6 ブリキのきこりと茨の森 前編
案山子とライオンの呪いを解き、残るはブリキのきこりの呪いを解くだけだとウェストはにこにこしながら言う。ハルカは、呪いのすべてがとけたら、自分はどうなるのだろうと考えた。よくファンタジーでは元の世界には戻れないことが多い。転生した先で勇者になって戦うとか、ゲームの世界から出られなくなったからそこで生活していくとか、そういった話をよく読んだ。
(もし、これが夢じゃなくて物語みたいに転生とかだったらどうしよう)
ハルカはそう思うと、胸がつぶれそうだった。この世界の問題を自分が解いたとしても、自分のいた世界に帰れないのならがんばっても無意味な気がしてきた。ウェストは不安げな顔のハルカに大丈夫よと笑顔で言う。
「ハルカはちゃんと元の世界へ帰れるわ」
「どうして、そんなにはっきり言えるの?」
「だって、この世界の魔女や魔法使いがどんなにがんばっても解けなかった呪いをといたのよ。それってすごい魔力の持ち主ってことだわ。だったら、きっと時間軸も世界軸もうまくあわせられるはずよ」
「それって、ドロシーみたいにうちに帰れるってこと?」
ウェストは一瞬ためらったように見えたが、ええもちろんと笑顔で答えた。ハルカは少し安心した。それでも一抹の不安はぬぐえない。
(あたしまでいなくなったら……きっとお父さんが死んじゃうわ)
そんなのは駄目だとハルカは思った。母が癌で他界して、ハルカと父はお互いに元気なふりをしてきた。そうすることで、ようやく本当の元気がでてきたのだ。ここで自分までいなくなったら、あまりにも父がかわいそうだとハルカは思う。
(何が何でも帰らなきゃ)
ハルカは強く、強く思った。
「さて、これからどうしようかしら。このまま、ブリキの森へ行くとしたら、着いたころには真っ暗ね」
「シティかカントリーの宿屋とかに泊まればいいんじゃないの?」
「そうしたいところだけど、どっちも魔女は泊めてくれないの。森の入り口には樵小屋があるから、今晩はそこに泊まりましょう。このあたりに食事処があったかしら」
ウェエストはしゃがみこみ鞄をあけて、道具を検分していた。しばらくして、懐中時計のようなものをとりだすと、鞄をとじてすっと立ち上がる。
「さて、夕飯は何がたべたい?」
ハルカは少し考えて、カレーがいいなと言った。
「カレーってカリーのことかしら?あの茶色のどろどろした香ばしい匂いと辛い味がするヤツ?」
ハルカはちょっと想像して、たぶんそうだと思うと答えた。
「ウェストはカレー……じゃなくて、カリーが苦手?」
「いいえ、大好きよ。あまり辛すぎるのは食べられないけど。よし、じゃあカリーのお店を探してちょうだい」
ウェストは懐中時計のようなものに、そう命じた。カチカチ、コトコトと音がしたかと思うとチンとなった。
「ここから東に向かって行けば、小さな町があるようね。馬車で十分。よし、ハルカ行くわよ」
ウェストはポケットに道具をしまうとハルカの手をとって歩き出した。
(なんだか、携帯かスマートフォンみたい……)
ハルカはすこし元気が出た気がした。
「また、あのお尻がいたくなる馬車なのね」
「そうよ。でも、十分だから。我慢、我慢」
ブリキの馬車で十分ゆられてついた場所は、あまり流行っているとは思えない古びたレストランだった。ウェストはさっさと二人分のカリーを注文した。
(味は確かにカレーかも……)
ハルカはおそるおそる口にしたスープには、目玉のようなものがごろごろと入っていた。ウェストは平気な顔でそれをパクパク食べる。とても、おいしそうに。ハルカはスプーンで目玉のようなものを、つんつんとつつきながら、食べるべきか残すべきか悩んでいた。それを見ていたウェストは言う。
「ちゃんと食べとかないとお腹が空いて眠れなくなるわよ」
ハルカは目をつぶって、思い切って目玉を一つ口に放り込んだ。そして、がんばって租借するとまるで軟骨のから揚げを食べているようにこりこりして、カレーの味が一層おいしく感じられた。
「おいしい……」
ハルカが驚きとともにつぶやいくと、ウェエストはくすくす笑う。
「まあ、見ためがちょっと気になるけど、これれっきとした豆なのよ」
「豆?って植物の豆?」
「そう、アイ豆っていうの。チキンの軟骨みたいにコリコリしてるし、カリーのスープをたっぷり含んでるからおいしいでしょ」
ハルカはうんとうなずきながらも、魚の目玉だといわれたほうが納得は行く気がした。昼間食べたサンドイッチの具材は、ふだん食べているものとなんら変わりがなかったから、ハルカはそのギャップになんとも言いようのない気分だった。
「とにかくしっかり食べなさい」
「わかったけど……明日の朝ごはんはどうするの?」
「朝ごはん?ないわよ」
ウェストは当たり前だといわんばかりだったが、ハルカが難しい顔をしているので疑問をぶつける。
「え?なに?ハルカは一日に食事を三度もするの?」
「うん、朝と昼と夜に一回ずつ」
「まあ、贅沢だ事。そんなに食べたら、体にも悪いわよ」
「そうかなぁ。みんな朝ごはんはちゃんとたべなさいっていうけど」
ウェストは行儀悪くスプーンを口にくわえて、ううんとうなった。そして、スプーンを口から外すとため息をつく。
「ハルカのいた場所はとっても豊かだったのね」
「そう……なのかな?」
「そうだと思うわ。この世界には一日に三食も食べる人間はいないもの。シティでもカントリーでも、一日二食。一食の人も多いわよ」
「どうしてそんなに少ないの?市場はあんなに賑やかでたくさん品物もあったのに」
「どうしてって、お腹がすかなければ、誰も何も食べないわよ。そんなにいつもお腹がすいてたら、仕事も勉強もできないわ。ここではお腹がすいたら食べるのが基本だけど、日に二度以上お腹が減ることはないわよ」
ハルカは小首をかしげる。ここにきて口にしたのは、紅茶とサンドウィッチと、このカレーだ。他には口にしていないし、確かにひどくお腹が空いたとかいう感じもしない。
(そういえば、太った人をみなかったような気がする)
ハルカは市場にいた人たちを思い出す。体の大きな人はいたけれど、太っているという感じではなかった。
「まあ、何はともあれ、食べましょうよ」
ハルカはうんとうなずいて、カリーを一皿たいらげた。目玉のような豆も、豆だと思えばなんなく食べることができた。どうやら、歯ごたえも味も食欲を刺激したのでしっかりと食べることができたようだった。それから、お店をでるとすっかり暗くなっていた。
「また馬車?」
「いいえ、ここはちょっと魔法を使うわ。最初にふたりで馬車道まで跳ねたでしょ。樵小屋は知ってるから跳ねても問題ないわ」
行くわよとウェストがハルカの手をとった。そして、ポンと跳ねるとあっという間に小さなログハウスの前にたっていた。
「先客はないわね」
そういって、ウェストはドアを開けて、パンと手を打った。次の瞬間、暖炉に火が起こり、部屋中のランプと蝋燭に火がついた。ハルカは、びっくりしながらも、家の中をゆっくりと眺めた。家具はベッドがあるだけで、他にはみあたらない。そして床には絨毯が一枚敷いてあるだけだった。
「ハルカはベッドを使いなさい」
「ウェストは?」
「大丈夫よ。大型のクッションを一つもってきてるから」
そういって鞄から手のひらサイズのクッションのようなものをとりだした。
「それ、小さすぎると思うけど……」
「そんなことないわよ」
ウェストがぱちんと指をならすと、クッションはベッドと変わらない大きさになった。
「これも魔法?」
「そ、魔法よ。さあ、もう寝ましょう。明日は早いんだからぁ……」
ウェストはそういうなりクッションの上に、うつぶせに倒れ込むとあっという間に眠ってしまった。すると暖炉以外の火が小さくなっていき、しばらくすると消えてしまった。ハルカもなんだかひどく眠くて、とりあえず、帽子とワンピースだけは脱いでベッドへもぐりこんだ。