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鋼の火  作者: 古代紫
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ナイフ戦

「お前は五番隊のB班だ」


 朝、少年はナコルに連れられて建物の外に来た。建物の表面には変わらずに塩が張り付いて鉄の灰色と塩の白の妙なコントラストを創っていた。

 外に広がる地面は建物の周りの一部だけ平坦に舗装されていて、グラウンドの様になっていた。

 そこでは百人以上の男の子と数人ながらも女の子もいた。皆、黄土色の迷彩服を上下に来ていて、同じく黄土色の帽子を被っていた。それと、少数……といっても五十人ほどの子が首に真っ赤なスカーフを巻いていた。


 少年は外に連れ出される前、ナコルから受け取った服を着ていた。ボロボロの服から着替えて、少年もみなと同じような黄土色の迷彩服を着ている。

 何も説明されないまま「後でわかる」とだけ言われて引きづられてきた建物の外。

 白い雲がゆったり流れる空の下、黒いタンクトップを着た短髪の三十代くらいの男にそう言われた。男は下は子供たちと同じような黄土色の迷彩服をはいているが、上はタンクトップ一枚。いくら春とはいえ、まだ冬が過ぎたばかりのこの季節。見ているだけで寒くなりそうな格好で大柄の男は何ともない顔をしていた。


「返事は?」

「……」


 立っているのは少年と男だけで、ナコルを含めたほかの子供たちは二人の前で列をなして座っていた。

 男の言葉に少年葉だけ首を縦に振るだけで、何も答えない。


「返事は!」

「……」


 男に向けていた視線を少年は少し離れたところで見ているナコルに向けて、そのまま立ち去ろうとする。


「返事はどうした!!」


 男の拳が少年の頬にめり込んだ。体格のいい男から放たれた拳で細い少年は軽々飛ばされ、地面に体をこすりながら倒れた。

 男は倒れた少年に歩み寄り、首根っこを掴むと少年の顔を男の目の前に持ってきていった。


「上者に対する礼儀と態度がなっていないな、お前」

「……」


 少年は何も言わない。殴られるなんて事には慣れていたし、傷はできたが、気にするほどのものでもなかった。

 長く伸びたぼさぼさの髪で少年の目は見えないが、おそらくなんともない顔で男を見ているのだろう。


「ほー。これでもダンマリか、いい度胸してんじゃねぇか。いいだろう。俺はお前らの教育する教官だ。礼から勉学、戦闘のことをな。これからみっちりとしごいてやるさ」


 言って少年を放り投げる。放り投げた少年は何事もなかったかのように立ち上がり、ナコルの横まで歩いて行って何事もなかったように腰を下ろした。

 このようなこと、少年にとっては本当に何でもない事なのだ。

 ナコルは少年を一瞥したが特に気に留めずにすぐに教官に視線を戻す。


『教官イラついてるな』

『怒らせるようなことするなよなぁ』

『あいつ、何もしゃべらなかったな』

「そこ! 私語は慎め!」

 

 教官は何やら喋ってはいるが、少年の耳には何も入らなかった。顔は教官に向けるが、髪に隠された目はずっと……廃墟から出てきた時と同じようにあの少女のことを考えていた。


 どこに居るのか? あれからどうなったのか? 近くに居るのか、遠くに居るのか? 何を思って、何をしているのか?


 会えるのか?


 考えても考えても何も出てこないことは分かり切っていたことだが、少女を思う事をやめるのはやめられなかった。


「それでは、まず一対一のナイフ戦をやる。おいB班班長!」

「はい。B班班長、ナコルです」

「さっきの新人はお前の班だったな」

「はい。新人ラーファは自分の班に所属しています」


 ラーファという単語に少年はピクリと肩を動かし、ナコルを見る。

 ラーファ……ナコルからもらった名前。自分の名前を呼ばれたことで、二人の会話に関心を持った少年は食い入るように耳を傾けて会話を耳に入れる。


「ナコル。ラーファとナイフ戦だ。新人を歓迎するデモンストレーションのようなものだが……手加減は無しだぞ?」

「はい。訓練でも、本番でも決して手を抜くようなことはしません」

「ようし。それでいい。ラーファ!」


 教官の言葉に顔を上げた少年は立ち上がり、教官の前に来た。ナコルを見、教官を見て再びナコルに視線を戻す。


「ラーファ、今からお前とナコルの一対一のナイフ戦だ。判定は俺がやる。殺しはもちろんなしだ」


 教官の言葉などどこ吹く風の少年。じっとナコルを見るがナコルは髪に隠れた少年の目は見れない。

 ナコルは少年から数メートル離れて、いつの間に出した一本のナイフを右手に体を低くして、いつでも動けるといった姿勢をとった。

 教官はいつでも二人を止められるような位置に移動して、少年を待つ。


「おいラーファ、ナイフを出せ。腰のナイフケースにあるだろう」

 言われて右手で腰の周りを探る。

 背中側の腰に革の感触があった。見ると、それは革製のナイフカバーで、中身を取り出すとそれは刃渡り十五センチほどのコンバットナイフだった。真っ黒い柄は人が握りやすいような形状になっていた。方刃で、刃の背は根元から先端の手前までギザギザになっていた。

 少年はナイフを右手に持って、両手を力なく下げた。少年は自然体でナコルを見る。構える様子はない。これでいいといったように少年は教官を一瞥した。

 教官はそれを確認すると右手を高く上げ、


「始め!」


 右手を下げると同時にナイフ戦開始の合図を出す。


 数メートル離れたナコルは低い姿勢のまま走り出し、少年の顔めがけてナイフを伸ばす。殺しはなし、のルールだがナコルのナイフからは躊躇いの色がなく、自然体のままの少年の顔に銀色に光るナイフが迫る。


 間一髪。少年は体ごと顔を右に傾けた。ナコルのナイフは少年の髪を少し切っただけで、何もない空間を突き刺した。

 傾けたラーファの顔、ナイフに切られて大げさに揺れる髪の狭間から一瞬、左目が露わになった。

 ナコルも教官も、座って見ている子供たちも気づいていない。

 少年の何もかも飲み込んでしまいそうで、どこか曇った新月の夜のような黒い目はナコルとナイフを捉えた。

 左目はすぐに髪に隠れてしまったが、ラーファは目をナコルから離さない。

 勢いよく突きつけたナイフが当たらなかったことでナコルは前のめりに体を傾けるが、低い姿勢をしていたことで倒れるのは免れた。

 ラーファは横を過ぎていったナコルが振り向く前に後ろに下がり、距離をとる。


「おいナコル。今、ラーファが避けると同時にナイフを投げてたら死んでたぞ。いくらラーファが新人で、お前がいつも訓練を受けているとはいえ、舐めてかかるな。本気でやれ」

「……はい」


 ナコルは教官の叱責に返事したら、その場で軽くジャンプ。再び低い姿勢をとってラーファとの距離を詰める。

 ラーファはそれでもナイフを構えようとはしない。だらんと下げた右手に持ったままだ。


 しばらく二人の間に緊張が走る。ラーファは自分から手を出す気なんて毛頭ないし、ナコルはそんな不気味さにしばらく手が出せなかった。


 沈黙を破ったのはナコルだった。


 先ほどと同じような低い姿勢から顔を狙った左足を前へ踏み込んだ突き。ラーファはそれをギリギリで右に体を傾けてかわす。

 だが今度はそれだけではなかった。体ごと突っ込んだ一撃目とは違い、体制を整える必要はなくナコルは右足を踏み出し、ラーファの左腕をめがけてナイフを振るう。少年は今度は後ろに飛んで避ける。ただし、真後ろでなくナコルから見て斜め後ろに地面を蹴る。真後ろだと、敵にそのまま踏み込まれて追撃されるだけなのだ。ラーファはそれを知ってか知らずか、斜め後ろに跳んでナコルと距離を置く。


 再び距離を開けられたナコルは口元を軽く上げてラーファを見る。

 今度は沈黙はなかった。ナコルは間合いを詰めると右から左からナイフを振る。ラーファはそれを体を傾けて、常にナコルと距離とるように避ける。だがナコルは今度はそれをさせなかった。足の踏込みで常に一定の間合い付け、離れない。

 ナコルがナイフを振り、ラーファはただそれを避ける。ラーファは訓練などした記憶などないが、頭が、本能が勝手に体を動かす。


 ナコルはさらに間合いを詰めて肘を曲げながら右手に持ったナイフを振るう。当然後ろによけるラーファ。すると、ナコルの口元が微かに笑ったように歪んだ。

 ナコルは曲げていた肘を伸ばし、脇腹を捉える。勝利を確信したナコル。


 キンッ――


 金属と金属がぶつかり、弾ける音。脇腹を狙ったナコルのナイフはラーファの右手に持ったナイフで上にはじかれていた。

 軌道が逸れたナイフはラーファの頭上を通り過ぎる。即座にナコルは下がってラーファのナイフの射程外に出る。

 ナコルは反撃されるなんて思ってもいなかったようで口を半開きにしてラーファを見る。相変わらず自然体のままぶらせげた腕にナイフを持っているだけだ。勝利を確信した一手を防がれた衝撃は大きかった。

 だが、ナコルも少年兵。そんな驚きなどすぐに忘れて、再び攻撃を仕掛ける。

 右に左に飛ぶナイフ。ラーファはそれらの全てをギリギリでかわし、避けきれそうにないものはナイフを使ってはじいたが、反撃は一度もしなかった。

 ラーファはナイフを避ける、防ぐことの両方を訓練したことなどない。どこかにあるスイッチが押されたように、完璧なまでにナコルのナイフを防いでいた。


 ナコルが突き出したナイフをラーファがナイフを上げて弾く。と同時に、ラーファの足場がなくなった。いや、足場がなくなったように感じられた。

 ナコルが少年の足を払って自分の体ごと前のめりに倒してきたのだ。当然ナコルは少年に覆いかぶさるようにして倒れる。手には少年の腹に向けたナイフを握って。


 ラーファの背中が地面からの衝撃を受けると同時にナコルのナイフはラーファの腹に……刺さっていなかった。


「カハッ――……」


 腹の上にはぎりぎり届かなかったナイフがある。刺される前に突き出した拳がナコルの首にめり込んでいた。そして、ナコルの腹にはラーファの足。鳩尾と首に同時に食らったナコルは、だんだんと力を失っていき、ナイフが落ちる前にナコルはラーファの横に息苦しそうに倒れた。


「勝者、ラーファ」


 教官の試合終了の合図を聞くとラーファは立ち上がりってナイフを腰にしまった。そして、見ていた子供たちの列、さっきまで少年がいた場所に戻り、教官に殴られたときと同じような何でもない顔で腰を下ろした。


 教官がナコルによって体を持ち上げ、ラーファの横に座らせる。


「今お前の首にあったのが拳でよかったな。ナイフだと即死だったぞ」


 そう言うと、子供たちの前に戻って二人のナイフ戦の解説を始めた。

 ナコルは悔しそうに歯ぎしりしながら横に居るラーファを見る。


 ナイフ戦の中、一瞬露わになった黒い目は髪で隠されて見えなかった。

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