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素直でクールな彼女  作者: わほ
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短編「氷上の表情はくーる」

記録的な大雪から数日が過ぎ、これまた記録的な寒波によって気温は0度に近い数値をさまよう放課後。


「気を付けないと転ぶぞ」

目の前を軽い足取りの彼女は、中途半場に雪かきがされた道路を危なげに飛び跳ねる。


「昨日の今日で道路がカチカチで本当に危ないぞ」

こっちの言葉は聞きもせずにザクザクツルツルと彼女は滑り回る。


寒さなどもろともしない短いスカートから伸びるスラリと長い足は、厚手のタイツに包まれており、見事な脚線美を描いていた。

そんな彼女がローファーをスケート靴代わりにくるりと一回転半を決めると、少し長めに切り揃えられた黒髪も回転に合わせてサラリと流れ、やけに整った顔がこちらを向く。


視線が合うと、ドヤ顔のように見える満足そうな不敵な笑みを見せる。

初対面であれば嘲笑ってるかの様に見えるその顔は、彼女的には非常に満足している時の表情だった。

「大丈夫だ、氷の上は私のテリトリーだからな」

両手を腰に当て、不遜な態度で訳の分からないことをのたまう彼女に、日頃辱められている仕返しとばかりに腕を引っ張りバランスを崩させる。


踏み出された足は、崩されたバランスのまま氷の上に乗り、抵抗の少ない靴は一切の踏ん張りも効かずに力の向く方向へ流される。

「すわっ?!」

普段それほど大声を出さない彼女が、不意打ちにおかしな声をあげて転げそうになった所で、慌てて自分にしがみついてきた。


その場の流れで、ペアのフィギュアスケートでもしているかの様な体勢で受け止めてしまう。

仰け反った彼女は、腕の中で顔だけ持ち上げる。

「強引な君も嫌いではないが、いささか肝が冷えたぞ」

「悪いけど、この体勢は辛いから立ち上がってくれ」

しぶしぶと言った様子で立ち上がる彼女は、改めて氷の上を進もうとする。

「全然懲りないな」

「君が横に居てくれるから問題無い」

「事故に巻き込まれる前に離れるか」


少しだけ距離を取ろうとすると、彼女は腕をがっしりと掴み離してはくれなくなった。


「雪とか氷と言うものは、テンションが上がると思わないか?」

もう少しテンションが上がってます!と言う表情をして欲しいものだが、腕を掴み見上げる彼女が嬉しそうなのは確かだった。


「まぁ確かにテンション上がる」

しかし、高校生にもなってこれほど堂々と、凍結した道路で滑り倒して良いものか悩ましい。

「また君は小難しい事を考えているな?」

「いや、そんなことは」

「君のことだから、高校生にもなって道路が凍ってる事にはしゃぐのは子供っぽい。とでも思っているのだろう」

「おい、心を読むのをやめろ」


やれやれといった様子で盛大にため息を吐く。

「心なんて読めなくても、君のことなら大抵分かってしまうな」

まだ知り合って1年程度の奴に大抵分かられてしまう自分が浅いのか、彼女が異常なのか。

恐らく後者だと思いたい。



彼女との出会いは春先だった。

出会いは衝撃的で、周囲ではこう呼ばれている。

『教室の中心で愛を叫ぶ事件』

ちなみに教室の中心で愛を叫ぶ事件とは、自分がこちらに引っ越してきて2週間後に起こった珍事件であり、冴えない転校生であった自分が突然噂の中心になる、今でも思い出すと恥ずかしい出来事である。


彼女は放課後の教室に突然入って来るやいなや、自分の前に立ちこう告げた。

『君を一目見た時から胸の疼きが止まらない。私と親密な関係にならないか?具体的には友達から始めてゆくゆくは恋人へと考えている』

その後の一瞬の静寂と周囲の視線は、滝の様な汗をかかせるには十分だった。

とりあえず逃げ出したかった自分は『と、友達から?わ、わかった』と盛大に挙動不審になりながらも答えた。

その後は連れ去られる様に帰路を共にされ、トントン拍子で恋人のポジションに変わっていった。



ふとそんな事を思い出してしまう。


学内でもトップクラスの人気を誇るクールビューティの彼女は、少しばかり浮世離れしており、最近はようやく、表情の差異が分かるようになってきたところだった。

その程度の自分が少し悔しくなり、彼女の分からない部分が気になった。

「大抵と言うのなら、分からない事ってなんだ?」


投げかけられた疑問に対して彼女は、凛とした誰もが見惚れそうな涼やかな顔をすると、その表情のままとんでもない事を言う。

「どうしたら君がもっと私を見てくれるか。とか、君の性癖とかだろうか」

「はいっぃ?」

少し素っ頓狂な声が漏れてしまった。


「いや、君の好みを見つけようと、この1年いろいろと試してみたがどれが1番好みか分からないのだ」

この嵐のような1年は、いろいろとあり過ぎて順番に思い出す。

当然のような毎日の手作り弁当から始まり、一緒に勉強会、メイド服による襲撃、チャイナドレスの学園祭、夏祭りの浴衣、スクール水着からのビキニ選びなんてのもあった。

「どんな時も君は顔を赤くして顔を背けてしまい、結局君の趣味がはっきりとは分からないんだ。」


あぁなんだ。そんなことが分からなくて、ずっと探していたのか。

だからあんなにも一生懸命で、いつも綺麗で眩しかった。

そんな君見てると顔が熱くなって恥ずかしかったんだ。


腕組みをしながら難しい顔をして悩む彼女へ、今思った事を伝えたらどんな顔をするだろうか。

そんな悪戯心は止まらない。


「この1年間見せてくれたどんな姿も俺は好きだよ。あんなにも一生懸命されてしまうと恥ずかしいけれど、どれも間違いなく好きだったな」


難しい顔で腕組みしていた腕を解き、挙動不審な腕の動きを見せると、彼女はキュッと拳を握る。

「なんだ……君は意外と好き者だな。こんな私に、そんなに真っ直ぐ向き合ってくれるなんて」


夕焼けにきらめく氷が、彼女の顔をキラキラと照らす。

より一層紅く見せる表情は、いつもの何十倍も魅力的で思わず目を逸らしそうになるが、今日の彼女は結んだ両手を開くと俺の顔を挟み、逸らさせてはくれなかった。


彼女のほのかに熱のこもった息遣いを感じられるほど近づけられた顔に釘付けにされる。


「これが君の、私に興味がある時の状態なんだな、もう見逃さない」

じっくりと数十秒は見つめると、彼女は手を離し呟く。


「今度はどんな私を見せようか」


極力人前じゃ無いと嬉しいなと思うあたり、十分に彼女の掌の上で滑らされているのだろう。

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