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素直でクールな彼女  作者: わほ
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短編「的前すくーる」

弓道は少しかじった程度なのでおかしな所があれば教えて下さい。

張り詰めた空気の中でキリキリと引き絞られていく弓の音が響く。


十分に詰合い伸合うと、一瞬の静寂が訪れる。

凛とした彼女の表情は一点を見つめ、左手を僅かに的へ突き出す。


キィンと高い弦音が響いた後、弦に押された矢が吸い込まれるように的を貫いた。

的から響く音に遅れるように、会場は全ての矢を的に納めた彼女のために拍手が鳴り響いた。



彼女がゆったりとした足取りで射場を後にすると、目の前には1人の男が立っている。

「おめでとう。また皆中だな。」

「ありがとうこざいます。先輩が見ていてくれたから外す気がしません。」

何のことは無いと言った調子で彼女は答えた。

その様子を周りで見せつけられるチームメイトはやれやれと2人のやり取りを眺めるが、先生の元へ行かねばなら無いと部長が彼女へと声をかけた。


彼女はコクリと部長へ頷くと、こちらに向き直る。

「緊張の後の先輩との会話はとても心地いいのですが、先生の所に行かないといけません。また後でと言うことで失礼します。」

律儀にそう言うとその場を離れた。


彼女は一個下の後輩だった。

今年度の彼女は非常に好調で、2年生の頃より8割から9割の的中率を維持してはいたのだが、とある約束をしたことで3年生となった現在は公式戦では一切的から矢を外さなくなった。



その約束とは、自分の卒業式の帰り道に突然と告げられた。

「インターハイで優勝したら結婚して欲しい。」

告げられた時は何を焦っているのかと聞いたが、別に焦っているわけでは無いそうだ。

彼女曰く「別れる気は無いのだから、いずれ結婚するとは思います。けれど、何か1つでも先輩が尊敬してくれることが欲しい。そして先輩に勝った時のご褒美の要求です。」と言われた。


内心彼女のひたむきさや、素直で真っ直ぐな所は尊敬もしているし、好きだと思っている。それでも彼女自身の気持ちの問題かと、口に出すことはしなかった。

そして、その日以来少し高い買い物のためにバイトを増やすことにした。



しばらくすると彼女は、チームメイトと共に戻ってきた。

「先輩、次が決勝です。次も外しません。覚悟してて下さいね。」

そう言うと隣に自然と腰を下ろした。


「次の準備しなくて良いのか?」

「今充電中です。」

彼女は肩に頭を乗せると、ゆっくり目を閉じた。


「何よりも大切な時間ですから。」

かすかに聞こえた声には答えずに、重ねられた手に力を込めた。


「先輩。」

「なんだ?」

「先輩の好きな弓が私は引けていますか。」


「そうだなぁ……。見ていてとても安心できるからいつもの好きな弓だよ。」

気持ち緊張しているのだろうか、より丁寧に引き分けている弓ではあるが、十分すぎるほど見事な射形だった。


彼女は満足そうに頬を染めると、緩んだ口許を引き締めた。

辺りには弦の音と、的から響く音だけが響いていた。


しばらくすると立て続けに会場を拍手が包み、また1人と矢を的へと納めていた。

最後の1人の弦の音がしたかと思うと、肩に感じていた温もりが離れていく。


「それでは先輩、行ってきます。」


「あぁ、行ってこい。ここで見ているから。」


「はい。」

そう言うと彼女は最後の舞台へと向かって行った。



決勝で残った2人は一歩も譲らず矢は的から外れる事は無かった。

五本目にして、ようやく試合が動く。

的が一回り小さくなる事で、相手の矢が的を蹴ったのだ。

会場は矢が的を削る音を響かせ、中り(あたり)判定はバツ印が付く。

試合をここで決める。

彼女の強靭な精神的にも大一番だった。

しかし、その感じる気持ちの昂りが堪らなかった。


そして、そこからの彼女の集中は誰の目にも明らかであった。

ゆらりと立ち上る打起こしから、矢は一切のブレもなく地面と平行に引き分け、会で静止した。

静止後、彼女は体の左右へと力を伸ばしていく。


何秒経ったろうか、会場全体の1秒が引き伸ばされる感覚。

彼女は分かっていた、この矢は間違いなく的へと届く。

そっと丁寧に、だが力を込めて矢を送り出す。


静止した会場は、的を貫く矢の音で時間を取り戻す。


会場は割れんばかりの拍手が響いた。


誰が最初に拍手をしただろうか。

簡単だ。

中ることを確信していたあの人が最初に祝福してくれたに決まっている。


会場を出ると彼が目の前に居た。

そっと彼に倒れこむ。

「すみません、先輩の顔を見たら力が抜けてしまいました。」

「みんな見てるから、少しだけだぞ。」

緩く甘い空気を纏わせる2人に、部長が近づきわざとらしい咳をする。


「コホン、男子の決勝が終わればすぐに表彰式だからね。」


彼女は体を少し離すと、部長へと向く。

「私だって緊張していたので、これくらい許してほしいです。」

わざとらしく口を膨らませ答える。

「もぉ、見てる方も恥ずかしいからさっさとしてよね!」

「部長はいつもツンデレですね。」

「ツンデレ言うな!少しだけだからね!」


「部長のお許しが出ました。私の旦那様?」

「おいおい、先にそれか。それなら、後で渡そうと思ってたんだが……。」

男はポケットから手のひらサイズの小箱を取り出した。

「受け取ってくれるか。」

彼女は普段見せたことの無いような顔で答える。

「当然です。はめてくれますか?」

「あぁ。」


ゆっくりと左手を手に取り、彼女の指へ指輪をはめた。


「綺麗ですね。」

「似合ってる。」

「ふつつか者ですが、宜しくお願いします。」

「こちらこそ宜しく頼む。」


会場からは男子の決勝が終わることを告げる拍手が鳴り響くなか、2人のこれからが始まろうとして居た。



部長「表彰式で指輪は外すこと!」

渋々了承する彼女でした。


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