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素直でクールな彼女  作者: わほ
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短編「転校生は素直クールな女の子」

こちらは「TxT Live」と言う物書き向けのライブ配信サイトで書いた短編となります。

内容的には、個人的に王道風な素直クールです。


書いている光景はこちらのURLからどうぞ。

https://txtlive.net/lr/1599495393734

夏も終わり新学期が始まろうとしていた。

うだるような暑さが外を包んでいるが、教室にはエアコンの冷気で快適な空間を作り出していた。

予鈴と共に先生が机を持ち、教室へと入ってくる。

「今日のホームルームを始めるぞ。転校生が来てるから静かに」

その一言で教室はさらにざわめき始める。


しかし、そのざわめきも教室へ足を踏み入れた一人の女生徒の登場で静まり返った。


女生徒は艶やかな黒髪を伸ばし、整った目鼻立ちは凛とした猫を思わせる様で、教室の誰もが息をのむほどだった。

その一挙手一投足に注目を集める彼女は、口を開くことでより魅力が増していく。

「はじめまして。須直空すなおそらです」

鈴の音のような声がリンと響く。

彼女は静かな教室を一度見渡す。見渡した教室の一点へと一瞬止まったような気もしたが、おそらく気のせいだ。

その視線が自分と合った時に、口角が上がったように見えるのもきっと気のせいだろう。


また、彼女は正面を向き堂々とした様子で、挨拶を続ける。

「こんな中途半端な時期に転校なんて不思議に思う人もいるかもしれないが、親の都合なので大した面白い話もありません。前の学校は割と堅苦しい学校でしたので、こちらでの高校生らしい高校生活を楽しみにしています」

少なからず含みを持たせた挨拶が終わると、先生が空いている窓際最後尾だった自分の後ろへ彼女の席を置いた。


彼女も先生の後に続き、机に鞄を降ろしつつ、自分へとまたしても視線が合う。

「はじめまして。稲荷君いなり楽しい学校生活になりそうで私はうれしいよ」

「あぁよろし……今名前……呼んだ?」

自己紹介などした覚えもないし、初対面のはずである。

彼女は口元に手を添えて、くすりと笑う。

「実ははじめましてではないが、君は覚えていないだろうから、また時間が空いた時に話したいな」

思わず怪訝な面持ちで見上げてしまったが、事情が知りたい欲が上回り、首肯で答えた。


休み時間は基本的に彼女の机の周りに女生徒が集まり、自分の机は毎時間占拠されてしまった。

彼女と話したいが、近づくタイミングの取れない男子生徒の群れに混ざり、自身の机が蹂躙される様を他の男子生徒からは慰められつつ、運の良い席になったお前が悪いと文句まで受け付ける必要が発生した。


新学期初日と言うこともあり、ろくな授業もなく早めに終わる学校に喜びを覚えつつ、帰りの支度をする。

転校生はと言えばクラスメイトに囲まれており、入る隙が無かった。

しかし、その隙は彼女自らこじ開けるのだった。

「すまない、帰る前に話したい人がいるんだ。少し道を開けてほしい」

そう言って人込みをかき分けるようにして、自分の前に現れた。


「稲荷君すまない。私から話したいと振っておいて放課後まで時間が取れなかった」

「あの……いやそれはいいんだが、周りがめっちゃこっちを見ていて恥ずかしいんだけど」

転校初日から美少女が、特定の男子生徒のために、ガールズトークを打ち切って近寄る。

そんな面白そうな事件が、身近で起こったのだ。帰る素振りを見せていたクラスメイトや隣クラスの連中も廊下からこちらの様子を見ているようだった。

「そうだな、こう衆人環視では落ち着いて話もできないから、家の方向も一緒なんだ。一緒に帰らないか?」

そう言いながら、彼女は腕を引っ張るように、教室から多少強引に自分を引っ張り出した。

教室内からは濁点の付いた「あ?」の声が響く。


これは、明日俺の机消えてるかもしれないなと、内心で机に別れを告げ。割と力の強い彼女になすがまま引っ張られていた。


ある程度人を撒いた帰り道、自分は自転車を押し、彼女は姿勢よく隣を歩く。

高校生活でこのような光景を夢見たこともあったが、いかんせん状況と相手のことが全く分からなかった。

「な、なぁ?」

「ん?どうした稲荷君」

「須直さんと俺って知り合いだっけ?」

彼女の凛とした表情に一瞬陰りが差したように見えた。

「私のことは昔クーと呼んでいたんだが、覚えていないか?」

クー?飲み物でそんなものがあったような気もする。いやいや、今そんなボケをかましている場合ではなく、記憶の片隅に感じている引っ掛かりを必死に手繰り寄せる。

クー……クウ……空……あっ。


小さな頃の記憶がと共にポツリと呟く。「空って『くう』って読めるんだぜ?」と小さく口から出たそのセリフは、小学生低学年だったか、それより前の記憶にあるとある女の子へ向けたひと言だった。

「稲荷君がクーと私を呼んで。私が稲荷君をカズ君って呼んでたんだ」

彼女はぽつりぽつりと当時の楽しかった思い出を語り始めた。

厳しい家庭で育ったクーを密かに遊びに連れ回した稲荷少年は、当時小綺麗な服を着た見かけない女の子を「お前全然遊び知らないんだな?俺がいろいろ教えてやるよ」と口説き落としていたのだ。

男の子と遊ぶことなどなかった彼女は、その思い出を大切に温め続け、ようやく見つけた彼の情報を頼りに、この高校へと強引に転校してきたとのことだった。

当時は元気ハツラツな男の子だったなぁと思いつつ、隣を歩くクーへと懐かしさからかこちらの表情も心なしか緩み「はじめましてじゃないじゃないか。久しぶりだな」と笑いかける。

彼女の凛とした顔は、次第に頬が赤らんでいく。

「久しぶりに会えてうれしいのに、その当時みたいな笑顔はずるいぞ」

堂々とした雰囲気はどこへやら、おどおどとした様子を見せる。

その様子がどこかおかしく、楽しいと感じてしまう。

「俺は昔からこんな感じのままだよ。また、昔みたいに遊ぶって訳にはいかないだろうが、高校生なりに宜しく頼むよ」

「あぁ……そうだな。これからも私は私の意志で君といると決めたから、末長く宜しく頼むよ」

楽し気に見える涼やかな顔と、懐かしい笑顔が見つめあう。


残暑の続くまだ日の長い放課後に並ぶ二人の短い影は、当時の幼い頃の小さな影のように寄り添うように進んでいく。

そっとその影を目にする彼女は願う、これから始まる私と彼の生活に新しいはじめてをいくつも増やすのだと。


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