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鋼の火  作者: 古代紫
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最初の手がかり

 あのナイフ戦から三日。その日の空は朝から曇っていた。どんよりとした重い灰色の雲から雨が降ることはなく、強い風が四方から吹き抜ける。風が雲を運ぶ様子は微塵もない。重たい雲と、吹き荒れる風の中でも少年たちは訓練を受けていた。


 日の出とともに起床。点呼。建物周りをランニングの後、朝食。朝食の後は教官に支持された訓練メニューをこなし、所々に休憩を入れ、昼食をとり、また訓練。日が落ちればそこで終了。その後は建物内の清掃。そして夕食。夕食の後しばしの時間をはさんで消灯。


 単調な生活も辛い訓練も、汚い建物の清掃も、まずい食事も少年にとって少しも辛くはなかった。

 廃墟で過ごした何もない、寒い、暴力の日々に比べればむしろ過ごしやすい場所ともいえた。

 ただ、隣に居るのは見知らぬ年の違う子供たち。あの少女はいなかった。


 会いたい。

 そう思うも、何の手がかり無く、縛られたこの生活の中では探すことすらできない。でも少年はこの建物から抜け出そうとは思はなかった。

 なぜなら、建物内の清掃の時。ちらほらと見た緑の迷彩服の男。少女を連れ去った男が着ている服と似たものを着ている人を見たからだ。

 大人の兵の大体が緑色の迷彩服を着ているので連れ去った男を服だけで見分けることはできない。もしかしたらあの男はここには居ないのかもしれない。でもだからと言ってこの建物に少女がいることを諦めて、離れることはできなかった。

 少年は僅かながらもそこに在る可能性にかけたのだ。


 いま、少年は同じくらいの歳の男の子と一緒に二人組を作って筋力トレーニングをしている。男の子の名前はアルといい、少年と同じB班だったのでナイフ戦の後、声をかけられたのだ。少年が帽子を被らずスカーフを巻いているのに対し、アルは帽子をかぶってスカーフを巻いていた。

 色黒のアルには黄土色の服がよく似合っていた。

 アルはナコルと同じ村出身だという。ナコルと一緒に少年兵になって長いこと訓練を積んでいるという。特にナイフではナコルに一回も勝てなかったのだが、先日少年がナコルに勝ったことから興味を持って声をかけたのだという。

 二人は教官が指示したメニューをひたすらこなす。時々ついてこれなくて教官に蹴られる者もいたが、アルは今まで鍛えていたこともあって難なくこなす。不思議なことに、少年もアルとほとんど同じペースでメニューを消化していった。

 辛そうにしている様子はない。目は髪で隠されて見えないが、顔色一つ変えずに腹筋運動をしている。


「そういえば……」


 少年の足を抑えていたアルが呟く。少年は構わず続けるが、次の言葉に一瞬体を止める。


「ラーファってきれいな髪してるね」


 言われて少年は体を起こし、胸の前に組んだ両手をほどき自分の髪に触れる。指先で軽く持ち上げて指を放す。昨日洗ったそれは絹のように軽く、さらっと落ちる。


「僕を含めた皆が黒い髪か金色なのに、ラーファの髪ってちょっと目立つね」


 言って周りを見るアルと同じように少年もトレーニングに励む子供たちを見る。黄土色の帽子に隠されたものもいるが、大体が真っ黒の髪をしている。金髪は少し。それに対して少年の長く伸びた髪は銀髪だった。

 少年は自分の髪をしばらくいじったが、すぐに腹筋運動に戻った。


「昨日、髪を洗う前までは土が付いて汚れてよく分かんない色だったけど、珍しい色だね」

「……」


 返事をしないで少年は頭の中で腹筋運動の数を数える。自分の髪の事なんてどうでもよかったし、周りと違うからどうという事はない。


 ただ……そういえば、あの女の子の髪も、汚れてはいたけど真っ黒の髪じゃなかったな。もしかしたら同じ銀色かもしれない。

 少年は腹筋運動をやめて、アルに交代を促すように立ち上がる。


 アルはそのまま仰向けになって倒れ、足を曲げる。少年はその上に乗ってアルの足が動かないようにしっかり固定する。


「銀色の髪なんて、あの女の子以外見たことなかったなあ」


 銀髪の女の子……?


 腹筋を使って状態を起こそうとするアルだが、押さえてもらっているはずの足がすっぽり抜けて背中から転げてしまった。

 地面にぶつけた後頭部を抑えてアルは体を起こす。


「痛いじゃないかぁ。ちゃんと押さえといてよ」

「……!」


 一拍遅れて少年は頷く。

 アルは足がちゃんと押さえられているのを確認して腹筋運動を始める。


 銀髪の女の子? あの子も銀髪……同じ? 銀髪。同じ……女の子……銀髪の。


 堪らなくなった少年はアルの顔に自分の顔を近づける。だがアルは腹筋運動中。そんなときに顔を近づけたりすると……。


 ゴンッ


「~~~ッ!!」

「――……!」


 お互い自分のおでこを抑えてうずくまる。後頭部に続き、おでこまでぶつけたアルはちょっと涙目だ。


「なんだよー。痛いじゃないか!」

「……おしえて」

「え?」


 少年は痛さに頭を押さえながらも、消え入りそうな声でアルに聞いた。風が強いこの日では少年の声はあるに届かず、かき消されてしまう。

 だが重なる少年の行動を不思議に思ったアルは少し微笑んで腹筋運動をはじめながら少年に言う。


「僕もよく知らないよっ。建物上をの清掃している時、一度だけ上の人たちに囲まれて歩いていたところをちらっとだけ。髪が銀色だから印象に残ったけどっ。それ以来見てない」


 腹筋運動しながらアルは言う。顔が近づいたり遠ざかったり。少年はあるの足を動かないように抑えるが、頭の中はアルの言葉でいっぱいだった。


 清掃の時に見た? ならあの子はこの建物に? でも見てないって……でもやっぱり? 銀髪の髪なら……でもみんな黒い髪……でもやっぱりあの子しか……でも……でも、でも……。


「ほら! いつまでボーっとしてんの? お昼ごはんだよ。早く行かないとまた怒鳴られちゃうよ」


 少年が気が付いた時には周りのみんなは建物に戻り始めている。少年もアルに手を引かれて建物の中に入る。時間通りに行動しないと教官に怒鳴られる。怒鳴られること自体はどうでもいいのだが、それで昼食抜きになるのはもったいない。もしかしたらアル……いや、B班全員が連帯責任で昼食抜きにされるかもしれない。

 食堂にできた列に並び昼食を受け取る。堅いパンとよく分からないどろどろのスープにコップ一杯の水。おかわりはナシ。パンは堅いし、スープは恐ろしく不味いが子供たちは残さず食べる。


 昼食の間。アルに中断させられた思考を再開する。

 たどり着いた結論は……あの少女がこの建物に居るかもしれないという事。

 見覚えのある迷彩服を着た大人と、銀髪の少女。

 いや、「かもしれない」じゃない。


 あの少女はここに居る。


 そう確信した少年の胸は『少女に会えるかもしれない』という思いでいっぱいで、不味いスープも最高の料理に思えたほどだ。


 午後の訓練は教官に注意されなかったものの、集中できなかった。ナコルやアルに声をかけられても、振り向くには二回呼ばれないと気が付かないほどに。

 夕食後の建物の清掃時、少年は自分の担当の場所をできるだけ離れない範囲で少女を探してみたが、見つからなかった。誰かの足音がすると必ずそこへ行ってみるが、大抵同じ班の子供か大人の兵隊だった。

 なにせ、これほど巨大な建物だ。簡単に見つかるはずもないのだ。

 だが少年は落胆する様子はなかった。

 むしろ、「明日がある」と言ったように顔を上げて掃除をした。


 明日がある。あの子に会える。明日でも、あさってでも、あの子に会える。


 強風が吹き荒れて、窓が耳障りな音を鳴らしても、少年は気にしない。少女に会えれば、強風が吹き荒れようとも、雷が鳴っても、洪水が起きてもいいとさえ思う。


 「明日」を考えながら寝ることなんて少年にとって初めてのことだ。心地よい気持ちの少年が睡魔と闘う理由はなく、電気が消されるとすぐに目を閉じることができた。


 外の風は時が過ぎるにつれて強くなっていたのだが、少年には気が付かなかった。


 そして。深夜の強風の中。「明日」がやって来るか分からない夜の始まりに、赤い閃光が地平線の向こうで光った。


 次の瞬間。館内に耳障りな大きすぎるブザーの音とともに放送が流れた。


 「敵襲!」と。

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