第15話「本物」の天敵wwwwwwwwwwwwww
みんなに追われないうちに小走りで僕のクラスを抜けだすと沙織のクラスへと向かった。
沙織はしっかりと僕の手を握りしめ放そうとしなかった。
さっきと違って僕と2人きりのせいか、沙織は余裕が出てきて表情の硬さも取れてきた。
「沙織は凄く人気があるよな。もっと自信を持って話せば良いのに」
歩きながら僕がそう言うと沙織は病んだ笑みを浮かべながら首を振った。
「ああwwwみんな私のことを睨んでたよなwwwwwwwwwwwwwあいつらと何を話していいか全く分からないwwwwwwwwwwwwwwwww私は人気などない駄目な人間だwwwwwwwwwwwwwwwwそれより差身の方がビッチ共から人気あるぞwwwwwwwwwwwwwwwww」
沙織はそこまで暗い顔はしていなかったんだけど自虐気味に自己否定した。
そしてかなり警戒した様子で僕が人気あるのだと言うのであった。
全く沙織は誰と戦っているというのか。
さんざんお前が僕にくっついているから、みんな沙織が僕の彼女だってわかってるよ。
彼女がいるって分かったら誰も寄って来ないと思うんだよな。
今までだって沙織以外僕に言い寄ってくる女の子なんていなかったしね。
幼稚園あたりから「本物」のつきまといは始まっているからな…
「僕は人気なんかないよ」
本当にそれは沙織の心配しすぎだ。
でも僕がそう言うと沙織は僕の顔を覗き込むようにじっと僕の目を見てきた。
沙織がそうする時は僕が嘘をついていないかどうか疑っている時だ。
昔から沙織はそうしてきたんだけど、未だにじっと僕の目を見る時の目つきは変わらないままだ。
「いやwwwwwwwwww差身はモテるwwwwwwwwwwwwwさっきも差身のことを聞かれたwwwwwwwwだから私は監視の目を緩めるわけにはいかないwwwwwwwwwwwwwwwww朝からずっと差身のことをたくさんのビッチ共が見ているのに気がつかないのか?wwwwwwwwwwwwwwwwww」
沙織が僕の目をじっと見たままそう言うんだけど、そんなことはなかったと思うんだけどな。
それより沙織の方が物凄い人気ぶりだよ。
むしろお前が僕にくっついてるから見られてるんじゃないのかなあ?
「気のせいだよ。誰も僕のことなんか見てないよ」
沙織を安心させるためになるべく優しくそう言ったんだけど、沙織は病んだ笑みを浮かべながら首を横に振るのであった。
「いつも差身は気づかないんだなwwwwwwwwwwwwwwwwwwまあいいwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww差身に手を出すビッチには地獄を見てもらうからなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwウヒヒヒヒヒヒィィィxsk;kpswwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
沙織は目に黒い影がかかり凶悪な光を発しながら、 狂ったように病んだ笑みを浮かべ笑い始めた。
何が地獄だよ。もう入学式の日に全員が地獄を味わったよ。
あれ以上の地獄なんて、この学校であるわけないだろ。
何かやったら沙織だって、転校させられちゃうんだぞ。
しかし今考えると、僕も僕で沙織に消されそうな人達をピックアップして、何とか守ってあげなくてはならなかったのだ。
沙織の「本物」が加速し始めたら誰にも止めることなどできない。
その前に僕が色々察して、沙織の「本物」を止めなくてはならなかったのだ。
沙織は自分のクラスの前に行くとピタリと立ち止まり、そっとクラスの中を覗きこみ指をさした。
「差身wwwwwwあの2人組のビッチだwwwwwwwwwwwwww」
沙織が指さした方を見ると、教室の奥の方で談笑している女の子達がいた。
なんだ。ビッチだというからどんな子達かと思ったけど、普通のまともそうな良い子じゃん。
草むらで聞き耳を立てているうさぎのように、沙織は気配を消し全く動こうとしなかったんだけど、僕はまごまごしている沙織の手を引きゆっくりとその子達に近づいていった。
「こんにちは。沙織に声かけてくれてありがとう」
僕がその子達に声をかけると、その子達は一瞬意味が分からないような顔をしたが、沙織が隣にいるのを見てすぐに笑いかけてくれた。
でも沙織はどうして良いのか分からないまま、ガチガチになって固まっていた。
見た目がキレイせいか、何だか怒っているようにも見えてしまう。
でも、知らない人と打ち解ける術を知らない沙織には、もうこれが精一杯であった。
それでもあの沙織がこうして自ら知らない人のそばに近寄るだけでも奇跡である。
沙織にしては頑張ってる。
「ううん。ずっと一緒にいて仲良いよね」
片方の子がとりあえずそう話しかけてくれた。
全然悪い感じのしない気さくそうな子だったんだけど、沙織はどうしたら良いか分からなかったのだろう。
もしかすると、沙織はわざとではないんだけど、この子達を嫌な気分にさせてしまったかもしれない。
「うん、ごめんね。沙織はその、凄く人見知りで慣れるまで時間がかかるんだ。仲良くしたいんだけど、話しをするのが苦手なんだよね」
僕がそう言うと2人とも驚いた様子で、一瞬沙織のことを見てから、僕を見ながら感心したように何度も頷いた。
「えー、そうなの?私、相手にされてないのかと思ってた」
「そうじゃないんだ。本当に人見知りなだけで挨拶が苦手なんだ」
すると次第に沙織の周りに人が集まり始めた。
沙織も見知らぬ人が怖かったんだけど、みんなも沙織を見ていまいちどう接していいのか分からなかったのだろう。
沙織にクラスの仲間が話しかけ始め、沙織も何とか不器用に返事をし始めている。
良かった。初日にしては上出来だ。
それにしても、沙織が複数人のクラスメイトに囲まれてるなんて初めてかもしれない。
小さな頃から一緒にいたけど、沙織は僕と離れてる時は常に孤独だった。
そして、僕を探しているか、目立たない場所でガチガチになって僕が現れるのを待っているのだ。
沙織は「本物」ではあるんだけど、純粋で繊細な女の子で根っこの部分は決して悪くない。
むしろ気持ちがキレイ過ぎて「本物」になってしまったのかもしれない。
だからこそ、本当の沙織をみんなが理解してくれたら、きっと沙織はクラスでうまくやれるだろう。
誰でも相手の心が見えるなんてことはなくって、手探りで相手の心がどんなものなのか考えていくのだ。
沙織の心とクラスの友達の心がある程度重なりあって、徐々にひとつの世界ができてきたら、相手の心が見えなくても気持ちはつながっていく。
時間がかかるかもしれないが、沙織は変われるかもしれない。
知らない人とでも怖がらずに接することができて、僕がいなくても1人でやっていけるようになれるのではないだろうか。
ちょっと安心した僕は何となく沙織のクラスを眺めてみると、少し離れた所に僕達を怒ったような目つきで見ている女の子がいるのに気がついた。
その子と僕は目が合ってしまったんだけど、その子は機嫌が悪かったのか目線をそらした。
話しかけようかとも思ったんだけど、その時はどうして良いか分からなくってそれを止めた。
そのとき、まだその子が、これから沙織の天敵になるとは知る由もなかった。