せた。そこには、改良されたおっさんのサイトが映っていた。

「本当に、端末に干渉してプログラムを・・・」

おっさんは驚愕した。自分は、人脈や知識を使っても、何一つわからなったのに、十代半ばの少女が、端末にアクセスするどころか、意味不明なプログラムを解析し、あまつさえ改変していたのだ。舐めていた。所詮、相手は子供だと。

「なぜ、わざわざおれに会った。サイトをハッキングしたんだ。その情報をサイトに乗せるのは、簡単だろう」

「私なりの誠意だよ。君と私は対等だ。どうだろう、協力できないだろうか」

亜栖佳は、にこやかに微笑んだ。おっさんにとっては、対等ではなかった。技術力の差、やろうと思えば、お前は潰せる。だが、譲歩してやる。と、言っているようだった。。

「その条件じゃ同盟は無理だ。こちらが出す条件は、情報交換、もうおれのサイトに干渉しない事、その装置の情報は流さないだ」

亜栖佳は、少し考え込む。

「うん、それでいい。出来れば、同盟相手の危機的状況には、助け合うというのを加えてほしい」

「だめだ、出来るのは積極的に敵対しないぐらいだ」

「じゃあ、可能ならば相手からの救援を受けるは?」

「・・・いいだろう」

亜栖佳は、簡単にこちらの要求を受け入れた。それどころか、自分の知っている情報を提供すると言った。

「さあ、気になることを質問してくれ。答えられる事をいうよ」

「じゃあ、なんでおれは、お前に何にも感じなかったんだ?」

「・・・それは、私に女性的な魅力がないと言いたいのかな」

「あ、いや、そういう事じゃなくて。プレイヤーとして、何にも感じないんだよ。この前、会った奴は、近くにいただけで、こいつプレイヤーだなと感じたんだ」

「それは、私が感じないようにしているからだよ」

「そんなこと出来るの!」

 その後も、色々と聞いた。『戦闘フィールド』を展開するには、発動範囲以内に、他プレイヤーがいること。その発動範囲は、『人形』によって、かなり違う。『戦闘フィールド』は基本的に一対一だが、割り込むことも出来る。勝った時に貰えるポイントは、『人形』のレベルアップに使われ、レベルアップすると様々な特典があること。その特典は、新たな武器・スキルカードに『人形』自身の身体能力強化等。端末の電力は重要で、無くなると『人形』が維持できなくなり、一時的に端末から出すことが出来なくなる。電力は、カードを使う、人形を出す、戦いに負けたときのペナルティーで消費する。端末は、絶対に本人の手元に戻ってくる。等の情報を聞けた。

「じゃあ、亜栖佳はどれぐらいのプレイヤーを把握してるんだ。おれは、3,4人は情報を持ってるんだが」

おっさんは、今一番ほしい情報を聞き出そうとした。

「そうだな、1000人ぐらいかな」

おっさんは良く聞こえなかった。

「1000人?ちょっとまて、単位おかしくないか」

「いや、この『少女達の戦い』には、大体それぐらいの人数が参加してるよ」

おっさんは、十数人程度の戦いだと思っていた。多くて二十数人。おっさんのサイトの戦いに関するページの一日のアクセスは、平均八人程。全然、集まっていなかった。

「おま、お前は1000人分のデータを持っているのか?」

「ああ、もちろん。それも共有するつもりだよ」

「それは、参加者全員分のデータなのか」

「いやいや、さすがに全員は無理だよ。でもほぼすべては、あるだろうね」

おっさんは、また驚かされた。自分と桁違いの情報収集能力をこんな少女が持っていたのだ。もちろん、おっさんが持っていた数人の情報を亜栖佳は持っていた。

「なるほど、亜栖佳すごいな。正直、ビックリした。是非、部下にほしい」

「え、いや、部下と言われてもな」

おっさんは素直に、感心した。これだけの情報収集ができれば、それだけで飯を食っていける。そう感じたのだ。

「そんな亜栖佳さんに聞きたいんだけど。コイツは要注意だって奴はいるのか?」

「ん~、具体的にどんな奴か言ってくれると助かるんだが」

「そうだな、まずは優勝候補のプレイヤーは?」

「それなら、文句なしで『剣野ツルギ』って子だな」

「どんな奴なんだ」

「才色兼備、文武両刀、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、絵に描いたような大和撫子だよ」

「女子力吹っ切れてそうですね。でも、女子力じゃ勝ち抜けないだろう」

「簡単に言うと、最強のプレイヤーだ。幼い頃から剣技を習っていたそうでね。剣道じゃなくて剣術の方だ。普通に『人形』とタイマンで戦って勝つレベルらしい。ちなみに、『人形』の方は、大女で、すごく長い髪に中華風の鎧に、竜をモチーフにした槍を持っている。そしてすごく強い」

「おれの大和撫子の定義が崩れていくんだけど。それって、『人形』が二人いるって事か」

「そうだね、一対一だと思ったら、一対二だった。ってなるね」

「まあいいや、対策はそのうちに考えておこう。次は、少しアレなんだけど・・・」

おっさんは真剣な顔になる。

「プレイヤー殺しをしてる奴だ。その中でも、やっかいな奴だ」

「・・・ふむ、聞いてくると思っていたよ。この戦いの裏の部分だからね。どちらかと言えば、君も同じような道を行く様だしね」

「おいおい、おれは邪道で、そいつらは外道だ。一緒にするな」

「はは、まるで悪人の台詞だな。それじゃあ、プレイヤー殺しの中でも特に注意すべき人物を紹介しよう。名前は『金成(かなり)百合』、H市にある全寮制お嬢様学校を根城に穴熊を決め込んでいるプレイヤーだ。基本消極的だけど、自分のテリトリーに入った、他プレイヤーは誰も帰ってきてない。『人形』については不明だ」」

おっさんは、顔をしかめる。

「早めに、潰しときたいな」

「そうだね、『人形』同士を戦わせて、普通に戦っている良い子達は、私たちには何の脅威もない。だけど、プレイヤー殺しを平気でする奴は、邪魔だよね。最後の方に残ってたら厄介だしね」

おっさんは、亜栖佳が少し危うく感じた。プレイヤー殺しはいわば、人殺しだ。それを顔色を変えずに説明している。

「お前は、プレイヤー殺しをどう思う」

「とても効率的だと思うよ。3回負けないと脱落にならない所を、プレイヤーを殺せば簡単に済むからね」

亜栖佳は、おっさんの顔を(うかが)うってから続けた。

「でも、許せないよね。結局、人殺しをしてるわけだから。私は、そういう人には早く退場してもらいたいよ」

「・・・そうだな」

おっさんは、ちらりとシュテンとコンピューター様の方を見る。頭を抱えるシュテンに、一面真っ黒なオセロの盤面、物悲しい曲をかけながら戦争風景の映像を流すコンピューター様。

ちょっと、シュテンが可哀想に思えてきた。

「さて、こちらは一方的に情報を引き出されたわけだが、私も君に質問してもいいかな?」

「情報の交換が同盟の条件だ。断る理由はないだろ」

亜栖佳は、ニコリと笑うと質問した。

「君は、どうやって『少女による少女のための少女達の戦い』に参戦したのかな」

「・・・実は、おれは少女なんだ」

おっさんのギャグに対して、亜栖佳は一切反応せずにおっさんを見つめた。

「わかった、正直に話す。おれ自身もなぜ巻き込まれたかは、わからないんだ。出来ればおれも知りたいしな」

「うん、君の言うことを信じるよ」

そう言うと、亜栖佳は立ち上がり、コンピューター様を端末にしまう。

「それじゃあ、今日のところは帰らせてもらうよ。これからも、良き同盟関係を期待するよ」

亜栖佳が帰った後には、ゲロを吐いて倒れているシュテンとチェック柄のオセロの盤面とおっさんだけが残された。


「うう、ご主人。そっちはどうだったんだい・・・オエー」

「ああ、ちょっとやばいな。侮っていた」

おっさんは、部屋の掃除をしながら、考えた。情報量において圧倒的に負けていた。差がありすぎて、相手が嘘の情報を言っているのか判断することもできなかった。その上、端末をいじれるほどの技術力。あの狂った『人形』。

「情報戦は、おれのぼろ負けだ。しかし、それよりも重要なことがある」

「そうなのか。ご主人ビールとってー・・・」

「ゲロ吐いてる奴に呑ませる酒はねぇ。いいか、なんで亜栖佳の奴は、おれの前に出てきたんだ?目的はなんだ?」

「えー、わかんないよー。同盟組みたかったんじゃないの?」

「それはありえない。アイツにメリットがほとんどない。しかし、デメリットはある。まず、他のプレイヤーから察知されないのに、わざわざおれに姿をさらした。さらに、『人形』まで、見せてきた。その上、情報までくれた。サイトもハッキングしたんだ。装置の情報を載せるのなんて容易い」

「あー、自分がすごい事を自慢しに来たとか?」

「良い答えだ。威嚇行為だな。だが、違う。これもメリットよりデメリットの方が大きい」

「もうお手上げー。答えはなんなんだ」

そう言って、シュテンはソファに寝転ぶとTVの電源を入れた。

「たぶん、最後の質問がしたかったんだろう」

「はあ、それだけ?」

「ああ、亜栖佳の持っていない情報で、知ればこの上なく強力な情報だ」

「どうして?ご主人が巻き込まれた事の何が重要なのさ」

「そこじゃない。亜栖佳は端末の奪取について暗に聞いてきたんだよ。いいか、もし他のプレイヤーから端末を『人形』ごと奪えれば、一人のプレイヤーが複数の『人形』を所持できる」

寝ていたシュテンは起き上がりこちらを見る。

「それって、ヤバくね?」

「可能だったら、かなりやばいな。あいつの情報力と合わさったら自分がほしい『人形』を集めて、やりたい放題できる」

「でもでも、ご主人は、その事について何にも知らなかったし、同盟も組めたんだし、私らってラッキーじゃね」

シュテンは能天気に言った。

「いや、同盟は組めてないな」

「はあ、なんで」

「アイツは同盟を組に当たって重要なこと聞いてこなかった。おれの『願い』だ。この戦いは、最終的に願いを叶えることが目的だ。何を目指しているのかを知らなければならない」

シュテンはあまりわかってないようだった。

「アイツは、おれの事を同盟相手じゃなくて、使い捨ての駒にしか見ていない。将棋の歩とすら思ってないだろうな」

「ええ、ひどくないか、それ」

「いや、最後に残るのは一人だ。考え方は正しい。だが甘い。ここで、おれを倒しておくべきだった。それに、おれの顔色を窺った受け答えもする必要もなかった。侮れないが、所詮子供だ」

「おう・・・ご主人が死亡フラグを着実に立てていく・・・」

おっさんは、シュテンを尻目に高笑いをする。

「おれは、肉弾戦や情報戦で勝つつもりはない。おれの土俵じゃないからな!」

「じゃあ、どこで勝つんだよー。いまのところご主人のいいところ全然見てないぞ」

「そのうち、見せてやるさ。おれには奥の手があるからな、ハッハッハ」

おっさんは、そう笑いながら紙に何か書いて、シュテンに見せた。

『盗聴されている。笑え』


亜栖佳は、帰り道、おっさん達の笑い声を聞きながら歩いたいた。

「感度はなかなかいいね、コンピューター様」

コンピューター様は光学迷彩で透明になりながら、亜栖佳にピッタリとくっついていた。コンピューター様からは、イヤホンが伸びていて亜栖佳の耳に付けられていた。

「そうか、それはよかった。所でどんな様子だ、あの二人は」

「だいたい予想通りだよ。こちらが端末の奪取に関する情報が目的だと勘違いしてるよ。まあ、願いを聞くって発想はなかったな。おかげで、同盟に対する不信感を持ってるみたいだ。ひとつ勉強になったよ」

亜栖佳はイヤホンをはずすと、コンピューター様にシュルっと収納された。

「で、亜栖佳、お前の見立てはどうだ?使い捨てるか・・・」

「うーん、『人形』は論外だけど、プレイヤーの方はそれなりかな。年を食ってるみたいだから、頭は回るみたい。端末の奪取が目的って勘違いは出来るぐらいだけどね」

「盗聴にも、気付かない程度だぞ?」

コンピューター様は、画面におっさんの顔を合成した豚を映し出し、それがぐちゃぐちゃになる様子を永遠と繰り返して流していた。

「そこら辺は、今後に期待かな。奥の手ってのも気になるしね」

「奥の手か、そんなもの有るわけないだろ。なあ、亜栖佳ぁ、もっと楽しいことしようぜぇ?こんなちまちましてないでよー」

今度は、核実験の爆発映像を流し始めた。亜栖佳はそれを見ながら呟く。

「いやだな、私はそんな事を望んではいないよ。ただ、普通の幸せがほしいんだよ」

「・・・」

コンピューター様の画面は、プツンと真っ暗になる。

「フッ・・・」

「フフ・・・」

「アハ・・ハハハハハハハハハハッハハハハハアハはハハアハアアアアアアアアアアアアアぁアァアァアアアアアアハハハハアハ」

コンピューター様が狂ったように笑い出すと、画面上には目の血走ったアニメ調の少女が笑い転げていた。どこまでも、狂った笑い声が亜栖佳にまとわり付いていた。



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