くーと呼んで欲しい。2
掃いても掃いても落ちてくる落ち葉に見切りをつけ、
掃除を一段落させたところでクーさんが尋ねてくる。
「和穂くんってお幾つなんですか?」
「18才だよ。」
「私の2つ上なんですね。それなら和穂先輩の方が良いですか?」
「え、別に気にしないけど……。」
「わかりました。」
くーさんはどちらで呼ぶとは言わずに納得はしたらしい。
「クーさんはどこの高校に?」
「ここの近くの三須賀高校です。」
「僕と同じ高校だね。」
「本当ですかっ!」
顔をグイッと寄せて来て、目を覗きこまれる。
何を考えているか読み取れはしないが、整った凛とした顔が近くにあることで、思わず歩みを止めてしまう。
「……って言っても半年で卒業だけどね。」
「いえ、半年でも同じ高校です。すごく嬉しいです。」
ほんの僅かだが、口元が少し上がっているのが分かった。
表情の変化に乏しいのかと思っていたが、よく見ると分かるかもしれない。
今後分かるようになれば良いか。
石段を降りきったところで、くーさんは立ち止まる。
何かを考えるように腕を組む。
「どうしたの?」
そして、ゆっくり組んでいた腕をおろす。
「もし、この後時間があれば私の家に来ませんか?この神社の隣なんですが……。」
「えっ?」
突然の誘いに思わず声が上ずる。
くーさんの指差した隣と言えばかなり大きな家なのである。
そして、そもそも僕の家は神社の裏であり、とてつもなく近いことに驚いた。
「突然すみません。都合が悪ければ次回でも構いませんよ。」
「予定は特に無いから大丈夫だけど……男が突然女の子の家になんて問題ない?」
「私は何も問題ありませんよ?」
「そ、それなら……。」
「はい、行きましょう。」
「大きい……。」
一般的な一軒家が数軒は入りそうな敷地に立派な家があった。
神社の隣に大きな家があるのは知っていたが、これほどとは思っていなかった。
「このような家の作りはしていますけど、両親は一般的なお仕事ですから安心して下さい。」
僕の口からは乾いた笑いが漏れ出た。
「家には誰かいないの?」
「普段は基本的に一人ですね。両親はたまに帰ってきます。お祖母様はこの間たまたま家に来ていたのです。」
両親が不在と言うことに若干安心しつつも、二人っきりであることに少し緊張してしまう。
「私しかいないので緊張しないで下さいね。」
「は、はい。」
考えていた事に対して、声が掛かった事によって少し上ずったような返事をしてしまった。
「大丈夫です。今日は何もしませんから。」
「それって男側のセリフだよね普通?」
それに『今日は』と聞こえたのは気のせいだろうか。
「ここが私の部屋です。好きな所を見ていて良いですよ。あと、飲み物はコーヒーと紅茶とオレンジジュースがありますけれど何が好みですか?」
「紅茶が良いかな。」
「私も紅茶が好きです。少しお待ちくださいね。」
そう言うとくーさんは部屋から出ていってしまう。
好きな所を見ていいと言われても、机や引き出しを物色する訳にはいかないのである。興味はあるけれど。
それでも視線だけはいろいろと見回してしまう。
ベッドの上には大きめのラッコのぬいぐるみが一体横たわっていた。
机の周りに散らかった様子はなく、知り合った印象通り整理されていた。
少し大きめの本棚には難しそうな参考書や専門書のような本の中に、知っている漫画もあり安心した。話に困ったら話題として振ろう。
しばらくすると、紅茶のセットを抱えたくーさんが戻ってきた。
「砂糖とミルクの量が分からずに、持ってきてしまいました。」
「甘めが好きだけど、2杯くらいで良いかな。」
「私も甘いミルクティーが好きなんです。同じですね。」
手際よく紅茶が準備されていく。
「どうぞ。」
差し出された紅茶は自分が普段飲んでいる紅茶より、いい香りがする様な気がした。
「ありがとう。良い香りがするよ。」
「母が趣味で茶葉をいくつか混ぜた物なんです。甘い香りがとっても良いですよね。」
紅茶って自分で混ぜられるのかと考えながら、口に広がる甘さを味わっていた。
「和穂君はレアチーズケーキって好きですか?私の手作りで良ければ食べませんか?」
「え、レアチーズケーキ?とっても好きだよ。」
好物が上がったことに少し被せ気味に返事をしてしまう。
「そうですか、すぐに持ってきますね。」
そう言うとまたくーさんは出ていってしまう。
とても機嫌が良さそうに感じたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
切り分けられたチーズケーキを一口食べると、スッキリとした味わいが非常に紅茶とマッチして美味しい。
「美味しい。くーさんは料理上手だね。」
「自分の好きな物を好きなように作っているだけです。」
少し顔が赤くなったのを僕ははっきりと見る事ができた。
その様子に少し笑ってしまった。
「笑うなんてひどいです。顔が熱くなってしまいました。」
きっとくーさんはそんなに表情に出すのが得意ではないのだろう。それでも、たまに見せるほのかに目を細めて緩めた表情が、たまらなく魅力的だった。
「分かっているんです。私は口下手で喜怒哀楽も豊かではありません。怖がられる事の方が多いくらいです。それでも今日は、涙を流したり顔が熱くなったり、きっと和穂君が私に優しいからです。」
「ぼ、僕なんて全然そんなこと無いよ。くーさんがとっても綺麗だから。」
くーさんは微笑む。
「街で声をかけてくる男性から言われる綺麗と、和穂君に言われる綺麗では胸に来るものが違いますね。胸がきゅっと締め付けられるようになります。」
そう言うとくーさんは胸に手をあてる。
豊かな胸に目が言った事に恥ずかしくなり視線を泳がせてしまった。
「和穂君はどこを見ているんですか?」
「え、あ、ごめん。」
両手が僕の顔を挟むと、くーさんの方を向かされた。
「和穂君なら私のどこを見ていても構いませんよ。」
女の子は彼女だとこうなのか?いや、そんなことは無いはずだ。もう少しきっと恥じらいみたいな物があって……。
とグルグルとまとまらない考えが巡っていた。
そのようなショート寸前の頭から捻り出てきた言葉は、またしても情けない間の抜けた言葉だった。
「くーさん……いやらしいよー!」
「私は和穂君に喜んでもらえるなら、どんないやらしい事でも幸せに感じてしまうと思いますよ。でも、勘違いしないで欲しいのは、和穂君にだけですから。」
くーさんの追い打ちを掛けるかのような、言葉にただただ僕は口をパクパクさせる事しかできなかった。
この時、グルグルとしたまとまらない思考の片隅で僕は思うのだった。
きっとこの先も、この子のこの素直でストレートな好意を僕は受け入れていくのだろうと。
たわわな話につられて続きを書いてしまいました。
クールビューティーって難しいです。