短編「男の子が女の子だった素クール」
数年ぶりに会う幼馴染が女の子になっていた。
一体何を言っているか分からないと思うが、男友達だと思い込んでいた幼馴染が息を呑む程の綺麗な女の子になっていた。
高校に入学する年に、暫く会っていなかった幼馴染が同じ高校に進学するらしくこちらに戻ってくると両親から聞かされた。
それに伴って元住んでいた隣の家に戻ると、引越しを手伝うことになったのが始まりである。
到着すると聞かされていた時間の少し前、家の前に1台の大きなトラックとタクシーが止まった。
タクシーからは1人の女の子が支払いを終え降りてくるとこちらに向かって手を振ってくる。
「久しぶりカズ君。君は変わらないね。」
この目の前の美人さんは幼馴染であるユキのお姉さんだろうか?
お姉さんがいたかどうか覚えていないから素直に聞いてしまった。
「お久しぶりです。すみませんがユキのお姉さんですか?」
同じく手伝いに来ていた両親と目の前の美人さんが吹き出した。
控えめに笑う美人さんはとても素敵だった。
「え?なんでみんなして笑うんだ?」
目の前の美人さんが答えてくれた。
「私が君の幼馴染のユキだよ。ちなみに一人っ子だね。」
今聞いたことを頭の中で反芻するが、出てくる答えは1つだった。
「いやいや、ユキは幼馴染で男だったよな?!」
小学生だった当時を振り返ると、虫取りに川遊び、鬼ごっこやテレビゲーム、どこを振り返っても女の子と遊んでいたと言う記憶は無かった。
2人して泥だらけになったりとわんぱくであった記憶しかない。
「え?え?」
現実を受け止められない僕を周りが置いてきぼりにする。
ひとしきり笑い終えた両親が申し訳なさそうに言う。
「ごめんねうちのお馬鹿な息子が。ユキちゃんのこと男の子だと思ってたみたいで。」
「いえ、大丈夫です。当時は女の子らしさとは無縁でしたし。泥んこになってカズ君と遊ぶのは毎日楽しかったんですから。」
両親と幼馴染が思い出話に花を咲かせかけたところで、トラックから降りて来た引越し業者から荷物運びの指示が欲しいと声が掛かった。
「今、鍵を開けますので運び込みと家電の設置をお願いしますね。」
テキパキと業者へ指示を出す大人びた姿の幼馴染はとても同い年には見えずに、ただただ後ろ姿を追っていた。
一通り指示出し終えるとこちらに戻って来る。
「今日はわざわざお手伝いに来て頂いているのに、うちの両親が急遽仕事なんて本当にすみません。」
「あらあら、全然気にしないで良いのよ〜。またお隣さん同士息子もよろしくねぇ。」
おっとりした母さんはパタパタと手を振りながら応える。
「こちらこそ不束者ですが、カズ君を幸せにして見せます。」
何かおかしい気もする挨拶は当然のように僕を置いてきぼりで進められた。
付いて行けていない状況のまま、幼馴染の指示の下、うちの家族も荷解きを始めたのだった。
重い荷物を運び込み終わると家具の細かな設置やら配線やらとやることは山積みの中、空腹を腹の虫が知らせた。
「あらあらもうこんな時間なのねぇ。引越し蕎麦を茹でちゃうから、ちょっと待っててねぇ。」と母は家に戻って行った。
幼馴染は丁寧にお礼を言うとお皿を食器棚へしまう作業に戻った背中へ問いかける。
「なぁお前って本当に女の子だったの?」
「そうだよカズ君。昔は自分の事を僕って呼んでいたり、スカートは嫌で履かなかったりしていたから君はずっと男友達として接してくれていたね。」
「すまん、本当に男だと思ってた。」
「いやいや、謝らないでくれ。私は君と遊ぶのが本当に楽しかったんだ。」
そう言う彼女は、こちらを振り向くと見惚れてしまいそうな、はにかむ顔を見せた。
こちらを振り向くと同時に、長い手入れの行き届いている、高い位置で結ばれたサラサラの黒髪は、動きと合わせて揺れていた。
少し見惚れていた自分に気がついて、慌てて何か話す話題を探す。
「なんだか、いまいち信じられないから当時の事とか話してよ。」
酷くぶっきら棒な聞き方をしてしまったが、彼女は顎に手を当て何かを考える素振りを見せた。
「そうだな、君はこの怪我を覚えているかい?」
彼女は自分の着ていたエプロンを外し、Tシャツの裾をゆっくりと持ち上げた。
透き通る様な素肌の腹部が露わになるが、下着まであと少しと釘付けになっていた視線は、捲られるにつれて肋骨付近の大きな傷跡へと移った。
この傷の位置は覚えている。
自分にも同じタイミングに付いた傷跡が残っている。
この辺りは程よく田舎で、遊び場と言えば山の中が候補の1つだった。
その日は前日の大雨で足元はぬかるんでいた。
ユキは足を滑らせ2メートル程の崖を滑り落ちてしまった。その時運悪く倒れた木により腹部は大きく抉られてしまったのだ。
僕は滑り落ちるユキへと手を伸ばすが、勢いの着いた子供2人は一緒に落ちてしまった。
幸い僕の怪我は命に関わる程では無かった。
きっと普段であれば泣き叫ぶ程の痛みであっただろうが、それどころでは無かった。
ユキは酷い出血で、どうにかして助けなければならないと必死だった。
火事場の馬鹿力というやつだろうか、子供が子供を抱えて崖を登り近くの民家まで運んでから僕は意識を失ってしまった。
それから暫く2人は入院生活を送っていた。
僕は1ヶ月もしないうちに退院したが、ユキは半年以上も病院生活を送っていた。
そして、退院後すぐにユキは親の都合で転校となってしまった。
そんな昔の事を思い出し、目の前の人物と当時のユキが重なった。
「ユキなんだな。」
「やっと信じてもらえたかい?」
「あぁ流石に信じるよ。」
「それは何よりだ。」
満足そうにユキは服を下ろした。
「後遺症とかって特にないのか?」
「内臓を傷つけてしまったから、お酒は控えた方が良いらしいけど、今のところ関係無いね。後は気圧の変化でたまに疼くくらいかな。」
「そうか、見た目は美人だし、とりあえず元気そうで良かったよ。」
ユキはこちらを真っ直ぐに見つめてくる。
「私の事を美人と言ってくれるのか?君の好みに沿っているだろうか?」
好みか好みで無いかで言うのであれば、狙い澄ましたかのように好みだった。
綺麗で艶やかな長い髪にスラリと長い手足、胸は少し控えめかもしれないがこれからの成長は期待できる。
だがそれを正直に言うことはこのお年頃の自分には幾分難しい。
真っ直ぐ見つめてくる視線から避け「まぁ、良いんじゃないか?」と無難な返事をした。
「そうか、胸は控えめかもしれないがは母親は父親と出会ってからあのサイズに成長したらしいから心配はいらないよ。」
こいつはまるで内心を見透かしたかの様に男の子の心配事を打ち消した。
「む、胸なんて。べ、別にあっても無くても全然気にしないしぃ。」
べったべたに泳ぎ過ぎる目が憎い。
ユキは楽しそうに目を細めると、お年頃の男の子の心を抉ってくる。
「カズ君昔言っていたじゃないか。大きくて形が重要なんだって。」
小学生だった当時の知ったかぶり野郎を叱りつけたい。
「それに、私はカズ君にならどんな目で見てくれても構わないんだ。君は命の恩人で親友だからな。」
そう言い切り一息置くと、1つ付け足された。
「今は親友と言ったが、実のところランクアップをお願いしたい。」
「ランクアップ?」
その問いかけにユキは小さく頷く。
「親友から恋人、そして、お嫁さんにして欲しい。」
小さく飲み込んだはずの唾の音が聞こえた気がした。
「私は傷はあるが、スタイルは良い方だし、炊事洗濯掃除と家事も普段からこなしてきっと良いお嫁さんになれる……どうだろうか?」
後半は消えそうな声だった。
ユキはこちらをじっと見つめる。
正直訳が分からない。
数年ぶりに会った幼馴染は女の子で、たった今告白してきた。
問いかけに対して問いかけるしか声が出なかった。
「なんで久しぶりに会った幼馴染の俺にそんな告白なんてできるんだ?」
ユキは薄っすらと口許を綻ばせる。
「君と離れ離れになってから、君の事がずっとずっと忘れられなかったよ。
一緒に遊んでくれたことも、あの事故の時にずっと声を掛けて運んでくれたことも。
全部君との思い出が私を形作っているんだ。
だからね。
今日君に会えたら、もう止まらなくなってしまったんだ。」
ユキの一生懸命な姿に目が離せなかった。
断る理由なんて1つも見当たらない。
自然とユキの腕を引き寄せていた。
「これから宜しくな。」
「精一杯の気持ちを君に。」
その甘やかな状況を影からこっそりと覗く2人は微笑ましそうに呟く。
「あらあら。我が家に娘ができそうねお父さん?」
「青春しやがって、ユキちゃんを泣かせたら俺も許さんぞ。」




