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鋼の火  作者: 古代紫
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大渓谷の小道

更新が遅くなりました。すみませんでした。

 片側には岩壁、片側には崖。旅を続ける三人と一台は大渓谷に入り、車一台がやっと通れるギリギリの道を進んでいた。整備されているとは言い難く、頻繁に車体が揺れる。一つ間違えれば谷底に真っ逆さまだが、そこはマツダのドライブテクニック。慎重かつ素早く道を走っていく。


 だが、同乗者の不安はなかなか消えないもので


「マツダ、ホントに大丈夫ー?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。よゆーよゆー」

「おねえちゃんは心配性だなー……マツダ、おっこちないでね?」

「ミルちゃんも不安じゃない! てーかなんでラーファは平気なのよ!」


 と、若干二名からの不満と不安の声が絶えない。声を上げないラーファは平気であるかと問われてもずっと岩壁を眺めているので、どうもそうとは限らないようだ。

 草原から大渓谷に入ってから約1時間、道は見つけたものの、そこをたどるだけでどこに出るかは誰にもわからない。マツダもミルも知らないのだ。


「落っこちないかも心配だけど、どこに行くかわからないってのも心配だよねー」

「でも、このくらいの道なら大きな車……トラックくらいの大きさのやつは通れないから追跡隊も来ないよ。結構大きめな車ばっかりだったし」

「見たのか?」

「うん。ちらっとね。暗かったし、戦闘中だったから正確な数は分からないし、もしかしたら小さい車があったかもしれないけど……」


 先の不安はあるが、後ろの不安は解消されたと言ってもいい。追われる緊迫感という鎖から解き放たれた心地よさは思いの外良いものだ。

 ふと、岩壁と空ばかりを眺めていたラーファがあるものを見つける。運転席に並んで座るミルの肩をつつき、指を指す。


「どうしたのラーファ? あ、へーこんなところに」

「どうした? 何か見つけたか?」

「風車。でもだいぶ古い。とっくの昔に見捨てられたみたい」

「んー、みえねぇな」

「マツダは見なくていいから。よそ見しないで運転して。ミルちゃん、どこどこ?」

「あそこ、崖にひっついてる」


 高い崖の上に風車がある。だが、羽が破けていたり、折れていたりとかろうじて風車と確認できるほどの荒れ様だった。そしてよく見ると、その周辺には人工物のようなもの跡であろう木材が刺さっている。


「あのちっちゃいくて、ちょっと隠れてるやつ? ラーファよく見つけたね」

「ふふん、ラーファはすっごく目が良いんだよ。髪で隠れてるけど」

「なんでミルちゃんが自慢げなのよ」

「無い胸を張る」

「これから成長するの! まだ12歳だもん!」

「へいへい」

「「運転」」

「…………はい」


 沈黙は金。マツダは黙って運転に集中する。黙って従ったが、ムキになって言い返してくるミルが面白い。これだから時々おちょくってみたくなるのだと、マツダは内心笑っていた。車なゆえ誰にも悟られないが。

 ラーファの目は銀の髪で隠れているが、風が吹けばその隙間から真っ黒な目がのぞく。ただ遠くのものが見えるだけでなく、動体視力も良いのはナイフ戦で示された。そしてまたラーファは見つけた。


「あ、あそこにもあるよ!」


 指を指す前にミルが声を上げたが。

 ミルとラーファが見つけたのは対岸の崖に引っ付いている人工物。正面にあるが、とても遠くてクロエには見えない。


「どこー?」

「あれだよあれ、ラーファも見えるって!」

「あー、あれか。確かに人工物だな。使われてないみたいだけど」

「おねえちゃん見えないの? みんな見えるのに?」

「逆になんでミルちゃんたちは見えるのよ!?」

「私の目ズ―……」

「ず?」

「……ずいぶんいいんです」


 ズームできるからとは言えない。ズームができるのはマツダも同じだが、


(沈黙は金だな)


 身をもって思うのだった。


「まぁ、ここら辺は昔人が住んでたから、何かあってもおかしくはないからな」

「え、今もじゃないの?」


 マツダの言葉に異論を唱えたのはクロエだった。ミルは首をかしげるが、クロエはここに人が住んでいるのがさも当然といった顔のままだ。


「ここら辺に集落があるって聞いたことがあるよ。一時期は廃墟だったらしいけど、誰かがまた利用し始めたって」

「聞いたことないなぁ……どこ情報だ?」

「どこって言われても、噂で聞いただけだから……」

「おねえちゃんの勘違いなんじゃないの? それか、夢とか。おねえちゃんは抜けてるからなー」

「なッ――失礼な! 私のどこが抜けてるって言うの!?」

「手袋と間違えて靴下を手にはめたりするところとか」

「ミルちゃんだって缶詰を裏から開けようと頑張ってたじゃない!」

「なッ!? あれは暗かったから仕方ないじゃん! おねえちゃんほど抜けないしー」

「にゃにおー」

「なにさー」

「生意気言う子はー……こうだ!」

「にゃ!? にゃわははあーひっ! ちょっまってやめっ――ん~~~~ッ!!」


 クロエはミルの脇腹に手を伸ばしてくすぐり始めた。クロエの指はうねうねとミルの脇腹を走り、逃れようとする獲物を決して逃がそうとしない。運転席の窓側にいたラーファはこのじゃれあいに巻き込まれておらず、のんびりと外を見ているだけだった。


「おい暴れるな。揺れる」


 マツダの鶴の一声……車の一声がかかり、二匹の猫の争いはひとまずの終息を見せる。興奮がまだ覚めていないのか、二人の体温が少し上気している。少し車内が熱くなったので、ラーファは窓を開けた。首を少し出して流れる空気を浴びると気持ちが良い。顔を正面に向けると、風が髪をかき分けて頬に顔にぶつかる。

 そのとき、ラーファは渓谷の先に気になるものを見つけた。額に手を当て、普段隠れている瞳を露わにし、遙か先を注視する。


「マツダ。前の方、ちょっと右辺りにあるやつ」

「ん?」


 首を引っ込め、マツダに報告する。ミルもクロエとのじゃれあいを止め、前方に目を凝らす。


「……あ」


 ミルとマツダが同時に声を上げた。見た物とは、先ほど見た風車と同じ人工物。だが、風車ではない、そして今まさに動いている。

 マツダは一旦止まった。


「どうする?」

「どうするって……何を見たの?」


 一人だけ見えないクロエだけ何が起こったかわからない。


「人がいたの。えっと、人を見たわけじゃないんだけど、多分、人がいる」

「ほんと? でしょー、だから言ったじゃん。私の言う通りだったね!」

「あー、はいはい。おねえちゃんすごーい」

「すっごい適当!? ラーファ、妹がおねえちゃんに冷たいよー」


 ラーファを両腕に引き寄せて泣くクロエを無視して、ミルとマツダは前方を睨んで思案する。彼らが見たのは谷の間ではためく旗。模様はメーブ・メラ軍のシンボルでも何でもない。見たことのないマークだった。


「マツダ、どう思う?」

「やー……何とも言えないな。軍じゃないってのは確かだが……どうなんだろうなぁ」


 判断はつかないが、この細い道では転回することはできない。仮にできたとしても、待ち受けるは軍の追手。彼らには元から選択肢などなかったのだ。

 結果、彼らはそのまま進むことにした。軍の隠れ基地という可能性もあるが、ミルも知らないということは、ただの隠れ集落と言う可能性の方が高い。それに普通の集落なら、食料や燃料の補給も期待できる。


「クロエ、ミルとラーファと席を換わっておけ」

「え、なんで?」

「人がいた時、おねえちゃんが運転しているってことにするためでしょ?」

「そ、そんなことわかってたし! 馬鹿にしないでよ!」

「えー、ばかにしてないよー」

「えーんラーファー」


 泣きついてきたクロエの頭をラーファが撫でると、今度はミルが「ずるい」と抗議を上げた。頬を膨らますミルの頭も撫でてあげると、にへらと締まりのない顔になる。

 そんな若干平和ボケした三人をほうっておいて、マツダは慎重に崖に沿って小道を行く。

 近づくにつれ目につく人工物が多くなってきた。三人と一台は確信した。確実に人がいる。


「……いた」


 一番初めに見つけたのはミルだった。今走る小道の先に検問らしき場所がある。そこに人がいた。

 車内に緊張感が満ちる。ゆるゆると検問所に近づいていく。


「どんな街かなー、楽しみだね。美味しいものがあるといいねー」

「……おねえちゃん、もっと緊張感もとうよ」


 自覚無しでこの発言ができるのだから、クロエはある意味すごい。ミルは呆れるが、おかげで肩の力は抜けた。


「はい、止まって止まって―……はい、ありがとうございます。荷物の検査をさせていただきます」


 対応したのは運転席にいるクロエだ。


「はい。あ、ちょっとまって」


 車内を調べようとした男たちをクロエは止める。車のドアはまだどれもロックしたまま。


「どうして検査するんですか? あなたたち、メーブ・メラ軍じゃないですよね?」

「はい。この先の集落のものです。最近は物騒ですから、集落に入る前にこうやって検査させていただいているのですよ」

「ふーん……まぁ、いいけど。なにか積んでたら通れないの?」

「いえ、そのようなものがありましたら、こちらに預からせていただければその限りではありません。それに、麻薬や取引禁止物品、大量破壊兵器でもない限り没収ということはありません」

「分かったわ。どうぞ」


 ドアロックは閉めたまま、窓とトランクだけを開ける。二人の男が両側から車内をじっくり観察する。

 検査と言っても簡単なもので、荷物をさっと目を通すだけ。トランクの荷物は少しいじったようだが、箱の中身までは見なかった。


「ご協力ありがとうございます。どうぞ」

「ご苦労さまですー」


 見送られながら検問所を抜ける。開けていた窓が完全に閉まると同時に、隠していた緊張が緩んだ。


「はぁー……あー緊張した。何にも悪いことしてないのに、なんでか緊張しちゃったね」

「…………」

「あれ、おねえちゃんどうしたの?」


 安心した見るとは対象に、クロエの顔は固い。いや、顔だけではなく体もずっと固まっている。片手でハンドルを握り、窓に肘をのせた体勢で固まっている。


「……おねえちゃん?」

「…………ぷはぁあぁ……うわー、緊張した! すっごく緊張した! ねねね、私ちゃんと対応できてたかな? 大人っぽかったでしょ? でしょー?」


 緊張から解放されたせいか、クロエのテンションがおかしなベクトルに働き始めた。ミルを膝の上にのっけてなでなですりすりぎゅー。やたらとスキンシップが増えた。

 検問所でのクロエの対応の間は「少し大人っぽい」と評価していたミルだが、今では逆に「すごく子供っぽい」と思ってしまう。

 だからミルはクロエの頭に手を置いて。


「うん。おねえちゃんは頑張ったよ。大人っぽくてかっこよかったよ」


 なでなでなで。


「はわぁ……ミルちゃんありがとう! おねえちゃん頑張った! すごく嬉しい!」

「すごいねー、えらいねー」

「わぅぅ……はわぁぁ……」


 もしクロエにしっぽがあったなら、本物の犬に負けず劣らず振り回していただろう。

 クロエの反応を見ていると、撫でているミルもだんだん楽しくなってきた。頭だけでなく頬をくすぐったり、顎の下を撫でたり。撫でるところによって表情が少しずつ変わるのが、とてもかわいくて面白い。普段はできないが、胸をパフパフしても怒られい。ミルはなんだかわからないけどとても幸せな気分になった気がした。


(かわいい。おねえちゃんがすっごくかわいい)


 どっちが年上かわかったもんじゃない。と、言葉に出さずマツダは呆れる。


 一人蚊帳の外にいるラーファの目には、大渓谷にできた集落が映っている。地図にも記憶にも存在しない集落。それはつまり、追手もこの集落にたどり着く可能性は低いということ。もしかしたら……あそこが安全地帯になるかもしれない。

 期待が叶うか果たされないか。それはまだわからない。でも、少し休むことならできそうだ。少しずつ少しずつ、集落に近づいていく。


「あれー、ラーファ嫉妬してるの? ほら、ラーファにもなでなでー」

「なでなでー」


 ミルとクロエから頭を撫でられたラーファは、ぷいっとそっぽを向いた。

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