灰色の素直クール 2 〜バイト先無くなりました〜
灰色の素直クールの続編です。
不機嫌そうなクラスメイトが、夜の公園学習を辞めて2週間ほど経った頃の事だった。
そのクラスメイトからの知らせは突然やってくる。
『バイト先が無くなったから、今日はこれからお店に行っても良いだろうか』とスマホの短い振動と共にメッセージで飛んできた。
その時は、休みになったのだろうくらいの認識しか無く、『席もまだ空いてるし、売り上げ貢献宜しく』とだけ返信をした。
それから30分程して、彼女は現れた。
バイトに行こうとしていた為か、艶やかなアッシュグレーの髪はポニーテールに結ばれており、ショートパンツに薄手のパーカーと最近の定番となっている装いの彼女だが、表情はいつもより険しく思えた。
「いらっしゃい涼くん」
特に予定もなく店を手伝っていた自分は、まばらに空いていた席の中で、ランチタイムも近い事から彼女をカウンターへと案内した。
彼女はカウンターの中にいる自分と母親へと頭を下げる。
「おじゃまします」
「あらあらいらっしゃい。涼ちゃんごゆっくりどうぞ」
お冷やを差し出しつつ母さんは見るからに嬉しそうな顔へと変わり「ランチタイムでそろそろ慌ただしくなるから、先に食べたい物があれば教えてちょうだい。お母さん腕によりを掛けちゃうから」と、某うさぎコーヒー店のお姉ちゃんのような「任せなさい」ポーズを取っていた。
「それじゃあ、特製パスタお願いします」
話は逸れるが、うちのお店は基本的なメニューは数種類あるものの、それ以外は言ってくれれば材料次第では作るという大雑把なシステムを取っていた。
ただし混雑時は基本メニューのみという手抜きっぷりは母さんの適当さが滲み出ていた。
その中で特製パスタとは、母さんが気分と残りの材料次第で作るパスタなのだが、彼女はえらく気に入っているらしい。
「すぐに作っちゃうから、少しだけ待っててね」
「お願いします」
母さんは顔だけこちらに向けると「和穂も同じ物作っちゃうから混む前に食べちゃいなさい」と、いつもならひと段落してから食べる遅い昼食だが、涼くんに気を遣ったのか早めてくれるそうだ。
しばらくして出されたキノコたっぷり和風パスタにフォークを突き立てながら、彼女に尋ねる。
「今日は突然バイト無いとか言うし、いつもより険しい顔してるしどうした?」
「バイト先に向かったら店先に張り紙がされていた」
そう言って取り出した携帯の画像にはこう書かれていた。
『急遽閉店します。従業員への給料は月末までに振り込みます。探さないで下さい。店長』
「マジでこんな事あるんだな」
感心するような、呆れるような感想が出てきた。
「カギを持っていた別の社員が入り口を開けたが、もぬけの殻だったよ。社員は慌てていたようだが、私のようなバイトは諦めて帰る事にした。一応何か分かれば、連絡はくれるらしいが、どうなることやら」
大人しく聞いていたが、朝からだいぶ修羅場だったようだ。
「バイト無くなると結構困る感じなのか?」
「すぐに生活に影響は無いけれど、大学用の貯金に問題がその内出るから、途中のコンビニでこれを貰ってきた」
そう手提げから出したのはアルバイト募集のフリーペーパーだった。
「あら、涼ちゃんバイトしたいの?」
カウンターから身を乗り出すほど迫る母親に、少しだけ躊躇いがちに「したいです」と彼女は返事をする。
「時給1050円で食事とおまけで息子付き!どう?!ちなみに後で制服も支給します!」
途中何かおかしかった気もするが、前々からちゃんとしたバイト欲しいと言っていた母さんはかなり本気のようだった。
彼女の顔色を伺うと、目が合った。
こちらの承諾を必要とするかの様な目線に対して「涼くんの気持ち次第では?」と返答を促した。
「あの、それじゃあ宜しくお願いします」
母さん渾身のガッツポーズからの「看板娘ゲット〜♪」など小声で聞こえたが、流す事にした。
「それじゃあ、今日からお願いできるかな?」
「はい、元々は一日中バイトの予定でしたので問題有りません」
「助かる〜和穂も手伝ってはくれるけれど、もう1人くらい人が欲しかったのよ〜。どんな事するかは和穂から聞いて貰える?」
「分かりました」
話終えてランチタイムの準備へと戻る母さんが仕事を丸投げされ、またしても彼女と目が合う。
仕方なく最低限の説明をしつつ、手早く食事を済ませた。
彼女の食べ終わりを見届けてから声をかける。
「エプロンとか渡すから、ちょっと裏に着いてきて」
適当に母さんの別のエプロンと、メモ帳を渡していく。
「別に焦らなくても良いし、間違えたって怒らないから」
頷きながら言われたことを丁寧にメモっている彼女なのだが、いかんせん表情が怖いのだ。
「涼くん。ちょっと失礼」
一言だけ手短に断っておき、両手で頬をグニッと引っ張る。
思った以上に滑らかで柔らかい頬だった。
「いひゃい」
「もう少しだけ口角上げてな」
手を離し一瞬険しい表情に戻るが、何とか笑顔を作ろうと顔を歪に動かしていた。
「良いか。少し眉を上げるようにして、口角を斜め上に引き上げる」
我ながら手慣れた自然体スマイルを作り出す。
涼くんはじっと自分の顔を凝視すると「和穂くんみたいな素敵な笑顔ができるようになるといいな」とこぼした。
「簡単だよ。楽しめば良いんだから」
「楽しむ……か」
何やら難しげな顔になってしまった彼女を立ち上がらせ「そろそろ混み始めるから店に出るか」と背中を押す。
店内へと戻ると「グッドタイミング」とサムズアップを決めた母親が手招きをする。
「涼ちゃんはこれを1番テーブルでこれが2番テーブルに運んで、和穂は盛り付け手伝って運んで出来る事全部やって涼ちゃんフォローしてっ!」
「俺のやる事多過ぎない?!」
思わず声に出してツッコミを入れてしまう。
それに比べて素直に従う彼女は、ある程度手慣れた様子でテーブルを回る。
「あら、涼ちゃんって前のバイトは飲食店だったのかしら?」
「そうみたいだけど、接客は表情的に向いてないと言われて、ほぼキッチンやってたとか」
母さんはニヤリとする。
「ほほぉキッチンねぇ。過去最高の掘り出し物かもしれないから大事にしなさいよ涼ちゃんのこと」
「別にぞんざいな扱いはしないから」
「あと、なるべく早めく唾もつけておきなさい」
それは聞かなかった事にしておき、出来上がった料理を自らテーブルへと運ぶ。
すれ違う彼女は、メモに書いたオーダーを母さんへと渡し、受け取った料理を次々と手際よく捌いていた。
ピーク時間も過ぎ去り、お客は常連客のみとなった夕方。
「涼ちゃん居てくれると助かるわぁ」
「いえ、何度もオーダーを間違えかけてしまってすみません」
「いいのよぉ、怒られても謝れば済む話はそれでお終いなの。それよりも涼ちゃんみたいな可愛い子がお店にいる事のプラスの方が多いわ」
彼女は首を振る。
「クラスでは怖がられる私がそんな可愛いだなんて」
食器を拭く手を止めた母さんは腰に手を当てる。
「ダメよ涼ちゃん。あなたは自身の魅力をもう少し自覚するべきね。学校って言う狭くなりがちな世界は誤解も生まれやすいわ。少し変化をつけるだけできっと怖がられるなんてことひっくり返るはずよ」
「そうでしょうか……」
「間違い無いわね。けれど人気に気が付いてもうちの子とは仲良くしてやってね」
近くのテーブルを拭く息子にも聞こえる声で、なんて事を話しているのかとため息が出かかるが、そんなため息は次の言葉で飲む息に変わった。
「もしそうなったとしても、和穂君は私に居場所をくれた人です。大切な人です。あの日からこれから先ずっとです。」
はっきりと言い切る。
本人も横に居るのに、何の躊躇いも無く。
「あらあらぁ。和穂もパパに似て罪作りな男の子になったのねぇ」
何か言いなさいとでも言うような目線を母親から飛ばされ、飲んだ息を言葉に変える。
「お前の居場所くらい幾つでも作ってやんよ」
それだけ絞り出し、テーブルの拭き作業へと戻る。
「ここの店のコーヒーは勝手に砂糖が入れられて甘くなるのか?」
近くに座っていた顔馴染みの客がニヤニヤしながら、コーヒーをあおってお代わりを要求してきた。
「うるせぇですよお客様。エスプレッソにしましょうか?」
「新しいバイトちゃんを眺めながらなら、どんな苦いコーヒーも甘く感じそうだから大歓迎だな」
「じゃあ母さんの代わりに自分がじっくりと入れましょう」
「ほほぅ。俺にコーヒー作ってくれるたぁ。かず坊も大人になりやがったなぁ。いっちょ頼むわ」
「かしこまりました。とびっきり濃い目で苦さと旨さの虜にして後悔させてやがりましょう」
「……クスッ……フフッ……ッ……」
その様子のどこが面白かったのか、彼女は目の端に涙を溜めながら腹を抱えて震えていた。
そうして、耐えられなくなると盛大に笑い出した。
声にならない声でひとしきり笑い切ると「私の不安はここに居ると綺麗さっぱり洗い流されるみたいです」と憑物が落ちたかのようなスッキリとした顔をした。
「まぁなんだ。不安でもなんでも困った事が有れば聞いてやる」
「和穂君はやっぱり傲慢だな」
いつもの怒った様な表情はどこにもなく、名前の如く涼しげな表情から、微かに上気しつつある頬が彼女の魅力を最大限に引き出していた。
もう少し続けたいのですが、切りが良かったので投稿です。




