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5 ライオンの墓 後編

 黄色いレンガ道ではなく灰色のレンガ道。黄色い道よりもきちんと整備されているようで、古くなった物や壊れたものが道の両脇に積んであった。まるで、お墓のように積まれたレンガは、ほとんど同じ感覚をあけて積んであるように見えた。

「着いたわよ」

 ウェストにそう言われて、ハルカははっとする。洋画で見るような綺麗な墓地が目の前に広がっていた。十字架はないけれど、斜めに傾いた黒い艶やかな墓石が行儀よく並んでいる。近づいてみると何か文字がほってあるけれど読めない。

「死者の名前となぜ死んだかが書いてあるの。その文字が消えると、新しい死者が埋葬されるのよ」

「新しい死者?どういうこと?死んだからお墓をつくるんじゃないの?」

「お墓が空くから死者がでるの。死者も三年しかこの世界に留まれないから、だいたい三年に一度、新しい死者がでるわ」

「それまでは、誰も死なないの?不慮の事故とかないの?」

「ないわ。だから、みんな死者と話すのよ。お互いに思い残しがないようにね。強いて言うなら、不慮の事故で亡くなったのはライオンぐらいなものだわね。少なくともあたしが知ってる限りだけど」

「病気の人はどうなの?」

「病人は墓があくまで死なないわね。この世界では死が終わりじゃなくて次へのステップみたいなものなのよ。体が亡くなって、魂が三年とどまってどこかに行くの。どこへ行くのかは誰も知らないけどね」

「じゃあ、心残りとか死にたくなかったのにって思いはしないの」

「そうねぇ。そう思う人を三年間でなだめるって意味もあるのよね。ここのお墓は」

 ハルカはうなった。理解がむずかしい。

「じゃあ、ライオンの死も最近のことなの?」

「いいえ、もう百年くらい前よ」

 ハルカはえっと大きな声を思わず出した。

「それって成仏できてないってこと?」

「ジョウブツ?……ハルカの言葉はむずかしいわね。天にめされるって言えばわかるかしら。ライオンはそれが百年もできないでいるから呪われてるわけ」

「天にめされる……うん、それはわかる。じゃあ、呪いを解けばライオンは次のどこかへ行けるのかな?」

「ええ、いけるはずよ。さあ、いきましょう」

 ウェストは、ハルカの手をしっかり握り、ぐいぐい引っ張って墓地の奥へと歩いていった。墓地はだんだんと暗くなる。木々が茂っているわけでもないのに空は暗い暑い雲が覆っていた。足元はぬかるんでいて、シダ類や怪しげな黒っぽい緑の蔦がはい回っていて、気色が悪いとハルカは思った。

「お前たち、邪魔よ。おどき」

 ウェストが一喝すると、草たちは驚いたように道をあけた。

「え?嘘。これ植物じゃないの?」

「植物よ。植物は人語をわかっているから、魔女が一喝すれば道をあけるわ。人間に踏まれたり詰まれたりすることには何も感じないし、抵抗もしないけど。魔女にだけには本性を見せるの。特に魔女は火の魔法も使うから言うことは素直に聞くわね」

「でも、人間だって火をつけられるよ」

「魔女の火は子孫を残させないほどの強い力があるの。人間の火はそこまでの力はないから、焼き払われてもすぐに芽をだすことができるってわけ。まあ、そんなことより、ほらこれがライオンのお墓よ」

 ウェストがそういって、大きな六角柱の表面をぺちぺちと叩く。ハルカも恐る恐るちかずいて、同じようにぺちぺちと触れてみた。硬くて冷たい。高さは二メートルぐらいだろうか、ハルカの身長が百四十五センチだから、てっぺんは見えない。柱は、ウェストの頭二つ分ぐらい高いようだから少なくても二メートル以上だとハルカは推察した。六角柱をじっと見つめていると、何かが動いている。水晶のような形の墓だが、水晶のように透明ではなく、霞をぐっと凝縮したように中ははっきりと見えない。


「なんか動いてるけど、あれがもしかしてライオンの勇気?」

「たぶんね」

「じゃあ、この墓石壊せばいいんじゃないの?」

「それができてりゃ、あんたに頼むこともないのよ。おわかり?」

 ウェストがおどけるようにデコピンをしてきたので、ハルカはムッとしながらも額をおさえて抗議する。

「もう、デコピン禁止」

 ウェストはくすくすと笑った。

「なんか、でも、すぐ割れちゃいそうな感じなのにね」

「ためしにその辺の石で叩いてみれば」

 ウェストにすすめられて、ハルカは足元にころがっていた石をつかんで思いっきり、墓に叩きつけた。ガツンと言う音とともに、振り下ろされたハルカの腕ははじき飛ばされて、思わずしりもちをついた。そのはずみで、右足が六角柱にあたる。

「え?なにこれ……」

 六角柱にぶつけたと思った足は、ゼリーのような感触の中にあった。それも六角柱の一角を突き抜けて。


(ぶつかるよね、普通……)


「ハルカ……何やって……」

 ウェストは笑いながら、ハルカを引き起こそうとしてしばらく呆然と固まる。ハルカの右足がすっぽりと墓石の中に入っているのだから、驚くのも無理はない。

「どうなってるの?ハルカってもしかして物凄い魔法使い?」

「違うよ。普通の子供だもん……気持ち悪いから抜いていいよね」

 ハルカはそういって右足を引き抜いた。

「どうやら、あんたの足なら呪いを解けるってことみたいね」

「あたしの足?」

「何やってもこわれなかったんだから、この墓石。ねぇ、もう一回ためしにつっこんでみてくれない?」

 そういわれてハルカは、おそるおそる右足を石につけて踏み込むように足をうごかす。こぼっという奇妙な音とともに右足は墓石の中に入った。泥沼に足を入れているような感覚が、ハルカには不快だったので、すぐに抜く。

「左足も突っ込んでみてよ。両足が入るなら足から中に入って、中の物をとってこれるかもしれないわ」

 ウェストがはしゃぐので、ハルカは仕方なく両足を柱につけ踏み込むように押した。すると、右足だけがずるりと柱の中にはいり、左足は堅い石を踏んだままびくともしなかった。

「右足だけみたいだね」

 ハルカはそうつぶやいて、足を引き抜き立ち上がる。

「どうしよう?中の物をとるには右足でどうにかしないといけないみただよ」

「そうね……」

 ウェストは考え込む。墓の中にあるキラキラ光る『何か』に触れるには、ハルカの右足しかないようだった。

「ハルカは逆立ちできる?」

「できるよ」

「じゃあ、逆立ちして右足だけで、あのキラキラした物体を蹴ってみたりとかできる?」

「できなくはないと思うけど」

 それじゃあやってっとウェストは無邪気に笑う。ハルカはわかったといって地面に手をつき、柱に逆立ちしてみせた。

「で?どうすればいいの?」

 ハルカがウェストに聞くと、とりあえず右足を中にいれてと言われた。ハルカはそのまま、右足だけを柱の中に突っ込む。すると足の甲のあたりに硬い物がぶつかってきたので、思わず蹴る。すると、がしゃんという音とともに何かがウェストめがけて飛び出した。ハルカはあわてて逆立ちをやめるとウェストをみた。彼女の腕の中には金色のライオン像が抱かれている。そして、水晶のような六角柱は消え失せて、あたりは明るくなった。地面もぬかるみから、普通の硬さをとりもどし、シダや蔦は見る影もなく、他の墓地とおなじように下草が生えた。

「すごいわハルカ。ライオンの呪いもとけたわ」

見てとウェストは地面を指差す。そこには他の墓地と同じように黒い板状の墓石が埋まっていた。

「なんて書いてあるの?」

 ウェストは涙目になりながら言った。

「ライオンは安らぎの中」

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