第8話「本物」の豪邸へwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
学校の周りは大変なことになっているが、それなりに離れるといつも通りのんびりとした小机町であった。
僕も自分で感じていたよりテンパっていたのか、徐々に落ち着きを取り戻してきた。
まだ少し興奮気味の沙織を連れて歩いて行くと、小机町という田舎町に決して「あってはならない」高い塔が徐々に近づいてきた。
それは中世西洋風の城のようであった。
あれは沙織の家の一部で、子供の頃、あらゆる場所から見えるあの塔をよく目印にして遊んでいた。
どんなに遠くに出かけても、あの塔に向かって戻れば必ず家に帰れるのだ。
待ち合わせ場所として「塔の近く」というのもあったな…
その塔の方へ歩いて行くと、どこまでも続く高い壁に辿り着いた。
とんでもない広さの敷地をその高い壁は全て囲い込んでいた。
全くこんな壁何のために作ってるのか…一体何と戦ってるっていうの?
壁沿いに歩くと僕達よりも高くて、それこそ銃撃くらいなら軽々と防ぎそうな門に辿り着いた。
その門は外から中の様子が見えない作りで、全ての者を威圧し追い払うかのようであった。
沙織はその門の前に立ち、ポケットからスマホを出すと慣れた手つきで操作した。
すると「ギュイーーーーーーン」と何が発進するんだという感じのモーターやギアが回る音が聞こえてゆっくりと門が開き始めた。
そして開いた門の向こうには、西洋式の庭園が広がり、その先にはとんでもない豪邸がそびえ立っていた。
昔、初めてここにやってきた時、小さかった僕は「城だ!」と思っていた。
童話とかに出てくる王様と女王様が住んでいる城にしか見えなかった。
その城から出てくるお姫様のようなキラキラ輝いた女の子、それが沙織だった。
最初はその女の子がずっと僕のそばにいるので、小さかったから良くは分からなかったんだけど、それが凄く嬉しかったし当たり前のように「この女の子とずっと一緒にいるんだろうな」と考えていた。
しかし、だんだん大きくなるにつれ、「何故沙織は僕以外と話そうとしないんだ?」に変わっていった。
沙織が言うには僕につきまとい始めた切っ掛けとなる事件があったらしいのだが、僕はそれが一体何だったのか全く覚えていないし沙織も恥ずかしがって教えてくれないので分からない。
この大きすぎる豪邸に沙織は家族3人で住んでいるのだが、大事に育てられすぎて昔はあんまり外に出してもらえなかったし、何となく社会に適応できなくなっているのもその辺りに原因がある気がする。
温室のような豪邸で大事に育てられた沙織は、世の中を恐れ、人間を怖がり、学校を爆破し、豪邸に戻れば自分の部屋でアニメを見たりゲームに没頭する。
沙織は完全に「本物」の中の「本物」になってしまったのだ。
そして僕を「本物」の愛でいっぱいにしてくれる。
もうどうにもならない…現実とは無慈悲で全員が幸せになるようになどできていないのだ…
時々どうして沙織と付き合っているのか、わからなくなる時がある…
「ただいまなのんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
沙織が元気良く玄関に入ると、沙織のお母さんがパタパタと出てきた。
沙織の親だけあってめっちゃキレイで、立ち振舞を見ても育ちの良さがにじみ出ている。
沙織はメチャクチャだが、沙織のお母さんからはしっかりとした理性を感じることができる。
高校生の親なんだからそれなりの年齢なはずなんだけど20代くらいにしか見えない。
いやむしろなんというかのんびりとした感じで、沙織のお母さんの周りだけゆっくりとした時間が流れていて年齢の割には若いというか大人なのに子供のような純粋さを感じるのだ。
「おかえりなさい、沙織。差身君もゆっくりしていってね」
僕は沙織のお母さんに挨拶をすると、沙織と一緒に沙織の部屋へ向かった。
こんなに早く帰ってきたのに、沙織のお母さんはいつも通りだった。
さっきの「本物」の事件はまだ知らないのだろうか?
いや、普通なら入学式の日だというのに9時前に帰ってきたら、どんなに勘が悪い人でも色々気がつくはずだ。
まあ、今までも色々あったからな。
突然こうして訳の分からない時間に、沙織と一緒に沙織の家に来るのも初めてではない。
沙織のお母さんもこういうことには慣れているのだろう。
沙織は部屋に入ると、楽しそうに騒ぎながら「のんのんびより」の2期である「のんのんびより りぴーと」のブルーレイを流す準備を始めた。
めっちゃ豪華な部屋なんだけど高そうな壁紙に画鋲で穴を開けて色んなアニメのポスターを貼りまくっていたり、アニメやゲームのフィギュアもたくさん置いてある。
完全に沙織の「本物」の頭の中身を具現化した「本物」の部屋だ。
部屋の隅にこれもまた高級そうなテレビボードがあって、その上に60型のめっちゃ大きいテレビが乗っていた。
しばらくすると、そのめっちゃ大きいテレビに「テレビ放映もされていない。先行上映イベントも始まっていない。絶対に世に出てはいけない」はずの「のんのんびより りぴーと」が流れ始めた。
「はじまるのんwwwwwwwwwwwwwwwwwwww最高神れんちょん様の入学式wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
僕と沙織は沙織のベッドに腰掛けそれを見始めた。
いつも通りだし誰も見てないから気にはならないんだけど、沙織はずっとはしゃぎながら僕にベタベタくっついていた。
沙織のベッドは室内なのに何故か屋根がついていてパーテーションで囲まれている。
品の良いベッドではあるのだが、これ1つと僕の部屋の中にある全てのもの値段を比較しても、間違いなくこのベッドの方が高いだろう。
何もかも贅沢過ぎて、ここにいたら現実が見えなくなり駄目になってしまいそうだ。
そう考えると、朝からこんな所に座ってアニメを見てても良いものかと、贅沢慣れしていない僕は不安に襲われる。
ああ、確かにこの「のんのんびより」はまだ見せられてないな。
今までうなるほど見せられたから全部覚えてる。
一体お前のパパはこれをどうやって手に入れたんだ?
沙織のパパは有名人で、一代で財を成したバリバリとオーラが出ているイケメンカリスマ実業家だ。
何をしている人か詳しくは分からないけど、ちょくちょくメディアにも取り上げられている。
ここで何回か見かけて軽く挨拶くらいはしたことがあるんだけど、なーんかあの人も胡散臭い感じがするんだよなあ。
沙織から感じる危険な感じを、沙織のお父さんからも感じるのだ。
「ういっひいっっひいひひいいいwwwwwwwwwwwwwwwwwwwれんちょん様も入学式wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww私達も一緒にれんちょん様の入学式に参加しようwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
病んだ笑みを浮かべる沙織の頭の中では、僕と沙織でこのアニメの中の入学式に参加しているんだろうな。
間違いなく、沙織には自分のリアル入学式よりも、この世界の入学式の方が重要なのだ。
何言ってるんだよ!!!何が参加しようだよ!!!!
これはアニメなんだよ!!!!存在しないんだよ!!!!
データだよ!!データ!!!!
目を覚ませ!!!お前はどっちの世界に住んでいるんだ!!!!
沙織の現実逃避に付き合っていると、そっと沙織の部屋のドアが静かに開いた。