短編「記憶に残すくーる」
男の子と女の子名前は、以前書いてる話と変わらないですが別人です。
常に眠たげな瞼はどこか憂いを帯びた表情で、細く長い艶やかな長髪に、小柄で整った顔立ちは庇護欲を誘う。
授業中は寝ているのか起きてるのか分からない程度に上の空で、テストの時は誰よりも早く解き終わり、同じように上の空だった。
それでも、いつも成績は上から数えた方が早い。
彼女の名前は須直 久遠。
それなりの名家に生まれ、才色兼備。見た目から感じる守りたい雰囲気とは対極的に、歯に衣着せない物言いが真っ直ぐでクールビューティーと評判も良かった。
とある事情から文武両道とはいかないが、人気の高い彼女は日々様々なアプローチを受けている。
しかし、彼女はどれほどの男性から声を掛けられようと一切振り向かなかった。
「私、既に心に決めた方がいるので。お断りします」
その一言で男女問わず、純も不純な感情もすべては鎧袖一触と言った状況である。
では、心に決めた方とやらは誰か?
同級生でもあり、幼い頃からの知り合いであり、現在進行形で彼氏の稲荷 和穂だった。
スペックで言えば、平々凡々。ド庶民。
勉強も運動も嫌いじゃないから、そこそこはやる。
それでも何か成績を残せるかと言えば、何も残せないだろう。
そんな自己評価。
最初こそ釣り合わないだの、何でお前なんだとやっかみを受けたが、そんなものは久遠が全て退けた。
男らしく無いだのと言う奴もいるが、こちらが何か言う前に全て切り捨てるのである。
「彼の良さが分からないなら、いくらでも語りましょう?そらで納得頂けないのならそうですね。膝を撃ち抜いて差し上げます」
そう言って黙らせた。
膝を撃ち抜く。
歯に服を着せるどころか、随分と物騒なことを言う彼女である。しかし、それは彼女自身の足の状態がそれなりに周知の事実であることが関係してくる。
彼女は幼い頃に事実として、膝を撃ち抜かれた。
後遺症で今でも、左足の膝は他人よりも幾分不自由だった。
リハビリのおかげで杖なしでも歩けるが、基本的にはどこに行くにも右手に杖を持つ。
油断や疲れ、何も無くても膝が抜け転びそうになる。
そんな時にいつでも支えられるように。
なるべく彼女の側にいる。
彼女が膝を撃ち抜かれる現場に居合わせ、命は救えても、足は救えなかった。
まだ幼かった二人はたまたま銀行に居た。
居合わせたのは偶然で。
その日、銀行に強盗が入ったのは不運だった。
三人の強盗は手際良く、店内にいた人を一箇所にまとめると二十人は居たであろう人の中で一人の足を躊躇なく撃った。
苦痛にうめく大人を連れ出せと、大人十五人を解放した。
残ったのは子供二人と大人三人だった。
うちの両親も、彼女の両親も抵抗しようとすると、別の人が撃たれた。
彼女が口を開く「私残るから」と。
彼女も自分のせいで他の人が撃たれることが怖かった。
自分は頷くことしかできなかった。
残った五人になると、突然大人三人が立ち上がる。
「おじさん達撃たれちゃう!」
「撃つって、これでかい?」
三人はそれぞれ手に銃器を持ち出す。
幼いながらも理解してしまう。
「おじさん達も悪い人達だったんだ……」
「そうだよ。おじさん達は極悪人さ。そしてこれからは大金持ちの極悪人になるんだ」
奥の金庫に一人の男が立つと、パソコンを片手に長い数字を打ち込む。
短い電子音と共に金庫が開くと、中には見たこともないほどのお札と金が置かれていた。
それはものの数分で運び出されると、床の一箇所が開く。
強盗は床下にも巣食っていたのだった。
全て床下へと運び出されると、次は三人分の死体が並べられた。
僅かな刺激臭に吐き気がしたのをよく覚えている。
そして、これらの支度はこれから起こる事に対する偽装工作。
当時はすぐに分からなかったが、部屋の各所に設置された爆弾のタイマーを起動させると、犯人の一人が近づいてくる。
「あと十分もすればここは粉々になる。残念ながらガキの死体はお前ら自身でなってもらう。だが、ガキが死ぬのは不憫だからなぁ?チャンスをやろう。出入り口は全てガッチリ封鎖して、そこの地下への通路もすぐ塞ぐ。もし出られたら命は助かるかもなぁ?」
下卑た笑いを浮かべた男は、立ち上がると銃口をこちらに向ける。
「二発の銃声がゲームの始まりだ」
乾いた銃声は二人の幼い足を貫く。
少女は膝を撃ち抜かれ、少年は太ももが引き裂かれた。
「わりぃ!当たりどころが悪かったな!あばよ!!」
男はそれっきり床下へと消えて行った。
あまりの痛みで一瞬意識が飛んだが、さらに痛みで起こされる。
痛みは燃えるような熱さに変わり。
感覚は薄くなっていた。
這うように床下に繋がる場所に行くが、そこは固く閉ざされている。
辺りを見まわし近くに並べられた死体と同じようになるのだと思うと、頭がスーッと空っぽになる。
「ねぇ……君……名前は?」
酷く辛そうな声で彼女は呼びかけてくる。
「かずほ。……君は?」
「……くおん……だよ。私達、死んじゃうんだね」
痛みと恐怖でぐしゃぐしゃになった彼女。なんとか元気付けたくなった。
彼女の隣まで這いずり、手を伸ばす。
「最後まで……ぼくは一緒だぞ」
脂汗を浮かべながら、何とか笑顔を作る。
「死ぬまで……一緒」
必死に強がった笑顔で彼女は手を取る。
二人で這いずるように進み、壁を背に寄りかかる。
タイマーは残り三分。
「外……出られそうにないね」
いくら周りを見ても出口は無かった。
「あのおっきい金庫開けられたら……」
番号を打ち込むらしいが検討もつかなった。
「わたし……さっき見てたから……覚えてる……開けたら助かる?」
「金庫ってすっごく硬いらしいから助かるかも!でも、見てただけでわかるの?!」
藁にもすがる思い。
二人で手を取り合い、何とか金庫にすがる。
まともに立てない彼女の言うままに数字を打ち込む。
最後のボタンを押すと、『ピッ』と電子音が響く。
金庫の扉を開き、彼女を先に入れようともがく。
タイマーは残り10秒だった。
死に物狂いで、中から扉を閉じる。
閉じ切る直前、激しい爆音と爆風に押し閉められた。
酷く揺られ、意識はそこで途切れた。
目が覚めるとそこは病院だった。
しかし、ここがどこかなんて事より「くおんはどこ?」とずっとベットの近くにいてくれたであろう両親に聞いた。
両親が答えるより先に「かずほくん!」と声が隣のベットからした。
「くおん!」
「私たち生きてるよ!」
「うんっ!」
生きてる事が嬉しくて、ボロボロと泣いた。
しばらく二人で目を真っ赤に泣き腫らすのだった。
後の五億円強奪爆破事件と呼ばれる事件で奇跡的に生き残ったニ人は、当時の新聞では話題になった。
犯人については、久遠の活躍が大きく寸分違わない似顔絵を警察官と仕上げすぐに捕まった。
「私ね、見た物を絶対に忘れない」
病院で聞いた彼女の特別な能力。
だからこそ一度見た暗証番号も覚えていた。
でも、見ているのは疲れるし、使い方が今までよく分からなかったと。
「私……今は忘れないことが嬉しい。かずほ君が手を差し出してくれたこと。それに……」
彼女は照れながらも言葉を続ける。
「死ぬまで一緒」
その約束は今でも続いていた。




