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鋼の火  作者: 古代紫
36/39

万に一つ

 照り付ける太陽、草木が寂しく乾いた土地。ナコルとアルは荒れた道を歩いていた。背に負う装備はとても重いが手放すわけにもいかない。ただ「あるかもしれない」という噂される集落へと向かう。


「本当にあるのかなぁ……ナコル、あとどれくらい?」

「さぁ、あと少しかな」


 渡された地図の指定された場所に向かう。地図上に赤く書かれたバツ印が目的地なのだが、そこに村の存在は記されていない。地図上ではその土地には何もないはずなのだ。ただ、渓谷と川があるだけ。少なくとも、地図には人が住んでいると匂わせることは描かれていない。

 しかし、二人は歩く。そこに集落があると。人が住む場所があると信じて。いや違う。二人はこれっぽっちも人が住んでるとは思っていなかった。ただ、上官に命令されたから仕方がなく歩いているのだ。


 ナコルたち追跡隊は、二人が歩いている地点から少し離れた所にキャンプを張り、見失った追跡対象の情報を集めることにした。機械を使ったレーダーでの探知や、メーブ・メラ軍本部の衛星を使っての上空からの探索。捜索機やヘリを飛ばすとミルに逆に見つかってしまい、警戒された発見が困難になる恐れがあるため、大々的な捜索活動はできない。あくまで隠密に、けれども迅速に。

 周囲の集落、村、街へ人を派遣してからの聞き込みもその一環だった。キャンプ地周辺にはいくつか捜索対象となる街はある。しかし、ナコルとアルが向かっているのはあくまで存在が噂されている集落。比較的遠方ではないことに加えて、「存在が噂されている」という集落なので、重要度は低い。結果、二人しか派遣されなかったのだ。


 歩きながら、アルは今日何度目かのため息をつく。


「あるかもしれないから行ってこいってムチャクチャだよね」

「『あるかもしれない』って程度だから俺ら二人で来てんだろ。あいつらも期待しちゃいないだろ。あくまで万が一を考えてだろうさ。万に一つもないだろうけど」


 存在するかどうかもわからない集落。たとえあったとしても、追跡対象どころか手掛かりすら皆無だろう。行くだけ無駄とわかりきっていた。


 まっすぐ前を見て淡々と答えるナコルだったが、その顔には少しの苛立ちが見えた。気温は下がったとはいえ、直射日光をまともに浴びて長時間歩き続ければ体温も上がり暑くなる。重い荷物と整備が行き届いてない道は容赦なく体力を奪っていき、あるはずもない目的地に向かっていると思うと気力もなくなってくる。

 腹が立つのも当然だろうが。腹を立たせることも疲れる。何も考えず、ただ目的地に向かって歩を進めるだけだ。


 さらに2時間ほど歩くと、目的地に近づいてきた。上り坂を登りきると、少し先の地面がない。崖になっていた。遠くには対岸があり、そこもまた何もない。地図で場所を確認すると、ここが指定されたポイントだった。しかし、人どころか人が住んでいた痕跡すらない。


「何もないな。さっさと証拠写真撮って帰ろう」


 ナコルは背負っていた荷物を下ろし、そこからカメラを取り出す。一枚撮って、ついでにもう一枚。これで仕事は終わり。あとは帰るだけだ。崖の縁から下を眺めるアルに声をかける。


「帰ろうぜ。なんかあるのか?」

「ナコル。人いるよ。建物もある」

「まじか!?」


 ナコルは一度背負った荷物を放り投げ、アルの横に並んで崖下を見下ろす。そして、コンマ一秒でアルを抱えて後ろに飛び下がった。


「ちょ、どうし――ッ!?」

「静かにしろ。あいつがいた」


 あいつとは誰か……聞くまでもなく察した。追跡対象のミルだ。隣にはかつて一緒に訓練した友達、ラーファもいる。崖の上と下、気づかれるはずのない位置にいるのに緊張が高まる。だが、それでいいと二人は言い聞かせる。慎重に慎重を重ね、それでも足りないくらいに警戒すべき対象なのだ。

 崖の縁まで這いより、顔だけを最小限に出して崖下を確認する。


「見間違いじゃないな。本当だ。ナコル、写真は?」

「撮ったぞ。すぐ帰るぞ。全速力だ」


 無線を使って本隊に連絡するという選択肢はなかった。万が一ミルに盗聴されることを考え、事前に上官から禁止令が出されていたのだ。


「……ラーファも連れ戻したいね」

「ん……そうだな」


 二人は崖に背を向け、荷物をまとめて走り出した。一刻も早く本体に合流するため、荒野の先に向かって。


◇◆◇◆◇◆


 ラーファ、ミル、クロエの三人が住むとなったら行動は早かった。三人が荷物をマツダに運び込んだら、レイが使っていない家を案内してくれた。驚くほど汚いというわけではないが、それでも掃除は必要だった。


「まぁもう夕方だし、掃除は明日にしようぜ。今日はうちに泊まっていいから」

「いいの? 迷惑じゃない?」

「いいよいいよ。おばさんも許してくれると思うし」

「そういえば、あのおばさんは誰?」

「あの店の店長で、俺の雇い主。俺は住み込みで働いているってこと。親は別の街で働いている。俺はこの村で留守番ってこと」

「ふぅん」


 日は傾くと、落ちるまでが早い。周りを崖で囲まれるこの地域では特にそうだ。空がオレンジ色でも村は陰に沈む。ポツリポツリと建物の明かりが目立ち始める。わずかな音は岩肌が反響させ、闇に溶けていく。

 マツダは車庫に入り、眠りについた。ラーファはレイと一緒におばさんの夕食の準備を手伝い、ミルとクロエはシャワーを浴びていた。

 手伝いと言っても、料理経験が皆無なラーファには食器を出す程度のことしかできない。指示があるまで二人の後ろで待機しているのだ。


「まー、いきなり幼馴染が来るなんて驚いただろうにね」

「うん。マジで驚いた。すっごく変わってた」

「初めわからなかったんじゃない?」

「正直怪しかった。けれど、昔の面影が残ってたからね。少し」

「よかったねぇ。あ、それ切ったら鍋に入れて」

「あーうん。会えてすごくうれしい」


 例が鍋にふたをするのを見ておばさんはラーファに顔だけ向けた。


「何日も居ていいからね。私も家族が増えたみたいでうれしいよ」

「ありがとうサンディさん」

「おばさん、僕からもありがとう」


 「いいのよ」とサンディは笑顔で返す。

 レイがサンディに事情を説明するとすぐに了承してくれた。なんども「家族が増えたみたいだから」と笑って許してくれた。シャワーを使わせてもらい、夕食まで用意してもらっている。無口なラーファはマツダの言葉を思い出し、感謝の言葉を伝えた。


(普段無口なのは良いが、挨拶だけはちゃんとしろ。『ありがとう』くらい言わないとだめだ。言え)


 すっかり父親役になっているマツダだった。


 ミルとクロエは湯船につかっていた。お湯が出るシャワーだけでも十分だったのだが、いざ浴室に入ってみるとお湯が張られた湯船もあった。温かく白い湯気にあてられて、頬がわずかに赤くなり、頭まで真っ白になった。「とりあえず体洗おう」とクロエが言い、体と髪を洗い、今に至る。

 二人で並んでつかるには少し狭いので、クロエはミルを自分の足の間にミルを座らせた。肩までつかりほーっと一息。


「にゃはー、しあわせだにゃー」


 全身が幸せに包まれているように温かく、足の間に挟んでいるミルを抱きしめる。ミルの頭のお団子が鼻の頭に当たったので、少し顔を引く。湯船に入る前に結ってあげた。ミルの髪はサラサラで軽かった。結っている間は妹の髪を結ってあげることは、こんなにも幸せなことかと喜んだものだ。

 ミルの肩に顎をのせて、彼女の体を両腕で抱き白い湯船の中で体を左右にゆっくり揺らす。

 白い湯船と青いタイルが敷かれた床と壁。壁の高い位置には小さな窓。曇りガラスなので外は見えない。だから、クロエは外には黒い岩肌とそれに挟まれた、煌く夜空があるのだろうと想像する。

 ミルはちゃぽんと右手で波を立てる。最後に温かいお湯に浸かったのはいつだろう? 思い出せない。旅の途中は濡れたタオルで軽く体を拭くくらいしかできなかった分、贅沢にお湯をたっぷり使えることがとてもうれしい。


「ねー、気持ちいいねー」


 全身の力を抜きクロエに体を預けると、ふと気になることを思い出した。気になることと言っても、どうしても知りたいとか、興味があるというわけではなく、なんとなく機会があったら考えてみようと思っていて、別に対して気にしているわけではないし、重要でも何でもない。でもちょっとは知りたいなーって……


(誰に言い訳しているんだろう?)


 お湯でのぼせたのか? まぁいいや、せっかくだから聞いてみよう。


「ねー、おねーちゃんってさー」

「んー?」


 それは、今でもミルの背中に当たっているもの……


「おっぱいおおきいよねー」

「ぶっ!? う、うんまぁミルちゃんよりはあるよ。私も18だし」


 ふにふにと背中でミルの胸を押す。良い弾力で押し返してくれるのが、少し楽しい。クロエは着やせするタイプなのか? 普段は「あるんだなー」くらいにしか思わなかったが、こうやって裸になると気になってくる。

 どうしたらこんなにきれいなおっぱいになるのか!?


(わたし、気になります!)


 体を反転させて、視線を少し下に落とす。そこにはお湯で少し火照った双丘がある。つるんとしていて、見た目すべすべ。絶対に良いやわらかさをしてる。見るだけでわかる! でも、ほよほよなのかふわふわなのかむにむになのか、持たざる者にとってはそれが気になってしまう。

 将来のためにも研究せねば。


「あの……ミルちゃん? あんまり見られると、ちょっと恥ずかしいかなー、なんて?」


 ちょこんと首をかしげるクロエ。引き気味に笑うも、ミルには届かないようだ。湯船から出ようにも、上にはミルがいる。両手で胸を隠すクロエにミルがじりじりと迫る。


「いいじゃんいいじゃん、ちょっとだけ、ちょっとだけ♪」

「なんかちょっとじゃすまない気もするし、私胸はあんまり触ってほしくないかも……てっ、ちょま――ッ!?」


 ミルとクロエが風呂から出てきたときには、食事まではあと少し時間がかかるようだ。

 心なしか、ミルはスッキリした顔をして、クロエが顔が赤い。のぼせたのか、足取りも少し危なっかしい。


「おいクロエ、大丈夫か? 水飲むか?」

「あー、レイ、ありがとう。うぅぅ……」


 耳まで真っ赤になったクロエはグラスで渡された水を一気に飲み干す。熱い体に冷たい水がしみわたる。

 無言でグラスを差し出す。レイはそれを受け取り、もう一杯水を注いで渡す。


「あー、生き返るぅ……」

「女の子なのにだらしない。髪乾かせよ」

「見てるのはラーファとミルちゃんとレイだけだからいいでしょ。それに、私ドライヤーあんまり使ったことないからわかんない。自然乾燥じゃダメなの?」

「ダメだろ。そんなんでよく今まで暮らしてたな。髪が痛むぞ」


 しょうがないなぁとため息をつき、レイはドライヤーを持ってきた。


「ほら、乾かしてやるからそこ座れ」

「わはー。ありがとう」


 ソファーにクロエを座らせ、レイはクロエの後ろに回る。ドライヤーのスイッチを入れ、レイは救いあげるようにクロエの髪を持ち上げた。栗色のミディアムロングヘアーを根元からやさしく乾かしていく。指特使を使い分け、引っかからないよう、髪が痛まないように。やさしい手つきでお風呂上がりのクロエの髪のケアをしていく。


「はぁー……」


 気持ちいい。ドライヤーの風を熱いと感じることなく、温かさだけを残して頭を癒していく。


「なんか上手だねー」

「まぁ、俺は器用だし」

「自分で言うかぁ」


 終わったぞと、頭をポンポンする。他人に髪を乾かしてくれることがこんなにも気持ちがいいとは。クロエは手招きしてミルを自分の膝の上に座らせた。


「なに?」

「私がドライヤーかけてあげる。レイ、かーして?」

「できるのか? ほらよ」

「できるできるー」


 人にドライヤーをかけたことのないクロエだが、女性なのでされて嫌なことや、注意すべきことは心得ている。心得ている……はずだ。たぶん。

 クロエ自身、全く不安がないというわけではないが……なんとかなるでしょ。


「熱い。おねえちゃん、同じところに当てすぎ。あとちょっと痛い、髪に引っかかってる」

「あ、あれ? ごめんね、あれー、おかしいなぁ?」


 なんとかならなかったようだ。

 結局、見かねたレイが代わりにミルの髪を乾かした。「お姉ちゃんっぽいことしたかった」としょんぼりするクロエ。


「まぁ、慣れてないとちょっと難しいかもね。それよりほら、ご飯できたわよ」


 そこで、大なべを両手に持ったサンディが台所から出てきた。テーブルに置かれた鍋から漂ってくるのは温かく、お腹の底から食欲を湧き立てる薫り。


「はい。今日はシチューだ。パンは各自切って食べな」

「ありがとう。ほら、みんな皿をよこせ。取り分ける」


 レイが鍋のふたを開けた途端、小さかった薫りは部屋中に広がった。それを人数分に取り分ける。そして、配られるは切り分けられたフランスパン。おかわりは自分で切ってとる。

 全員が席についてスプーンを手に取った。


『いただきます』


 シチューの香りは空腹の4人にとってはあまりにも暴力的だった。白いクリームをまとった温野菜、多すぎず、シチューの邪魔にならない具の数々。脂を光らせるは軽く焼いたベーコン、胡椒の香りと合わさって4人の胃袋を刺激する。シチュー皿の横には掌より少し大きめのフランスパン。一度焼かれたものをもう一度焼き直したのか、微かに焦げる匂いがした。きっと外はパリパリで、中はもっちりしているのだろう。そのまま食べてもいいが、シチューに浸けて食べるのもいい。間違いのない組み合わせだ。

 具が多いシチューだと、どうしても一口目に迷ってしまう。ミルはニンジンとベーコンをすくった。赤いニンジンにピンクのベーコン。真っ白いシチューの中で、この二つが目立っていたからだ。

 それらをのせたスプーンを目の前にして、再び口の中に唾液があふれた。もう待てないと全身が叫んでいる。一度つばを飲み込み、スプーンを口に……。

 そして、身体中がうずくような感覚に身をよじった。

 口と鼻いっぱいに満たされたクリーミーな香りと味。乳製品をたっぷり使わなければ引き出せない味。だが、クリーミーなだけでない。胡椒やベーコンのはっきりした味が全体を引き締めている。そこにニンジンのほっくりとした食感。


 たまらないです!


 そう言わんばかりにミルは次々に口に運んだ。パンに手を付けず、あっという間に皿を空にして


「おかわりお願いします!」

「はやっ!? ミルちゃん食べるの早い!」


 目をキラキラ輝かせてそう言った。


「はいよ、美味しかった?」

「もちろんです! こんな料理毎日でも食べたいです!」

「うん。毎日食べな」


 サンディがよそった2杯目のシチューもあっという間に平らげたのだった。


「おいしいね、ラーファ」

「うん。おいしい。すごく」


 ミルよりは遅いが、それでも食べる食べるラーファ。

 結局、大なべいっぱいに作られたシチューはその日のうちに空になったのだった。


◇◆◇◆◇◆


 客間を借りて、ミルとラーファとクロエは横になっていた。車中泊の時のように、体を曲げなければならないほど狭くない。足を延ばせるあったかい布団。風の音さえ聞こえない静かな部屋。

 それでも、ミルとクロエは眠れなかった。目が覚めてた。というより、胸がいっぱいで眠れない。気持ちがいっぱいで、幸せがいっぱいで眠れない。


「ねえ、おねえちゃん、起きてる?」

「んー……」

「ラーファは?」


 ラーファはミルの手を握って答える。ラーファも起きていた。


「このままね、ここで暮らせたらいいなぁって……ね?」


 ミルはラーファの頬を撫でる。ラーファは身をよじるが、嫌がるそぶりはない。


「うん、そう思う。レイもいるし、サンディさんは優しいし」


 クロエがいつの間にかミルの頭を撫でていた。くすぐったいし、恥ずかしい。けど、ちょっと気持ちがいい。

 サラサラの銀髪をやさしく優しくなでる。髪からクロエの体温が伝わってくる。本物のお姉ちゃんのような気がして、甘えてしまう。だから、されるがままに撫でられる。


 この場所には追手が来ない。来る気配がない。こんな場所は万に一つも見つからない。

 それなら、したいことはたくさんある。ミルはラーファと普通のデートがしたい。お散歩したい。ここなら川もあるから川遊びもしてみたい。普通のおしごともしてみたい。そして、将来はラーファと結婚したい。

 普通で、平凡な、どこにでもあるような、それでも十分幸せな……そんな生活を送ってみたい。


「ちょっと、眠れない。外、出てみるね」


 ベッドから出て、外の風に当たりに出た。けれど、それはミルだけではなく、


「なぁんだ。ラーファもおねえちゃんも一緒じゃん」


 結局、三人全員が外に出た。音が立たないようにドアを開け、晴れた空の下を歩く。遮るものがない夜の道は、月明かりだけでも十分歩ける。風が少し冷たい。厚着をして来ればよかったとも思ったが、すぐに戻ればいいだけのことだ。

 すると、マツダが眠るガレージの前に人影が見えた。シャッターを下ろし、それに背を預けて座っている。その人影はこちらに気が付くと軽く手を振った。


「レイも夜更かし? ダメだよ、朝起きれなくなるよ?」

「その言葉はブーメランだぞ、クロエ」


 レイだった。

 クロエは例の隣に座って肩を寄せた。


「さーむーいー。レイは厚着してるし」

「じゃあ家戻れ。寝ろ」

「やーだ。レイは?」

「もう少ししたら戻る」

「じゃあ私も付き合うよ」

「いらねーし」


 ラーファは二人と同じようにガレージ前に座ろうとしたが、ミルがそれを止めた。手を引いて、少し離れた所まで下がる。


「ダメだよラーファ。今ちょっといい雰囲気なんだよ」


 ラーファはミルを見て、クロエを見て……反応なし。どうやらよく分かっていないようだ。


「とにかく、今はあの二人を邪魔しちゃダメ。ほら、お姉ちゃんの顔、ちょっと赤くなってるし、絶対そうなんだよ。だからダメ」


 右手の人差し指を立てて念を押すも、ラーファはうんともすんとも言わない。絶対わかってない。

 ラーファがこういう人間だということは知ってはいたが、ため息は禁じ得ない。クロエの反応はミルから見ると分かりやすすぎるのに、ラーファには全く察せないらしい。


「ちょっとだけここにいよう。あのおねえちゃんとレイさんが……ね?」


 いたずらを考えるように笑う。ミルはとても楽しそうだが、ラーファにはよく分からなかった。


「まぁ、ラーファは鈍感だからね。しかたないね」


 全くその通り。でも、楽しそうにしているミルがるとと、分からなくてもなんだか楽しい。「後でいろいろ聞かないとねー」と笑った。

 甘酸っぱい雰囲気を作り出すクロエとレイが、何を話しているかは聞こえない。何年ぶりに合った二人だ。再会して数時間では終われない話があるのだろう。

 身を寄せて子供のように笑うクロエと、それを鬱陶しく思う素振りをすれど、まんざらでもないレイ。


「お似合いだねー。見ていてなんだか恥ずかしいよ」


 ミルはくるりと体を翻して顔を上げた。目は閉じている。口元は緩み、頬は少し赤くなっていた。


「ラーファ、ミルちゃん、そろそろ戻ろう」


 話は終わったのか、クロエが手を振っている。ラーファはミルの手引く。

 が、引けなかった。ミルは目を開け、じっと空を見つめていた。


 ミルの耳の奥はキーンとなっていた。空耳かと疑うほど小さな音が頭の中心から鳴り、彼女の集中力を高めていく。

 自分の心臓の音などもう聞こえない。カタカタと体をすぐに組み替えられるように作り替えていく。目は空全体を見据え、一つの変化も見逃さない。耳は風の音の先を捉えようとする。肌全体で空気を感じ取り、人の気配を探っていく。

 その時、満天の星空の先で、何かが光ったのが見えた。


「おねえちゃん! レイさん!」


 ミルは叫ぶと同時にラーファ―の体を投げた(・・・)。ミルの姿からは考えられないように、ラーファは軽々と宙を舞う。レイが何とかキャッチすると、ラーファは二人を抱えて地面に伏せた。


 心臓が跳ねたか、それとも体ごと跳ねたのか。至近距離での突然の爆発。爆音がクロエの上半身を揺さぶり、体を打ち付けられる。ラーファがとっさに体を伏せさせていなかったら、体は叩きつけられていたところだっただろう。

 クロエとレイには何が起こったのか理解できなかった。爆発で砂埃が舞い、黒煙が立ち上る。平和だったさっきまでの時間を根こそぎ奪って降ってきた命の危機。理解などできようもなかった。恐怖に染まる体は震え、考ようとする冷静さはクロエとレイには残っていない。

 ラーファは気が付いた。自分が投げられた時、ずば抜けた視力でとらえた、空に描かれた直線。理解し、行動し、それ(・・)に今気が付いた。

 ミサイルの着弾地点は、ミルがいたところ。


「ミル! ミル!!」


 ラーファは精一杯叫ぶ。最悪な場合が頭をよぎり、悪寒が走る。予想も妄想も想定もしたくない事態を考えると、目がチカチカして、足に力も入らなくなる。

 風が吹き、黒煙と砂埃が流されていく。晴れた視界に見えたのはミルの姿……ではなかった。

 頭から血を流し、服はボロボロに焦げ、体もひどく傷だらけだ。それでも彼女は立っている。

 背中に人より大きい機械の翼を広げ、右手には機関銃。体を覆っていく金属製の部品(パーツ)はミルの銀髪には似合わない、鈍い色。

 翼が火を噴き、ミルは空の一点を睨む。歯を食いしばり、肩を震わせ、まだ人の形をしている左の拳を握る。目が血のように真っ赤に光る。機械の体は軋みながら大きくし、少女の体に不釣り合いな兵器を作っていく。


「痛いよぉ」


 ラーファとクロエとレイが目にしたのは、少女が死神になる瞬間だった。

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