3 ~ 風花(かざはな)~
「ユウキくんは寂しい時、どうしているの?」
「寂しさを感じないために夢を見ているのかなあ」
夢? なんだろう、寂しさを感じない夢って……。不思議だなあ。私だったら本当に寂しい時には泣いてしまう。
「どんな夢なの?」
「できないことをできるようにする夢なんだ」
不可能を可能にするってことなのね。でも、どうやって? あっ、もしかして……。
「そうか、それが発明なのね」
「そうかもしれない」
「寂しさを消す発明ができたらいいね」
「寂しさを消す……。どうやったらそんな発明ができるんだろう」
「こうやって私と話していても寂しい?」
「いや、寂しくないよ」
ユウキ君はそう言うとちょっと窓の方を見た。本当は寂しいんじゃないだろうか。転校するたびに友達と離れ離れになってしまって、さようならを言って、新しい所で友達ができたと思ったらまた転校して……。私がユウキ君の寂しさを消してあげることはできないかな。
「ユウキくんはどこに住んでるの?」
「一丁目だよ」
「私は三丁目なの。学校をはさんで反対方向ね」
残念。一緒に帰れない。
「ねえ、アオイさん」
「なあに?」
ユウキくんが私の目をまっすぐに見ていた。吸い込まれそうになるほど深く澄んだ瞳……。
「寂しさを消す方法を発明したよ」
「えっ、どんな発明なの?」
「僕と友達になってくれるかな」
「……」
「だめかな……」
「そんなことない。とっても素敵な発明だと思う。私もユウキくんと友達になりたい」
「よかった。アオイさんは優しいんだね」
ユウキくんはうれしそうにほほえむと、机の上のノートを鉛筆を持った左手でゆっくりと閉じた。
「でも、もしかしたら、私、とっても意地悪かもしれないよ」
「そんなことない。僕には分かる」
「どうして?」
「アオイさんは綺麗な目をしているから」
「目?」
「そうだよ。五回も転校したから、その人がどんな人なのか、目を見たら分かるんだ……。アオイさん、もっと目を見せて」
私はユウキくんの目を見た。優しいのはきっとユウキくんの方だ。私はそんなに優しくないから……。それに、ユウキくんの目の方が綺麗だと思う。
「……」
ユウキくん、どうしてそんなに私を見つめるの? 聞こえるのは自分の鼓動だけ。こめかみのあたりがどくんどくんと脈打っている。頭の中に白いもやのようなものがかかってボーッとしてきた。どうしちゃったんだろう。いつもの自分じゃないみたい。
「ありがとう」という声で我に返った。
「これ、アオイさんにもらってほしいんだ」
「……?」
ユウキくんはズボンのポケットから何かを取り出した。
「手を開いてみて」
私は右手を机に置いて、手のひらを軽く開いた。すると、ユウキくんがその上に小さな石を置いた。薄紫色に輝いている。
「秋田の紫水晶なんだ。僕の宝物なんだけど、アオイさんがもらってくれた方が水晶も喜ぶと思う」
「大切なものなんでしょう? 本当にいいの?」
「うん、アオイさんは東京で一番最初に友達になってくれた人だから」
ユウキくんはそう言うと床に置いていたランドセルにノートと鉛筆を仕舞った。
私はその横顔にドキドキしてしまった。なんでこんなに胸がときめくんだろう。今日会ったばかりなのに、ユウキくんを見ているとなんだか不思議な気持ちになる。
「ありがとう、ユウキくん。大切にする」
それから、私たちはこの学校のことについて少し話をした後、一階に降りて昇降口で靴をパタパタと履き替えた。
外に出ると、空は青く晴れ渡っているのに雪がちらちらと降っている。
ここでお別れね。私の住んでいる三丁目は南門の先にあるし、ユウキくんの住んでる一丁目は北門を出た所だから。
ユウキくんは、
「この街には風花※が舞うんだね、キラキラして夢の中にいるみたいだなあ。昔、静岡県に住んでいた時にも見たことがあるんだよ」
と言った。なんだかユウキくんって旅人みたい。っていうか五回も転校してたら立派な旅人よね。
「風花には『儚い』っていう意味があるんだよ、分かって言ってる?」
「もちろん知ってるよ」
「『儚い』なんて、まるで私みたいだと思わない?」
「ふふっ。アオイさんは面白いことを言うんだなあ。確かにぱっと見た感じは色が白くて細くて儚いかもしれないね。けれど、今の僕には元気なしっかり者のように見えるよ」
「ユウキくんは全部お見通しなのね。そうよ、私は元気なしっかり者。みんなにそう言われるわ」
私は、バイバイ! と手を振ってユウキくんにさようならをした。ユウキくんも同じように手を振ってくれる。
さようなら。でも、また会える。早く明日になればいいな……。
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※風花=晴天時に雪が風に舞うようにちらちらと降ること。(Wikipediaより)