5 ~今決めたの~
アオイさんは、ちょっと黙ってたけど、思い切ったように口を開いた。
「そうよ。私ね、大好きな絵を描いて生きていきたいの」
アオイさんは真剣な目をしている。本気のようだ。僕はなんだか胸が熱くなった。
「いつからそう思っていたんだい?」
「今」
「今?」
「そうよ。今決めたの」
「すごいね、アオイさんは」
「すごくなんかない。直感なの。これしかないって今思ったの」
「僕にはまだ自分が何になりたいのかよく分からない」
「きっと発明家よ」
「どうして?」
「発明を考えている時のユウキくんはとっても楽しそうだから。それに、今は変な発明ばかりしているけれど、そのうちきっと世界の人がびっくりするような発明をすると思うよ」
「変な発明って、それってアオイさんの正直な気持ちなのかい?」
「褒めているのよ。他の誰も思いつかない素敵な発明って意味なの」
「本当かなあ」
「本当よ。私は嘘なんかついてないわ。私の目を見て」
アオイさんが僕の両手をとって踊り場で立ち止まった。アオイさんの目をじっと見た。キラキラと輝いているけれど、嘘なのか本当なのかよく分からない。
「よくわからないや」
「ユウキくんは正直ね」
「やっぱり変だと思っているんだね」
「変じゃないわ。ユウキくんの発明は、とっても面白いんだもん。『後ろが見えるメガネ』とか、『靴を汚さないために靴の上から履く靴』とか、『正しい気温よりも五℃高く表示する、見ただけで暖かく感じる冬用の温度計』とか、もう、おなかがよじれるほどへんてこりんな発明ばかりだから……」
「へんてこりん……。そうか、やっぱりアオイさんもそう思っていたんだね。いいんだ。自分でも薄々気付いていたから」
僕はがっくりしてしまった。
「ああ、ユウキくん、落ち込まないで! 決して悪い意味で言った訳じゃないのよ」
「ありがとう、慰めてくれるんだね」
「慰めているんじゃない。私は好きよ。ユウキくんの発明がとっても好きなの。きっと沢山の人を幸せにするに違いないわ。私は本当にそう思っているのよ。だって私は、ユウキくんのことが……」
「僕のことが、どうしたの?」
僕はアオイさんの目をのぞきこんだ。するとアオイさんは顔を赤らめて、下を向いてしまった。
「ユウキくん、先に帰るね」
アオイさんは階段を駆け下りると、あっという間に視界から消えた。アオイさんの柔らかくてあたたかな手の感触が指先に残っている。アオイさんは、何を言いかけたのだろう。僕は、大事なものをなくしてしまったかのように、しばらくそこに立ちつくしていた。