短編「発熱すくーる」
青年は玄関の前に立っていた。
表札に書かれた来栖の名字を再度確認し、
少し躊躇しながらインターホンを押す。
家の中から電子音が響き、しばらくすると声が聞こえた。
「はーい。どちら様ですか?」
「あ、あの。菜緒さんのお見舞いに来ました、来ヶ谷です。」
「あらあら、もしかして君が和保君?」
「はい、そうですが……。」
「そう、今開けるから待っててね。」
少し弾んだ声で返事があった。
どうやら、インターホン越しの人物は自分の事を知っているようだった。
ドアが開きスーツ姿の女性が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、和保君。
娘からいろいろ聞いているわ。
どうぞ上がって。」
「あ、ありがとうございます。
お邪魔します。」
この非常に若々しい女性が菜緒の母親らしい。
「娘の部屋はそこよ。」
そう言うと、母親はドアをノックした。
「菜緒ちゃん、和保君がいらっしゃったわ。
通しちゃうわよ?」
中から弱々しい声が響いた。
「大丈夫だ……入れてくれ。」
ドアを開き中に入る。
「具合はどう菜緒?」
「来てくれたのだな。ありがとう。
私としたことが情けないのだが……。
体が言うことを効かない程度の調子だ。」
ベッドに横になった状態でこちらを向いたクーの顏は赤く、息遣いも荒い。
とりあえず絶不調と言うことがすぐに見て取れた。
後ろの母親から声がかかる。
「和保君、私はこれから仕事に戻らないといけなくて、今日はこの家に誰も居なくなっちゃうのよ。
菜緒ちゃんのことをお願いできるかしら?
もし、良ければ風邪で弱ってる娘を自由にして良いから。」
「あ、はい……え?」
「うふふ。お願いね。
それじゃあ行ってくるわね。」
そう言うと本当に出て行ってしまった。
「すまない、母はいつもおしゃべりであのような人なのだ。」
「マイペースな人みたいだけれど、人の良さそうなお母さんだね。」
「あぁ私が調子を悪くしたと連絡を入れたら、忙しい筈なのにすぐに帰って来てくれたのだ。」
ケホッケホッ
クーさんが咳きこむ。
「大丈夫?無理してしゃべらなくても良いよ?」
「大丈夫だ、話がしたい。しかし、少し体を起こすのを手伝ってくれないか?喉が渇いてしまった。」
こちらに伸ばそうとした手が止まる。
「私は今、汗臭いかもしれない。」
珍しく恥ずかしさを口にする菜緒が、少し可笑しくも可愛らしく意地悪したくなった。
「そんなこと無いよ。菜緒もこの部屋もいい匂いがする。」
わざとらしく、匂いを嗅ぐように菜緒の首筋に顔を近づける。
菜緒は恥ずかしそうに少し目を閉じた。
いつもならば、「君の好きなようにすると良い。」とだけ言い、胸を張る菜緒が今日は非常に弱気で加虐心をくすぐる。
「今日みたいな弱気な菜緒も可愛いね。」
芽生えた悪戯心はどうにも止められそうにはない。
そして最近、菜緒の素直な表現がうつってきた気がすると内心自覚し始めていた。
「君は最近、私に似てきていないか?」
そう言うと、菜緒が抱き付くように、手を首にまわしてきた。
いつものような大胆で羞恥心を感じさせない動作だが、熱で赤い顔が怒ったよう膨れたりと、
いつもよりころころと変わる表情を楽しく思う。
「いつもの調子が出てきたみたいだけど、無理しないでね。」
その状態のまま、体を起こさせる。
そして、背中に手を添えたまま、お土産に用意していたスポーツドリンクを手渡す。
「ストローとかあるけど使う?」
「君は気が利くな。ありがとう。」
コクッコクッっと喉を鳴らしながら菜緒は飲んでいく。
「そんなに喉が渇いていたの?」
ストローから口を離す。
満足したように、フハーと息を吐き答える。
「さっきまで寝ていたのだが、
大量に汗をかいてしまったのだ。」
「そかそか、そりゃ喉も乾くね。買ってきておいて良かった。」
満足そうな顔を見せた後、菜緒はじっとこちらを見てくる。
「どうしたのじっと見てきて?」
「シャワーを浴びたい気分だが、まともに立てそうにない。
君が良ければ体を拭いてくれないか?」
普段見ることのない、上気した顏と潤んだ瞳で頼まれ、嫌とは言えなかった。
いや、普段通りの有無を言わせぬ圧力を持った提案も断れないのだが……。
「はぁ、仕方ない。手の届かない所だけだよ?
桶や、タオルの場所教えてもらえる?」
「桶とタオルはお風呂場にある。
あと、そこの引き出しの二段目と三段目に下着とパジャマがあるのだが、
君の趣味で取ってきてもらえるか?」
「いや、それは少し、……さすがに恥ずかしくなってきたのだけれど……。」
「ダメか?」
普段は全く見ることのできない弱々しい小動物のような可愛らしさに、やはり嫌とは言えなかった。
下着が入っていると言われた引き出しは、恥ずかしさのあまり見ることができなかった。
しかし、色とりどりの生地があるようだ。
サッと一番手前の物を掴み、替えのパジャマの間に入れた。
「そうか、君は大人しめの物が好きなのだな。」
引き出しから出した着替えをクーは面白そうに、とろんとした目で見ていた。
「いや、正直恥ずかしくてほとんど見ずに取ったよ。」
「君にならいくらでも、下着も下着姿も見られるのは構わないのだが。」
そう言いながらベッドに腰かけたクーはパジャマのボタンを外していく。
肌が白い白いとは思っていたが、普段日に晒されない服の内側は、さらにきめ細やかな透き通るような肌をしていた。
上は下着を付けていないようで、胸元をそっと手で隠すだけの状態となった。
「拭いてくれるか?」
ベッドにぺたんと座る菜緒がこちらを見上げる。
手だけでは隠し切れていない胸の膨らみに、目が離せないのだが無理やり視線を外す。
背中に濡らしたタオルをあてる。
「んっ……。」
艶めかしい声が小さく漏れる。
「ごめん、熱かった?」
「いや、大丈夫だ。少し驚いただけだ。」
背中、首、腕、順番に拭いていく。
後ろから、お腹の方へとタオルを進ませる。
「すまない、胸の下がよく汗をかくんだ。」
もうどうにでもなれと言われるがまま、体を拭く。
タオルで下から持ち上げるように、その柔らかな膨らみを拭いていく。
「あっ……ん……。」
柔らかな形を崩さないように拭いていくと、
菜緒の声が漏れていく。
「ん、温かくて気持ちが良いな。」
「そうか、良かった。」
年齢の割に発育の良い胸と、それに対する腰の細さが非常に悩ましいが、
相手は病人である。ここは涙を呑んで我慢だ。
上が拭き終わり、パジャマを着せる。
「ありがとう。下も拭いて欲しいのだが。」
そう言いながら脱ぎ始めていた。
そして、下着に手を掛けようとした素振りをしたため、
慌てて後ろを向く。
「もう、向いても大丈夫だぞ。」
振り向いた先には、パジャマの隙間から下着がチラチラと覗かせ、
白く綺麗な足が大胆に露わになっていた。
思わず息をのんでしまった。
相手は病人だと再度決意を重ね、タオルを手に取る。
ベッドに腰かけさせ、足を取る。
太ももの付け根から膝の裏と拭いていく。
足の裏を拭こうとすると、少し菜緒が体をよじらせる。
「足の裏を人に触れるのは、すこし変なくすぐったさだな。」
「すぐ終わるから大人しくしてて。」
「いや、嫌な感じでは無いんだ。
君に体を拭いてもらうのは癖になりそうだ。
元気になった時にもお願いできないだろうか?」
「アハハ……、また今度ね。」
「期待している。」
パジャマを履かせ、ベッドへ寝かせる。
「ありがとう、すごくスッキリした。」
「良かった。けれど、年頃の男の子にはなかなかの苦行だったよ。」
「はは、元気になったら君をスッキリさせてあげるから期待していてくれ。」
無防備な額にデコピンをする。
「痛いじゃないか。」
「良いから、早く治しなさい。」
「そうだな、君を心配させない為にも治さないとな。」
「治すためにもまた寝ると良いよ。」
「もう一つお願いを聞いてくれるか?」
「何?」
「眠るまで、手を繋いでいてくれないか?」
布団の間から手を覗かせる。
その手を取る。
菜緒は満足そうな顏をして目を閉じた。
風邪を引くと、不思議な夢を見たり妙に寂しくなったりと、きっと全て熱のせいです。
年末も近いですので、風邪など引かないように気を付けてくださいね。