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素直でクールな彼女  作者: わほ
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短編「新成人くーる」

前日の雨も明け方には上がっていた。

濡れた道路には、着慣れないスーツと革靴で落ち着かない一人の青年が立っていた。

青年の目の前には大げさな作りの重厚な門構えの屋敷が建っている。

屋敷と言う表現が似合う雰囲気と佇まいに毎度のことながら多少緊張しながらも、

似合わない現代風の呼び鈴を押した。


しばらくすると、目的の声ではなく、母親の声が返ってきた。

「あら、和くんね。うちの子今着付け終わったのよ。今行かせるわね。」

玄関先に通してもらうと、振り袖姿の女性が立っていた。


赤を基調とした華やかな振り袖。

長い髪を丁寧に編み込み流れるような髪飾り。

普段のクールな佇まいではなく、まったく別の魅力を全面に押し出した女性がそこには居た。


「そんなにじっと見られては恥ずかしいのだが。」

「あ、あぁ・・・。見慣れてると思っていたが、綺麗だったからつい。」

「そうか、それなら良いのだ。君もスーツに着られている感じではあるが。なかなか格好良いな。」

「スーツなんて着慣れないからな。しかし、クーは着物に関しては着慣れているな。」

「家では度々着る機会があるからな、慣れてしまったよ。」


「玄関先で雑談も良いけれど、せっかくだから写真撮っておきましょ。」

そう言いながら、奥からクーの母親達が出てきた。

「せっかくだから、和穂君も入っていきなさい。」

なぜか家族写真にまだ関係のない自分が入ってしまって良いのだろうかと思っていたが、

断りきれずに何枚も撮られてしまった。


両親は何枚も撮って満足したのか、こちらを向いて訪ねてくる。

「会場まで送っていこう。」

「いや、すぐ近くだ。和君と歩いて行くよ。」

「ありがとうございます。こいつもそう言ってるので。歩いていきます。」

「そうか、それなら気をつけるんだぞ。」

「はい、それでは行って参ります。」


会場には多くの顔見知り達が集まっていた。

高校卒業を機に地元を離れた友人達と出会う度に同じことを言われた。

『お前らは相変わらず仲いいなコノヤロウ。』


俺らの付き合いは高校入学からだった。

と言うか、俺がこっちに引っ越してきたのが高校入学の春からだった。

入学したらいきなり、隣の家の女の子から告白された。

学年でも1、2を争う美人から突然、押しに押され付き合いは始まった。

それからお互いに大学は地元の大学で、特に変わらない生活を続けていた。

そして、今日は成人式だった。


成人式なんてものは、地区の偉い人やらの話を聞くだけで、

大して面白いこともなく、つつがなく式は終わった。

出席している新成人にとって、重要なのは式ではなく、

その後の立食形式のパーティと二次会、三次会が重要であった。


ある者は、仲の良かった当時の友人とつるみ、

またある者は、当時気の合った者、年頃となり色気づいた子へアタックをかける。

そういった中で、クーはとてつもなく人気を誇っていた。

そして、聞かれることは決まっていた。

『彼氏はいるのか?ライン教えて。』

そういった下心満載の若人達をクーはすべて切り捨てて行った。

「すまないが私には和君がいるのだ。そして、あまりスマホを見ないがそれでも構わないか?」


そういったバッサリ切り捨てられた男たちは、一人残らずこちらへ悪意のこもった目線を送ってきていた。

勘弁してほしいものである。

当時からの友人たちは「いい気味だ。美人を連れて歩ける報いを受けろ」と誰一人助けてはくれなかった。

クーに振り回されるのは昔からのお決まりなので、仕方なく受け入れている自分がいるが、

せっかくの成人式だ。

大人の態度で受け流せるようになろうと、心の中で誓った。


大人の態度で二次会までを乗り越え、三次会は今も交流があり、仲の良かった者たちだけが集まっていた。

同じ部活で特に仲の良かった7人だった。

男が4人。女が3人。

「そういえばクーちゃんって先月が誕生日でしょ?今日は結構飲んだんじゃない?」

「いや、それが和君に止められていてな。これからやっと飲んで良いことになっている。」

「えー?なんでだめなの稲荷君?」

「いや、クーは酒癖が悪いことが判明したんだ。」

「私はそんなつもりはないのだが。記憶が無いので念のため従っている。」

「え、クーたん記憶なくなるタイプなの?」

「あぁ、日本酒を1升ほど飲んだところまでは覚えているんだが・・・。」

「いや、それって誰でも記憶無くすだろ・・・。」

「ザルかと思ったんだが、だんだん扱いが面倒になってな。このメンツなら良いかと。手がつけられなくなったらみんな頼む。」

「いや、お前旦那だろ。ちゃんと持って帰れよ。」

「まだ、旦那じゃないんだが・・・。」

「そうだぞ、和君はまだ婚約者だ。」


そう言ってクーは周りに、記者会見の如く指輪を見せる。

「おーお前ら遂にそこまで行ったか。」

「クーたんやったね!めでたい、めでたいほらほらグーッと一杯!」

クーのコップに並々とビールが注がれていった。

「ありがとうみんな。」

クーはそれを一気に飲み干した。

「おークーさん良い飲みっぷりだね。今度は何飲みたい?」

「そうだな。家だとワインは無いから、ワインが飲んでみたい。」

「クーたん良いねー。一本頼んじゃおうか!」

「あんまりクーに飲ませるなよ。こいつスイスイ飲んでいくから。」

「大丈夫大丈夫。ここうちの系列のお店だから。いくら飲んでも食べても今日はみんな2000円だよ!」

「相変わらず君の家は謎の財力を見せつけるな。」

「はっはっはー、クーたんほどのミステリアスなクールキャラなんかよりずっと劣る個性だよー!」

「まぁ今日はそのおかげで、みんなで楽しく集まれるんだから良いじゃないか。」

「あー稲荷ー。俺も誕生日3月じゃなければ飲めるのにーずるいぞみんなー。」

「お前は諦めて好きなだけ食え。」

「くそー。ホッケと焼鳥の盛り合わせ追加で!」


クーの周りにビール2本、ワイン3本、日本酒5合、寝息を立てる友人達4名を超えたあたりで数えるのを辞めた。

俺はと言うと、熱燗が割りと好みらしくホッケとちびちびやっていた。

その辺りで、クーに変化が訪れた。

いや、もっと前から起こっていたのかもしれない。

普段はほぼ真顔であまり笑顔を見せることの無いクーが、ケラケラと笑ったりしょうもない下ネタを入れたりしていた。

「くーたん飲め飲めー。コップが空だぞー!」

「ははーこいつめー私はさっきからずっと飲んでるぞー。お酒って美味しいなー。かずくーん熱燗ばっかり飲んでて私のお冷飲ませるぞー。」

「おい、私のお冷ってなんだそれ。」

「かずくんは私に説明させるのかーいやらしいなー私の将来の旦那さんはー。」

「稲荷ちゃんやらしいぞー嫁相手にセクハラかー?」

「いいぞー私にならいくらでもセクハラしろーかずくーん。」

「この間もこんな感じで酔ってたんだよなー面白いけど厄介だ。」

「稲荷ちゃんはザルだなー結構飲んでるはずなのに全然変わらないねー。それに比べてクーたんの変わり様と来たら10年以上昔から知っている友人として楽しくて仕方ないねー!」

「お前もクーと飲んでるはずなのにすげーな。」

「流石にそんなに飲めないよー!間に水とかジュースとか挟んでたよー。」

「なるほど。ってかクーが静かだな。」

クーの方を向くと体育座りでもじもじしているクーが居た。


「私やっかいなんだ。やっかい・・・やっかい・・・やっかい・・・。」

厄介を延々と繰り返すクーが居た。

「おーい、クー厄介じゃないぞー。」

「ホントか?かずくーん?私は厄介じゃないか?」

ググっと涙目の顔を見上げるように寄せてきたクーは異常な可愛らしさでこちらを凝視してきた。

「ほ、ほんとほんと厄介違う。」

「お?お?クーたんと稲荷ちゃんそのまま仲直りのちゅーしちゃう?」

「かずくん・・・・ちゅー。」

「って!あ・・・ちょ!」

逃げる前に口を塞がれてしまった。

「むふーお熱いねー!あっつあつだねーお二人さん。」


塞がれた口は微かな寝息と共に離れていった。

「こいつ騒ぐだけ騒いで寝ちまった。」

人の膝を枕にクーは小さな幸せそうな寝息を立てていた。


「いやー稲荷ちゃんごちそうさまでしただよ。」

「はぁお前はいつも楽しそうで良かったよ。」

「君らを見てると飽きないからねー。今日は楽しかったよ。また飲もうね稲荷ちゃん!」

「あぁそうだな。またしばらくしたら集まろう。」

「それじゃあ。私はこの子ら起こして各自送って行くからさ。クーたん連れて返ってあげてよ稲荷ちゃんは。」

「いや、良いよ手伝うよ。」

「大丈夫大丈夫。家の者が送ってくれるからさ。安心してよ。」

「さすがだなお前は。それなら頼むよ。」

「あぁ任されるよ!それじゃあおやすみ稲荷ちゃん。クーたんをよろしくね。」

「あぁおやすみ。」


楽しい時間も過ぎ去り、後始末を任せた俺はクーを背負って飲み屋を出たのだった。


「かずくーん、ここどこー?」

「お前まだ酔ってるのか?」

「酔ってなーいまだ飲めるよー。」

「酔うとホントに普段のキリッとしたクーはどこかにいっちゃうのな。」

「えー、キリッとなんてしてなーい。私かずくんひとすじー。」

「はいはい。分かった分かったありがとー。」

「あーかずくん適当に流したなー。」

「良いから大人しくしてろー」

「はーい背中あったかーいおやすみかずくーん。」

「はい、おやすみ。」


家に着きクーを部屋まで運び布団に寝かせる。

「ありがとう和くん。わざわざ運んで貰っちゃって。連絡くれたら迎えに行ったのに。」

「いえいえ夜も遅いですし、すみません気を使わせしまって。」

「和くんほんといい子ねーうちの子をよろしくね。」

「あ、あの。こちらこそよろしくお願いします。それじゃあ今日は家に戻りますね。」

「その布団潜り込んでいいのよ?それかもう一組布団出しましょうか?」

「いや、自分の布団のほうが寝やすいので・・・。」

「そうねこう言われちゃ恥ずかしいわよね。ごめんね和くん。おやすみなさい。」

「はい、それではおやすみなさい。」


次の日の朝は酷い頭痛と吐き気に悩まされた。

分かってはいたが、一度寝るとダメなタイプらしい。

薬を飲んで午後にはなんとか持ち直した。

居間に降りるとクーが居た。

「おはよう和君。お昼ごはんは食べられそうか?」

「いや、辞めとく・・・。お前は何とも無いのか?」

「あぁ私は何とも無いが?」

「記憶は?」

「途中から全くないが。帰りは和君が背負ってくれたのだろう?ありがとう。」

「あぁそんなに気にするな。しかし、俺がいないところでお酒は気をつけろ。」

「大丈夫だ、安心して飲めるのは君がいるからだからな。そして私たちは新成人だからな。大人の自覚は大切だ。」

「そう思っているなら安心した。」


お酒の洗礼を受けつつも、新成人としての第一歩を踏み出し始めたのであった。




新成人の皆様おめでとうございます。ここからですん。

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