哀れなダニー
哀れなダニー
出稼ぎから帰ってきた俺に3ヶ月ぶりに会い、嬉しさを隠せずに、俺の周りをチョコチョコと歩き回る女の子。風に飛ばされてしまいそうな小さな体を動かして、俺に思いっきり甘えてくる。今までのクソッタレな人生とおさらばだ。彼女はこれでもか、これでもかと俺を抱きしめる。頭を俺の胸にこすりつけてくる、まるで猫の様に。あと1回だけ出稼ぎをしなければならない。それが終わったら、彼女の実家へ挨拶に行こう。そしてこのさびれたレッドリングからおさらばだ。
「もう離れるのめんどくさいから結婚する!他に子なんかにとらせないから。」
「おおっと……先に言われちまった……。」
俺はモテないのに、彼女の嫉妬は終わらないが、そこがまた愛らしい。指輪を渡す時は必ずこちからサプライズをしかけてやる。真夜中のレッドリングを、彼女と手を繋いで歩く。許可なく同居はさすがにマズイので、彼女をアパートに送り、俺は実家に帰った。一ヶ月だけ休暇をとった後、俺はすぐに国をでて金を稼ぎにいく。この一ヶ月は、俺にとって本当に幸せな日々だった。生涯のどんな時よりも。彼女は母親の浮気で産まれた子だ。オマケに彼女はクズ共にストーカーやセクハラを何度もされてきたから、彼女は精神を患った。そんな彼女が俺を救ってくれたのだ。暗く、虚しく、苦しい日々から。休暇を終えた日、彼女は子供のように泣いた。俺はこの娘にこんなに愛されているのか……。それだけで幸せだった。安い金で長時間電話ができるいい時代だ、この時代に生まれてきて良かったと思う。俺はちっとも寂しくなかった。
ある日、休憩中に携帯を開くと友人から何件も不在着信があった。俺は彼に電話をかけた。今思えば、かけ直すべきではなかっただろう。俺はすぐに帰国した。仕事を投げ捨てて。俺はギリギリの精神状態で、病院へ向かう。個室には泣き崩れた彼女の家族と、俺の仲間、そして仏になった彼女がいた。死体は原型を留めてはいなかった。数人の強盗に強姦された後で、殺されたらしい。明らかな猟奇殺人だった。俺はバラバラになった彼女を見つめていた。あの可愛い顔はどこにもない。俺は彼女の墓の前を一歩も動くことができなかった。夜になれば化けてでてきてくれることを祈った。涙も枯れた。クソ……、戻ってきてくれ…。どうかその可愛い顔を見せてくれ。戻って……戻って…戻って来いよ……。墓の前で呆然と立ち尽くしている俺の背後を、人々が通り過ぎていく。ふと俺の背中に、懐かしい気配を感じた。スーツ姿の男が数人、隣の墓をキレイに飾っている。お供えものには酒と葉巻。こんなバカなことするのは、ヤツしかいない。
「墓場でタバコを吸うなジェリー、死者が起きるぞ?」
「んあ?おっ?ダニー!ダニー・ボーイ!久しぶりだなぁ。」
もはや惜しくない命だ。そんな俺にぴったりの仕事を与えてくれる人間がそこにいる。




