灰色の素直クール
明るい髪色は黒とも銀とも取れる光沢を放ち、開襟のシャツのボタンを2つ外し、豊満な胸元を惜しげなくさらけ出し、組んだ足は見事な脚線美まで主張しているこの同級生は誰か?
そう、須直 涼である。
学年最高峰と名高い美貌だが、イマイチ人気が低かった。
常に怒っているかのように見える表情を崩さず、どこか一人遠くを見ているためか、近寄り難い雰囲気となってしまっていた。
また、良からぬ噂もあった、夜遊びして毎日深夜帰りと。
学校には来ているものの授業態度は基本的に上の空。
その癖にテストはいつも10位以内、なんともちぐはぐな印象の彼女には、最近特定の男子生徒とよく話すようになった。
それは誰か?
そう、それは俺である。
とまぁ自分の事などどうでも良いので、ここは割愛といこう。
そしてまずは自分の目線で物語を語るとしよう。
彼女と話すようになったのは、夏休みの事だった。
遡ること1ヶ月前。
家の手伝いで買い出しに出かけた帰り道、早く帰ろうと公園をショートカットに使っていた。
夜も遅い時間だと言うのに一人ベンチに腰掛ける街頭に照らされた銀髪にも見える彼女はいた。
学校の教科書を片手に夏休みの課題を進めている彼女は、夜の公園からかなり浮いた存在となっていた。
夜の公園に全くそぐわないその姿勢はとても不自然で、その異様な光景になぜか吸い寄せられた。
恐いもの見たさなのかもしれないが、近づいて話し掛けてしまっていた。
「なんでこんなところで勉強してるんだ?」
彼女はクラスで見せるより一層怒ったような冷たい目線を一瞬こちらに向けると、数秒で同級生と認識してくれたのか、「確か、同じクラスの稲荷くんだったっけ」と返事をした。
「よかった、不審者として認識されたらどうしようかと思った」
冷たい目線は和らぎ、クラスで見せる怒ったような表情のままで会話はしてくれるようだった。
「クラスメイトを不審者としてしまったら、40人弱が全員私にとっては不審者となってしまう」
「それもそうか。それでどうしてこんな所で勉強を?」
「別に稲荷くんには関係のないことだ」
かなり冷たい言い方のように聞こえるが、クラスで時折見せる話し振りは全てこんな感じであるから、多分これが素なのだろう。
「関係はないんだけどさ、興味本位で気になるじゃん。こんな時間でこんな場所に、それも教科書片手ってかなり異質だったからさ」
少し怒っている表情から顔をしかめた。
「好奇心は猫を殺すって言葉を知らないかな」
「好奇心は止められないし、もし何か困ってるなら聞くくらいできるじゃん。聞くくらいって自分で言っててだいぶ傲慢だよな」
怒っている表情をこれだけ見つめていても、不快感を感じないあたり本当に怒っているわけではないのだろう。
「傲慢かどうかは聞いた後の行動によってくるだろう。そして、別に困ってない、いつものことだから」
「いつものことなら、なおのこと話たって構わないだろう?それとも、いつもの事と思いつつおかしいと思っているんじゃないか」
彼女はしばらく呆然としたような顔になると、「稲荷くんは割と……私が言うのもなんだが、鋭いと言うか変わっているな」と言い切り、いつもの様な顔に戻っていた。
今度はこちらがわざとらしく顔をしかめて見せる。
「よく言われる」
彼女は何でもない事でも言うように「家に帰っても邪魔だと言われてしまうからギリギリまで帰らない」と、彼女はポツリと言葉をこぼした。
「そうか、居場所が無いのな。それなら、うち喫茶店みたいなことやってんだけど店に来なよ」
「いや、こんな時間に非常識だろうし、親御さんに迷惑だ」
「大丈夫大丈夫。騙されたと思ってきてみなよ。そもそももう閉店の時間だからお店自体は閉まってるし」
「なら……」とまだ渋りそうな彼女の手を取る。
「ほらほら立って、こんなとこじゃ勉強も捗らないでしょ」
多少強引にでも立たせると脇の荷物を持ち連れ歩く。
「あ、こらっ………そんな強く引っ張らなくても付いて行くから」
少し慌てた様子であったが、あまり拒む様子はなく手を引っ張られる。
公園から徒歩数分で自宅兼喫茶店の我が家に到着する。
まだ明かりのついているお店側の入り口を鍵で入る。
「ただいまー。ちょっとお店借りても良い」
「おかえり………あら。その子はお使いに含まれてないけれどどこで買ってきたの?」
「いや、流石にこの日本で女子高生をそんな簡単にお使いの対象にできないから」
「まぁ冗談よ。お店は好きに使いなさい」
借りてきた猫のような彼女の方を向き「大丈夫って言ったでしょ?」としたり顔を見せる。
その顔にハッとしたようにすると、慌てたように挨拶をする。
「夜分遅くにすみません。須直 涼です。お世話になります」
「あら、あらあら。涼ちゃんね。ごゆっくりどうぞ、コーヒーは飲めるかしら?ミルクと砂糖は?」
母さんはやけに嬉しそうに尋ねる。
「は、はい。ミルクだけ頂けると……」
「あらあら。すぐ用意できるからねー」
「あの、ありがとうございます……夜分に本当にすみません」
表情は硬いままだが、申し訳なさそうな雰囲気だけは十分に伝わった。
「あらあらまぁまぁ。良いのよ。うちの子が責任持つから連れてきたんだろうし」
お湯を沸かし直しつつ、うち特製ブレンドのコーヒーの香りが漂い始めた。
そんな母親は放置しつつ適当な席を進める。
「ここなら机もあるし勉強してても大丈夫だから」
「ありがとう、あと1時間くらいすれば帰れるからそれまでお世話になります」
「気にすんな、家はこの辺りだったのか?」
「この辺りからだと歩いて10分くらい」
「そんなに近かったのに、全然知らなかった」
「この辺りは通った事無かったし、高校入学する時にこっちに引っ越して来たから稲荷くんも知らないのは当然だと思う」
話が途切れかけたタイミングで、母さんがコーヒーを持ち近付いてくる。
「帰りは送ってあげなさいね。コーヒーとミルクお待ちどうさま」
彼女は座ったまま頭を下げてお礼を言った。
その様子は学校で聞くような悪い雰囲気は無く、髪色以外はいたって真面目そうに見えた。
母さんがじっと彼女の方を見つめる。
「あらあら。あなたの髪の色……」
少し彼女は警戒を強めるように表情を固める。
「少し薄い色素の瞳とマッチしていてとても綺麗ねぇ」
「あ、それ俺も思った。クラスだと全然よく見てなかったから気付かなかったけれど、綺麗だよな」
「あんた半年近くクラスメイトしてるのに今さら気が付くなんて勿体ないわねぇ。母さん一目で見抜いちゃったわ」
したり顔が少々嫌味ったらしいため、早々に追い払うことにした。
「仕込みも買い出しも終わったなら早く部屋帰ってろよー」
「そうねぇ若い2人を邪魔しちゃダメよねぇ」
「おほほほ」とわざとらしく立ち去ろうとする母さんの背中に、先程の礼とは異なり立ち上がった彼女は深々と頭を下げて「ありがとうございます」とはっきりと伝えた。
「いいのよぉ〜」と自宅へと繋がる入り口へと消えて行った。
ようやく静かになった店内で、彼女の方へと向き直る。
「大丈夫だったかもしれないけど、騒がしかったかな、ごめん」
「いや、謝らないで。むしろなんだか、居心地が良かった」
「そりゃ良かった、じゃあごゆっくり、流石に誰も居ないのは困るだろうからここに居るけど、なんか取ってくるから適当にくつろいでて」
彼女は軽く頷き、持っていたバックから勉強道具を取り出していた。
落ち着いたであろう彼女を横目で見つつ自分は、自室へと向かう。
彼が出て行った事で、今度は私が物語を引き継ぐ事にする。
1人になった店内は落ち着いた雰囲気で、頂いたコーヒーは思いの外緊張していた体をほぐしてくれた。
「稲荷くんって意外と強引で、いい人」
小さく呟き途中の問題に再び手を付け始めた。
しかし、今までどこであろうと勉強はそれなりに集中することができていたが、彼はいつ戻ってくるのだろうと気になり、たった数分がひどく長く感じた。
彼のクラスでの姿を思い出す。
確か、いつも2人組くらいで過ごしていて、成績も上位に含まれていた気がする。
特に目立ってもいないが、悪い印象は無かった。
もう少し個人的な部分としては、部活は……知らない。趣味や趣向も知らない。
クラスで見かける姿しか知らなかった。
そんな事を考えていると、扉を開く音と共に戻ってきた彼と視線が重なった。
「トイレならそこの奥だよ」
見当違いの説明をされてしまった。
「いや、別にそう言った意図は無かった」
「そう?なら邪魔してごめんよ。自分も課題やってるから何かあれば声かけて」
「ありがとう」
短いやり取りだけで、彼は少し離れたカウンターへと座ると自分用のカップをすすりながら、問題集へと向かっていた。
しばらく静かな空間に、ペンを走らせる音だけが響く。
彼は黙々と問題を解き進めている様だが、自分は先程から1ページも進んではいなかった。
じっと眺めてしまっていると彼がペンを置く。
「コーヒーおかわりいる?」
私は物欲しそうな顔をしてしまっていただろうか。
「いや、お店のものをそう何杯も頂くわけにはいかないし、この一杯だって後で支払わせて欲しい」
「いいのいいの。このブレンドはお店に出す前のお試しブレンドだからお代は貰えないよ」
そう言いながら、彼は追加を注いでくれた。
「ミルクは余ってるみたいだからいらないかな?」
「大丈夫」
残りのミルクを回し入れ、スプーンでミルクでできた輪を崩す。
一口含み、まろやかになった苦味とコーヒーの香りに少し口元が緩む。
「須直さんもそんな風な顔初めて見たかも」
一体私は普段どんな表情をしているのだろうかと思いながらも、聞き返してしまった。
「そんな風な顔とは?」
「怒ってない穏やかな表情かな?」
何故疑問形なのだろうか。
そもそも私は何も怒っていないのだが……。
いや、中学でも表情が硬いと度々言われていたが。
「私は怒った表情などしているつもりは無いのだが」
「あぁやっぱり。別に怒ってないんだね」
「そう見えているのかやはり?その……学校ではどう見られているのだろう?」
彼は少し黙る。
「正直に言って貰えると助かる」
「そう?それなら言っちゃうけれど。不良とか夜遊びとか、関わるとヤバイとかって話をよく聞くかなぁ」
自身に全く身に覚えが無いが、世闇の街頭に照らされた髪は銀髪に見え、深夜の公園居座る。まぁ噂が上がっても仕方がないかと思う。
「でもさ、今日見た感じただの幸の薄い可愛い子だった」
割と酷い言われようではあるが、可愛いと言われたことに悪い気はしなかった。
「どうせ夜遊びの噂も今日の公園みたいなところ見られたりとか、そのバイトっぽい荷物じゃない?」
今日初めて話すような彼だが、彼はどれだけ鳴かない猫なのだろう。
「そうだ、基本的に10時まではバイトして11時くらいまで家には帰らない」
「それにその明るい髪色も毎回染めるなんて面倒な事をしそうには見えない。けれど制服の着崩し方はなんで?」
「私はどこの国か知らないが、異国の血が混ざっていて、黒とも銀とも見えるこのグレーの髪色は母親譲りと聞いている。制服は……サイズが合っていないから窮屈で仕方なく」
なんでこんな誰にも言ったことがない事を私はスルスルと口を滑らすのだろうと思いながらも、自分の事を話す事に抵抗はなかった。
そして、彼のことも知りたくなった。
「私の事はきっと君の想像通りだ。それより私は君のことをクラスメイトである事ぐらいしか、申し訳ないが認識していなかった。良ければ教えてくれないか?」
「自分の事?名前は稲荷 和穂。和やかな稲穂と書いてかずほ。4月2日生まれで趣味は……後はまぁ追い追いで良いんじゃないかな?なんとなく恥ずかしいし」
彼は何故か恥ずかしさを表し頭を掻く。
彼なら1歩くらい踏み込んでも良いんだろか?
「和穂くんと言うのか。嫌じゃ無ければそう呼んでも良いか?」
「え?良いけれど、俺も涼くんって呼ぶね」
少し腑に落ちない。
「何故君付けなんだ?」
「照れ隠しかな」
彼は向かいに座りながらも目線はカウンター側へと泳いでおり、その誤魔化し方を見ていると胸の辺りが締め付けられるような気がした。
「それならまぁ……」
いつの間にか少なくなっていたコーヒーすする。
「明日もこの時間まで勉強してるならお店使う?」
「いや、連日だなんて……」
「遠慮なくどうぞ」
「親御さんご迷惑をかけてしまう」
「じゃあ、聞いとくよ」
彼は思い立ってからが早いらしい。
サッと席を立つとすぐに戻って来た。
「全然問題無いってさ」
私がまごついていると、紙片を渡される。
「あと、これ俺のスマホの連絡先だからバイト終わったら教えて」
「あ、あぁ。何から何まですまない。後で必ず連絡する」
チラリと彼は時計を見た。
「それと、涼くんそろそろ11時過ぎるけれど、大丈夫?」
視線の先の時計を見ると丁度良い時間ではあった。
「この時間なら帰れるから、お暇させてもらうよ。今日はありがとう」
「送っていくからちょっと待ってて」
彼は外に出るとバイクを出してきて戻ってきた。
「免許は?」
予想外の乗り物の登場に素で聞いてしまう。
「もちろん2人乗りも合法な範囲で持ってます」
彼は1年以上前から免許を所持しているらしい。
そんな彼からヘルメットを渡され、被らされる。
あれよあれよと言う間にバイクに跨らせられると、「内ももに力を入れて腰辺りに捕まってて」とだけ言われる。
「私そんなに早い乗り物って苦手で……」
「大丈夫、近くだし、夜も遅いから飛ばさないよ」
「ありがとう」とだけ言うと、言われた通りさせて貰い、少し体重を預けさせてもらった。
イメージよりずっと静かな音と、風を切る感覚に心地良さを感じていると、あっという間に指定した場所に着いていた。
家に着いて、鳴り止まない胸の高鳴りとたわいのないメッセージのやり取りは、どうしようもなく感じた事の無い気持ちを揺さぶる。
この気持ちに気がつくのはもうしばらく後の事として、今回の私の物語は締めとする。
こうして始まった自分達の関係は、いくつかの夏休みのイベントや事件を挟み今に至る。
自分が夏休みから話始めた彼女は、これまでの薄幸を覆す程の出会いを果してしまった。
それこそ、一生を掛けられるほどの出会いを。
……なんて彼女に思われていたら嬉しいと、生意気にも自分は思う。
秋風も感じる教室で、窓の外に目を向ける彼女は、穏やかな表情をこちらへと向けてくれるから、当らずとも遠からずと思う事にした。
少し長くなってしまった事と、いろいろと広げられそうと思い今回は短編を外しています。




