短編「朝の1コマすくーる」
朝からキッチンでは、包丁の音が一定のリズムで響いていた。
そろそろ彼を起こさなければならない時間が来た。
寝顔を5分ほど眺めているのは、私だけの時間だ。
だが、眺めているのは5分間だけと決めている。
「そろそろ起きないか。」
肩を軽く揺する。
「う・・・。むー。まだ眠い・・・。」
「君のその寝顔を眺めているのも非常に魅力的なのだが、
それでは君が遅刻してしまうから起きてくれ。」
「うー・・・。また、クーは勝手に人の家に入り込んで・・・。」
「鍵を渡してくれたのは君自身ではないか。
そんなことより、おはよう。
朝ごはんが用意してあるから、一緒に食べようじゃないか。」
「おはようクー。顔洗ってくるからちょっと待ってて。」
最近の私は、朝彼の家に来ている。
朝食と昼食用のお弁当を用意してから彼を起こすのが日課だ。
私としては、できることなら一緒に生活して常に生活を共にしたいのだが、
彼は私が高校を卒業するまでは許してくれないようだ。
だが、彼は私のような常識から少し外れている、と言われているような者に優しくしてくれているのだ。
私は彼のその優しさに惚れてしまったのだ。
「どうしたのクー?僕の顏に何かついている?」
「君がそんなにもおいしそうに食べてくれるから、幸せに浸っていただけだ。」
彼は、ほんのり照れたように笑いながら食事を続ける。
どうやら、私が話す内容は表現が直接的過ぎるらしい。
前に嫌なら何とかすると相談したが、そのままで良いと言ってくれた。
私の好きに生きて良いと言ってくれたのは初めてだった。
今まで、私が人に言われてきたことは、『もう少し他人と合わせたらどうだ。』『愛想笑いの一つでも浮かべろ』『勉強ができて顔が良いからってお高く止まっている』という言葉だけだった。
誰からもそのままで良いと、そのままが好きだと言われたことが無かった。
初めてだった。
「ごちそうさまでした。今日もおいしかったよクー。」
ほぼ毎日作っている食事に対して、彼は毎回笑顔でこの一言を言ってくれる。
それだけで私は満足だった。
「お粗末さまでした。」
そう言って食器を片付ける。
「今日は早く帰れそうだから、食器は僕が洗うから置いておいて。」
「これぐらい手間ではないから、私が済ませるぞ?」
「いいよいいよ、毎日ご飯作ってもらってるし、それくらいやるよ。」
「そうか、それならお言葉に甘えるとしよう。」
しばらくすると、準備を終えたスーツ姿の彼が玄関に向かう。
その後をついていくように、私も鞄を持ち、玄関に向かう。
「ネクタイが曲がっているぞ。」
軽く形を整える。
「あぁ、ありがとう。」
「今日は晩御飯のリクエストはあるか?」
「久しぶりにオムライスが食べたいかな。」
「君は味覚が子供っぽくて可愛いな。」
「どうしても何故か食べたくなるんだよね。」
「そうだな、最近君の影響なのか、そう言った料理が私も食べたくなる。ちゃんと責任を取ってもらうぞ。」
そう言った私の頭にぽんぽんと擬音が付くように手を置く。
分かれ道に来た合図でもある。
「それじゃあ行ってきます。」
「あぁ、今日も一日お仕事頑張っていってらっしゃい。」
もちろん制服の上にエプロンを付けたスタイルなのである。