短編「スノーすくーる」
吐き出した息は白く、空から降る雪もまた白く街を染めていた。
11月だと言うのに今日は明け方から雪が降っていた。
11月の雪は数十年ぶりらしい。
午後からは暗く厚い雲はあるが雪は降っていなかった。
駅前には、土曜日と言うこともあり大勢の人が行き交っていた。
青年はただ一人、スマホをチラチラと眺めながら周囲を見渡す。
「寒い。」
誰か話し相手がいる訳ではないが、声が漏れ出てしまった。
約束の時間まであと5分程度に迫っていたが、待ち人から連絡が来ない。
――昨日。
呼び出し方は簡素だった。
放課後、部活に行く途中で声を掛けられた。
「君は明日、予定があるか?
もし、無ければ私と会ってくれないだろうか。」
次の日は土曜日であり、特に予定はなかった。
しかし、このクラスメイトに予定を問われる接点など特に見当たらず、
なぜ明日の予定を聞かれるのか見当も付かなかった。
とりあえず、承諾の旨を返事すると連絡先の交換をした。
「ありがとう。では14時に駅前の広場で待ち合わせとしよう。」
そう言うと彼女は、鞄を持ち教室を出て行ってしまった。
彼女は一言で言うと真面目な女子だった。
髪はいつでも一つにまとめられ、厚手の眼鏡を掛け、校則を寸分違わず守るスカート丈をしていた。
成績は優秀で、クラス委員長もこなしていた。
しかし、その堅物な印象と表情の乏しさから男子生徒人気は全くなかった。
僕は隣の席と言うことで会話をする程度なのだが、
そのような彼女から声を掛けられる意味が分からなかった。
しかし、断ると言う判断はできなった。
無言の圧力のようなものと、女性からのお誘いである。
多少の下心で承諾してしまった。
その日の夜、お風呂から上がるとケータイにメッセージが入っていた。
『今日は放課後に突然すみません。
急なお誘いでしたが、了承して頂きありがとうございます。
男性を遊びに誘うと言うことが初めてで、
このように突然となってしまいました。
できれば明日は、お昼を軽めに済ませてから来て頂ければと思います。
14時にお待ちしております。』
メールを読み、初めて遊びに誘われていたのだと理解した。
これはデートなのではないかと、意識したことで少し緊張し始めていた。
そして、次の日となり今の駅前に至る。
時刻は丁度14時を指していた。
「すまない、寒い中待たせてしまったか。」
声のした方へ振り返るとそこにいたのは、委員長のはずだった。
はずだったと言うのは、自分はそこにいる女性が本当に委員長なのか自信が無かった。
「委員長・・・?」
「あぁ、そうだ。何か変だったか?」
変ではなかった。むしろ逆であった。
常にまとめれた髪は解かれ、左側は軽く結われていた。
そして重たい印象にさせていた厚手の眼鏡は掛けられていなかった。
服装もかわいらしい印象を与えるようなニットワンピースにコートを羽織っていた。
そして普段はスカートに隠されて見えていなかった美脚に気が付く。
「可愛い。」
思わず声に出してしまった。
「君に言われると照れるな。」
「あ、いや、ごめんいつもと全然違っていてじろじろ見ちゃって。」
「君が見てくれるなら構わない。」
「そ、そう?」
「あぁ、君の好みを調査した甲斐があった。
立ち話では体が冷えてしまうから、場所を変えないか?」
委員長の提案に僕たちは移動する。
到着したのは1軒の小さなカフェだった。
「君をここに連れて来たかった。
君は甘いものが好きだと聞いてる、
良ければ一緒にここのパンケーキを食べてくれないか?」
「だから、お昼は軽めにだったのね。大丈夫だよ、食べよう。」
「ありがとう、サイズが大きいから一つで良いだろう。」
委員長は注文し終えると、こちらを真っすぐに見据えてくる。
その瞳に少したじろぐ。
「どうしたの委員長。」
「その、私はあまり人と話すのが得意ではなく、
どう話していいか分からない。」
「そうだね、委員長はいつも静かに本を読んでたりするもんね。」
「そうだな、本は良い。いろいろな世界に私を連れて行ってくれる。
しかし、そんな私にも君は良く話しかけてくれる。」
「まぁ席も隣だし、委員長2日か3日で別の本を持ってくるから内容が気になっちゃって。」
「そうだ、今日はその、いつも話しかけてくれる君にお礼がしたくて誘った。
迷惑では無かったか?」
その言葉に初めて委員長の顏に、不安を感じさせるように目線が下を向いた。
「本当に暇だったし、女の子と遊びになんて高校入学以来初めてだからちょっとドキドキしたよ。」
「そうか、良かった。」
少し嬉しそうに委員長の声が弾んでいるように聞こえた。
「普段は眼鏡かけて無いの?」
「この間初めてコンタクトレンズを作ったのだ。
私は視力がかなり弱くてな、普段も基本的には眼鏡を掛けているんだ。」
「そうなんだ、でも眼鏡が無い委員長も良いね。」
「そうか、しかしまだあまり慣れていなくて長い時間つけていられないのだ。
やはり、普段つけている眼鏡は似合っていないか?」
「うーん、少し重たい印象になってるから損かもしれないね。
今度一緒に似合う物を探しに行こうか?」
「一緒に行ってくれるのか?」
「え?あぁもちろん良いよ。」
思わず、次回の予定も取り付けていた。
しばらくすると、パンケーキと飲み物が運ばれてきた。
「美味しいから、食べてみてくれないか。」
委員長が丁寧にお皿に取り分けてくれたものを一口サイズに切り分け、口へ運ぶ。
しっとりとした口当たりと、程よい甘さが口の中に広がる。
「うん、美味しいね。委員長は良く食べるの?」
「良く食べるな。実を言うと、ここは私の祖父のお店なのだ。
そして、私の家でもある。」
「え、そうなの?!」
「あぁ嘘をついても仕方ないからな。」
先ほど注文を取り、運んでくれた人は委員長の祖父らしい。
それを聞いて改めて委員長の祖父へと頭を下げる。
その様子を接客業らしいにこやかな笑顔を返してくれた。
二人で他愛もない話をしながら食べ進めていると、パンケーキはいつの間にか無くなっていた。
委員長は話す事が得意でないと言っていたが、普段学校で接するより話せているような気がした。
話が一区切りつき、紅茶のカップが空になる。
「もし良ければ、私の部屋に来ないか?
本当は外に出ようかと考えていたのだが、今日は足場も悪く寒い。
それに、私の部屋の本で良ければ持って行ってもらっても構わない。」
同級生の女の子の部屋に行くと言うことで、一瞬戸惑ったが、
本に釣られて了承してしまった。
委員長程ではないが、僕も本の虫を自称していた。
「では、こちらだ。」
そう言って店の裏側へ通してもらう。
「お爺様今日もおいしかったです。」
「ご馳走様でした。」
そう二人で挨拶をする。
「あの、お金は?」
「今日は私が先に出している。」
「え、悪いから僕も出すよ。」
「いや、今日は私が誘ったのだ。」
「なら、次は僕が出すからね。」
「君はずるいな、簡単に次と言ってくる。」
「ずるいかな?」
「あぁ、ずるい。」
委員長の部屋は本棚で溢れていた。
「すごい量の本だね。」
「最近は、本棚が足りなくなっているのだ。」
「電子書籍とかにしてみては?」
「わ、私はあまりそう言った電子機器が得意ではないのだ。」
「じゃあそれも今度教えてあげるね。」
「君はやはりずるいな。私が渡せるのは、ここの本くらいだと言うのに。」
そう言うと委員長は本棚から数冊の本を取り出す。
その際、無防備な美脚はタイツではなくニーソックスであることに気付いた。
「足が……。」
また、声に出てしまった。
少し顔の赤い委員長と目が合ってしまった。
「はしたないだろうか?」
「いや、どうしてそんなにも僕の好みを突いてくるのかと……。」
「君の友人達に宿題を見せる代わりに、すまないがいろいろ教えてもらったのだ。」
心の奥で、友人たちに感謝しておくことにした。
「だが、やはり君に見られているかもしれない。と思うと少し恥ずかしいと思うのだな私も。
私は、そう言ったことを気にしないと思っていたのだ。
だが、夏休みの期間中君と話せない日々が続くのがなぜか無性に、落ち着かなかったのだ。
君の事を意識し出してから、どうにも自分の感情の制御が効かない。
これが恋なのだろうか?」
突然委員長は饒舌になったかと思うと、とんでもないことを口走った。
「恋かどうかは、ちょっと僕にも判断できないけれど、
好意を送って貰えてるなら嬉しいね。」
「そうか、もうしばらく今回のように、会ったりできればわかる気がする。」
「そうだね。僕ももう少し委員長の事が知りたくなったかな。」
その後はしばらく、二人で本の内容について語り合った。
その間やけに委員長が密着してきたり、ニットワンピースが多少めくれたりと言ったことがあったが、
それは別の機会の話としよう。
「さっきからだいぶ目を擦ってるけれど大丈夫?」
「あぁ少し目が疲れてきたようだ。」
「そうか、もうすぐ18時だもんね。かなり時間経ったね、そろそろ帰らないと。」
「もうそんな時間か、最後に今日は駅前の広場でイルミネーションの点灯式があるんだが、
一緒に見に行ってくれないか?」
「良いよ、行こうか。」
広場には多少人だかりができていた。
着いた時に丁度カウントダウンが始まった。
「5、4、3、2、1、……点灯っ!!」
広場には無数の光が鮮やかに輝きだす。
ひときわ目立つ広場中央のツリーは年々大きくなっていく気がする。
「綺麗だね。」
「あっ……。」
「どうしたの。」
「コンタクトを落としてしまったらしい。」
「大丈夫?」
「あぁ、ワンデイだから問題ないが、眼鏡が無い。
少し視界が悪いが、後は帰るだけだから気にしないでくれ。」
「いや、危ないから家まで送るよ。」
委員長の手を取る。
「君はやはり、ずるいな。」
空からはまたしても白く冷たい雪がちらちらと舞い始めていたが、
触れ合う手は少し熱いぐらいだった。
きっと、次のデートよりも早く決着しそうな二人ですね。