灰色の素直クール 3 〜とけてほどけて〜
閉店後の店内。
後片付けも終わり、バイト初日を無事終えて一息ついていると、店長である和穂君の母親からお呼びが掛かった。
「涼ちゃーん。ちょっといらっしゃいな」
「なんですか店長?」
「あらあら、店長なんて水臭い呼び方じゃなくて、里穂ちゃんとか里穂さんって呼んで欲しいな」
ふわふわとした雰囲気の可愛らしいお母様ではあるのだが、さすがにちゃん付けはと思い、無難な方を選択する事にした。
「えっと、あの……それでは里穂さんとお呼びします」
ニコニコとしたお母様は、うんうんと頷くと「良いわぁ」と小声で呟きサムズアップで返答をくれた。
「それじゃあ本題よ涼ちゃんっ!」
突然のテンポアップについていけずに「あ、はい」と間の抜けた声が出てしまう。
「制服用に採寸させて貰えるかしら?」
制服支給と言う発言は本当だったらしく、特に都合の悪い事も無いためお願いする事にした。
その様子をやけに生温かい目で見守る和穂君が若干気にはなったが、優しげに手を振られ見送られた。
「それじゃあ、和穂はお手伝いありがとっ!私の部屋に居るから覗いちゃダメよ〜」
里穂さんの部屋は、部屋と言うより秘密基地のようだった。
本業用だと言うパソコンはディスプレイが6枚付いており、別の机には趣味用のミシンが鎮座していた。
ミシンのあった机の引き出しを開きメジャーを取り出すと怪しげな手付きで迫ってくる。
「大丈夫怖くないから、そのパーカー脱いでみようか?」
「え……あの、採寸ですよね?脱ぐ必要は無いかと……」
「良いから良いから、私の趣味力全開で仕立ててあげるわっ!」
結果的には着衣のほとんどを毟られ、全身のサイズを測られてしまった。
ようやく採寸が終わり、服を返して貰おうとすると「まだよっ!」とクローゼットを開いた。
「明日からはこれを着て頂戴!専用の服は追い追い増やしていくから大丈夫よ」
そう言って手渡されたのは紫をベースとした、矢絣柄の袴だった。
「コンセプトは大正浪漫よっ!」
ズビシッ!っと効果音がつきそうな勢いで指を突き上げた里穂さんは大変満足そうだった。
「あの、袴は着た事が無いのですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ〜これからバッチリきっちり教えてあげるわっ!」
着付けは思った以上に簡単で、簪での髪のまとめ方まで教えて貰ってしまった。
一通り自分で着られるようになり「どうでしょうか?」と控え目に腕を広げて見せてみる。
「ん〜〜〜っ!尊い……。こんな娘が欲しかったのよ」
ヒシッと目にも留まらぬ速さで抱きしめられた。
突然の事過ぎてされるがままになってしまったが、悪い気はしない。
むしろ今までここまで人の温もりに触れた事がなく、居心地良さしか感じていなかった。
「そんな風に思ってくれて、ありがとうございます。私、こんなお家に生まれたかったです」
言ってしまってから後悔の念に苛まれる。余計な事を言い過ぎてしまったかもしれない。
全身の締め付け緩むと、頭の上に優しい温もりと髪をすくくすぐったさを感じた。
「あなたのお家の事情ってまだ聞いた事が無いけれど、それだけ険しい表情が染みついちゃうのは異常と言っても良いわ。何かあればなんでも協力するからね」
思わず目頭が熱くなってしまったが、涙を堪えるのに慣れた体は自然と心を冷やしていく。
「何から何までありがとうございます。この姿を和穂君にも見せてきて良いですか?」
わざと離れやすいような言い回しをしてしまった。
「あらあらまぁまぁ。いいのよーいってらっしゃい。ちょっとくらい着崩してもまた着直せるから安心ね」
里穂さんは冗談まじりで送り出してくれた。
私が離れようとした事は恐らく気付いていないだろうと思う事にした。
「和穂君、居ますか?」
お店側に戻り、恐らく何時ものように時間を潰しているだろう彼に呼びかける。
「やっぱり長かったな」
ゲーム機を片手にコーヒーを啜りかけていた手を僅かに挙げて居る事を伝えてくれた。
「それで明日から働けって?」
「そうなります。似合いますか?」
「控え目に言って超似合ってる」
ゲーム機を置き腕を組んだ彼は臆せずに褒めてくれる。
再び広がる胸の温かさがどうにも止まらない。
「里穂さんも和穂君も、私には温か過ぎてどんな顔をして良いのか分からなくなる」
「うちじゃこれが普通だからその内慣れる。それにそう言うセリフは表情をもう少し柔らかくだな」
そう言う彼は、男の子らしい大きな手で私の頬をやんわりと摘む。
氷が解けるのは温かさもあれば外部からの圧力によるものもある。
里穂さんの温かさで解かされた私は、和穂君の力でほどけていく。
「いひゃいじゃないか」
「すごい顔してるぞ涼くん」
引き上げられた口角は慣れない動きに震え、瞳から流れ出した雫が頬を濡らしていく。
「ひどいじゃないか、君のせいだぞ」
「でも、良い顔してる」
頬を解放した指先で拭われる。
「和穂君がくれた居場所が良すぎるんだ」
「居場所を作ったからには面倒みないといけないな」
「これからずっと私の居場所だ」
返事は待たずに彼の胸を借り、額を押し付ける。
5分ほど経って、里穂さんの視線に気が付きサッと額を離すが「お構いなく〜」と手を振られてしまった。
「後で説明が面倒くさいな」と頭を掻く和穂君に「やましい事もありませんし、真剣なら問題ありません」と宣言をしておいた。
「そんな台詞はもっと柔らかい顔で言え」と赤くなった額を小突かれた。
「痛いじゃないか」
ささやかなな抵抗の意思表明と共に、懸命に口角を上げてみた。
しかし、彼のまるでお手本の様な柔らかに浮かぶ笑みに、解けた私はただただ心奪われるのだった。
何となくいつもの雰囲気でまとまった気がします。
涼くんのお話はまだまだ続くかもしれないし、また短編を書くかもしれないです。
ご要望があれば喜びます。




