短編「同居人はすくーる」
短編と言いつつ普段の2話分くらいの長さになってしまいました。
今日からかなり遠い親戚の人物と一緒に住むことになると聞かされたのは2週間程前のことだった。
うちからかなり近所に高校があり、自分は普通科に通っているのだが、そこは近隣でも有名な美術科があり、そこに通うとのことで、我が家への下宿が決まったのだった。
両親同士はかなり懇意にしているらしく、小さい頃に自分も会った事があるらしいが全く覚えてはいなかった。
空き部屋となっていた物置部屋を先週から片付けており、手伝わされていたのだが、今日までに片付かず、しばらくは相部屋となることも決定していた。
両親がすんなりと相部屋を決定するあたり、きっと男の後輩なのだろう。
一人っ子の自分としては、弟分ができるのかと少し楽しみではあった。
両親が迎えに出ている間、しばらく二人部屋となるこの部屋の掃除が進められていた。
綺麗好きを自称するだけはあり、普段から整理整頓と掃除は欠かさないため、それほどはする事が無いのだが、ホコリを払い掃除機をあらかた完了させた頃玄関の方から鍵を開ける音がした。
掃除機を片手に玄関へ向かうと、そこには大きく予想を外れた人物が立っていた。
おかしいとは思っていた。
相手の名前や写真、特徴を聞いても何も教えてはくれず、『会えばきっと気にいるわ』とはぐらかす両親に。
それだけ落ち着いたいい人物なのだろうと勝手に思い込んでいた。
だがしかし、目の前にいた人物はこうだった。
背中まで伸びる黒くツヤツヤと整った髪は目を惹きつけ、少し長い前髪が目元を若干隠してはいたが、覗く顔はただひたすらに美人と言える顔立ちをしていた。
背丈はそれほど高くは無いが、細過ぎず、スラリとした四肢を包む服装はと言えば、春を感じさせる淡い色合いのワンピースとグレーのニーソックスを合わせ、服と同じ色のショートブーツを履いていた。
「マジか」
まるでこちらの好みを完全にトレースしたかのような見た目に思わず声が漏れていた。
その声を聞いた母親は満足気に、ニヤニヤとしながらこちらを見やる。
「驚いた?新しい同居人は可愛い女の子でしたぁ」
「え、いや、ちょっ……あの」
何を言えば良いかわからずに完全にテンパっていると彼女が口を開く。
「お久しぶりと言うほど覚えてはいないのですが、和穂くんですよね?須直 久遠です。お世話になります。会えて嬉しいです」
心地の良い声での丁寧な挨拶に固まっていると、母親が「挨拶は大事よぉ」と間延びした呑気な声を響かせる。
母親のフォローのようなアシストを受け、ようやく言葉が繋がる。
「よ、よろしく。名前は和穂で合ってるよ須直さん」
須直さんは少し考えるように腕を組む。
「そんな他人行儀では無く、良ければ久遠と名前で呼んでもらえませんか?」
「えっと……久遠さん」
「むぅ」とさらに考えこむと、「敬称もいりません」とハードルを上げられた。
「じゃ、じゃあ久遠?」
彼女は腕組みを解くと、その腕を腰に当て、「疑問形なのが気にはなりますが、それでお願いします」と満足そうに表情が緩んだ気がした。
玄関先での甘酸っぱさを感じさせるやり取りが終わると、車庫の方から父親の声が届く。
「かずー!すまん、荷物運ぶの手伝って欲しい!」
母親は、『あら、忘れていたわ』とでも言いたげに頬に手を当てると、父親の方に行こうとする久遠を制する。
「かずくんが男の子らしいところ見せてくれるから、久遠ちゃんは部屋に案内するわぁ」
久遠の手を引っ張り連れて行くと、すれ違いざまに「お父さんのお手伝いよろしくねぇ」と言う事を忘れなかった。
父親の元へ向かうと、かなり長そうな突っ張り棒やら、新しい布団を抱えて大変そうだったので、慌てて支える事にした。
荷物は何故か全て自分の部屋に運び込まれ、テキパキと父親は突っ張り棒を壁に設置すると、大きめのカーテンを付け部屋を半分に分けた。
「父さん、まさか同じ部屋で生活しろと?」
「羨ましいぞかず」
一切羨ましさを隠さずに言う父親に呆れる。
「いやいや、いろいろまずくないの?ってか久遠は良いって言ったの?!」
「久遠ちゃんも、母さんもそれが良いって聞かなくてさ。男は狼だぞーって言っても『構いません、バッチコイです』だそうだ」
「マジか」
「羨ましいぞ息子よ」
「あのさ、隣の片付けてる部屋は?!」
「あの部屋かなり汚れてるし可哀想だろ?ある程度片付いたら業者呼んでクリーニングしてもらうからそれまで2人で仲良くな。間違いはほどほどにしてくれ」
「マジか」
「羨ましいぞ息子よ」
「本当にそう思ってんのかよ……」
「羨ましさ5割、不安1割、残りはぶっちゃけ大変そうって感じだ」
「だよなぁ……」
元々2人は欲しいと建てられた子ども部屋は、割と広く持て余していたのだが、2つに分けられるとそれなりに狭く感じられた。
しかし、この部屋で寝起きを共にするのは大丈夫なのだろうか?高校生のほぼ初対面の男女だそ?!
様々な感情を含め「マジか……」と小さく呟くとみんなのいるリビングへと降りて行く。
換気扇の下で一服している父親へコーヒーを渡す母親が、「かずくんは紅茶で入れといたわぁ」と机を指差す。
置いてある場所自体は普段座っている場所なのだが、隣には久遠が座って紅茶に息を吹きかけて冷ましていた。
ふと、彼女と目が合うと彼女は軽く首を傾げ、優しい顔になる。
あまり表情がコロコロと変わるタイプでは無いらしいが、少なくとも好意的ではあるらしい。
仕方なく彼女の席の横に座り「相部屋で本当に良いのか?」と最終確認とばかりに尋ねる。
「願ったり叶ったりです。和穂くんには部屋が窮屈になってしまいすみませんが、極力1人の時間は取りませんから気にしないでください」
「まぁそう言うのなら……」
何か感じる気恥ずかしさを隠すようにカップに口をつける。
彼女は未だに息を吹きかけて冷ましているあたり猫舌のようだった。
全員がリビングのテーブルに揃うと、改めて母さんが今後について教えてくれる。
入学式は来週だからそれまでに、久遠に必要な日用品を揃えて、ベッド等の大物は宅配便で荷物が届くらしい。
「そこで和穂くんは買い物と言う名のデートで、明日は街を案内してあげてねぇ」
「俺?!ってかデート?!そんなん母さんじゃダメなの?」
思わず否定してしまうと久遠が口を開く。
「私と出かけるのは嫌ですか?」
少し俯向き尋ねる久遠に申し訳なく感じて素直に薄情する。
「……女の子と2人きりってどうして良いか分から無いだけで……」
「それなら大丈夫よぉ。買うものは決まってるし、あんたは店までの案内と荷物持ちよぉ」
「そんなんで良いのか?」
久遠はコクコクと頷く。
父親はぼそりと「頑張れ思春期男子ー」と呟き電子タバコを持ち出し換気扇の下へと戻っていく。
「くっそ父さん逃げやがった。……わかった案内するよ」
その言葉を聞くと、久遠は嬉しそうに俺の手を取って「ありがとうございます」と言った。
「ニヤニヤすんな母さん」
「あらあら顔に出てたかしらぁ」
全くごまかす気の無い母親を憎らしく思いつつ。
離れない手は温かいなと内心考えていた。
久遠の歓迎会を兼ねた手巻き寿司パーティーでお腹を満たし、お風呂上がりのパジャマ姿で濡れた髪と上気した彼女にドキドキさせられながら、布団の準備をするまではあっという間に時間が過ぎて行った。
ベッドの上でスマホを弄りつつ時間を過ごしていると、コンコンと部屋がノックされた。
我が家で部屋に入る時に律儀にノックをする者など居なかったため、少しビクリとしたが反射的に「どうぞ」と声を出していた。
扉を開けた彼女は「失礼します」と遠慮がちに部屋へ入る。
「しばらくは久遠の部屋でもあるんだから、そんなに気にしないでよ」
「でも、和穂くんの部屋ですし、中でもし突然開けられたら困ることをしてるかもしれないから、ノックはしてあげてねと千穂さんが」
「いや、それ人に言う前に母さん達が実践して欲しいんだけど……ってか困ることなんてしてないからねっ?!」
「しないんですか?」
床に敷かれた布団の上に座る久遠は、ベッドに寝転がる自分を見上げるため、必然的な上目づかいとなり、邪な気持ちが少なからずあり言葉に詰まる。
「しても良いんですよ?」
「ぶはっ?!」
盛大にむせた。
「クオンサン ナンノコトカ ワカラナイ」
「それはナニに『セイ!セイ!』」
何か言いかけた久遠の肩を掴み、意味不明な事を口走りながら揺すり黙らせる。
「そんなに激しくされると困ります」
ちょっと顔を赤らめてそれらしく言う久遠相手に完全にテンパる自分だった。
あまりにも狼狽した姿に久遠はおかしく感じたのか、不憫に感じたのか、「すみません、ふざけ過ぎました」と謝ってくれる。
「……いや、良いんだけど……なんでそんなに親しげにしてくれるの?」
久遠は少し俯向き顔を隠す。
「玄関先であまり覚えてないと言いましたが、実ははっきりと覚えているんです」
「え?会ったのって幼稚園とかそのくらいだよね?」
「もう一度会っているんですよ?」
もう一度会っている?いつの事だか全く心当たりが無かった。
「小学校二年生くらいの時の、私のお爺様のお葬式の時です」
久遠のお爺様?久遠がうちのじいちゃんの兄弟筋の親戚だと聞いたからじいちゃんの兄弟だろうか。
昔かなりの規模で葬式があったような気がするが、その時何かあっただろうか?
記憶を手繰ろうとするが、ひたすら長い葬式で退屈だった覚えしかない。
「ごめん、その時会ってたの?」
「はい。私はその時迷子になってしまい、廊下の隅で泣いてたんです」
廊下で泣いてた女の子?ん?わずかだが過去の映像が蘇る。
「あれ?どことなく記憶にあるかもしれない」
「広く入り組んだお寺は1人でトイレに行った後、取り残された感覚になり当時の私はただただ恐ろしくて、そこに声を掛け手を引いて『一緒に戻ろう』と言ってくれたんです」
思い出した。
あの時は退屈すぎて勝手に抜け出して冒険気分で歩き回っていた。
その時に1人女の子がいて、一緒に歩き回った気がする。
「そう言えばあの後、勝手に歩き回ってめちゃくちゃ怒られた気がしたけど、一緒にいたのは久遠だったのな」
久遠の口角が少しだけ上がり、「思い出して貰えたんですね」と嬉しそうに顔を上げる。
上げられた顔にもう一つ思い出したことがあった。
「久遠の前髪って目を隠しているのか?」
「よく覚えてますね、和穂くん。出る杭は打たれるのは日本だと仕方ないので、極力目立たないようにしています」
そう言いながら髪をかきあげ、瞳を見せる。
その瞳は緑のような茶色のような不思議な色をしている。
髪を上げた久遠は、高校生になろうとする年ながら、整っており瞳の色も相まって神秘的ですらあった。
「その目、嫌いなのか?」
「いえ、昔和穂くんがとっても褒めてくれましたから、それ以来ずっと私の一部として大切にしていますよ。でも、目立つとロクな事がありませんから」
「なるほどな、中学辺りじゃ苦労しそうだ」
「あしらうのは得意なので、でもこれからは守ってくれませんか?」
「まぁ一緒に住む兄的な立場としては当然守ってやるさ」
完全に勿体ない事を言ってしまった気もするが、久遠はその程度では引き下がらない。
「兄では困ります。昔から温めてきた初恋を実らせに来たのですから」
久遠の言った言葉が頭の中で繰り返される。
兄では困る?初恋を実らせる?
「それってほぼ告白に近いんだけど……」
「えぇ告白ですよ?」
「マジか」
「返答は急ぎません。これから私の事を好きになって貰えれば嬉しいので」
前髪を横に流し、真っ直ぐに見つめてくる宝石のような瞳が捉えて離さない。
「マジか」
「大真面目ですよ」
「わかった」
「言質とりましたよ?」
「また今度ちゃんと言質取らせてやるから、今日はここまでだ」
その言葉により一層の瞳の輝きを見せると同時に、突然立ち上がる自分に対して不思議そうな顔を久遠はしていた。
忍び足で立ち上がりゆっくりと扉を開くと、扉の向こう側には母さんと父さんが張り付いていた。
「まさかとは思ったけどマジか」
突然開いた扉に動じることも無く母親は、「おほほーごゆっくりー」と父親を引っ張り、そそくさと退散していった。
「こう言うことだから、家だと恥ずかしいからまた明日な」
「明日が待ちきれなくなってしまいました」
わずかに上がった口元と、輝きを放つ瞳から、厚い期待を持たせてしまったことに多少のプレッシャーを感じつつも、明日の出かけ先に景色の良い場所でも追加するかと考えるのだった。




