短編「すくーる」
使用している名前は似通っていますが、「くーと呼んで欲しい。」とは別のお話です。
月曜日の朝はいつだって憂鬱で、布団から出るのは億劫だった。
「そろそろ起きないと遅れるわよ和保くーん!」
下の階から母親のおっとりとした声が響き、そろそろ布団から出ないとならないらしい。
いつもの道のりで、いつもの教室に時間ギリギリで入る。
席に着くとほぼ同時に朝のホームルーム時間を迎える。
その日のホームルームはいつもと違っていた。
先生が机と椅子のセットを抱えている。
「今日は転校生が来ている。
日直はこの机をそこの窓際の最後尾に置いてくれ。」
机が運ばれたのは、俺の真後ろだった。
日当たりも良く、後ろに誰もいないベストポジションを確保したと思っていたのに、非常に残念だ。
日直が机を運び終えると、先生は教室の外に向かって声をかける。
「よーし、入ってきていいぞー。」
教室がざわめく。
入ってきたのは、一人の女生徒だった。
ゆったりとした歩みと共に、揺れる長い艶やかな髪が整った顔と合わさり、
まさに美少女だった。
その美少女は、先生の横で止まる。
先生は黒板へ名前を書きながら言葉を発する。
「じゃあ、一言で良いから自己紹介よろしく。」
転校生は教室を見回し、一瞬目があったような気がした。
その後、鈴が鳴るような澄んだ声が教室に響く。
「砂尾 空です。
7歳くらいまではこの辺りに住んでいたのですが、親の都合で海外に引っ越していました。
大丈夫だと思うのですが、日本語でおかしいところがあれば教えて欲しいです。
よろしくお願いします。」
「はい、よろしく。砂尾の席はさっき運んだあの席な。」
先生が席へ行くように促す。
「砂尾は、4月から君らと同じタイミングで入学する予定だったが、
海外の学校の都合で合流が遅くなったそうだ。
みんな、砂尾が困っていたら手を貸してやるんだぞー。
今日はこれ以上連絡はないから、ホームルームは終わるが・・・。
転校生が珍しいからと質問攻めにするんじゃないぞー。
委員長は質問の窓口になるように。」
そう言って先生は教室から出ていく。
先生が教室から出て行った後、砂尾さんがこちらを向いて何か言いかける。
しかし、その声はクラスメイト達の声によりかき消されてしまった。
「砂尾さんどこの国から来たの?!」
「髪きれいだねー、どこのシャンプー使ってるの?」
一瞬で女子達に囲まれてしまった。
男子は突然の美少女の転校を遠巻きから喜びを噛みしめていた。
そんな中、俺の机は女子たちに占領され、居心地の悪さからそそくさと友人の席に避難する。
「お前やったなー、美少女が後ろの席だぞ、お近づきになれたら俺に紹介してくれ。」
「紹介してくれって、同じクラスメイトだろ。自分で話しかければいいだろ。」
「これだからイケメンホモは困る。ホントに女に興味ないとか友達やめるぞ。」
「ホモじゃねぇし、変なこと言うんじゃない。」
「まぁそんなホモ話は置いておいて、あの子お前に一瞬話しかけようとしてなかったか?」
「ん?あぁ、そんな気がしないこともないけれど、一瞬で俺の居場所はなくなってしまった。」
「今日はお前の席諦めろ。幸い今日は移動教室が多いだろ。」
授業開始のチャイムが鳴り教師が入ってくるまで、本当に俺の席は無かった。
次の時間以降も休み時間毎に俺の席は女子たちに占領されてしまった。
昼休みが終わり席に戻ると、筆箱の中に、丁寧に折りたたまれたノートの切れ端が入っていた。
┏━━━━━━━━━━━┓
┃放課後 ┃
┃教室で待っています。 ┃
┃ クー ┃
┗━━━━━━━━━━━┛
クーって誰だ・・・?
文字の綺麗さから言って、女子に違いないと思うが、
このクラスにクーなんて子はいなかったはずだし、さっきから俺の机は女子たちに占領されていた。
訳が分からないが、まぁ放課後になれば分かるだろう。
午後の授業については、正直謎の手紙のせいでまるで聞いていなかった。
――放課後
「おーい、和保ー部活いくぞー。」
「悪いちょっと呼び出されてる用事があるから、先に行っててくれ。」と俺は友人に声をかけて教室に残る。
ちらほらと居たクラスメイトも、部活や帰宅でしばらくすると誰もいなくなってた。
やっぱり何かの間違いだったかと思い、席を立ちあがると、
一人の人物が入ってきた。
「砂尾さん・・・?」
「私のことを覚えていませんか、和保君?
昔、私の事をクーと呼んでくれたのは和保君だけです。」
「クー・・・和保君・・・?」
その響きに、どこか懐かしさを感じ、ぼんやりと記憶がよみがえってくる。
――小さい頃、毎日のように遊び連れまわしていた女の子がいた。
小学校低学年で海外に引っ越すと言って、泣き腫らした目を擦りながら最後にこう言っていた。
「絶対に帰ってくるから・・・。帰ってきたら和保君のお嫁さんにしてね。」
「分かったから泣くなって!
あんまり泣くと僕まで泣きたくなっちゃうだろ!
結婚して欲しかったら、凛としてクールで美人じゃないと結婚してあげないぞ!」
「和保君のお嫁さんにしてもらうために凛とするもん。」
そんなことを空港の中でビービーと泣きながらしていた気がする。
今思い出すと非常に恥ずかしい。
小学校低学年が背伸びして、凛としたとか、クールなとか、分りもしない単語を押し付けていたのだが、
その泣き腫らした目を擦っていた女の子は、その子供の頃の約束を頑なに守り通していたいた。
――そして現在、目の前の女の子は
「もしかして、クーなのか・・・?」
「そうです、和保君。ずっと会いたかったです。」
「よく、すぐに俺だって気が付いたな。俺はすまんが、全然わからなかった。」
「大丈夫です。和保君が気が付かなくても私が見つけますから。
それは良いのです、今は気が付いてくれたのですから。
それよりも、和保君はあの約束を覚えていますか?」
「あの約束って・・・。空港での約束か?」
「覚えているんですね?」
「あ、あぁ覚えている。でもまだ俺たち高校生だし。久しぶりに会ったばかりだぞ。」
「大丈夫です。私もその辺りの常識は持ち合わせています。
ただ、結婚できる年齢になれば、私を和保君のお嫁さんにしてください。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、10年近く連絡もなく、会えなかった奴にそんなこと言って良いのか?!
クーは今かなり美人だし、綺麗だし、俺なんかよりよっぽど良い男選びたい放題だぞ!?」
「勘違いしないで欲しいのですが、私は和保君以外の男性に興味はありません。
だけれど、美人と思ってくれたのなら嬉しい・・・。努力が実ったようです。」
「どうしてそこまで、俺のことを思ってくれている・・・?」
「誰も友達がいなかった私を、外に連れ出してくれて、
人とのかかわり方を教えてくれたのは和保君です。
伝えたい事はたくさんあるのですが、気持ちばかり溢れて言葉になりません。」
クーの目が潤みだした。
「ごめんなさい。
また泣いてしまったらせっかく努力して、
和保君の言った通りの女の子になれたはずなのに台無しです。」
「す、すまん、そんなに思ってくれているのに俺は・・・。」
「困らせてしまいました、ごめんなさい。
でもこれだけは受け取ってください。」
そっと近づいてきたクーは、俺の肩と腕に手を置き、目の前で軽く背伸びをする。
そして・・・、そっと唇が重なる。
それは一瞬だったのかもしれないが、とても長い時間に感じた。
名残惜しそうに、柔らかな感触はゆっくりと離れていく。
「これって・・・。」
「私のファーストキスです。受け取って欲しかったのです。
明日から普通のクラスメイトですから。」
そう言うとクーは踵を返す。
このまま行かせて良いことがあるだろうか。
惚けていた思考を取り戻し、去って行こうとするクーの手を掴む。
「待って!まだ、俺は何も答えを出していない!勝手に納得しないでくれ!」
「私は君を困らせてしまいました。」
「驚きはしたが、困ってはいない。俺がした約束だ!
ちゃんと貰ってやる!今は無理だが、後何年かしたら、絶対にお嫁さんにしてやる!」
「本当に・・・?」
「当たり前だ、こんなに思われているのに断るなんてできるかよ。」
掴んだ手をギュッと引き寄せる。
「和保君ありがとう。私は今すごく幸せです。」
「あんまり泣くなよ、せっかくの凛としたクールが台無しだろ。」
「今だけは昔のままで居させて欲しいです。」
落ち着いた所で、廊下の異様な熱気に気が付く。
部活途中の生徒やクラスメイト達、数十名の生徒が廊下で俺たちのことを見ていた。
感動して泣きだす女生徒やら、廊下に気が付いた俺たちに対して冷やかしを入れるクラスメイト達。
「お二人さんお幸せに!」という冷やかしの後、小さな拍手まで起こった。
あぁこれは非常に恥ずかしいと思いながらも、腕の中にいるクーを離さないでいる俺は諦めを感じていた。
明日からの質問攻めを覚悟しなくては、と。
昔読み漁っていた、素直クールSSにあったものをまた見たくなり、
探すより、自分の創作意欲の糧になってもらいました。
少し敬語系素直クールになっていますが、ホクホクしました。