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素直でクールな彼女  作者: わほ
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短編「サマーすくーる」

いつもより長めにしては、最後まとめるまでが沼ってしまったので供養がてら投稿します。

うだるような暑さの中、学校への道を歩く。

アスファルトで舗装された道は、これでもかと熱せられ陽炎すら見える有様の中、目の前にはそんな暑さを感じさせない涼し気な顔をした幼馴染のクーがいる。


「あづい……なんで、そんなに澄ました顔で歩いてられるんだ」

長い髪をサラリと流し、振りむいた彼女は普段通り感情のわかりにくい表情のまま、涼やかな声を響かせる。

「こうも日差しが強ければ、暑くない者はいないだろうな。かく言う私も非常に暑い」

本当に暑いのか表情だけではいまいちわからないが、鞄から扇子を取り出し扇ぎだした姿を見るとやはり人並みに暑いのだろう。

そして、その扇子には見覚えがあった。

「その扇子毎年使ってるんだな」

「君から貰った物だからな。大切に使わせてもらっているよ」


いつぞやの旅行先でお土産にと渡した物なのだが、夏場になると毎年使ってくれているらしい。

黒塗りに望月が浮かび、兎が跳ねるという何とも若者向けとは思えないモチーフだが、彼女は兎が可愛らしいと気に入っている様子だった。


「ほら、君にも風を送ってやろう」

そう言って彼女は、パタパタとぬるい風を届けてくれる。

「ぬるい……が、無いよりましか……」

「今日行けば、明日から涼しい部屋で過ごせるのだからいいじゃないか」

夏休みを目前に控えた終業式当日ということもあり、先日のテスト期間より幾分足取りは軽いはずなのだが、夏本番の気温を連日叩き出す予報と、それを裏付ける早朝からの暑さが足取りに重りを付けていた。


そんな道のりも数十分も歩けば学校へたどり着くもので、ようやく冷房の効いた教室へ入れると足に付いた重りも取り外される。


廊下を進むと、いつもなら冷気を逃さないように閉め切られた教室なのだが、おかしいことにありとあらゆる窓が開いている。

嫌な予感がじわりと背中を流れる汗とともにやってくる。


日陰となった教室はわずかに気温が低くとも、外気温と変わらぬ暑さだった。

「なんでエアコンついてないんだ?」

思わず低い声でつぶやいてしまう。

入り口付近にいたクラスメイトは、操作ボタンを指さす。

「好きなだけ運転ボタン押してみ」

横にいたクーが壁に設置されたボタンを押してみるが、反応がない。

「職員室で制御しているからじゃないか?」

「学校全体でエアコンの制御基板の故障で使えないんだと」

「マジかよ……」

既に到着しているクラスメイトは、各々下敷きやノートをうちわ代わりに風を送っている。

「つかないものは仕方ないな」

早々に諦め自身の席へと向かうクーの後を追い、彼女の後ろの自席に鞄を置く。


ホームルームまで20分ほど時間がある。ひんやりとした汗拭きシートの感覚を楽しみつつ、べた付いた肌をすっきりさせていく。

クーはといえば、特に授業の予定もないため既に渡された夏季課題を取り出し回答を記入していくのだが、さすがに暑いのか長い髪をまとめだす。

少し高い位置でまとめられたポニーテールと、白いうなじにわずかに浮かぶ汗が妙に生々しいなと思いつつ目をそらす。

2枚目のシートを額に乗せ下敷きで扇いでごまかす。

「後ろからいくらでも見てくれて構わないから、私も一枚貰って良いか?」

こいつ後ろに目でも付いているのか驚きつつ「はいよ」と適当に渡すが、彼女は「ありがとう」と何事もなく受け取る。


まぁ見てて良いと言うなら存分に。

切れ長の目は閉じられ、顔を丁寧に拭いていく。

ごしごしと拭かないあたり、幼馴染でも育ちの違いを感じる。

そうして首へと下がっていくと、律儀にすべて閉じられたボタンを一つだけ外す。

わずかに覗く華奢な肩に視線が吸い込まれるが、今回は逸らさない。


堂々と見ていると後頭部をスパンッと叩かれた。

「このくそ暑い中、教室内の気温上げないで貰える?」

いつの間にか登校していた、後ろの席の級友スーだった。

正確にはクーの友人であり『クーを嫁にしたければ、アタシを倒してからにしてもらおう』なんてクーの父親と同じようなことを宣うやっかいな奴だった。

クール系美人と元気系美人のクラス内人気投票を二分する二人に囲まれて、他の男友達からは殺意に近い視線を向けられることもしばしばなのだが、すまんうちの幼馴染は渡せん。

「俺は無実だ」

「いーや、クーへの熱い視線でこの教室1度上がったね」

「それなら、お前の行動でも1度上がったね」

などと下らない言い争いに興じていると、クーはすでに拭き終わっていた。

「おのれスー。お前のせいで、いろいろ見逃したじゃないか」

「いい気味ねっ!」

やれやれと言った様子でクーは「君はもっと薄着の私も見慣れているだろう」と燃料を投下する。

おっと、クラス全体からもやや刺すような視線を感じる。

「水着とか部屋着の話だからな?」

「それ以上内側を見ていたら、私がその目をつぶしているところだったわ」

クーが更に燃料を投下する前に切り上げたいと思っていた所で、予鈴と共に教師が入ってきたことで、凄惨なスプラッタ現場は避けられた。



ホームルームは手短に終わり、各自終業式のために体育館へ移動する。

終業式は話を適当に聞いていればいつの間にか終わっている物で大した事はないのだが、校長の話が長いのはあらゆる中高生の悩みなのだろう。

しかし、『心頭を滅却すれば火もまた涼し』と言うことわざを引き合いに出し、実際は暑いものは暑く熱中症は命の危険もあるため、水分の摂取を呼びかける真っ当な内容に聞こえた。

終業式さえ終わってしまえば、夏休み期間中の諸注意を担任から聞き、昼前には放課後となる。


放課後、クーがそっと耳打ちをしてくる。

「良いところに行かないか?」

一体どんなところなのかと青少年の健全な邪心で考えつつ肯定する。


しかし連れてこられたのは、学校の近所のコンビニだった。

「いや、涼しくて良いところだけどさ……」

「君のお母様からお昼代を預かっていてね」

そんな話は息子なのにまったく聞いていないのである。

「コンビニ弁当で良いのか?」

「コンビニで食べ物を買って、学校で食べるのはちょっと悪い事してるみたいで楽しくないか?」

普段であれば、理由もなく日中コンビニに行く事はできない校則なのだが今日は違う。

もう夏休みなのだ。

そんな日にクーは小さな校則違反ごっこを企んでいたらしい。

仕方なく付き合い、適当におにぎりとホットスナックで唐揚げをチョイスしようかと考えていると。

サンドイッチを持ったクーに袖を引っ張られる。

「アイス食べないか?」

クーにしては良い提案だ。

それぞれ抹茶といちごのカップアイスを手に会計を済ませる。


「学校で食べるにしてもどこにするんだ?」

慣れないと分かりにくい企み顔をしたクーは「とっておきの場所がある」と構内を進む。


「とっておきって生徒会室じゃないか」

「気がついていないようだから教えてあげよう。生徒会室は冷蔵庫完備で、エアコンは旧式の個別管理。これがどういう事か分かるかい?」

「……まさかお前……天才か?」

「この作戦のために作業を前倒し前倒しして、この日の生徒会はなくしたんだぞ」

こいつの行動力はたまに呆れるほどである。


適度にエアコンの効いた部屋は圧倒的に快適で、暑さで失せかけた食欲も持ち直す。

昼食を早々に食べ終え、それぞれ冷蔵庫からアイスを取り出す。


木のスプーンでひとすくい。

口に運べば広がる冷たさと甘みで幸福感に浸る。

「学校でアイスを食べるなんて、背徳感のせいかいつも以上に美味しい」

クーにしてはかなり嬉しそうな顔で、アイスを頬張っている。

わずかに緩んだ頬。幼馴染じゃなきゃ見逃してたね。


ふと目が合う。

「どうした?いちごも食べたいのか?」

仕方ないなというような表情で、少し多めに乗せられたスプーンをこちらに向ける。


こいつと言う奴は、普段の姿はクールを装っていると言うか、クールに見える。

しかし実のところ、くるくると感情を変えている。

暑さで不機嫌になり、挑発的な事を言うようになるし、学校でアイスを食べるだけで幸せそうな雰囲気を漂わせるのだ。

クールな雰囲気で人気が出ているより、よっぽどこちらの方がかわいいのだ。

ほら、今だって差し出されたスプーンからこっちがパクりと食べるだけで緩みきった顔で「うまいか?」なんて聞いてくる。

「いちごもたまには良いな」

「そうだろう?ちなみに私はお返しに抹茶を『あーん』として欲しい」

欲望もそこそこダダ漏れだった。

餌を欲しがる雛に望み通り口に運ぶ。

それからは上機嫌に夏休みの予定を決めていく。


夏休みへの上がった熱量と2人の空気はエアコンで気温の下がった部屋には丁度良かった。


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