3 案山子の焼け野原
ハルカはユニフォームの上から、黒いだぼだぼのワンピースを着せられた。右足は包帯の上から生乾きの靴下をはき、靴はサッカーシューズ。ワンピースが長いから靴が隠れてしまう。とても歩きにくそうだと思い、スカートのあたりを指でつまんで、ちょっと歩いてみる。ウェストが言ったように足の痛みはすでにない。包帯は傷口に黴菌が入らないようにするためだという。地を踏んでいる感覚が妙に薄い気がしたが、歩けないわけではなさそうなので、ハルカはほっとした。そしてウェストは黒いマントを羽織、皮製の小さなカバンを持つと出発するわよとハルカの頭に、ひさしの広い三角帽子をかぶせた。これで、箒を
もったら、まさにおとぎ話に出てくる魔女の姿だった。
「ねぇ、どうしてもこの恰好じゃなきゃいけない?」
ハルカは一応ウェストにたずねる。駄目というそっけない返事が返ってきた。それを補足するように、なぜか怒ったような口調でゼロスが言った。
「お前は恰好だけでも奇妙なんだ。竜巻で飛んできたなんてばれてみろ。シティだろうとカントリーだろうと死刑だぞ」
ウェストは、ねっといたずらっぽくウィンクする。
「もしかして心配してくれてるの?」
ふんとそっぽを向いたゼロスの態度を、ハルカは好意的に受け取った。どうやら、ゼロスはちょっとだけひねくれた心配性のお父さんのようなものかもしれない。
「じゃあ、いってくるわ」
「おお、行って来い、行って来い。土産わすれんなよぉ」
ぜロスはそっけない態度で見送ってくれた。
ドアをあけてハルカは驚く。そこは一面の砂漠だった。ウェストの家のまわりだけは糸杉と何かの低木がびっしりと囲いのように植えられていて、砂が入る余地はないようだった。
「大丈夫、小さな砂丘だから」
そういって、ウェストはハルカの手をとると、軽くジャンプした。いっきにスカートが膨れ上がったかとおもうと、あっというまに道に立っていた。
「……びっくりした。ここで車を拾うの?」
ハルカは小首をかしげる。舗装されてない道路に、線路のような溝が二本。なんだろうとしげしげと眺めていると、どこからともなくブリキの馬車がやってきた。馬も手綱を握っている人もすべてブリキだった。
「案山子の焼け野原までいきたいんだけど」
「ヤケ野原ヘハイキマセンガ、手前ノ緑ノ丘ニナラトマリマスヨ。マダム」
「そ、じゃあそこまで、二人お願いね」
ウェストはハルカの手をとって、ブリキの馬車に乗せた。馬車の中もブリキでできている。クッションや革のカバーはない。ハルカは、ちょこんと座って、すわり心地を確かめてみたが、硬くて冷たい。
「これ、お尻が痛くならない?」
「座席までブリキだからね。ちょっとの辛抱よ。たいしたことないわ」
ウェストはカバンから缶を取り出して、飴玉をなめ始めた。ハルカにも瑠璃色の飴をくれた。
(味はメロンソーダに近いかな?)
特別不思議な味ではなかったけれど、飴をなめているうちに一本の大きな木がたっている小さな丘が見えてきた。あれが緑の丘よとウェストが教えてくれる。綺麗な芝生のように手入れされた下草たちは風がふくたびに波打つ。とても美しい風景にハルカは、うっとりとしていた。馬車を降りると、ウェストは丘に背を向けて、脇の道へと歩き始める。もう少し、丘を眺めていたかったハルカだが、仕方ないのでウェストについていく。
「案山子の焼け野原って何?」
「案山子が焼かれた場所なの。いまでも焼け続けている呪われた場所ってところかしら。危険なところではないわ。ただ、カントリーの人たちにとってあまり目にしたくない風景だから。さっき見た緑の丘は、道から焼け野原を見たくないから人工的に作った丘なのよ」
ウェストは少し暗い微笑みを浮かべた。ハルカはただそうなんだと少し悲しい気持ちになった。
(きっとドロシーが知ったら、泣いちゃうんだろうな)
共に旅をした仲間の末路。それがこんなことになっていたら、誰だって悲しくなるに違いないとハルカは思った。そして、小道を抜けると、青々とした麦畑が広がっていた。けれど、一箇所だけ、丸く真っ黒に焼けた畑があった。野焼きでもしたように、あちこちでぶすぶすと煙が昇っている。
「ここが案山子の焼け野原よ」
ウェストは何かをこらえるように表情のない顔で、あちこちから昇る煙を見ていた。
「このままにしていていいの?まだ火があるみたいだよ。他の畑に飛び火したりしないの?消さなくて大丈夫なの?」
ハルカはときどきニュースで見た光景を思い出す。野焼きのはずが、大火事になって山一つ焼けた光景。慌てふためく人々をよそ目に、必死の消火活動をする消防士。そらから消火剤を撒くヘリコプター。
「消さないいんじゃなにのよ。消せないの。飛び火の心配はないは、ずっとこんな風だからね」
ウェストは小さくため息を吐いた。
「カントリーの連中は案山子の呪いだってアタシたち魔女に呪いを解くように依頼もしてきたわ。でも、誰もこの火をけせなかった。氷と水の魔法でも消えなかった。アタシにも無理だった……」
ウェストはどこか悲しそうにそう答えた。ハルカはなんとなく、黒こげた地面をじっと見た。足元から視線を奥へと向けると、何か光るものが見えた。
「ねぇ、あれ、なんか光ってるよ。真ん中のところ」
「ああ、たぶん、案山子がオズからもらった脳だと思うわ。アレが呪いの元凶でしょうね」
「アレ、どうにもできないの?」
「そ、どうにもできないの」
ウェストはおどけたような口ぶりだったけれど、ハルカにはどうにかしたいと言っているように聞こえた。そして、ハルカは、なんとなくその光るものが気になって、気がついたら焼け野原に足を踏み込んでいた。
(あれ?熱くない?)
「ちょ、ちょっと何してるの!やめなさい!!」
ウェストは悲鳴を上げながら、ハルカに手を伸ばした。しかし、ばっちっという激しい音で、彼女の腕は弾き返された。
「まったく、なんてことなの!ハルカ、お願いだから、ちょっと戻ってちょうだい」
ウェストは持っていた革の鞄を地面に置いて開く。ごそごそと何かを探して取り出しているようだ。ハルカは、焼け野原でキラキラと赤く輝く案山子の【脳】が気になってしょうがないけれど、言われたとおり踏み込んだ足をさげて、ウェストの側にしゃがみこんだ。
「いくなって言ってもいくんでしょ」
「うん、熱くないから歩けると思う。それにすごく綺麗なんだもん、近くで見てみたい」
ウェストは小さくため息をついて、鞄から分厚い手袋を出した。
「見たら、触りたくなるでしょう。ほら、火除け手袋よ。これなら、どんな炎や熱いものに触っても大丈夫だから。持っていきなさい」
ハルカは大きくうなずいて手袋を受け取ると、さっと身につけて焼け野原へ、もう一度踏み込んだ。
(やっぱり、熱くない。空気も普通だわ)
ハルカは案山子の【脳】に近づいた。それは、真っ赤な夕焼けのようにゆらゆらと色がまたたく、髑髏だった。理科でならったような、脳の形ではなかった。ハルカは、黒服が焼けないようにスカートをまくり上げて腰で結ぶ。そして、そうっとしゃがみこんでコンコンと骸骨をつついてみた。大人の頭くらいはあるだろうか。向こうから見たときはもう少し小さく見えたけれどとハルカは思った。
とりあえず、そっと持ち上げてみる。
(軽い!)
思った以上に重みがないことに、ハルカは驚き、それからその髑髏をもってウェストのところへ、駆け戻った。
「見て、綺麗だよ。それにすごく軽いの。藁ほどの重さもないんじゃないかなぁ」
そう言った途端、真っ黒だった大地が、ざわっと揺らいだ。ハルカは地震だと思って転ばないようにふんばっていると、その足元から一気に黒焦げの大地はやわらかい若草色に染まった。
ウェストもハルカもびっくりして声もでなかった。そして、夕焼け色の骸骨は真っ赤なルビーのような色になり、きゅっと縮んでハルカの片手に乗るほどの大きさになった。
「……解けたんだわ」
ウェストは驚きと喜びに満ちた声で呟いた。そして、ハルカをぎゅっと抱きしめた。
「すごいわ、ハルカ。あんたってば、最高よ」
ウェストは子供のようにはしゃぐ。ハルカは何が何だかわからないけれど、ウェストが喜んでいるので自分もうれしくなった。