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鋼の火  作者: 古代紫
9/39

B班の新人

 行く日、幾月。

 どれだけ時が流れようとも変わらない。

 確かにあったその時を、ラーファは覚えている。

 自分が合いたいと願ってやまなかった少女が目の前に居たこと。

 そして、それに駆け寄れずにただ立ち尽くすことしかできなかった自分も。


 あの後、どうやって別れたのかは覚えていない。

 気が付けばラーファは塔に戻っていた。塔に着くとアルに泣き疲れたし、ナコルに殴られて怒られた。

 今回の戦場で亡くなった人たちの葬式をした後、いつも通りの生活に戻った。

 遺体のない葬式なんて人が死んだ実感がわくはずがない。けれども、後で教官から班の再編成が言い渡された時にはさすがに気が付いた。

 やっぱり、死んだ人はいる。

 幸いB班で死んだ人はいなかったのだが、他の班は三、四人くらいが戦いの中で命を落とし、独りしか残らなかった班や、全滅したところもあった。


 B班には一人だけ新しい子が入ってきた。ラーファより少し年下らしい赤毛の女の子だった。赤いスカーフはよく似合っていたが、黄土色の軍服は彼女の赤いショートカットの髪には少し不釣り合いだった。

 戦線の真ん中に送られたE班。退却する時大人の兵たちはE班に殿(しんがり)を任せた。

 結果、E班のほとんどは戦場で命を落とした。生き残ったほんの少しの子たちは、赤毛の彼女を残して塔で治療を受けている最中に死んだ。

 そしてE班の生き残りは彼女一人。一人だけじゃ班にならないのでE班は解体され、赤毛の彼女はB班にはいることになった。


 E班ほどではないが他の班も死者を出したらしく、グラウンドに集まる少年兵たちはあの戦いの前よりも減っていた。


 それでも過ごす毎日に何か変化が起こったわけじゃない。

 相も変わらず、灰色の空の下、乾いた大地の上を少年たちは訓練を続ける。

 訓練がこの先の何に役に立つか分からなかった少年たちだが、それでも何かあると信じて今日も訓練訓練。


 やがて、だんだん暑くなってきた日が空のてっぺんまで登ったころ、灰色の塔から少年たちの聞きなれたブザーが鳴った。

 昼食の合図だ。

 少年たちは兵器の整備や、生産などの仕事がないのでブザーが鳴ったらすぐに食堂に向かう。途中から大人の兵士たちも入って来るが、その前に少年兵は食べ終わって食堂から出る。

 席がなくなったら少年兵たちは食堂から追い出されるからだ。

 皆、昼食を残すわけにはいかないので、大人たちが来る前に食べ終える。


 いつも通り、硬いパンを不味いスープで胃に流していたラーファ。スープの味は日ごとに少しずつ違うが、まずいことには変わりはない。

 けど、食べられるだけで結構だ。

 ラーファの銀髪は相変わらず目を覆っていて、何を見ているのか分からなかった。


 その隣の席に、元E班の赤毛の女の子が座った。黙々と食事を続けるラーファと同じように、赤毛の女の子も黙って昼食をとる。

 やがて、赤毛の少女がラーファに話しかけた。


「ねえ……どうして戦うの?」


 赤毛の少女の言葉に手を止める。突然の言葉に真意を測りかねず、続きを待つ。


「私と同じ班だったみんなは……みんな死んだ」


 手にしたスプーンを置き、ラーファは赤毛の少女の言葉に耳を貸す。


「大人たちは私たちを囮にしてさっさと逃げた」


 ……。


「みんなが撃たれる中、私は逃げた。大人たちが逃げたところで私たちも逃げようと思ったけど、遅かった」


 …………。


「…………みんな死んだ」


 ラーファは黙ったまま、首も動かさず、ただ彼女の言葉を聞く。


「みんな死んで、何も残らないし、勝っても何もないのに……」


 ()はどうして戦うの?


 彼女の最後の言葉は、彼女自身に問いかけているようにも聞こえた。


 なぜ戦う?


 考えたことなかった。

 あの少女に会う事だけに頭がいっぱいで、日々の訓練の理由なんて考えてなかった。ナイフを振る理由も、塹壕に体を隠す意味も、引き金を引く理由も……考えてなかった。


 あの時……戦場を走ってあの子にあった時。自分の中にあった確かな感情。重い泥沼に身を沈めたように自分の中を満たした気持ち。


「君は……?」


 ラーファは赤毛の少女の問いに逃げるかのように聞き返す。


「私はクラリス。君は……ラーファ……だったよね?」


 無言で頷く。


「年はラーファよりずっと上。出身はこの軍。はい、自己紹介終わり。それで……ラーファが戦う理由は?」


 ラーファを放っておいて、クラリスは話を続ける。見た目はラーファと同じくらいの年齢だが、口調はずいぶん大人っぽかった。


 クラリスの言葉を飲み込み、ラーファは考える。

 ラーファが生きている理由は、あの銀髪の少女に会いたいからだ。こんなにもはっきりしていて、他には何もない。

 でも、それは戦う理由じゃない。

 会いたいだけなら戦う必要はないかもしれない。

 戦場で引き金を引かなくてもよかったかもしれない。

 逃げてればよかったかもしれない。

 人を殺さなくてもよかったかもしれない。


 じゃあ戦う理由は?


「……怖いから」


 生きる理由ではなく、戦う理由。


「いつか、僕を殺してしまう人たちが怖い。あの子に会えないまま死ぬ自分が怖い」


 無表情のままラーファは語る。けれども、その声は震えていた。

 震える声を聞き取ったクラリスは「ふうん」と言ってパンにかじりついた。


「つまりラーファは……」

「「死にたくないから戦う」」 


 ラーファの震える声と、クラリスの声が重なった。

 ラーファはしばらく黙ったが、まだ残るパンに手を伸ばし、噛み千切る。

 さっきまで普通に食べていたパンが異様に堅かった。


「私は死にたいから戦うんじゃない」


 先に食べ終わったクラリスは席を立つとき、ラーファに背を向けたまま言った。


「生きていたいから……私は戦う」


 ラーファとは違った答えを、彼女は残して行った。


◆◇◆◇◆◇


 午後の訓練も終わり、日が西の地平線を赤く染めるころ。

 いつも通り、いつもと変わらない訓練をこなしている間も、まずい夕食をとっている間もラーファは考えた。

 「死にたくない」これは合っている。間違いじゃない……けれど、「生きていたいから」じゃなかった。

 クラリスの「生きていたいから」とラーファの「死にたくないから」。似ているけど、全く違った答えだった。


「……アル」

「ん? なに?」


 ラーファは館内の清掃中にアルに話しかけてみた。

 自分から話しかけることがなかったラーファから呼びかけたことにアルは少々不思議がるも、話を聞いてみた。


「戦う理由……?」

「アルはどうして戦う?」

「ん、ん~……。僕は帰りたいからかな?」

「……?」

「うん。僕は進んでこの軍に入ったわけじゃないんだよ」


 アルは掃除を続けながら話し始めた。アルバムのページをめくるようにゆっくりと、懐かしげに……そして、悲しそうに。

 ラーファも掃除をしたままアルの話に耳を傾ける。


「僕もナコルもここじゃない村に居たんだ。ここじゃないどこか……来るときにトラックに乗せられて、長く乗せられたっけ?」

「……遠いの?」

「うん、たぶんね。普通に畑を耕したり、ナコルと遊んだりして過ごしてたんだ」


 アルは自分の記憶のアルバムをめくる。手を止めることなく、ラーファに見せながらめくり続ける。


「でも、戦争が始まったんだ。僕らの村は戦線から遠かったから、だれかが死んだわけじゃなかったし、危ないわけでもなかった」


「僕らは大丈夫って思ってたけど……この軍の人たちが来てここに連れてこられた」


「僕とナコルと……他の子供たちだけが連れてかれて、お父さんやお母さんと離ればなれになったんだよ」


「大人たちは村に残って、武器を作ったり食べ物を作るからって残された。大人は村に残ったんだ」


「子供でもナイフを振るったり、引き金を引いたりできるけど、機械を動かしたり重いものを動かしたりするのは大人しかできないって……」


 昔、訳が分からないまま連れてこられ、ひたすら訓練させられた。銃の扱い方を教えられた。ナイフを使った戦い方も教えられた。戦場での身のこなし方も教えられた。

 そんな親と一緒に居ない日々のページ(記憶)

 そして、真っ赤に染まったページ。


「今はだいぶ落ち着いたけど、前は戦争ばっかだったなぁ。たくさん撃ったし、たくさん……殺した……」


「何度も死にそうになって『もうだめだぁ……』なんて思う事もたくさんあった」


「けど、戦いが全部終わったら。村に帰してくれるって上の人は言ってた」


「だから、僕もナコルも、他のみんなも頑張れた。戦いが終われば帰れる。お父さんやお母さんに会えるって……」


「戦いが終われば帰れるんだよ。お父さんとお母さんに会えるんだよ! もう銃を持たなくてよくなるんだよ!」


「だから僕は……戦っているんだと思う。たぶん……ナコルもそうかな?」


 そこでアルはアルバム(思い出)をぱたんと閉じて、心の奥底にしまった。


 しばらくの沈黙。

 二人は話が終わった後は黙々と掃除を続けた。雑巾で床を拭く音が静かに聞こえる。


 先に喋りだしたのはラーファだった。


「……ありがとう」

「……いや。僕の方こそありがとう。こんな話を聞いてくれる人、あまりいなくてさ……」


 アルは小さく笑った笑顔をラーファに向けると「もうそろそろ終わりだよ」と言って掃除をやめ、片付け始めた。


 二人が部屋に戻ると、既にほかのルームメイトは戻っていた。

 もちろんそこにナコルもいた。

 ラーファとアルを待っていたかのように、入ってきてすぐに二人によってきた。


「おい。ちょっと遅かったな。どうしたんだ?」

「うん。ラーファとちょっと思い出話してて……」

「また昔の事か……戦いが終われば帰れるんだ。生き残ることだけ考えればいいだろ?」

「確かにそうだけど……でも今頃、お父さんやお母――」

「やめろ!!」


 ナコルが突然声を上げ、部屋の喧騒が消えていく。雑談していた子供たちもナコルの方に顔を向ける。 

 ナコルは方を震わせて頭を下げて、消え入りそうな小さな声でつぶやいた。


「戦いが……終わればいいんだ。終われば……帰れるんだ。終われば……」


 溢れそうな思い出を押し殺したように出た言葉は、自分に言い聞かせる呪文のようでもあった。


 そんな震える肩にポンッと手が置かれた。

 ラーファでもアルでもなかった。

 ツンツンした髪、首には赤いスカーフ。もちろん黄土色の迷彩服を着ている。背はナコルより少し高い。

 少し釣り目になっていて、口元は少し緩んでいて笑っていた。


 ナコルは手の主を見ると。手をどかして顔を上げた。


「そんなに怯えなくてもいいんだぜぇ? 俺が全部殺してやるよ?」

「テオ……ドール。……何でここに居る? ここはB班の部屋だぞ。お前はA班だろう?」

「まあまあ、そんなカリカリすんなよナコル。今度の戦武会の参加用紙を届けに来ただけさ」


 テオドールと呼ばれた少年は片手に持った紙と鉛筆をナコルに差し出した。


「ああ、ありがとう。テオドール」

「はっ。昔みたいにテオでいいじゃないか。まあいいや、お前の班で参加する奴は明日までに署名しとけよ」

「参加しない奴の方が少ないだろう?」

「へ~。でも去年のB班はお前以外全員予選負けじゃったじゃねえか。それじゃあ優勝品なんて夢のまた夢だぜ?」

「だいじょうぶだ。今年はアルも強くなってる。そんな簡単に負けたりしないさ。なあアル?」

「へ!? あ、ああ。うん」

「ふぅ~ん。まあいいや。優勝品はいつもと同じ『何でも願いをかなえてくれる』だってよ。大統領なら本当に何でも叶えてくれるだろうな」


 テオは口元をニヤリと歪ませると部屋から出ていった。

 テオが出ていくと、ナコルはすぐに部屋の中心に行って班の子たちを集めて参加用紙を回していった。


「テオはね、僕やナコルと同じ村の子だよ。昔はナコルともすごく仲好かったのに、いつの間にか……テオ、変わっちゃったんだ。そしたらだんだんナコルもテオと話さなくなってきたんだ」


 落ち込んだ声で話したアルだが、すぐにナコルの所まで行って参加用紙に鉛筆を走らせた。


「おいラーファ!」


 ナコルがラーファを呼びながら手招きする。

 ナコルの元まで行くと、すでに参加用紙にはラーファ以外の子たちの名前が全員分書かれていた。


「戦武会……参加するだろ? 優勝すれば何でも願いがかなうぞ?」


 参加用紙を受け取り、既定の欄に「ラーファ」とペンを走らせた。

 戦武会というものがよく分からなかったが、『何でも願いがかなう』と言うフレーズに引き付けられた。

 頭にあるのは一つだけ。

 ラーファは筆に任せて名前を書き、用紙をナコルに返す。


「うん。じゃあB班全員参加だな。今回の種目は……ナイフ戦だけらしい。優勝したら何でも願いがかなうだ。優勝した奴は帰れるかもしれないぞ!」


 ナコルの言葉に部屋に居るラーファ以外の全員の顔が柔らかくなる。それはアルも例外ではなく、ラーファに笑いながら話し始める。


「ラーファも帰りたい場所はあるんでしょ? 優勝すれば帰れるよ! お父さんとお母さんに会えるよ!」


 言い終えたあるはぴょんぴょんと飛び跳ねて、ナコルに注意された。なおも笑顔のあるにはナコルの表情も笑顔になる。


 けど、ラーファには一つだけひっかかったことがあった。


 さっきのアルの言葉……。


 僕の帰る場所……?


 考えたこともなかった疑問を抱えたままラーファは床に伏し、次の朝を待った。

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