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素直でクールな彼女  作者: わほ
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短編「上京クール」

親戚の子が大学入学で上京するから面倒を見てくれと、白羽の矢が立ったのは先日のことだった。


あれは飲み会の最中に母親からの電話だった。

飲み過ぎていた訳では無いが、判断能力は著しく低かったことを今にして思う。

あの自由人な親から電話とは珍しいくらいの感覚で、店の外に出てから電話に出た。

「もしもし?週末に悪いね」

「いや、別に問題ないけど電話なんて珍しいな」

和穂かずほあんた彼女は今いるの?」

「は?」

「付き合ってる人は、いるのかって聞いてる」

「いや、いないけど」

「そう、なら良かったわね」

「え?何?煽る為に電話かけたなら切るけど?」

「いやいや、本題があるから聞きなさい」

渋々ながらも次の言葉を待つ。

「あんたが親戚の集まりに行くと、必ずくっ付いて歩いていた久遠ちゃん居たろ?」

言われて懐かしい思い出が蘇る。

「あぁ久遠か。しばらく会ってないな」

「そうそう、あの子があんたの家のすぐ近くの大学に合格してな」

「うちの近所ってあの偏差値アホみたいに高いところじゃないか」

「まぁそうね」

「そりゃめでたいわ」

「そ、めでたいからあの子のお願いを聞いてあげたくてね」

「それで?」

「女の子の1人暮らしも心配だからって、向こうの親からも頼まれてね。あんたの所から通うから住む場所の提供よろしく」

あぁ家探しって事かと納得する。

「そりゃ親戚が近くにいれば多少安心だわな」

「向こうの親からもろもろ許可と、お願いされてるから優しくしてやんなね」

「あぁわかった。今外だから詳しくはメッセージで送って」

「話が早くて助かるわ。じゃあしっかり捕まえるのよ」

「何だそ……」

こちらが言い終える前に電話を切った母親は、到着日時と久遠の連絡先をメッセージして来た。


ここで2つの間違いがあったのだが、気づいたのはしばらく先になる。

家探しの手伝いなどした事は無いが、つい先日広めで家賃もお手頃な物件に引っ越しているノウハウはあるから、どうとでもなるだろうと特に気にはしなかったのが1つ目の間違いだった。


当然2つ目の間違いは、家探しを依頼された訳では無い事である。


連休を利用してこちらに1度やってくるらしく、数日前にダンボールで2つほど大きな荷物が届いた。

引っ越し先も決まる前にこれだけ荷物送ってどうするんだと思ったが、まぁ女の子だしいろいろあるのだろうと部屋の隅に積んで置く事とした。


前日の夜に『お久しぶりにお会い出来ることを楽しみにしています。今後ご迷惑をお掛けするかと思いますが、宜しくお願いします。久遠』と、丁寧なメッセージを送られ、頼られる事もやぶさかでは無かった。


当日は東京駅まで迎えに行く事を事前にやり取りで決めていた。

恐らくいるであろう場所に到着し辺りを見回すが、久遠らしい人物が見当たらない。

確か数年前に1度親戚の葬式で久しぶりに話したが、その時は少し華奢な体型に整った顔立ちではありつつも、三つ編みに厚い眼鏡で地味な田舎娘という印象だった。


そんな中で、絹の様な長い濡れ羽色の髪と、春物のコートを羽織る、後ろ姿がモデルのような女の子に目が留まった。

綺麗だなぁと腑抜けた表情になりかけるが、その子も辺りを見回している様で、視線が重なる。

後ろ姿だけではなく、顔もずいぶんと整っており、世の中美人はいるもんだなぁと思っていると、何故かその美人は凛とした表情から少し柔らかな表情に変わり、こちらに向かって手を振り寄ってくるではないか。


「お久しぶりです、兄さん。1人ならまず迷っているところでした」

その声は懐かしい響きだが、当時の華奢な地味っ子女子中学生は驚くべき美人さんへと変貌していた。

「もしかして久遠か……?」

「えぇ、そうです久遠です」

お辞儀に合わせてサラリと長い髪が流れる姿に思わず見惚れてしまう。

「どうかしましたか、兄さん?」

「……あ、いや。ずいぶん見違えたなぁと思ってな」

「もしかして、綺麗になったと思って貰えましたか?」

昔から整っていた事は知っていたが、地味な装いでまったく意識した事は無かった。

「そうだな、数年前はもう少し……大人しい印象だったのにかなり垢抜けたな……うん。綺麗になったよ」

凛とした表情は変わらずに、少し頬が赤くなる。

「昔は地味でしたよね。兄さんに綺麗と言って欲しくて頑張りました」

「俺で良ければいくらでも言うぞ」

年上としてここは軽やかに褒めることができた。

「兄さん……そんな、いくら私でも照れます」

「そうかそうか、それで、今日はどこに泊まるんだ?」

「今日から兄さんのお家ですよ?」

「え?」

「……兄さんの家に荷物が届いてませんか?」

「届いてる……けど、うちに住むって……コト?」

凛とした顔が少し自信が無いように不安な顔に変わる。

あぁ、この顔は知っている。

前回会った時に「私との約束覚えてますか?」と聞いて来た時の顔だ。

もちろん覚えていると答えた時の顔はなかなかの破壊力だった。

その時は、高校生でカッコつけたい年頃だった。「久遠が素直でクールなお姉さんになったらね」わざとらしくはぐからかしていた。

正直当時の自分を殴りたい。


一瞬別の方向に思考が流れていったが、ここで初めて自分の勘違いにたどり着いた。

「私、兄さんを困らせたくないので、迷惑なら迷惑と言ってください」

「ごめん、完全に勘違いしてたわ俺……」

今にも泣きそうな久遠はキュッと結んだ唇を震わせる。

「いや、泣くなよ?!迷惑じゃないからな!一緒に住む心構えができていなかっただけで、迷惑じゃないんだ!」

必死に泣きそうな久遠をなだめる。

「……迷惑じゃないなら、今日は一緒に寝ても良いですか?」

「そりゃもちろん良いから、だからな?こんな駅の真ん中で泣くなよな?」

「言質取りましたから約束ですよ?」

おや?今何を約束した?泣きそう事に焦って全肯定してしまった。

急にケロりとした様子で機嫌を直す久遠に、何を約束したかも分からずに一安心する。


「ちょっと、久子さんに電話するから待ってて」

短い電子音が鳴ると、久遠の母親である久子さんが電話に出る。

「もしもし久子さんお久しぶりです。和穂です」

「あら、和くんお話するのはご無沙汰でしたね。もしかして久遠そちらに着いたのかしら?」

「えぇ、ハイ。先程合流しまして……それで、あの、今後一緒に住むと言うのは承知している話でしょうか?」

「あらあら?もしかして、千穂ちゃんから詳しく聞いてない?」

久子さんの言う千穂ちゃんは俺の母親で、久子さんとは遠いが親戚であり、年齢も近いため仲が良かったそうだ。

「母さんはこっちに久遠が来るから面倒見てくれぐらいの話しか……」

「あら、そうなのね。ところで、久遠の事どうかしら?中学の頃に和くんと約束してから、随分と可愛くなったと思わないかしら?」

「そ、それはもちろん綺麗になったなと……」

「なら、問題ないわね。あの子、和くん一筋だから大切にしてもらえると嬉しいわ」

「そ、それは、もちろん大切です」

「えぇ、それなら同棲も問題ないわね」

「そんなあっさり?!」

「どこの馬の骨か分からない男ではないもの。問題ないわ」

混乱する頭をフル回転させて言葉を捻り出す。

「責任を持って、久遠をお預かりします」

「あら、そんな他人行儀じゃなくて良いのよ?家族の一員みたいなものよ」

「いえ、そんな気が早いですよ」

「そんな事はないと思うけれど、また今度聞くわね」

「は、はい」

これで電話を切ろうかと考えていると、続きがあった。

「そうそう、大切にしてねとは言ったけれど、手を出すなと言う訳ではないからね。と言うか、和くんの方が逃げ場を用意しないと大変かもね」

「それはどう言う……」

「まぁ、末長く娘をよろしくねと言うことよ、それじゃあね」

「あ、はい、失礼します」

そう言うと、通話は切れていた。


「お母さんは何と?」

「末永く娘をよろしくされてしまった」

「そうですか、では改めてよろしくお願いします」

姿勢良く下げられた頭が上がると、凛とした真っ直ぐな視線に鼓動が早くなりそうになりながら、乗り換えのホームに移動した。


「ちゃんと伝えないと……」

久遠には聞こえない声で小さく呟いた。


ーーー


電車に揺られること30分、最寄駅から10分の徒歩で我が家にたどり着く。

「お邪魔します」

玄関で丁寧に靴を揃えた久遠を迎え入れる。

「いらっしゃい」

「これからは『ただいま』になるんですかね?」

「そうかもしれないな」

つい曖昧な返事をしてしまう。


初めて来る家に慣れないといった様子ながらも、どこか嬉し気な久遠をリビングに通す。

1sldkの我が家は、小さい部屋を物置代わりに使っていたが、正直部屋を余らせていた。

とりあえず今週中に、この部屋を片付けて久遠に渡す事を約束した。

部屋の説明をしつつも落ち着かない様子の久遠に「トイレならさっきも伝えたが、あっちだぞ」と指をさす。

「いえ、何だか、兄さんの匂いがいっぱいでクラクラして来ます」

「掃除は昨日したから臭くはないと思うが……」

「臭くなんてないです!むしろ良い匂いに包まれてマズイです」

表情はそれほど変わらないのに饒舌な久遠に苦笑いする。

「それは慣れてくれ」

もろもろ片付けなければならない事や決めるべき事など思い浮かぶが、とりあえず一息吐くためにお湯を沸かす。

「コーヒーと紅茶どっちが良い?」

「私が入れます」

「それは今度で良いから、今は座っときな」

「では、紅茶が良いです。そして、次は私にやらせてくださいね」

リビングにはソファと仕事用のパソコンデスク、小さなサイドテーブルしか無く、自分は椅子に座り、久遠をソファに促す。

手渡したカップに久遠は息を吹きかけ少し冷ますと、口をつける。

「美味しいですね、この紅茶」

「あぁ久遠が来ると思って仕入れといた」

「やっぱり兄さんは気が利く人です」

「まぁな」

「それに広くて綺麗な部屋ですね」

「そうだろう、そうだろう」

外見は古いが、中はフルリフォームで新品同様、ついインテリアまで凝ってしまったから、なかなか気に入っている部屋だった。

「あの、兄さん」

カップを置いた久遠が姿勢を正す。

「何だ改まって?」

「あの約束を覚えていますか?」

やっぱりこの話か。

「いや、その前に聞いて欲しい事がある」

「はい、何でも言ってください」

見方によっては怒ったような、固い表情で真っ直ぐに見つめてくる。

これから話す内容に思わず視線を逸らしてしまいそうになる。

「すまないが実は、約束についてはこの間連絡を貰うまで忘れていた」

久遠の表情を見る事ができなかった。

「そう、ですか。でも!」

その先を言わせる前に手で制する。

「大学3年の頃に彼女ができてな。ついこの間まで付き合ってたんだ。この部屋もその子と住めたら良いなぁと思って前の部屋より広くした」

「そう……でしたか」

震えた声がした。

「でもな、その元彼女さ。こっちが引っ越しの準備始めてたら、あっさり浮気して居なくなったわ」

「浮気ですか……?」

「そ、何か職場の先輩の方がお金持ちで、イケメンで、あんたみたいに優しいだけじゃ無いんだと」

「されは、何と言うか酷すぎます」

「正直、ショックが大き過ぎて何も言えなかったわ」

「兄さん……」

「この部屋はその元彼女を考えて引っ越した家で、約束も忘れてたような男に対してさ、久遠はそれでも約束の話を言ってくれるのか?もちろん、嫌なら新しい家探しも手伝うし、しばらくはこの家に泊まるのも構わない。久子さんにも俺からきちんと伝えておく」

よく懐いてくれていた、妹のような子にこんな事を言う俺自身が嫌になる。

「兄さん。私を甘く見ないでください」

先程の震えた声色は一切無くなっていた。

「もし、彼女が既に居るのであれば私は身を引きます。ですが、今はいないんですよね?」

「あぁいないよ」

「なら、何の懸念もありません。私は改めて兄さんに言います」

久遠は胸に手をあて、軽く深呼吸する。

「私を兄さんのお嫁さんにしてください」

何て真っ直ぐな瞳でこの子は見てくるのだろう。

十数年想い続けてくれたこの子に対しては真剣に答えるべきだ。

久遠が俺を見限るまでは、この子の願う男でいよう。

「わかった……と言いたい所だが、お嫁さんは大学卒業してからでも良いか?」

「一緒の家に住むんです。4年くらいにすぐですね」

ソファから立ち上がり、気合いを入れるような素振りを見せる。

「まずは普通にお付き合いから始めよう。久遠が俺の事を好いてくれる間は、一生懸命幸せにする」

久遠は立ち上がると、椅子に近づいてくる。

「いえ、二人で幸せになりましょうね」

そう言って、いつの間にか硬く握っていた拳の上に手を重ねてくれる。

「あぁ、精一杯に」

その手を緩ませ、指を絡めるとわずかに久遠は頬を染めるのだった。


お久しぶりです。

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