短編「燻らす気持ちを白く吐き出すくーる」
喫煙シーンが入るので、あしからず。
日中の暖かさは日が暮れるにつれて、心地よい涼しさへと変わっていった。
風呂上がりの火照った体は、冷蔵庫に入っている缶ビールを無作為に掴みベランダへと足を向かわせていた。
夜風が心地よく、キンキンに冷えた缶はカシュッと音を響かせ、喉へと流れ込む勢いとなる。
「あぁ……このひと口最高だわ」
我ながらありきたりな感想を呟きつつ、ベンラダに寄りかかりふた口目をいただく。
「まったく、二十代前半でそのオヤジ臭さはやめた方が良いんじゃないか?」
隣の網戸が開くとと共に、これまた涼やかな声が聞こえた。
「良いだろ美味いんだから」
「この間までそんな苦いもんよりコーラだろって、言っていた奴が良く言う」
そう言って仕事から帰ったままらしい彼女も缶ビールを一本手にして、ベランダからこちらを覗き込む。
「いつの話してんだよ」
子供扱いされた事に少々口を尖らせるが「ほら、乾杯だ」と、彼女からの申し出に缶を近づける。
「乾杯」
半分ほど減った缶を打ち付ける。
彼女は少し嬉しげに、喉へと流し込んでいく。
ゴクゴクと終わらないひと口がしばらく続く。
「ふはぁ。仕事終わりには最高だな」
350mlの缶が一息で無くなりそうなその飲みっぷりを見て「どっちがオヤジ臭いか分からんぞこれ」と呟く。
「聞こえてるぞ」
缶を脇に置き、手慣れた手つきで紙巻タバコへと火をつけた彼女は、白い煙を吐き出しつつ、ほのかにこちらを睨みつける。
「缶ビール持って、タバコくわえたOLなんて世の中の男子大学生は認めないんだよ」
彼女はクックッと控えめに笑い、露出した鎖骨と決して控えめではない、寄せられた胸を強調した姿勢でこちらを真っ直ぐ見る。
「君も否定派なのかね?」
ぐぬぬ。強力な視線誘導に屈する若き自分が憎く思うが仕方ない。
「賛成派です」
「素直でよろしい。お姉さんは素直な君が好きだよ」
そう言うと、タバコへと口をつけ緩やかに燃焼させていく。
「なぁ、それってそんなに美味いのか?」
「百害あって一理なしとは良く言うが、時と場合によっては美味いな」
そう言いながらも彼女は美味そうに白い息を吐き出した。
「そうか、美味いのか……一本貰っても良いか?」
彼女は缶から1本取り出し、差し出す。
「ライターは?」
「一度やってみたかったことがある」
そう言うと、くわえタバコのまま顔を近づけてきた。
「え……?」と思うわず後ずさってしまった。
「なんだ、知らんのか?」
彼女は少し残念そうに教えてくれた。
タバコを吸いながら彼女の火種へと当てることで火をつけるらしい。
「ん……」
彼女の半分ほどの長さに減ったタバコへと近づける。
思いの外、顔が近い事に少し驚く。
彼女の閉じた目と長い睫毛、思わず見惚れそうになるが、慌てて火種を得る事に集中した。
何度か吸い込むと、煙が肺にダイレクトにやってきた。
「ゲッホォッ!!ゴッホ!!」
当然のように盛大に咳き込んだ。
「途中までいい雰囲気だったんだが……大丈夫か?」
心配そうに覗き込む彼女へと返事をしたいが、肺が異物の侵入に反応して止まなかった。
「ゆっくりと吸わないと、美味しさは分からないんだ。まぁ最初はそんな感じに咳き込むんだがね」
しばらくして、ようやく呼吸が落ち着いたところで、もうひと口。今度は慎重に吸い込む。
咳き込まずに、ほのかに甘さを感じた。
「甘い……かな?」
彼女は興味深そうに「ほう、ふた口目で甘さを感じるとは意外だな。吸いすぎ注意だぞ」
「毎晩ベランダで吸ってるやつが言うか」
「私のルーティンだからな」
落ちそうになる灰を灰皿に落とし、彼女は残りのビールを煽る。
「君とのベランダの会話も、燻らすタバコも私の大切な時間なんだよ」
彼女の優しげな声に、鼓動が煩い。
「俺も楽しいよ」
「そうか。楽しいは嬉しいな」
彼女はもう一本手に取り、今度はこちらの火種を要求する。
「そうだ、これのことをシガーキスと言うんだ。ちなみにファーストキスなので、大切にしてくれ」
またしても、夜空に向かって盛大に咳き込んだ1日の終わりだった。
素直クール「マンションの住民によっては、ベランダでの喫煙で苦情が来るから注意だぞ」




